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「いやぁ、あの時はほんと驚いたよ」

 エマがラナリア手製のパウンドケーキを口にしながら、カラカラと笑う。

「もう……、その時の話はいいでしょ、エマさん」

 ラナリアも、エマのからかいにぷうと頬を膨らませながら切ったケーキを口に放り込む。

 あの後、現れた魔法使い様――今はラナリアの旦那様となった男に縋りついて懇願したのだ。助けて、と。

 あんまりにもラナリアがおいおいと泣くため、彼も混乱しきりで「導師様のあんな顔、初めて見た」とこちらもからかいの種になっていた。

「あんまり言うと、子供たちへのお土産分、渡しませんからね!」

「あっ、それは困るよ! あの子らあんたの作るお菓子大好きなんだから!」

 母ちゃんだけ独り占めしたって怒られる、と慌てるエマに、ちょっと仕返しができたとラナリアも笑う。もちろん渡さない、なんていうのは冗談で、キッチンにはたっぷりのお土産を用意してあるのだけれど。

「……でもそっか。もうあれから二年になるんだねぇ」

「そうですね……」

 随分とここでの暮らしにも馴染んだものだと思う。

 故国はとても小さな国だったため、暮らす上で必要なことは自分ですることが出来た。しかし、家族や共に過ごした臣下たち、町へ行けば「王女さま!」と笑って出迎えてくれたみんなは、もうどこにもいない。

 はじめはその事が受け入れがたくて、一年程は失意の中で過ごしていた。

 その間も支えてくれた一人が目の前にいる彼女だ。

「今こうしていられるの、エマさんのおかげですよ」

 突然の言葉にきょとんとした彼女だったが、ははと笑ってラナリアの肩を叩く。

「嬉しいこと言ってくれるね。でも、導師様の存在も大きいだろう?」

「そ、それは……まあ、……そうですけど」

 頬がぽっと赤くなっているのを見られないように、ラナリアは両手でそこを押さえる。

「――そういえば、導師様は?」

「あー……、最近お出かけが多いんですよね」

「ふぅん?」

「でも今日はそろそろ――」

 そんな事を言っていると、玄関扉の開いた音がした。

「帰ってきたみたいだねぇ」

 ラナリアはぱっと立ち上がって玄関の方へ行く。

「おかえりなさい!」

「……ああ」

「あれ……濡れてます? 雨だったんですか?」

 彼の着ている外套には、雨粒らしき水の粒が玉を作っている。彼の長い銀髪もしっとりと濡れているような。

 だが、外は良い天気で太陽が見えている。今日は一日雨など降っていなかったはず、とラナリアは首を傾げた。

「出先で降られた」

「じゃあ随分と遠いところへ行ってらっしゃったんですね……」

 彼はこくりと頷くだけで、それ以上の説明をする気はないようだった。どこへ行っていたのか気にならない訳ではない。魔法使いである彼は、通常の人間とは一日で行って帰ることのできる距離が段違いだ。そのため、予測することも困難で、正解を知るのは本人のみなのだが――、ラナリアはそれ以上の追求はしない。

 どこまで踏み込んで良いのか、分からないから。

「とりあえず、すぐにお風呂を沸かしますね!」

「ああ」

「って、あ!」

 小走りでリビングの方へ戻ろうとしたとき、ラナリアはエマを放置していることを思い出す。だが、部屋を覗き込んだときには、彼女は既に立ち上がって帰る準備をしていた。

「あたしはそろそろ帰るよ、導師様が風邪ひいちゃ困るだろう?」

「ご、ごめんなさい、エマさん!」

 話は聞こえていたらしい。ラナリアは追い立てているような気がして恐縮するが、彼女はとりたてて気にしているふうではない。

「いいの、いいの。そろそろ夕飯の準備とかやりに帰らなくちゃいけないし」

「今度はゆっくりしていってくださいね……?」

 しょんぼりしながらそう言うと、何故かぷっと吹き出したエマにラナリアは頭を些か乱暴に撫でられたのだった。

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