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「――っ、やだ、来ないで!!」
雨の降る夜の森を、少女は一心に駆けていた。
後ろから迫るのは、黒い影のような無数の人の手。それらが、少女を捕まえようと追い縋ってくる。
あれに捕まってはいけない。捕まってしまえば――
その時、少女の視界に一軒の屋敷が映った。
「あった!」
きっとあれが、噂に聞いた「森の魔法使いが住む家」だ。世界でも有数の力を持つ魔法使いならば、助けてくれるはず。その一縷の望みに賭けて、ここまで来たのだ。
「おねがい、助けてっ――!!」
少女は足を縺れさせながら、その屋敷に滑り込んだ。
雨にぬかるんだ地面に倒れ込み、地面に手をついたまま後ろを見れば、屋敷の境で黒い手が動きを止めていた。透明な壁があるかのように、ぺたぺたと何も見えないそこを触っているが、少女の元へは近付けないらしかった。
「たす、かった……?」
少女は恐怖が少しづつ抜けていくと、途端に強い疲労感を覚える。森に入ってから、ほぼ休むことなく走ってきたのだから無理もなかった。服もどこも泥だらけだったが、そんなことは気にもならないほど、疲れきっていた。
いけない、と思いつつも急速な眠気が襲ってくる。
少女は屋敷の壁に背を預けて、まどろんだ。
「――おい……」
微かな声に、重い目蓋を上げる。
そこには玄関から出てきたと思しき、背の高い長い銀髪が印象的な男が立っていた。
だが、彼の声に応える気力が保たずに、少女はそのまま意識を手放した。