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ep7 負けたくない




 大騒ぎしたアラン叔父様のインパクト(抱擁事件)が在った日から数日が過ぎて、私の気持ちも落ち着いて、いつもの暮しに戻った。


 北側と西側に窓のある此の明るい角の子供部屋で、ソフィア姉さまが11歳を迎えるまで共に過ごしていたけど、今は私一人が使用しソフィア姉さまは隣室の半円のマロニエ等が植えられた庭園が見える西側の部屋へと移っていた。


 私は、ソフィア姉さまみたいにカヴァネス(家庭教師)が就いて居ないので、乳母のロージーや侍女のメイからマナーや読み書きなどを教えて貰って居る。

 そして貴族令嬢の必須らしい公用語で或るフロラルス言語を週に一度の割合でカイル叔父様から、此の2年程は朝食前に教わっていた。

 カイル叔父様は、プライベートスクール(寄宿学校)のミルトン・スクールでフロラル語を教わっていたらしい。



 執事のカールソンが雇う使用人には、下働きは別として昔から人前に出るメイドや従僕は、見習いも含め読み書き必須だとか。


 雇う時、「一番重要なのは容姿だ!」と言い切るカールソンだけど、奥様でありメイド長でもあるリリーは、ちょっとビックリする位にふくよかで逞しいのだけども。


 細身で有能なカールソンとメイド長のリリーとの間に出来た子息ディーンは優秀であった。

 その為、父さまはディーンの学費を援助して領地であるルーストンの牧師にさせる心算で今、クロック・カレッジへと通わせている。

 出来ることなら自分の知り合いだけと付き合いたい父さまは、此の状況に味をしめ、レスタード家の使用人補完計画(使用人婚姻計画)なる野望を抱いていた。


 



 

 でも残念なことに父さまの望む計画通り、、、とは、行っていないみたい。

 そもそもカールソンもリリーも自分達が職場恋愛結婚なのを棚に上げ、職場恋愛禁止なのだから父さまの望みは叶いそうにない。




 そして私が気付いた時から傍に居る乳母のロージーは、クランベル公爵家からソフィア姉さまが生れた時、母さまへ就けて頂いたそうで母さまと相性が合い、ご主人が亡くなった後も其の侭で、今も私の乳母(ナニー・メイド)を続けて貰っている。

 私のミルクは寡婦だったロージーでなく、母さまと近所に住む方に頂いていたそうよ。

 ロージーの話では、母さまの母乳を貰う私達姉妹のような貴族令嬢は珍しいとのコトだった。


 父さまは、初見の挨拶でロージーに「クランベル公爵家に縁故のある屋敷へ来たハズが、噂のレスタード男爵家で申し訳ない。」って詫びたらしい。

 無爵位(ジェントリ)で或る準騎士爵(エクワイア)の娘に詫びる父さまの姿が新鮮だったと、ロージーは私にコッソリ教えてくれた。


 亡くなられたロージーの御主人は、アドミラル(海軍)の士官候補生だったそうだ。

 ソフィア姉さまより半年先に生れたロージーの長男は、現在父親と同じアドミラルで士官候補生として働いているそうだ。


 そう言えば、クランベル公爵の弟スレイン少将(デイジー叔母様のご主人)もカイル叔父様やケビン叔父様もアドミラル(海軍)に勤めていた筈だった。

 上流階級の人達には陸軍将校の方が人気が或るとメイから聞いていたけど、意外と実際はアドミラルのほうが人気なのかも。

 機会があったらカイル叔父様に尋ねてみようかしら?



 

 そしてメイは、牧師さまを補佐する補助牧師さまの娘で在ったのだけど、10歳の時にお父様が亡くなり縁を頼ってレスタード家の見習いメイドと成って、私のお祖父さまが亡くなった後も、お祖母さまや父さま達に仕えてくれていた人だ。


 メイが勤め始めた頃のレスタード家は、イラドの綿糸を取り扱う商会だったそうだ。

 でもそれ以前は、父さまが13歳に成るまで砂糖の貿易を取り次ぐ商いをしていて、お祖父さまはソコソコ成功していた商人だったそうなの。


 お祖父さまが成功していた商売を替えた理由は、私たちが大人に成ったら話すと父さまは表情を曇らせて呟いた。



 だけど、父さまの親戚がお祖父さまから任されていたレスタード商会で、大きな借金をしてしまったから貴族などに成ってしまったと、父さまは零していた。



 「君達は将来お金に困っても、ギャンブル駄目!絶対っ!!」



 父さまは、真剣な表情で幾度も私たちに念を押していた。




 振る舞いに厳しい執事のカールソンは、父さまがハーマー通りのカステル・クレセントガーデンにあったテラスハウスからエリアス・ハウスへと越した際に、それまで勤めていたメイド達を侍女待遇にすると言ったことを非常識だと叱っていた。


 「まあ、レスタード家のハウス・ルールだと思って許してよ、カールソン。」


 父さまからすれば、一気増えた30人近くの使用人たちと其れまで勤めてくれていたメイたちとを同じような扱いにしたく無かったのだと思う。


 ソフィア姉さまも父さまと同じ意見らしくて、ハッキリと職種で扱いの違う乳母のロージーやカヴァネスのトレイシー先生やメイド長のリリー以外で、以前からいるメイド達を特別に扱って欲しがっていた。



 私は、ずっと傍に居てくれていた乳母のロージーやメイやイルマやメラニーが、此れまで通りであるなら不服は無かった。

 勿論、スティーブン様の乳母をしていて、現在ソフィア姉さまの乳母であるウィニー夫人もね。




 物知りのカールソンは、ちょっぴり口煩いが偶に傷だわ。


 執事のカールソンは父さまに「シャロンお嬢様にも、そろそろ確りとしたカヴァネス(家庭教師)を就けませんとロージーやメイたちだけでは、、、。」と話しをしているし。


 でもノンビリ屋の父さまは「ハイハイ。」とカールソンに空返事をしてデイジー叔母様やクランベル公爵のようにカヴァネス探しをしていなかった。

 私もロージーやメイが居れば十分だと思っていたの。


 カールソンたちは、「私が将来目指す良き婚姻相手と結ぶ為に絶対必要だ。」と、話をしていても父さまは生返事だしね。

 私もピンと来ないし。



 何となく私に改めてカヴァネスって不要かなって思っている。

 別に私は勉強をしたく無いって訳でもないのよ?



 私は、ソフィア姉さまのカヴァネスをしているトレイシー先生を悪い人とは思わないけども、ちょっぴり苦手なのよね。

 だからか新しくカヴァネスを雇うと言われると私は身構えてしまうのかも。


 トレイシー先生て上品すぎるからかしら?

 って思って居たけど、品の良いグレイス伯爵未亡人は楽しくて好きになったから、トレイシー先生がちょっとだけ苦手な理由が分からなくなってきていた。


 でもソフィア姉さまは、6年間もトレイシー先生から教わっていて何も問題がないようだから、幼かった私が何か勘違いをしいて、こんな気持ちになってしまうのかも知れない。

 ホント何故なのかしら?




 私は、退屈な『淑女のマナー読本』をデスクで開いてロージーから読まされていると、執事見習いのユーリーがクランベル公爵邸に住むセイン・マーティスからの手紙を届けてくれた。


 南に延びる小径(こみち)ミューズ(厩舎)へ入る為の袋小路になっている通り2本を挟んだクランベル公爵邸から、時折り郵便を使わず門番に手渡して、こうしてセインから私に手紙が届くのだ。


 セインと文の遣り取りをする此の楽しみは、私が此のエリアス・ハウスへ越してから4年も続いている。



 セイン・マーティスは、私と同じ年の同じ8月に生れた同じ年の男の子だった。

 クランベル公爵邸の子供部屋で、ソフィア姉さまと私に混じって遊んでいた、初めて出来た私の友達でも或る。

 一見優し気な雰囲気の銀にも見える薄い金色の髪に、淡い青の瞳をしたセインは勝気な表情で良くつまらないことで私に戦いを挑んでいた。


 クランベル公爵邸で、ミルクの早飲みや木の実を拾ってぶつけ合ったり、飼われていた小麦色の猫をセインと私が取り合ったりしていた。


 また豪奢で精巧なクランベル・ベビーハウス(ドールハウス)を前にしてトレイシー先生から、ソフィア姉さまと私が屋敷で行う女主人の教材として、彩色された女の子のウッドドール(木製人形)を使って家政を教えられていた後で、其のウッドドールをコッソリ持ち出して、私とセインは遊んだりしていた。


 私がエリアス・ハウスへ引っ越した後、セインが居ないのを寂しがっていると、彼からこうして手紙が届くように成ったのだ。


 今から思うと父さまが、クランベル公爵さまにセインから私への手紙を頼んだのかも知れないわね。


 

 セインが綴った手紙の文字はとても綺麗で、同じように文字を習っていた私は、いつも負けた気がしていた。

  私は負けまいと必死に練習したけど、今でも未だ未だセインには敵わなくて悔しい思いをしている。

 私が、其の事で少し愚痴を書くと、「将来はスティーブンさまの従者を目指しているので、此れぐらいは当たり前だ!」と、やや自慢気な返信がセインから来たこともあった。


 「少し私より字が上手いからって調子乗り過ぎよ。セインてば。」


 ソフィア姉さまの字が上手くても、ちっとも腹が立たないのに、同じ年のセインだとムクムクと競争心が湧いてくる。


 ダメダメ。

 レディは冷静に成らないとね。





 セインは、生れて直ぐ御両親が亡くなったので、クランベル公爵家の執事長をしていた遠縁だったキース・マーティスが引き取り、彼の養子になったそうだ。

 4歳でトイレマナーを終え幼女ドレスを脱いだセインは、乳母からある程度の躾けを受けてから、クランベル公爵邸で義父で或るキースの後を付いて下働きの真似ごとを始めていたそうだ。


 執事長キースの縁戚だと言う事で、セインは多くの使用人達に可愛がられていたのが印象的だった。


 私たちがエリアス・ハウスへ越した後で、セインはスティーブンさまの小姓(ペイジ・ボーイ)に就いたコトを嬉しそうな文章で綴って来ていた。

 そして頭の良かったセインは、クランベル公爵様からの援助を受け、来年からクライス・スクールンへ通うコトが決まったと、今回の手紙には書いてあった。



 淑女学院に通えない私は、外の世界に出て行けるセインをちょっぴりだけ羨んだのは、秘密だったりする。



 セインの手紙を読むと何もしない侭だと私は何か負けたような気持にもなった。


 ソフィア姉さまを見ていても、早朝から夕刻まで、日々の予定がビッシリ詰っていた。

 メイの話では、目標が3年後のコーデリア陛下へと拝謁をする宮廷でのデビュタントだから時間が押しているとか。


 伯爵令嬢以上のデビュタントは、ローゼブル宮殿で女王陛下から謁見して下さり直接お言葉を頂けるそうだ。



 私にもカヴァネスが就いたら朝食前からロマン語を学び、今より本格的に一階の音楽室でリュート(弦楽器)ハープシコード(鍵盤楽器)などの楽器、そして歌唱も学ぶように成るとメイとロージーは話していた。

 ソフィア姉さまの声は透明で綺麗なのだけど、ちょっぴり音程が怪しいのが玉に瑕だったりする。



 「チャールズさまがノンビリなさっているから如何しましょう。シャロンお嬢様にも乗馬を覚えて貰わないと成りませんのに、全く用意をなされてないのですから。」


 乳母のロージーはそう言うけど、父さまは私たちが危険になると思うコトを遣らせたくないのよね。

 父さまは、私達が馬に乗り落ちて大怪我したり、死んだりしたら如何する?とか、刺繍なんてして針で突いて怪我をしたら如何するのだ?とか、転ばぬ先の杖を想い付く限り並べて話すのだ。


 流石に乗馬も刺繍の練習も出来ずに困ったソフィア姉さまは、旅先のスティーブンさまに相談して、スティーブンさまから父さまへ手紙とクランベル公爵家に仕える騎手のトレーナーを寄こして呉れて、父さまは渋々ソフィア姉さまに乗馬の練習と刺繍を許可したのだった。


 

 そう言う訳で私の乗馬と刺繍はソフィア姉さまと同じ13歳になってからになる。




 

 そして楽器を学ぶ為に、一階へ降りて行けるのは楽しみだけど、哲学や地理、歴史などと一緒にフロラル王宮のマナーやエチケットを教わるのは、ソフィア姉さまを様子を窺っていると大変そうだった。


 性格が何処かノンビリしている父さまと似ている私に、上手く遣り熟せるか心配だったりする。

 でも同じ年のセインに負けたくないし、、、私も色々と複雑なのだ。



 グレイス伯爵未亡人を父さまは、賓客として私たちへ丁寧に持て成すように話していたから、私のカヴァネスは新たな人を雇うのだろう、恐らくね。




 私はすっかり飽きてしまった『淑女のマナー読本』を閉じて、後ろに座って私のディナー用の子供用のドレスの丈を出しているメイへと話し掛けた。


 実は、幾度も縫い直しをする為、生地に負担が掛からないようドレスの仕立は、ザックリと大きな縫い目で造られていたりする。

 当然、大人用のドレスもね。



 「メイは、いつ淑女として学んだの?」


 メイは、しっかりと結上げた茶髪の頭を上げて、暗いモスグリーンのデイドレス姿で思案するように宙を眺めて私へと静かに答えた。


 「そうですね。シャロンお嬢様。私は、父が亡くなるまでは計算や読み書きは両親から習い、レスタード家に勤めてからは亡くなられた奥様付きの侍女だったサンドラ夫人やカールソン氏から、厳しく躾けられました。勤めて2年が経つとチャールズ様が男爵に為られたので、デイジーお嬢様と一緒に一層勉強に励みました。色々と気を使って頂き、今思っても有難い話です。」


「そう言えば父さまは、お祖父さまが亡くなられてから借金返済の為、年棒に換算してを2割も皆の賃金を減らしたと話していたわね。」


 「その当時、私は勤めたばかりの見習いメイドでしたから、そう言うものだと思えたので少ないとは思わなかったですよ。カールソン氏の上司だった執事長とチャールズ様とで、賃金での折り合いがつかず辞めてしまわれたので大変だったと話していましたね。旦那様が亡くなられて、多くの使用人が辞めたので手が足りず、チャールズ様に内緒でパートタイムの下働きを雇い、それで誤魔化していたとカールソン氏は笑っていました。偶にしかチャールズ様は帰宅されなかったので、気付かれなかったみたいですけど。」


 「うっかりしているもモノね。父さまって。今でもランドリー(洗濯)メイドやスカラリー(皿洗い)メイドを雇っているのを父さまに秘密なの?」


 「秘密と言うよりはカールソン氏が敢えて話して居ないだけですよ。シャロンお嬢様。忙しい所為か、照明を点けている給仕見習いにもチャールズ様は気付いてませんしね。ふふっ。」


 「きっと父さまは、駄々を捏ねていただけなのね。アルバート5世陛下から此の屋敷を賜ったコトに反発して文句が言えないから、カールソンに人見知りだ何だと言って拗ねているのよ。以前、父さまはカールソンを父親みたいなモノって仰ってたから、我儘を言ったのだと思うわ。」



 私がそう言うとメイとロージーが顔を伏せて声に出さずに笑って両肩を小刻みに震わせていた。


 それ程おかしなコトを私は話したつもりがないのだけども?






 私は、デスクに置かれたセインの手紙をもう一度手に取り眺めて、来年から暫くクライス・スクールの規則で手紙の遣り取りが出来ないと書かれた箇所を読み直した。


 少し寂しいけど、その間に私は、セインが驚くほど字を上手く書けるように成って居ようと、密かに誓いを立てた。



 きっと此のセインの手紙の文字より綺麗に書けるようになってやるわ。

 だって、やっぱりセインに負けたくないモノね。



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