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ep6 恋い慕う




 アラン叔父様のビックイベント(一大恋愛事件)をソフィア姉さまに報告しながら夕食を終えて、パーラー(居間)でミルクやベリージュースを飲んで居ると、帰宅した父さまがカイル叔父様たちと室内へと入って来た。



 私とソフィア姉さまは、慌ててソファーから立ち上がり父さまに「お帰りなさい。」と挨拶をした。



 久し振りに会った父さまは、少し疲れているようにも見えてしまった。



 父さまは、ソフィア姉さまと私に優しくハグをして「ただいま」と声を掛けソフィア姉さまの隣のソファーへと腰を下ろし、私の右隣りにはカイル叔父様が左隣にはアラン叔父様が座ってメラニーへ紅茶を頼んでいた。



 すっかりアラン叔父様は何時もの可憐で明るい表情に戻り、室内に灯されたシャンデリアの灯りに照らされ、アーモンド形のくっきりとした目には金色の瞳を煌めかせていた。



 父さまは、軽く咳払いをして私達に向き直し、近々グレイス伯爵未亡人が此の屋敷に訪れ、滞在する事を柔らかな声で伝えた。



 「グレイス伯爵未亡人は身分的にカヴァネス(家庭教師)は無理だからね。カヴァネスでは無く客人として、ソフィアもシャロンもグレイス伯爵未亡人を暖かく迎えて欲しい。彼女の仕草や言葉は学ぶに値するモノだしね。貴婦人としては少し問題の或るデイジーとばかり接している2人には、丁度良い機会の筈だよ。若い頃からコーデリア陛下に仕えていて信頼出来る人柄だしね。」




 如何(どう)やら父さまは、コーデリア女王陛下を通じてグレイス伯爵未亡人とは知り合いだったらしく、彼女の貴婦人としての振る舞いや気配りを高く評価していた。


 それを聞いてたアラン叔父様は、まるで自分が褒められているかのようにニコニコと嬉しそうに笑顔を浮かべていた。



 カイル叔父様は生真面目な表情で父さまを見ながら、時折り小さく頷いていた。



 私は好感を持ったグレイス伯爵未亡人と再会できるのが嬉しくて気分が高揚してきた。


 何よりアラン叔父様とグレイス伯爵未亡人との関係が如何なったのか知れる展開になり、ワクワクしていたのだった。



 アラン叔父様の友人レイモンド・ラムが訪れた時を除いて、シーズンやクリスマスシーズン以外は屋敷の中で変化の少ない毎日を送っていたから、私は新たな楽しみに胸を躍らせた。


 ソフィア姉さまも何処か嬉しそうでエメラルド・グリーンの大きな瞳を明るくしていた。



 やがて紅茶やフルーツを盛ったプレート()をイルマやメイド達が運んでくると、それぞれのティーカップに口を付け乍ら、父さま達は来月行われる私たち姉妹の従姉(イトコ)で或るナディア様のデビュタントについて話し始めた。



 従姉のナディア様は、父さまの一つ下だった妹エルザ叔母様の御息女。


 4歳の頃、産後の肥立ちが悪くてお母様を亡くされ、8歳でお父様を亡くし、現在はロドニアのホワイト通りでお祖母様とコーク男爵令嬢として暮らされているそうだ。



 ナディア様のお父様フリップ・ピバート中将は、フリップ伯爵家の次男で在ったのだけど、アルバート5世陛下を襲撃から守るために名誉の戦死を成さり、その恩に報いてコーク男爵家を遺児である嫡男のフリップ・ダニエル・ピバート様へと叙したそうなの。



 F・ダニエル様が正式に継ぐのは18歳に成られてからだそうらしいけど。



 そのナディア様が本家で或るピバート伯爵家で16歳の社交デビューを祝された後、デイジー叔母様が催されるパーティーを済ませ、方々の挨拶回りの途中で我が家にも訪ねてくると、父さまは楽しそうに話された。



 父さま達は、偶にナディア様やダニエル様を訪ねてテラスハウスへ伺っているらしいけど、ソフィア姉さまと私は未だ従姉兄(イトコ)たちに顔を会わせたことが無かった。



 そして父さまは、カイル叔父様たちにポツリと呟いた。




 「ナディアはなあ、、、。目がフリップそっくりだからマジで残念だよ。ブサイクでは無いけど、三白眼で目付きが怖いのだよね。父親のフリップそっくりで。母親のエルザに似て居れば美人だったのになあ。マジ残念。」




 叔父様たちは、父さまに同意しつつ笑って居るけど、幾ら何でもレディに失礼過ぎると思うのよね。


 ソフィア姉さまは眉を僅かに寄せて、残念そうな表情で父さまを見ていた。



 そんな下らない話をお父さまが、カイル叔父様やアラン叔父様たちと話しているのを聞いて居ると、私の乳母のロージーとメイがそろそろ部屋に戻る時間である事を促してきた。



 其れを聞いた父さまはスッと立ち上がり、私の傍まで歩いて来て抱き締め頬を寄せて「おやすみ、良い夢を。」と告げて頭を撫でて呉れた。


 ソフィア姉さまにも同じようにして、父さまは私たちがパーラー(居間)を出るのを見送っていた。




 僅かに振り返ると、父さまが少しだけ寂しそうに見えたのは、私の気のせいかしら?










    ※      ※      ※







 チャールズは、パーラーを出て行く愛おしい娘達を見送ると、愛すべき弟達カイルとアランにも別れを告げて、従者のジーンと共に馬車に乗り、近くに或るローゼブル宮殿へと向かった。



 アランとグレイス伯爵未亡人との今後を考えてチャールズは溜息を1つ吐き、ほぼ友人と化していた前に座る従者のジーンに話し掛けた。



 「想えばさ、俺が17年前に男爵に叙された時って、他にも同じように46人もいた訳だろ?それらの人達は、俺ほど成り上がった事柄を揶揄されずに社交を熟しているよね。何でこうも俺に対して世間の風当たりが厳しいのかって、さっきアランと話していて改めて思ったよ。」




 ジーンは細い目を見開いて、能天気にボヤいているチャールズへ冷たい口調で答えた。




 「他の46人の皆様は、チャールズさまのような出世はしていませんし、アルバート4世陛下、5世陛下、そしてコーデリア女王陛下と歴代の国王から寵愛を受けて居ません。考えなくても理由は明らかなのでは?」



 「なあジーン。その寵愛って言うのは辞めて貰えるかな!」



 「何故ですか?寵愛とは、目上の方から特別に可愛がられる事ですので、強いて間違っているとは思いませんが。」



 「可愛がられる?陛下達のあのクソ荒い人使いを可愛がると言うのかい?いつも俺の傍に居たジーンからも言われるなら仕方がない。イヤだけど寵愛って言葉を認めよう。イ・ヤ・ダ・ケ・ド。そもそも俺に逞しい筋肉が付かないのは、陛下達から面倒事を押し付けられ続けているから、鍛える暇が無くなったからだ!って文句は、一旦引っ込めるよ。さて、アランの一件はクランベル公爵へ報告しないと駄目かなぁ。」



 「其処で筋肉は関係ないのでは?チャールズさま。」





 チャールズは、敢えてジーンの問いをスルーして、「グレイスと共に生きていきたい。」と、力強く語っていた末弟のアランの表情と言葉を想い返していた。



 そしてチャールズは、『切ない想いを抱えてもクランベル公爵と共に生きて行こう』と、悩むのを止め決意した日の事を想い出していた。



 


 『兄弟だよな。』そんなことに気付いて、チャールズは少し苦笑を漏らした。





 自宅のエリアス・ハウスから10分程掛かってローゼブル宮殿の南門から入り、裏宮殿と呼ばれているウェストパレスの入り口で、チャールズはジーンと共に馬車を降りた。


 チャールズは、見知った門兵や近衛兵達と目で挨拶しながら扉を抜けて、回廊を使わずショートカットをする階段を上がり、ローゼブル宮殿に或る自室へと戻って来た。



 ジーンが開いた重厚な扉を抜けて、客間を通り過ぎ、奥に或る書斎の執務机の前にチャールズは腰を下ろして、室内に入って来た従僕のエドに珈琲を頼み、閉じていた書類の続きに目を通し始めた。



 チャールズは、百数枚の書類を読み終え一息吐くと、エドの淹れた珈琲を口にして、キューリック公爵の対策で思い付いた事を羽根ペンで紙に記していく。



 『コーデリア陛下の力を借りなければ成らないのが心苦しいが、上手く事が運べば其れなりの資金が王家の財布に入るので良しとしよう。』



 チャールズは、そう1人ごちた後、会うたび美しく成長していっている、ソフィアとシャロンを想った。



 ローゼブル宮殿の庭園で色とりどり咲く華やかな薔薇の様なソフィアと、春を告げる黄水仙のようなシャロン。




 チャールズ・レスタードへの碌な噂しかないなかで在っても、デビュタントを迎える前の娘二人に、それと無く婚約の話がチラチラと届いて来ている。


 主に62年前と自分と同時期の17年前、纏めて貴族へ叙された新興貴族と呼ばれている人達の家からだが。



 その事を思い出したチャールズは、軽く舌打ちをした。



 17年前に叙されたソルズサンド男爵領は直系の男子しか継ぐことが出来ない為、娘しか居ないチャールズは、自分が死んだあと余計なモノを残さずに済むと内心で喜びに沸いていたのだが、五年前、アルバート5世陛下の嫌がらせのようなあの世からの置き土産叙勲で、新たに得たルーストン侯爵領は、娘でも継げる仕様に成って居たのだ。



 それが決まってからは、チャールズに摺り寄って来る欲ボケな猛者(チャレンジャー)が湧いて出てきたのだ。


 此れが家の跡を次げない次男~3男以降からなら未だ話は分かるが、嫡男からも話が出てきた事で、チャールズは閉口していたのだ。



 「ソフィアやシャロンの顔も知らずに婚姻しようとかしゃらくせえ。一昨日(おととい)来やがれ。」



 チャールズは書斎でジーン相手に毒吐(どくづ)いていた。



 婚約申し込みの返信には、『有難いお話ですが、未だ娘も幼く、、、』と言うありふれた理由を、チャールズは大人しく綴っていた。





 アランは、チャールズへ自分たちの婚姻がソフィアとスティーブン卿との未来が開ける切っ掛けになるかも知れないと夢見がちに語っていたが、『そう言う問題では無い』と、チャールズは言葉の代わりに、深く息を吐き出した。



 


 チャールズが真剣に頼めば自分に甘いクランベル公爵は、大奥様つまり、スティーブ・クランベル公爵の現在70歳になる母親が生きている間は無理だろうが、亡くなれば結婚自体は可能になると確信していた。



 人の死を前提とした甚だ罰当たりな考えで或るが。



 それでもチャールズは、ソフィアをスティーブン卿へと嫁がせたくないのである。


 貴族にしてもジェントリ(地主階級)にしても、基本は各々の家の永続と発展を願い動いているモノだと上流階級の人々を見ていたが、クランベル公爵を頂点にした49家は珍しく一枚岩の王党派で、一種独特のプライドを保っていた。



 威勢の良い新たなブルジョワジー(有資産階層)に反感を持つ古き良き時代の懐古主義かとも考えたが、クランベル公爵家に居候していた頃、チャールズが観察して居ると彼らはそれだけでも無いような気がしていた。


 今は断絶し49家になったが、元は200年前から57家あった古い貴族家は互いに婚姻関係を結び、強力に繋がっていた。



 その見えない壁は、嫁いだとしてもソフィアを苦しめてしまいそうで、チャールズは娘の背中を押す事も引き止める事も出来ずに苦悩していた。




 13歳に成るソフィアの容姿は、離婚した妻のジュリアに益々似て来た。

 

 元妻のジュリアはチャールズと出席しなくては成らない社交の場へ無理矢理に参加する度、体調を崩して臥せってしまっていた。

 その姿をジュリアに良く似たソフィアへとチャールズは脳裏にオーバーラップさせてしまい、胸が苦しくなってしまうのだ。


 フォローの仕方も在ったのだろうが、若いチャールズも宮廷での社交が不慣れだった為、元妻のジュリアにまで意識が回らなかった。


 

 そして妻だったジュリアと違い、ソフィアの場合は外だけでなくスティーブン卿と婚姻すれば邸宅内でも気を使い、下手をすればソフィアの精神を病んでしまうかも知れないと、チャールズは懸念してしまうのだ。






 『それにだいたいジュリアは、破天荒で放蕩者の父エルメールの負債の(カタ)として、アルバート4世とクランベル公爵の大いなる勘違いに寄って、俺に売られたようなモノだったしな。』




 チャールズは、ジュリアと結婚させられた理由を思い出して、投げ遣りに珈琲カップを持ち上げ口を付けた。




 父親の借金で生活苦を味わっていたジュリアが社交マナーを知らないのは当然で、急遽インスタントマナーを教わっても上手くいくはずもなく、チャールズは当時の事を思い出して申し訳なさに今更ながら歯噛みしていた。


 そして、身に会わない婚姻をして母親のジュリアと同じ様な苦労を、出来る事なら娘のソフィアには味合わせたくないとチャールズは願ってしまうのだった。



 チャールズがジュリアに「離婚したい」と話し終えた時、晴れ晴れとした笑顔で「もう上流階級の社交をしなくても良いのね。」とスッキリとした眩い表情でジュリアの告げたセリフが蘇ってきた。





 父親のエゴでソフィアを押し止めようと幾度か悩んだが、人を恋い慕う気持ちをチャールズは自覚し知ってしまった事で、身動きが出来なくなったのだ。

 チャールズは5歳の頃からスティーブン卿を慕うソフィアの気持ちを自分の願いだけで、押し止める事が出来なくなったのだ。




 そしてチャールズがスティーブン卿とソフィアの後押しが出来ない理由は、もう1つあった。



 日頃は不愛想で沈黙した石像のような17歳年下のスティーブン卿をチャールズは恐れてもいたのだ。


 スティーブン卿の意に逆らったらサックリ暗殺されそうな恐怖と、彼が20歳の時に亡き母のワート公爵家を特別継承で受け継ぎ、ローゼブル宮殿に隣接したホワイト・ガーデン東側を沿う形で作られたポル・メル地区を譲られ、王家からの自由保有権と共に得るという地位と資金力の恐怖の二本立てにチャールズは本気でビビッてしまっていた。


 資金力の偉大さを此の17年間見ているだけにスティーブン卿と目が合う度に、チャールズは怖さでゾクゾクと背中が粟立って来るのだ。


 



 現在ポル・メル地区は、イーバリー・パーク沿いにある貴族屋敷が並ぶローリング街よりも大きな貴族の邸宅が並ぶ最も高級な住宅地区で、スティーブン卿の資産は可成りのモノで或る。


  クランベル公爵家を継承する以前に大資産家へと成ったスティーブン卿に、ビビりのチャールズは「Noと言えない唯のモブ」と化していた。



 そんな畏れ多い相手を娘ソフィアの婿(未定)などと、決して思えないチャールズだった。




 しかも、ビビっているスティーブン卿の父親クランベル公爵を一心に恋い慕うチャールズ41歳の深い悩みは、今日も尽きない。






 声なきチャールズの呟きを読み取り、呆れ返った従者兼ほぼ友人ジーンの生暖かい視線に気付くこともなく、チャールズは今宵も答えの見えない悩みの迷路を彷徨って行くのだった。




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