エルムロッドのレスタード伯爵領へ
『やっと此れで俺も夏休みが取れる。』
待ちに待ったシーズンオフに成り、俺は口の中でそう呟いて忠誠を誓った主君コーデリア女王陛下と王配であるフランシス殿下たちが、サマーバケーションを過ごす為、王都ロドニアの南東に或るダイア島へ向かう大所帯の馬車一団を見送った。
さて、娘たちの待つ我が家へ俺は帰ろう。
既に眩しい夏の日差しに目を細め、俺は大きく伸びをした。
※ ※
私は、幼馴染のセインと話せない侭モヤモヤとした気分で、ロドニアに眩しい陽の光で夏の盛りを迎えた。
一度、増築されたカイル叔父さまのスティルルーム(蒸留室)から午餐室へ向かって居るとエントランスホールで、此方に向かって来られたスティーブンさまたちと擦れ違い、挨拶を交わす私とスティーブンさまたちの後ろで頭を下げて、他人行儀に沈黙していたセインに出逢った。
今まで見たことのないセインの他人行儀な表情は、まるで見知らぬ人のようで、私は声を掛ける事が出来なかった。
セインと私は、ほんの4カ月前まで幼い頃と変わらない手紙のやり取りをしていたのに、背が高く大人っぽくなったセインの固い表情は、私を突き放して居るように感じてしまった。
『セインは何で知らない人みたいな顔をするの?私に笑顔くらいみせなさいよ、馬鹿セイン。』
私は、心の中でそう悪態をつき、急にセインと話せなくなった自分の弱気に苛立ちつつ、目を瞑ったのだ。
でも、この意味不明な気持ちを誰かに知られるのは何故か躊躇われて、私はソフィア姉さまやメイたちに気取られぬよう普段通りの生活をした。
だけどソフィア姉さまは、「最近のシャロンは元気がないわ。どうしたの?」と、心配そうに大きなエメラルド・グリーンの瞳で私の顔を見詰めて訊ねてくるから、仕方なく私は夏の暑さのせいにした。
だって、自分でもセインへ話し掛けられなくなった弱気の理由など良く分からないのだもの。
私は、いつだってセインに負けたくないって思っていたから、腹立たしい限り。
そんなムカつく日々を過ごしている内、父さまが多忙なシーズンを終え、やっと女王陛下から解放され滞在先のローゼブル宮殿からエリアス・ハウスに戻ってきた。
父さまは、ローゼブル宮殿に或る西宮で、コーデリア女王陛下の生きたストレス発散アイテムとして務められている。
あくまで父さま本人談だけど。
侍従長って役職は、そんなお仕事だったのかしら?
そして父さまが屋敷に居ると、エリアス・ハウス内の隅々まで空気が澄みきっている気がする。
別段、当主不在でも使用人たちは、手抜きした掃除をしている訳でないのだけど、父さまがいるとカイル叔父さまや執事のカールソン、そして皆もイキイキしているように見える。
父さまは、ローゼブル宮殿から帰宅して一昼夜を寝て過ごし、疲れを取った翌朝から家族で食事を取ったり、親族や知人たちと交流したり、執務室で各領地から届いている報告書を読んだりするのが、父さまの地味なサマー・バケーションの過ごし方だ。
朝食を共に父さまたちと頂いた後、ソフィア姉さまとカイル叔父さまやアラン叔父、そして父さまと私たち家族は2階に或るパーラーで約8ヶ月ぶりの団欒を愉しみ、互いの近況を語り合っていた。
東窓と北窓を開けて、樹々を渡る風と光をパーラーへと入れて、父さまの際立って美しい端正な容姿を輝かせている。
私は、父さまの美麗な容姿に目が慣れるまで、毎度のコトながら暫し緊張してしまう。
実の娘が父親と会う度にプラクティスタイムが必要だなんて、父さまの美顔は全く罪作りなのです。
実の親子と思えない高貴な佇まいに空気を纏った父さま、、、。
でもまあ30分も話して居ると私は慣れてくるけど。
父さまは、『外見だけ』が、完璧なので。
「、、、今朝、グレイス・フレイル伯爵未亡人から、ソフィアとシャロンを領地で育てるよう提案があったけど、どうしようか?ソフィアとシャロンは、俺と離れてレスタード伯爵領が或るエルムロッド地方で暮らしたい?父さんを1人王都ロドニアに残してでも行きたい?」
憂いを帯びた金色の瞳を父さまは、ソフィア姉さまと私へと向けて、悲し気な声で訊ねてくる。
ズ、ズルイですよ!父さま。
そんな風に言われたら、私たちがエルムロッド地方へ例え行きたいと思っても、行けないではないですか。
でも、行っちゃうのだけどね。
本領地と言うべきレスタード伯爵領の或るエルムロッド地方は、王都ロドニアからラムズ川を渡り、南西に或る元特別王領地の一部である。
父さまが、14年前にアルバート4世国王陛下から下賜されたエルムロッド地方は、王都ロドニア近郊にあり、ラムズ河から南西の支流サリー川へ抜けて、約六時間位で辿り着く自然豊かな広い王家の猟場だったそうだ。
南には隣接した王太子領であるサリー公爵領が在り、ホワイト宮殿からの街道を守る為、父さまが下賜される迄は王家の特別領として、代官が治めていた領地でも或る。
グレイス伯爵未亡人から教わった事柄だけど、そんな重要な王領地を賜るなんて、父さまはアルバート4世国王陛下から、何れほど気に入られ、信頼されていたかを知るコトが出来る話だった。
私は「父さま凄い。」とグレイス伯爵未亡人から聞いた話をして父さまを褒めると、父さまは整った容姿に不似合いな表情で口を尖らせ不満げに呟いた。
「別に凄くないよ。陛下に呪われたソルズサンド男爵を名乗りたくないと話して居たら、レスタードを名乗れるよう王領エルムロッド地方でレスタード伯爵領を創設されたのだよ。俺はソルズサンド男爵って爵位を返したかったつうのにさ。我が家のレスタード姓へ、新たに伯爵位を創設し陛下から賜った時は、マジで迷惑だったよ。それまで王領エルムロッドを管理されていたクラーク伯爵家から、引き継ぎで面倒な嫌味をされるし。アルバート4世国王陛下もアルバート5世国王陛下も、俺を困らせて楽しんでいたのに違いない。両陛下は、マジで小心者の俺を如何したいのかって話だよな。」
拗ねたような口調でボヤいてる父さまの話をソフィア姉さまと聞いている内、目に眩しい父さまの美麗な容姿に慣れて、私から緊張感が解けていった。
カイル叔父さまは、そんな父さまの戯言を生真面目な表情で受け止め、同意しながら頷いていた。
そしてアラン叔父さまは、悪戯っぽく微笑み、可憐な仕草で金色の髪を揺らし小首を傾げて、父さまへ話しかけた。
「チャーリー兄さんが、幾ら愚痴ってもソフィアやシャロンの立場は変わらないよ。グレイスのアドバイス通りに、2人を領地へ行かせる方が良いだろ?郊外のエルムロッドで過ごす方が、雑音も少ないし、学ぶことも増えるよ?カイル兄もレスタード医院は弟子のバーニーに任せてソフィアたちに付いて行くし、グレイスも一緒に行ってくれるしさ。」
「どうせアランは、ロドニアよりエルムロッドの方が、グレイス・フレイル伯爵未亡人と自由に出歩けると思って勧めてるのだろ?」
「まあね。それもあるけどさ。でもチャーリー兄さんだって、何方にしても最低でも10年間は、コーデリア女王陛下の侍従長を辞めれ無いから爵位を返上出来ないのだろ?それならソフィアたちを貴族令嬢として育てるしかないよね。チャーリー兄さんも覚悟を決めて、いい加減に諦めたら?」
「いや、俺はコーデリア陛下の戴冠式で覚悟を決めてるけどさ。ただ何時でも顔を見れる距離に娘たちが居ないと言うのが、、、さ、寂しいかも知れないと。あっ、いやソフィアたちがなっ!」
と、たどたどしくアラン叔父さまの言葉に答える父さまだった。
ソフィア姉さまと私は、寂しがる父さまに申し訳ないけど、首都ロドニアのエリアス・ハウスを離れてシーズン・オフ中は、エルムロッド地方のカントリー・ハウスへ行くコトを決めていた。
最初は、北東に或るルーストン侯爵領の予定だったけど、ソフィア姉さまから頼まれてエルムロッド地方のレスタード伯爵領へ向かうことにしたのだ。
そもそも今年のシーズンオフは、スティーブンさまが跡を継いでいるパーマ公爵領へと帰られるコトに成っていた。
スティーブンさまがパーマ公爵領地に滞在する理由は、スティーブンさまのお祖母さまであるマーガレット・クランベル公爵未亡人と喧嘩中の為らしい。
そして、レスタード伯爵領の或るエルムロッド地方は、スティーブンさまが滞在しているパーマ公爵領のカントリー・ハウスが近いそうだ。
当然、ソフィア姉さまは、スティーブンさまが訪れやすいエルムロッドの方が都合が良いので、スティーブンさまと相談した結果、迷いなく父さまを捨て去ることにした。
父さま、ごめんなさい。
そして私もソフィア姉さまが行くならと、カイル叔父さまにエルムロッド地方へ同行するコトを伝えた。
それにロドニアのタウンハウスで暮らして居た私は、広いカントリーハウスの敷地内に或る丘や麦畑そして牧場や森、谷、滝や川などを見てみたいと思ってしまったのだ。
心配性な父さまは、犯罪が多いからとロドニアの街々を気楽に見学させて貰えなかったので、治安の比較的良いレスタード伯爵領地に或る町や村も見たかったしね。
グレイス伯爵未亡人は、羨ましいコトに領地でのお祭りなど、幼い頃から参加していたそうなの。
次女である私は、レスタード伯爵領や北東に或るルーストン侯爵領を継ぐことはないけれど、グレイス伯爵未亡人の話す領地での暮らしと言うモノを体験してみたくもあったのだ。
経験していれば、何か在ったらソフィア姉さまの助けになるかも知れないし。
カイル叔父さまは、父さまに済まなそうな顔をして、私たちがレスタード伯爵領へ行きたい理由を説明してくれていた。
「マジでレスタード伯爵領へ行きたいのかい?ソフィア、シャロン。」
「はい、お父様。」
「はい、父さま。」
端整な顔を切な気に曇らせて、父さまは大きな溜息を吐き出し、「しょーがないなあー。」と言って、従者のジーンが銀色の珈琲ポットから注いだ2杯目の珈琲を口にした。
「僕がしっかりソフィアとシャロンを見て、チャールズ兄さんへ小忠実に2人の様子を手紙で報せるよ。月に1~2度は、ロドニアへ顔を出すしね。」
「ボクも頻繁にエルムロッド地方へ訪ねるよ、チャーリー兄さん。」
「カイルありがとう。でも良いのか?カイル。折角の医院をさ。俺たちの為に、わざわざ田舎のエルムロッドへと引っ越して。ロドニアで外科医組合クラブの集まりだってあるだろ?申し訳ないな、カイル。そしてアランもありがとう、、、って言いたいけど、アランはグレイス・フレイル伯爵未亡人に、会いたいだけの気もするけども。」
「僕が行きたかっただけだから、チャールズ兄さんは気にしないで欲しい。」
「ボクの場合は7割がグレイスのためで、2割がソフィアとシャロン。残り1割がチャーリー兄さんとカイル兄の為、レスタード伯爵領へ行くとするよ。」
アラン叔父さまは、そう言うと父さまとカイル叔父さまへ金色の瞳を細めて、楽しげに笑いかけた。
それを聞いたカイル叔父さまは、アラン叔父さまに向かって大きく溜息を吐いて見せ、父さまは苦笑して、珈琲カップを口元へと持って行った。
それから引っ越す準備を私たちも混じって話合い、私たち姉妹とカイル叔父さまへレスタード伯爵領に居る上級使用人たちのコトを父さまは気を取り直して教えてくれた。
それにもしかしたら、自然豊かなエルムロッド地方でなら、幼馴染のセインとも昔のように気兼ねなく話掛けれるかもって、私はちょっぴり期待もしていたりする。
少しだけね。
本当にセインと話せたらいいなあ。




