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ep2 初めての挨拶


 朝九時過ぎの明るい日差しが差し込む朝食室で、朝の祈りをカイル叔父様とソフィア姉さまと済ませて、私達は朝食に手を付けた。




 クランベル公爵家では、私もソフィア姉さまも子供部屋で食事を済ませていたからエリアス・ハウスへ越して来て朝の食事だけ父さまやカイル叔父様とも揃って頂くように成っていたから私は驚いていた。

 此の頃は、未だダイニングチェアーから床へ足が届かなかったから、午餐(夕食)はロージーたちと共にパーラー(居間)のソファーで食べていた。


 私は、そんなコトを思い出した話をソフィア姉さまにした。



 「ふふ、シャロンは忘れているかも知れないけど、レスタードの家では皆で食事をしていたのよ。」


 ソフィア姉さまは微笑んで懐かしそうにし乍ら、切り分けたオムレツを口にしていた。


 父さまとカイル叔父さまは「朝食を家族で食べるのはレスタード家のルールだ。」と話していた。

 そんなコトを私たちに言っていた父さまは、今日も安定の留守だけど。





 「そう言えばシャロン。カヴァネス(家庭教師)が決まりそうだよ。14時過ぎにデイジーが連れて来るそうだから、シャロンは僕と一緒に挨拶をしよう。相性が合いそうになかったら素直に僕へ話して呉れ。いいね?」


 「ハイ。カイル叔父さま。」



 カイル叔父様は、少し神経質に見える左右の大きさが違うペールグレーの瞳を私に向けて、切り分けていた焼けたベーコンから顔を上げ静かに話した。


 「全くデイジーは人の話を聴かないから。僕には未だ結婚する意志がないと何度言えば、、、。」



 カイル叔父さまは、続きの言葉を口に運んだベーコンと共に飲み込んだ。

 きっとデイジー叔母さまからの手紙には、紹介するカヴァネスをカイル叔父さまへの結婚相手としてアレコレと勧める内容が綴られていたのだろう。


 私は、隣に座っているソフィア姉さまと視線を合わせて肩を竦め合った。





 カイル叔父さまは不機嫌に成るけど、私にはデイジー叔母さまが心配してお見合い相手を紹介しようとするのもワカル気がする。


 だって、カイル叔父さまは今年35才になって仕舞うし、幾らヨーアン諸国の中では婚姻年齢が高いブレイス王国でも少し、、、ね。


 ブレイス王国では平均だと男性は30歳前に、女性は23~25歳で婚姻している。

 上流階級(アッパークラス)の令嬢たちだけの婚姻年齢なら18歳~20歳が平均だとメイと乳母のロージーが話して呉れた。


 (ブレイス王国の上流階級とは、貴族とジェントリ(郷紳)階級のコト。他のヨーアン諸国では違うらしい)


 令息たちは、カレッジ卒業後にグランド・ツアーへ行き、まったりフラフラと遊牧民宜しく他国で学ばれてから帰国するので、婚姻年齢が上がってしまうのだとか。

 特に貴族の嫡男は、跡を継ぐのが決まっているので、ヨーアン諸国で優雅に過ごされ審美眼を磨かれるらしい。



 カイル叔父さまは、逆玉の輿を狙って相手を探している様子も全く見えないから、デイジー叔母さまは何時まで経ってものんびりしていて結婚しないカイル叔父さまにヤキモキしているのだと思う。


 家長で或る父さまは「カイルの好きなように。」と、カイル叔父さまに対して放任主義だし。



 そんな2人に業を煮やして、デイジー叔母さまが昨年のクリスマス前に我が家へ訪れた時も、カイル叔父さまに対してアレコレと愚痴を零していた。



 「カイル(にい)アドミラル(海軍)に勤めた侭なら、もっと楽に相手を探せたのに。」



 デイジー叔母さまが話の相手をしないカイル叔父様さまへそんな愚痴を零した。


 「仕方ないだろ。僕は他人を物理的に攻撃して傷付けるより、傷付いた人を治したかったのだから。内科医と違って成るのに費用も掛からなかったし。デイジーは馬鹿にするけど、王立外科医組合のライブリッジ・カレッジは、チャールズ兄さんとカッター博士が作った立派な所だよ?デイジー。」


 そうデイジー叔母さまに答えて、カイル叔父様は苛立ったように立ち上がり、スタスタと自分の書斎へと戻って行った。



 私は、一見冷たそうに見えるけど、内面はとても優しいカイル叔父様が大好きだし、少しだけ口煩いけど、カイル叔父様や父さまや私達の事を心配して呉れるデイジー叔母様も大好きだった。


 そんな2人を見ながら、ソフィア姉さまは「(いず)れ、カイル叔父様にも神様が決められた運命の相手が現れるハズよ。」と私に囁いて、ニッコリと微笑んでいたのを私は思い出していた。







        ※             ※




 私は、来客に備えてメイ達に着替えさせられた後、自室でコッソリと貸本屋で買って来て貰ったポケット・ブック(安価本)を淑女のマナーブックに挟んでページを開き、話題に成って居たレンフィール公爵夫人の着ていたファッションプレート(口絵)を眺めて、素敵なドレスに感嘆の息を漏らしていた。


 『きっとソフィア姉さまに似合うわ。後でソフィア姉さまにも見せなくては。』



 そう思いながら、ページを繰って目当ての星占いの箇所を読み始めた。

 メイ以外の人にポケット・ブックを読んでいるのを見られると注意されてしまうから、つい慎重になって仕舞う。



 実は、私がポケットブックを読んでいたのを乳母のロージーに見付かってしまい、執事のカールソンからお小言を貰ってしまったの。


 私がポケットブックを読んではいけない理由を、執事のカールソンと妻でメイド長をしているリリーは、粛々と説明した。


 カールソンの話によると、ポケット・ブックを手にするのは、ミドルクラス(中流階級)の淑女たちなのだそうで、侯爵令嬢で或る私の読み物としては品が無いコト。

 そしてブレイス国教会でも購入を自粛するように注意されていることを告げて、滾々(こんこん)と説教されてしまった。

 申し訳ないことに、私へ本を貸していたメイもカールソンとリリーから「迂闊な。」と酷く叱られてしまった。



 後でメイから「一応、淑女のモラルに反し教会から悪徳と呼ばれているセンチメンタルノベル(感傷小説)と言うジャンルのポケット・ブックを私へ渡して無いから、信仰的には大丈夫ですよ。」と話して私を安心させてくれた。

 如何やら、非現実な身分違いの恋愛を描いたノベル(小説)や魔法を掛けたり使ったりする妖精が出て来るおとぎ話(フェアリー・テイル)を、正しき信仰の在り方を歪めるとブレイス国教会で否定されたらしいの。


 でも私は再び読んでしまっているけども。


 私も本当は、カールソン達に叱られてからポケット・ブックを読むのは辞めようと思ったのだけど、駄目だと言われるとコッソリと見たくなってしまうのよね。 それに占星術も興味が在ったし。


 父さまの書斎在った占星術の書籍は、ロマン語で記されていて私には難しかったけど、ポケット・ブックに或る星占いは、自分の誕生月が解ると今年一年間に注意すべきコトなどを国語で教えて呉れているから読み易い。

 

 なので、私は内緒でメイに頼んでファッション・カタログと星占いのポケット・ブックを貸本屋で買って来て貰っている。



 ポケットブックを知ったのは偶然で、此の屋敷に越してからメイがドレス・スカートの内ポケットに隠していたのを偶々見つけてから、私は読むようになったのだ。

 今では、すっかり私とメイの秘密の楽しみになって仕舞っているけど。



 私がベリー・ジュースを飲み、序にソフィア姉さまの運勢も読んでいると、カイル叔父さまに就いていた従者のケンが部屋の扉をノックして、カイル叔父さまがドローイングルーム(応接室)で呼んでいると伝えたので、慌ててポケット・ブックをメイに渡して立ち上がった。







  注※【ポケットブック】=1シートを12折判で製本した書籍。ブレイス王国では1シリング(=約2,500円)で販売されていた文庫本サイズのメモ帖。スカートや胸元の内ポケットに隠し持てるサイズ。ブレイス王国で不道徳とされていた恋愛小説や妖精たちが奇跡を起こして主人公を助ける夢の或るフェアリーテイル(おとぎ話)だったが、神以外が起す奇跡の話にブレイス国教会の聖職者たちは不快感を示していた。※










        ※           ※




 私は、カヴァネス(家庭教師)に、どのような方がいらしたのかと不安と緊張でドキドキと胸の鼓動を高鳴らせていた。

 デイジー叔母さまが連れて来て下さった方だから恐らくは良い人なのだろうけど、私がお客様を出迎えるのは初めてのことなので、カイル叔父さまの前で失敗をしないかと不安になっていたのだ。



 一階に降りてドローイングルーム(応接室)へメイドが開いた扉からメイと入って行くと、デイジー叔母さまとカイル叔父さまが笑顔を向け、立ち上がって腰を軽く落として挨拶をした品の良い女性が綺麗な仕草で私に挨拶をしてくれた。


 私は慌てて挨拶を返すとカイル叔父さまがソファーに座る様に、優しく声を掛け後を次ぐように、デイジー叔母さまが(はしゃ)いだ様子で話し始めた。



 「久し振りね、シャロン。元気そうで安心したわ。今もカイル(にい)に、、、じゃなくてカイル兄様に話して居たのだけど、此方(こちら)はグレイス・フレイル伯爵夫人。3年前まで私と一緒にコーデリア陛下に仕えていらしたの。結婚退職したのに、アッっという間に未亡人に成られたけど。」


 「おい、デイジー!お前は全く。申し訳ありませんフレイル伯爵未亡人。」


 「ふふっ、宜しいのですよ。ミスター.レスタード。デイジーらしくて。それと(わたくし)の事は、グレイスとお呼びください。夫が亡くなり弟夫婦がフレイル伯爵家を継ぎ、(わたくし)は屋敷を出ましたから、フレイル伯爵未亡人と呼ばれても余りピンときませんのよ。今は葬儀が終わり遺産の手続きを済ませてからは、以前デイジーが暮らしていたトリント地区のテラスハウスで気儘に独りで暮らしてますのよ。」



 「でもグレイス。さっきも話し掛けたけど、グレイスってキューリック公爵家のお嬢様でしょ?別に生活に困っているという話も聞いた事も無いし。本当にシャロンのカヴァネス(家庭教師)を頼んでも良いのかしら?知っての通りレスタード家って成り上がりよ?やっぱりグレイスの身分が高過ぎる気もするし。」



 「色々言う人も居るかも知れないけど、(わたくし)は気にしないわ。それに実家のキューリック家に戻ったら当主の兄が直ぐに何処かの後添(のちぞ)えにと再婚相手を探してきそうだし、何もしないでいると時間を持て余すし、悩んでいたらデイジーが姪のカヴァネスを探して居ると、(わたくし)の様子を訪ねて来てくれた同僚だったリアナに聞いて、楽しそうだなって思いましたの。丁度コーデリア陛下がシャロン嬢と同じ位の年齢の時に、私やデイジーがお仕えするようになったでしょ?12歳か13歳だったかしら?つい懐かしくなってしまって、思わずデイジーへ手紙を書いたのよ。」


 「私は手紙を読んで吃驚したわよ。グレイス。」



 デイジー叔母さまとグレイス伯爵未亡人との歓談がしばらく続いて、カイル叔父さまと私は放置されていた。


 一緒に来たと言っても互いの家から別々の馬車で、此のエリアス・ハウスの屋敷で待ち合わせをして、今こうして久しぶりに話したそうだ。


 グレイス伯爵未亡人の仕草や表情は、とても自然なのに上品で女性的な柔らかな空気を醸し出していた。

 貴婦人とは、きっとグレイス伯爵未亡人みたいな人を言うのだろうと私は思った。

 率直な物言いのデイジー叔母さまを楽し気な表情で受け止めて、グレイス伯爵未亡人は耳に優しい声で答えていた。




 私は、こんな素敵な女性ならカイル叔父さまも気に入るかなと想い、チラリと斜め前に座っていたカイル叔父さまの表情を盗み見てしまった。


 カイル叔父さまは強いてグレイス伯爵未亡人に興味を示す訳でも無く、窓の外を眺めてはテーブルに置かれた珈琲カップを持ち、デイジー叔母さまたちの歓談が終わるのを待っていた。




 バンエル王国の領土割譲戦争に参戦していたご主人のフレイル伯爵が戦死したと思っていたデイジー叔母さまは、「名誉の戦死をなさって。」と、慰めの言葉をグレイス伯爵未亡人へと告げた。


 するとグレイス伯爵未亡人は神妙な顔をして、「バンエル領土に或るノースリーフの地で風邪を引き、ブレイス王国へ帰国途中で病死しましたの。」と語り、それを聞いたデイジー叔母様は早合点だったと言葉を失い、ワタワタと焦っていた。


 「でもフレイル伯爵は慣れぬ地で逝かれたのですから戦死で良いと思いますよ、グレイス伯爵未亡人。デイジーも無闇に焦らない。」


 「はい、カイル(にい)。」


 「ミスター.カイル。有難く存じます。その言葉を聞けば、きっとフレイル伯爵家の皆様も慰められると思いますわ。」


 そして続けて、死に際を看取った部下からの報告をグレイス伯爵未亡人が真面目な表情で語った。



 彼女が話すには、亡くなられたフレイル伯爵は賭け好きな方で、今わの際の言葉が「私の熱が朝には下がると賭けよう。君達は下がらない方に賭けたまえ。」だったそうだ。


 「暫くして主人の熱が下がり、冷たく成ってしまったそうです。ギャンブルに負ける事が多かったようですけど、主人は最期の賭けに勝ちましたのよ。」


 と、妻だったグレイス伯爵未亡人は淡々と話し終えた。


 それを聞いて、デイジー叔母さまは笑わない様に表情を作り直し、今度はカイル叔父様が声を失い絶句してしまった。


 グレイス伯爵未亡人は、涼しい表情をして緩やかな仕草でソーサーと珈琲カップを持ち、美しい所作で珈琲を飲み始めた。



 私は、何事もユーモアで返して呉れる此のグレイス伯爵未亡人をとても気に入ってしまった。

 そう思ってカイル叔父さまに、グレイス伯爵未亡人を気に入った事を伝えようと口を開けかけた時に、慌ただしい足音と共に勢い良くアラン叔父さまがドローイングルーム(応接室)へ飛び込んできた。



 「グレイスが来ているってっ!!カイル(にい)っ!」

 「おい、アラン。」

 「もう、アラン。もっと礼儀正しく入って来なさいよ。」



 「お久しぶりです。アラン様。お元気そうで、、、。」


 「グ、グレイスっ!本当に久しぶりだ。」



 そう言うと、アラン叔父さまは一瞬硬直し、そしてソファーに座っているグレイス伯爵未亡人へと駆け寄り、両膝を柔らかな絨毯の敷かれた床へと着け、勢いよく抱き締めたのだ。


 

 えええーー。

 何コレ?



 私は、思わぬ展開に息を飲み、しっかりと抱き合っているグレイス伯爵未亡人とアラン叔父さまを見つめていた。


 すると、いつの間にかカイル叔父さまに指示をされていたらしいメイと乳母のロージーが、私を引っ張る様にして愛のドローイングルームを後にすることに成ってしまった。


 私がメイとロージーに連れ出された後、オーク材で作られた重厚なドローイングルームの扉がメイド達によって静かに閉められてしまった。





 、、、ソフィア姉さま、とにかく事件です。


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