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ep18 初恋未遂


 ソフィア姉さまとスティーブンさまの密会事件は、取り敢えず父さまやカイル叔父さまにバレるコトなく、私たち姉妹の睡眠不足だけと言うペナルティで終わった。

 睡眠不足の原因は、久しぶりに同じベットで過ごすソフィア姉さまとのおしゃべりが楽しくて、夜更かしをしたからなのだけども。


 数日後、スティーブンさまは正式に前触れを出し、ソフィア姉さまにはフロラル王国のドレスを着せたファッション・ドールやグロリアで買い付けた美しいパペット・ドール、装丁し直された書籍の数々を抱えて、正門から堂々と訪問してきた。

 流石にこの大荷物を抱えて2階の窓から侵入するのは難しそうだものね。


 次々と見せられる品物で一際目立ったのが、滞在中にスティーブンさまが造らせたオーニアス=神聖ロマン帝国製の見事なドールハウス。

 テーブルや椅子、ベットなどドレも魔法で小さくしたような素晴らしいもので、思わず、ソフィア姉さまも私も心を奪われて見惚れてしまった。


 そして私には、薄く磨かれたマホガニー木材で作られたヨーアン諸国の地図を自ら嵌め合わせ一つにしてヨーアン大陸にするパズルと言う手の込んだ玩具をプレゼントしてくれた。



 ソフィア姉さまに就いて居る侍女のメラニーは、スティーブンさまがドローイングルーム(応接室)でお土産を披露して、ソフィア姉さまがキラキラと輝く満面の笑みを浮かべてスティーブンさまに感謝の想いを告げる迄は不機嫌だったけどね。

 流石に私もレディーの部屋へ夜の突撃訪問は不味いって感じるし。


 それに私が思うに、きっと毎年恒例のレスタード侯爵家恒例の使用人休暇と重なり、より一層の人手不足が重なって忙しくなってる事もメラニーの機嫌が悪く成って居る一要因なのだろうしね。


 『よりによって此の忙しい時期に。』


 って、メラニーも思っていたのだろうから。

 


 3月下旬から4月中旬の復活祭から此の5月祭までの間は、一部の上級使用人達を除いて1~2週間ほどの休暇を交代で与えられている為、家族の元へ帰らない侍女のメラニーやイルマ、メイたちは休んでいるハウス・メイドの穴埋めで忙しい。

 男性使用人と勤務年数が少ない使用人達は、この長期休暇は取れないらしいけど。

 思えば、広大なクランベル公爵邸には、数多くの使用人たちがいた。



 他所の上流階級が保有しているタウンハウスより、慎ましやかでこじんまりしているエリアス・ハウスだから少人数で廻せていると、執事のカールソンは話していた。

 クランベル公爵のタウンハウスを始めとして、他の御屋敷はパレスって呼びたくなる程の大きさだモノね。



 ブレイス王国では、内乱期を終えて約161年のアン女王時代、国王陛下の議会招集が復活し、きっちりと制度化(大体5月~7月末まで)されてから、王都ロドニアで貴族たちが誇る豪勢なタウン・ハウス文化が本格的に花開いたとのコト。

 ロドニア橋が或るオールド・ロドニア・シティと呼ばれる旧市街地は、ロドニア大火災で焼けてしまって、貴族たちのタウンハウスは、ウエストカタリナ地区方面へ移って来たのだった。


 その議会招集に合わせて、上流階級の人々が領地から首都ロドニアへ集まる時期をシーズンと呼んでいる。

 



 スティーブンさまがグランドツアー(ヨーアン諸国卒業旅行)の土産もをって訪ねて来てからは、時間が出来る度にソフィア姉さまの元へと足繁く通ってきた。


 そしてスティーブンさまのペイジボーイとしてついてきたセインは、私の想い出の中に居た7歳の頃の姿と随分と変わっていて驚いてしまった。

 4年ぶりに会ったセインの背は私よりずっと高く成っていて、お屋敷の服を着ていた姿は大人びて見えた。

 手紙の遣り取りの中では余り変わった気がしなかったのに、挨拶を交わして話し始めるとセインの仕草や言葉使いが何処か他人行儀に感じてしまったのよね。


 どことなくコーデリア女王陛下の肖像画と似たアクアブルーの知的な瞳が印象的で、私が知っていた幼い頃の悪ガキだったセインとは違う少年に感じてしまった。


 もっと頻繁にセインと会えたら、きっと手紙でのやり取りのような会話が出来るように成るのだろうけど、ソフィア姉さまに会いに来るスティーブンさまは1階のドローイングルーム(応接室)で過ごされるので、基本的にスティーブンさまと居るセインと、2階の自室やパーラー(居間)で過ごす私とは顔を会わす機会が無かった。


 「セインと会いたい」とソフィア姉さまに話せば、きっとセインと共に過ごせる時間をスティーブンさまが設けて下さるだろうけど、それを私から口に出すのがなんとなく躊躇われた。

 それを私から言い出すのは、セインに負けた気がするのだ。

 それにセインから、執事見習いのユーリーや使用人らを通じで、私に何らかのアクションを起こして来るべきだと思ってしまった。

 例えば、メモを渡すとかね。



 スティーブンさまが訪問される度、そんなコトを考えて私はモヤモヤとした落ち着かない気分になっていた。


 私の様子が可笑しいコトに気付いた侍女のメイとグレイス伯爵未亡人が「如何なさってのですか?シャロンお嬢様?」「シャロン様?」と幾度となく訊ねて来るので、つい白状してしまった。

 

 「この間、4年ぶりに会ったのにセインはその後、私に連絡してこないの。少し私より背が高く成ったからってなんとなく生意気よね。」


 「それは、、、。シャロン様に、セインから話し掛けるのは難しいですわ。幼馴染でもシャロン様とは身分が違いますからね。立場を知ったセインを生意気と言うのは可哀想です、シャロン様。」


 グレイス伯爵未亡人は、涼やかに微笑んで私に答えて言葉を続けた。


 

 「チャールズ・レスタード侯爵やデイジーもそうですが、余り爵位の有無を気にしない方ですから、シャロン様が気に為さらないのは仕方ありませんけど、スティーブン卿に仕えるサーバントですからクランベル公爵家で行いをしっかりと教育されているのでしょう。シャロン様も乳母のロージー夫人やカールソン達から常識的な事柄を学ばれたでしょう?」


 「ええ、でも幼い頃セインとは、クランベル公爵邸の子供部屋で過ごした仲ですし、偶に手紙のやり取りもしてたから。えーと、だからグレイス伯爵未亡人。セインと私は、昔からの友人なので、身分を気にする仲では無いかなと思っていたの。友人なら身分とか関係ないでしょう?」


 一応は私だって、貴族の序列やブレイス王国を成り立たせている身分制度を学んでいたけど、父さまは、私へ友人関係に身分など関係ないと話していたし、カイル叔父さまは「レスタード家で貴族は当主のチャールズ兄さんだけだ。」と話していた。

 私は、そのコトをグレイス伯爵未亡人へ説明し、「だから、こう言う場合は、自由の利く男の子であるセインからコンタクトを取るべきだと思うの。」と拗ねた気分で言った。


 「でも、シャロン様は侯爵令嬢で或るのですから。幼い頃なら未だしも、そろそろ女性の場合、異性との付き合い方を気を付けなくては成らない年齢なのですよ。恐らくクランベル公爵家でセインを教育為さってる方が注意をされたのだと思いますわ。」



 グレイス伯爵未亡人は柔らかに微笑みを浮かべ私に話すけども、クランベル公爵さまやスティーブンさまは、父さまの性格もやレスタード侯爵家の環境を知らない訳が無いし、今更、養父でも或るクランベル公爵邸の執事長キースがセインへそんな注意をするとも私は思えなかった。

 何せ父さまもローゼブル宮殿に部屋を用意される迄はクランベル公爵邸へ滞在していたから、古くから居る使用人たちは、父さまを見知って居るのだしね。


 セインが私に寄こす手紙では、狩りの仕方を学んだり馬に乗れるようになったコトを自慢げに綺麗な文字で綴っていたし、昔と変わらない調子の気取らない文章だったから、私は年齢での区切りなど強いて気にしたコトもなかった。


 

 アルバート1世陛下の頃までは、令嬢たちが13歳で婚姻していたから、上流階級の令嬢は7歳に成ると、男女の生活空間はキッチリと分けられていたそうだけど。

 アルバート3世陛下時代に成って、令息たちの婚姻年齢が上がると、令嬢たちの婚姻年齢も自然と16歳以上になっていった。

 法的には今でも婚姻年齢は13歳以上。


 アラン叔父様の怪しい説だと、アルバート2世陛下の好みが16歳以上のナイスバディな令嬢だったせいで、婚姻年齢が上がったとか。

 うーん。本当かしら?


 その名残は今も在って、男児は7歳前後まで私たち女児と同じローブドレス姿で過ごし、7歳を迎える頃、大人の男性のような着衣ブリーチズを穿くブリーチングと呼ばれる儀式が或る。

 男児たちに、ローブドレスを着せるのは、昔の貴族男性は皆ローブ姿だったと言う説と、男児は女児に比べて病気に成りやすかったから魔除けだったと言う説が或るらしい。


 侍女のメイは「トイレ・トレーニングがし易いから。」と、ばっさりとシンプルな見解を述べた。


 この時期から男児にの身の回りの世話は男性使用人に成り、女児の周りは女性使用人ばかりに成っていく。

 確かにクランベル公爵邸でのソフィア姉さまは、そんな感じだった。

 私には、手の空いた人がメイや乳母のロージーの足りない部分を補っていたけど。

 (きっと私が年齢的に幼かったからで他意はない筈。)

 

 だけどエリアス・ハウスへ引っ越すと、使用人不足でそうも言って居られない実情も在ったりして、父さま得意のハウス・ルールが発動した。

 ソフィア姉さまの乳母ウィニー夫人やトレイシー先生などは、引っ越した当初に執事のカールソンへ、色々と男性使用人に対しての諸注意を促したみたいだったけど。



 そう言う訳で、こう言う状況を知っているクランベル公爵家の方々が、今更セインに私への接し方で注意をするなんて考えられないのよ。

 大抵においてグレイス伯爵未亡人のお話は、尤もだと納得することも多いけど、セインに関してのアドバイスだけは、納得し辛かった。


 でも、私から態々ドローイングルーム(応接室)へ行って、セインへ声を掛けるのは、何か負けた気分にも成るし、ソフィア姉さまに用も無いのにくっついて行くのは、みっともないもの。

 セインも私と話したければ、手紙でも伝言でも寄こせば良いだけなのに、何の音沙汰もない。

 これって私と4年ぶりに会ったけど、セインには何の感慨も湧かなかったってコトにもなるのよね?



 私は、折角セインのコトを大人っぽくなったと驚いていたのに、もしかしたらセインは成長の無い私を見て、ガッカリしてしまったのかも知れない。

 あの日スティーブンさまからのお土産を見て、興奮して(はしゃ)いでしまった私は、子供っぽい自分の言動を思い出し、独りになると恥ずかしさで頭を抱えるのだ。


 スティーブンさまの傍で立っていたセインは、背が高くなり容姿も変わって何処か他人行儀に見え、私はその時、気楽に話し掛けられなかった自分の意気地のなさを悔いていた。

 

 そして幼馴染のセインには負けない心算で、父さまが許可してくれた習い事を頑張っていたのに、成長したセインを見て直感的に『負けた。』と、感じた自分が恥ずかしかった。



 今日も一階のドローイングルーム(応接室)で、来訪しているスティーブンさまたちとソフィア姉さまたちが過ごしていた。

 きっとセインもスティーブンさまたちと一緒に来ているのだろうと思うと、やっぱり私の心にモヤモヤが広がっていく。


 ホントに、なんでセインは手紙の1つも私に寄こさないのよ。

 セインのバカ、、、。






 


       ※              ※





 夜、二階の窓からソフィアお嬢様の部屋へ侵入してから5日後、僕は御主人であるスティーブン・P・クランベル様の供として従者マイクとエリアス・ハウスへ正門から訪れた。


 エリアス・ハウスでドローイングルームへ案内され、馬車で入って来た時にファサード(建物の正面)から見えていたライラックやブルーベル、フジ色味が違う紫の花々、そしてメイフラワーなどの白い小花たちに彩られた庭が見えるソファーへとご主人様は腰を下ろされた。


 従者のマイクたちは、クランベル公爵邸のタウンハウス(街屋敷)から厳選して持って来たソフィアお嬢様やシャロンへの土産を、エリアス・ハウスのメイド達へと預けていた。



 実は、現在ご主人様はクランベル公爵邸のタウンハウスを出て、母方の祖父から譲られたポルメル地区のパーマ・ハウスに滞在していた。

 僕と従者のマイクたちは、そんなご主人様に付いてパーマ・ハウスで過ごしていた。

 そして副執事のクロードさんもご主人様から呼ばれて、パーマ・ハウスへグランドツアーの土産と共にやってきていた。





 暫くするとご主人様お待ちかねのソフィアお嬢様が侍女たちやシャロンと共にドローイングルームへ入ってきた。

 2人が室内に入ると艶やかな空気が満ちて、一瞬で華やかになった。

 大輪の薔薇の花のような美しいソフィアお嬢様の後ろから現れたシャロンは、春告げ花と呼ばれるダフォディルのような目を惹きつける可愛らしい少女へと成長していた。

 

 7歳の頃、僕と離れるのはイヤだと泣いて駄々を捏ねていた幼い子供の姿と全く変わっていたシャロンを見て、僕はドギマギしてしまい上手く言葉を発せられなかった。

 エメラルド・グリーンの切れ長な目を輝かせて、ご主人様が持ってきたドールハウスを夢中で見ている未だあどけなさが残るシャロンの表情に、僕は胸のどこかでホッと安堵しているコトに気付いたのだ。


 『これってヤバイな』


 この感覚は幼馴染の友人としてではなく、僕は1人の少女としてシャロンを意識してしまったコトを自覚した。

 僕は絶対にマズいと焦りを覚えた。


 ただでさえ幼い頃から気の合う友人として好まく思っていたシャロンがとても素敵な少女へと変わっていたのだ。

 恐らく昔のように親しく接して居たら、僕は確実に侯爵令嬢であるシャロンへ恋心を抱いてしまうだろう。


 ・・・それって余りにも不毛過ぎる。


 シャロンと僕では身分が違うにも程が或る。

 シャロンと出会えたのだって奇跡のようなモノなのだ。


 両親が亡くなり引き取り手のなかった僕を、遠縁だった執事のキースさんが、哀れに思って引き取ってくれたのだ。

 そもそも僕が4歳の頃、クランベル公爵邸の子供部屋へと連れて行かれたのは、母親と離されて寂しがっている同じ年のシャロンを慰める為であった訳だった。

 それプラス、ご主人様がシーズン中やクリスマスシーズンに、寄宿舎からロドニアのタウンハウスへ戻って居る時、ソフィアお嬢様を独占出来るよう僕がシャロンと過ごす事を期待されていた。


 その当時の幼かった僕は、全くそんなことに気付いて居なかったけどね。

 

 2人がエリアス・ハウスへ引っ越した後、養父で執事のキースさんから、本来孤児の僕がクランベル公爵邸で過ごすコトに成った事情を聴かされた。

 両親が亡くなってキースさんに引き取られた事は、物心つく頃には知らされていたと思う。

 思い出せない位の昔に、キースさんか僕の世話をして呉れていた人から聞かされたのかな。

 恐らく。



 引っ越したシャロンとの手紙のやり取りは、養父で執事のキースさんへ相談して、内容のチェックを条件に許可して貰った。

 その時、キースさんからは「手紙での交流はシャロン侯爵令嬢がエリアス・ハウスでの生活に慣れるまで」と、期限を定められていた。

 だから僕が来年の秋、ロドニアに或るクライス・スクールへ通うように成ったら、一旦文通は休止する予定だった。

 だけど、意図せぬ胸の(ざわ)めきを自覚した僕は、それが早めることにした。


 そう、ただそれだけのコトだ。





 僕は、挑戦と言う言葉や新たな事に、努力するのは嫌いじゃない。

 でも努力しても、どうにもならないコトに対しての諦めは早い。

 生まれとか容姿とかね。

 

 そして僕自身は、未体験な恋愛だけど、ご主人様や先輩達の恋する様子を見ていると、ヤバイモノだと言うことは分ってしまう。

 ご主人様のソフィアお嬢様に対する熱の入れようは、殆ど病気の域に達してるしね。


 僕は、ご主人様やキースさんの為、少しでも早く僕の道を作って行かないと駄目だから、そう言う時間的なゆとりがない。



 僕は幸せそうな表情で語り合っているソフィアお嬢様とご主人様の様子を眺めつつ、此の想いを幼馴染で友人のシャロンへの初恋未遂にする為、小さく息を吐いて心の蓋を閉める。

 

 今の所、僕はシャロンからメッセージが何も届かないことに安堵しつつ、大切な何かが零れているような僅かな胸の痛みを抑え込むのだった。


 

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