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ep10 エリアス・ハウスのニューフェイス



 グレイス伯爵未亡人がいらしてから数日経ち、シーズンが始まり執事のカールソンの養子であるショーンがミルトン・スクールから戻って来て、屋敷内で下働きの手伝いで就学前のように働き始めた。


 人見知りだと言う父さまの方針で、人手不足の我がレスタード侯爵家にショーンの帰省は有難かったみたいで、使用人の皆もショーンの帰りを歓迎している様子。


 そもそも父さま自体は、私たちが忘れた頃にしか帰宅しないのだから、カールソンが必要と思う人数を雇って良いと、私は思っているのだけども。

 家長である父さまが決めたコトだから、ソフィア姉さまと同じように私も口には出さないけれどね。



 五月祭の期間中に開催されるメイフラワー(サンザシの花の)クィーン(女王)が、各地で庶民やミドルクラス(中流階層)たちの間で決まる頃、伯爵以上の貴族達の間では、16歳のデビュタントがローゼブル宮殿で行われ、少女から貴婦人と国王陛下から認められて社交界の仲間入りを果たす。


 庶民達の選ぶメイフラワークイーン(5月花の女王)は、クリイム教以前の遥か昔からある伝統行事なのだが、国王陛下が宮殿で行うデビュタントは、恋多きアルバート2世陛下がフロラル王国から取り入れたイベントで約70年くらいのモノらしい。

 

 「アルバート2世のエロい下心が丸見えだよな。」


 って、アラン叔父が呟くのをカイル叔父様から「不謹慎だし不敬だぞ。」と、叱られていた。



 約100年前のアルバート1世陛下時代は、13歳くらいで嫁入りが決まっていたそうだが、今は18歳~20歳くらいで嫁ぐ淑女が多いそうだ。

 明文化された婚姻規定は王族以外、相変わらず女性は13歳からなのだけど、上流階層(アッパークラス)の子息たちが国教会運営のクロック・カレッジとスタンダード・カレッジに通うのが当たり前になってからは、男性の婚姻年齢が上がり、自然に女性の婚姻年齢も上がって行った。


 アルバート2世陛下が少女たちを招くデビュタントを16歳と決めたことから、女性の成人年齢は16歳、男性の成人年齢は18歳と決まったと言う話だ。

 約218年前、エリザベス女王陛下が7年間の徒弟制度を定めてからは、庶民の婚姻年齢も一気に上がってしまったそうだけどね。

 婚姻には、主人や親方の許可が必要なせいもあるらしい。



 子爵以下になる淑女の社交デビューは、ウエストカタリナ宮殿の1階大ホールで、ブレイス王国政府がデビュタントの3日後、成人の儀式を開催している。

 此方のイベントは、社会的に成功し、マーセナリー(従士)として名誉を与えられて招待された市民階級(ミドルクラス)の方も参加されている。


 スクワイア(準騎士)の下の階級として、アルバート4世陛下が創設されたそうだ。




 グレイス伯爵未亡人の話では、社交デビューを果たすとシーズン中に開催される行事やパーティーに参加し婚姻先を探したり、相手が決まって居れば婚約したりするそうだ。


 より良い縁を求めて、宮殿などへ行儀見習いとして勤める御令嬢もいらっしゃるらしい。



 グレイス伯爵未亡人は16歳、デイジー叔母様は17歳で、12歳のコーデリア陛下付きの女官や侍女として勤められたと話されていた。

 我が家の一階ホールに飾られているコーデリア女王陛下と王配のフランシス殿下が並んだバストアップの肖像画では判らなかったけど、コーデリア陛下の背の高さは私と同じ位で、とても可愛らしい方だとグレイス伯爵未亡人は話された。


 私と同じ身長って150cm満たない位ってコトよね?


 淡い金色の髪にエメラルドを嵌めた王冠を被り、緋色のベルベットのマントを羽織って、涼やかなアクアブルーの瞳を向けた気高いコーデリア陛下の肖像画と、新たに知ってしまった150cm満たない身長の情報は、私の中で上手くイメージが結べなかった。


 そして父さまがコーデリア陛下を「可愛らしい方だよ。」と仰っていた謎が解けた気がした。

 

 今まで私とソフィア姉さまは、「可愛らしいと言うより、品が在って綺麗な方ですよね。」と、コーデリア女王陛下について2人で話していたのだ。


 「きっとコーデリア陛下自身が常日頃、背の高さを気になさっていらっしゃったから、お父様であるチャールズ・レスタード侯爵様は、お二人にも内緒にしていたのですね。うっかり悪いことを口にしてしまいましたわ。此れでは、コーデリア陛下の側勤めだった者として失格ですね。」


 ハニーブラウンの瞳を細めて、グレイス伯爵未亡人は申し訳なさを滲ませ、私達へと語った。


 パーラー(居間)で一緒に話しを聞いていたアラン叔父様は、「ソフィアたちがデビュタントで初めて拝謁してビックリするより、事前に知っていた方が良いよ。グレイス。」そう言って、グレイス伯爵未亡人を優しく慰めていた。


 確かに、アラン叔父さまの仰る通り、ソレはそうなのだけどね。

 私は、何かとグレイス伯爵未亡人へとアラン叔父様の気遣いが垣間見える、この頃を想うのだった。




 アラン叔父さまは、グレイス伯爵未亡人が屋敷にいらしてから生活態度が一変した。


 先ず、今までは私たちやカイル叔父さまと一緒に食べなかった朝食を食べるように成り、午後からフラリと何処かへ出掛けていたのに、現在はクランベル公爵さまからの呼び出し以外は、屋敷に在宅し午餐(夕食)も私たちと共に、、、と言うか、グレイス伯爵未亡人と食するように成ったし。


 アラン叔父さまは、プライベートエリアの2階では殆ど夜着にローブ姿だったけど、今は明るい金の巻き毛も整えて、シャツにウエストコートを羽織って、お洒落なデイウェアーを身に着けている。

 ローゼブル宮殿へ入り浸っている父さまみたいに、白みを帯びたウィッグを被ったり、クラバット(ネクタイの元祖)は巻いていないけどね。


 お陰でアラン叔父さまに就いて居る執事見習いのユーリーは着替えで大忙し。

 私は、やっぱり2階に勤める使用人の数を増やした方が良いと思ったりしてしまう。


 だって明後日には従姉のナディアさまたちが顔合わせでいらっしゃるのだし。

 幾ら我が家で軽く御茶会をして、2つ通りを隔てたクランベル公爵邸での古希を祝したパーティーへデイジー叔母さま夫妻と共に参加されるのが本番(メイン)だとしても、我が家では初の御茶会だから執事のカールソンを始めとして皆の気合が入り捲くって大変なのよ。


 家格が遥かに上で或るスティーブンさまが来訪される時の方が、カールソンたちの気が抜けて居ると言うのは、如何(どう)なのかしら?

 仮にもスティーブンさまは、約3年ぶりに5日後、訪ねていらっしゃるのに。


 それにソフィア姉さまもスティーブンさまの訪問日時を知らせる手紙が届いてからは、気もそぞろで何処か上の空だしね。


 父さまはグレイス伯爵未亡人を大切なゲストとして迎える様にと仰っていたけど、グレイス伯爵未亡人は朝食後、すっかり私のカヴァネス(家庭教師)として音楽の基礎やクランベル公爵邸の敷地内の教会に置いて在ったオルガンより小さなハープシー・コード(鍵盤楽器)や油彩を教えてくださったりしていた。


 そしてグレイス伯爵未亡人はマナーを口煩く注意するのではなく、「シャロン様が真似たいと思う所が在ったら、(わたくし)を真似て下されば嬉しいわ。」と仰って微笑むのだった。


 「だってシャロンさまは、もう幼い少女じゃありませんものね。」


 何でしょうか?

 この擽ったい感じは。

 グレイス伯爵未亡人から、キチンと信頼されているような、(ワタシ)を認めて下さっているような。

 少し表現の難しい嬉しさに、私の心が喜んでしまっている。


 それから私は、グレイス伯爵未亡人から御粧(おめか)しをして貰って、乳母のロージーが弾くハープシ・コードの曲に合わせてダンスを教えられたりと、今までにないメリハリの或る時間を過ごすようになった。


 「今度お逢いした時、チャールズ侯爵様にお願いして、シャロン様も刺繍を始めさせて頂きましょうね。きっと楽しいですわよ。」


 グレイス伯爵未亡人は屈託のない笑顔でそう話すのだ。

 いつの間にかアラン叔父さまが1階の音楽室に居て、眩しそうにグレイス伯爵未亡人を眺めているのだけどね。


 アラン叔父は、私がグレイス伯爵未亡人からダンスを習って居ると、仲間に加わりたそうな顔をしているので、仕方が無くメイも誘って4人でスタンダードな民謡(カントリー)や讃美歌を謳いながら踊っている。

 でも4人で踊るとグレイス伯爵未亡人は男性側を踊ることに成るので、アラン叔父とペアには成らないのだけどね。


 アラン叔父さまがグレイス伯爵未亡人とペアで踊りたそうにしていたので、主日(日曜日)にカイル叔父さまも誘ったけど、「讃美歌を踊るのは遠慮する。」と言われたので、渋々私たちは、ソフィア姉さまを誘ってテンポの速い民謡(カントリー)だけに切り替えた。


 カイル叔父さまとソフィア姉さまをを加え、乳母のロージーが繰返し(リピート)を多用して2曲ほど弾き、私たちが変則的なクルクル回って飛び跳ねるカドリールを踊り終えて息を整えていると、カイル叔父は済まなそうな表情でグレイス伯爵未亡人へと詫びた。



 「高貴なゲストで或るグレイス伯爵未亡人に、シャロンのカヴァネス(家庭教師)をさせてしまっているようで申し訳ありません。」


 「あら?ミスター・カイル。とんでも在りませんわ。素敵な音楽にダンスと充分と楽しくもてなして頂いています。皆様の心よりの歓待は何にも代えがたいモノですわ。」


 グレイス伯爵未亡人は涼やかに笑ってカイル叔父さまに改めて礼を述べた。

 カイル叔父さまは戸惑った表情をしながら、グレイス伯爵未亡人のお礼の言葉を受け取り、困った表情で笑って、小さく礼を返した。



 そして私は、コッソリとグレイス伯爵未亡人がソフィア姉さまへ余り付かない理由を尋ねてみた。


 「ソフィア様は淑女としての振る舞いが素敵ですもの。乳母をされていたウィニー夫人は流石ですわ。勿論カヴァネスのトレイシー嬢も素晴らしいと存じますけれど。」


 とのコトだった。

 『でしょう?ソフィア姉さまは完璧ですもの。』

 グレイス伯爵未亡人の言葉に私は満足して、心の中で大きく頷いていた。


 私は、まあ乳母のロージーやメイたちと過ごす方が気が合うし、デイジー叔母さまからお茶に出来る草木を教えて貰ったり、カイル叔父さまの実験小屋で作り方を教えて貰うのが楽しかったりする。

 ウィニー夫人やトレイシー先生が目指す貴婦人とは、正反対の性格だと私も自覚しているしね。


 カイル叔父さまたちには言えないけど、私はデイジー叔母さまが教えてくれたレスタード家の社交の心得は面白かったから、大人に成ったら実践してみようと考えて居たのだ。


 「苦手な人と会ったら、金貨と銀貨が話し掛けて来たと思えば良いのよ。ソフィア、シャロン。嫌な事を言われたりされたりしても、頭の無い金貨銀貨が遣っている事だと思うと腹も立たないわ。」


 それから節約術なども話し始めて、メイやロージー、ウィニー夫人から、「なんてことを。」とデイジー叔母さまが注意されるのだけども。

 その後、カールソンやカイル叔父さまからもデイジー叔母さまはお小言を受けていた。

 デイジー叔母さまの口振りでは、我がレスタード侯爵家の評判は余り良くないモノみたいだった。



 私にはお金についての実感は未だ無いけど、父さまたちが金銭的な苦労をしてきた話を聞いていたし、執事のカールソンやメイたちは家族の為、幼い頃から我が家へ奉公にきたそうなのだ。

 そういうことを考えると、カイル叔父さまから良く叱られているデイジー叔母さまの考え方は、間違っているように思えなかった。




 グレイス伯爵未亡人は、私の心にしまっているそんな思いを察しているかのように、否定せずに受け止めて呉れていた。





 私は、何だか心強い味方を得たような気分で、心が此の5月の爽やかな空みたいに晴れ渡っているのを感じていた。



 『グレイス伯爵未亡人、アラン叔父さま共々、私を此れからもよろしくお願いしますね。』 


 私は、心の中で新たなレスタード家の一員へと加わったグレイス伯爵未亡人にカーテシー(膝折礼)をして、密かにそう願ってみた。


 

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