02.プロローグ[天主神の円卓会議]
『歪み』――それは、あるはずのものが無くなり、無いはずのものが現れる現象。だが、それに気づく者は誰もいない。簡単に言えば、『神隠し』や『異世界転移』、あるいは『運命の悪戯』なんて呼ばれるもの――けれど、その実態はそんなロマンチックな話ではない。
何かの法則に従って起こるわけではなく、理由も因果も関係ない。予兆すらなく、ただ『そうなってしまう』不可解な概念、あるいは災害。
――突然、生き物が消える。
――記憶、過去、存在が書き換わる。
――昨日までそこにあったはずのものが、まるで最初から存在しなかったように消失する。
当然、天主神を筆頭に『神族』達は調査した。あたしも、先代達の『記録』を漁ったりもした。……だが、何一つわからなかった――いや、もっと正確に言おうか。
――『歪み』とは、理解することができないものなのだ。
銀河の頂点に立ち、『概念』そのものであるはずの『十二天主神』と『十二深主神』。そんなあたし達ですら制御も観測できず、発生条件も対処法も不明。……クエスが『無理』と言ったのは、そういうことだ。
だからこそ、神々は『歪み』に干渉しないことを選んだ。無理に関われば、『神族側』にすら、何が起こるかわからないから。知ろうとすることすら無意味なものを、地上の子らはこう呼ぶ。
――『不可知』と。
これが、『歪み』の実態だ――
「――ノート? 始めてもいいかい?」
「うん、もう大丈夫よ」
あたしは、神録伝承から視線を外し、円卓に視線を向ける。
現在、白亜を基調とした円卓には七神の天主神が集まっている。扉の真ん前から右回りに――
――【序列:第Ⅰ席・創造と自然の男神・クエストリス】
――【序列:第Ⅱ席・良縁と慈愛の女神・オーラリア】
――【序列:第Ⅴ席・奇跡と詞の女神・アリア】
――【序列:第Ⅵ席・記録と綴りの女神・ノートリア】(※あたし)
――【序列:第Ⅸ席・叡智と娯楽の女神・キュプリア】
そして、五席ほど開けて――
――【序列:第Ⅳ席・生命と回帰の女神・セレリア】
――【序列:第Ⅲ席・幸福と安寧の女神・シルヴィア】
最後に、クエス(ボス)へと戻る。
……キューがあたしの隣から動かないせいで、バランスが悪いのよねぇ……。あ、それと『序列:第~』っていうのは、あたし達が生まれた順を、ただカッコよく呼んでるだけだから、気にしなくていいわ!
「それじゃあ、セレリア。その『魂』を見つけた時のことを詳しく教えてくれ」
「ん、分かった。あれは――」
――要約すると、セレリアは神殿の外にある『霊魂廟』で。いつも通り『魂の管理』をしていた。
〖生命〗の象徴持ちとして、銀河中から流れ込む『魂』に対し、『修復・浄化・選定』を行う特別な仕事だ。
しかし、その最中――『異常な魂』に触れた。
問題なのは、その『異常性』だけではなく、『触れるまで認識できなかった』、ということだ。
本来、魂の存在を即座に察知できるセレリア。だが、その時の彼女には、まるで見えていなかったらしい。
まるで、意図的に存在が隠されていたかのように。そして、『偶然』手で触れた瞬間、その魂は姿を現した。
――『呪われていながら、丸みを保った魂』
その『魂』は、生まれた星の『不運』のほとんどを背負い、極端なまでに『負の気』を帯びていた。にもかかわらず、その形は『完全な球体』。
傷ひとつなく、ヒビも歪みも欠けもいない。『呪い』に染まっているのに、『修復の必要なし』と判断できる状態だったという。
本来、これほどの『負の気』を持つ魂は、その形が崩れていて然るべき、なんだとか。
『魂の形』とは、生涯を通して感じた『心の状態』を反映するものだから。
それなのに――魂は完全なまま存在していた。
まるで、何者かの手によって『異常を異常と認知させない』ようにされていたかのように。
さらに不可解だったのは、この魂が『生前に神族から発見されていなかった』、という事実。
これほどの『呪い』が一個体に集中していれば、その星を管理する神族が介入し、均衡を保つために『不運の浄化』などを行うのが普通。
しかし、その痕跡はどこにもなかった。
この異常性を鑑みて、セレリアは『歪み』が関与している可能性を示唆し、即座に神殿へ報告に向かった――
「――なるほど、確かに『歪み』の特徴と一致するね。『天主神でも見えなくなる』、とは知っていたけど、僕は管理過程で『起きた後の事後処理』をしたことが何回かあっただけで、こうして直接、目の前で見たのは初めてなんだ。……確かに、随分と希薄で、意識から外れそうになるね」
「はい、わたくしもそう感じます。シルヴィアちゃんの手の上にある筈なのに、目を逸らせると『意識から滑りおちる』、そんな感じでしょうか?」
「アリアもそうぉ! じぃーっと見てなきゃ隠れちゃう! みたいに感じる! ムムム……(じぃー)」
「わたしは、『結界』越しとはいえ、直接持っているからそんなことはない、はず。……『歪み』の影響となると、それでも心配になるけれど」
「リアは、視界から外しても、その『魂(子)』自体の気配はもうわかる。今度は見失わない……と、思う」
「うちも同意見かなぁ。……みんな『そう』ってことは、この魂、『死んだ今でも『歪み』の影響を受けてる』ってことなんだねぇ。う~ん……」
キュプリアがあたしに視線を向けてきたから、『あたしも見失う』って意味で頷いておいた。
今回、あたしの主目的は、あくまでも『記録(議事録)』だ。意見を聞かれたりしないかぎり、極力話には参加しない……ていうか、難しい話はちょっと……ねぇ?
「ノート、一応確認を取りたいんだけど、『神録伝承』に似た事例が記録されていないか、もう一度確認してくれるかい?」
さっそく来たけど、これなら役立てるわね。
「わかった。……ごほん、『検索、神録伝承が創造された瞬間から今までの間に起きた、『歪み』に関する全ての記述を開示せよ』」
空白のページを開き、『検索ワード』を唱えると、白面に文字の羅列が箇条書きで浮かんでくる。
「え~と待ってぇ……う~ん、それっぽいのは、やっぱりないわね。……あっても『事後』で、『観察対象の突然の消失』とか、生前に影響した件ばっかり。死後にも『歪み』が影響している、っていう事例は……今回が初めてみたいよ? 別の銀河では知らないけど」
あたしは神録伝承とにらめっこしながら、開示された『千』ほどの情報を数秒で読み終え、クエス(ボス)に返答する。悠久と思えるほどに経過したこの銀河で、『千』という事案の件数はかなり少ないと思う。
その返答を聞き、アリアとキュー以外は思案顔になる。
「そうか……なら次だね」
クエスが静かに言葉を継ぐ。その瞳からは強い意志を感じ、いつもの緩んだ目元が嘘のように鋭くなっている。相変わらずのギャップだなぁ。
「その魂が『生前、『歪み』による影響を受け、『呪い』を押し付けられた』と仮定して――なら、どうして『魂の形が完全に保っているのか?』ってことだ。これに関して、だれか意見はあるかい?」
「は~い、うちの意見、というか確認なんだけど……」
キューが眠そうな目で手を挙げ、シルヴィーとセレリアに問いかける。
「その『魂』に纏ってる『真っ黒なモヤ』は、『不運』で間違いない?」
「間違いないわ」「ん、間違いない」
〖幸福〗と〖生命〗の象徴を掲げる二神が同時に肯定する。
「……セレリアちゃん、その『魂』の死因ってわかる?」
キューがセレリアに視線を向けた。
「見ようとした。けど、『呪い』が強すぎて、最初しか調べられなかった」
セレリアが淡々と、それでいて悔しそうなニュアンスで告げる。
彼女は、『管理の過程』で触れた魂の『死因』を見られる、って前に聞いたことがある。それでも『調べられない』ということは、それほどまでに『歪み』の影響が強大、ということなんだろう。
「そっかー……う~ん(すごく考えてる)」
キューが唸りながら、腕を組む。
それを見て、アリアが問いかけた。
「キューちゃんは何になやんでるのぉ?」
アリアだけじゃない。あたしや、他のみんなもキューの言葉を待っているよう。……こんなに真面目なキューを見るのは初め……クソゲーを遊んでいたとき以来だ。
「ちょっと整理中……え~と」
キューは視線を宙に彷徨わせながら、簡潔に言葉を並べる。
「憶測として今わかっていることは――
『その魂は生前、『歪み』の影響で、『その星の大半の不運』を背負わされ、『神族』にすら隠されていた』
『その魂の子は、『不運』により悲惨な日常を生きてきたはずなのに、心には何の異常もなく、死んだ』
『その魂は、死んだ今でも『歪み』の影響を受け続けており、天主神の眼を欺きながらも、見つかり、今ここにある』
――ってとこね?」
キューが簡潔に、今わかっている情報を整理して言った。記録に追加しておこう。
「それで、キューは何が気になっているんだい?」
クエスが次に問う。
「まず、一つ目」
キューが指を一本立たせて言葉を紡ぐ。……ちょっとカッコイイわね、あんた。
「クエストが言った、『魂の形が完全』に関すること。うちの考えでは――その子の心が、『一切壊れず』に生きられたこと自体が、そもそも『歪み』の影響だからじゃないか? ってこと」
……あ~確かに。地上の子達は『理由があって』、心が脆い生き物となっている。たとえ充実して生涯を終えようと、『必ず』僅かな傷がついているもの、なんだとか。
それが『一切ない』というのは、確かに異常と言えるし、そこも含めて、セレリアは異常ととらえていたんだろう。
「間違いなくそう。普通じゃない」
「……『歪み』により『不運』を抱えさせられ、『歪み』により、それが『普通』と感じるようにさせられた――そういうことですか」
オーラのそのつぶやきには、淡い悲しみが滲んでいた。
「うちの憶測だけどね(苦笑い)」
「……キュプリア、一つ目ってことは、まだあるんでしょ? 聞かせて頂戴……」
シルヴィーの声は冷静だった。だけど……大回廊の一幕でも感じた通り、やっぱり今のシルヴィーはすごくピリピリしているみたい。
自分の管理する『運』に関わることで、どうにもできなかったから、その苛立ちを静かに抑え込んでいるんだろう。
まぁ、今は『転移』したアリアに――「飴舐めてリラックス、リラックス~! ねっ!」、「え? あ、うん。ありがとうアリア……いま会議中……」という、天然なのか狙ってかわからない『沈下活動』を受け、空気が緩んだ気がする。
「じゃ~二つ目の考察ぅ」
キューが先ほどより砕けた口調で指をもう一本立てた。場から緊張感が少し消える。……ああいう息苦しいのって苦手なのよねぇ。
「そもそも、その魂の子は『どうして死んだのか』。それは――『今なお、『歪み』が何かしらの事を起こそうとしているから』なんじゃないかな?」
『…………』(何かしらって?)
「何かしらってなんだろ~?」
アリア以外が口をつぐみ、思考を巡らせる。かくいうあたしも、声にこそ出さなかったが、アリアと同意見の疑問に思う。
それぞれの瞳の奥で、言葉にならない疑問が渦巻いていた。
「それは分かんないかな~。ただ、うちがそう思う、ってだけの話だから、そんなおもく捉えないでいいよ。仮説、憶測、妄想力だから~!」
「いや、それこそ重要だよ。『歪み』は何を起こすか、わからないからね。僕たちが想像できないような、大事な仮説であり、貴重な妄想力だったよ」
「あ、はい……どもどもです(照れ)」
ふざけて言った最後のフレーズを真面目に受け取られて、あのキューが少し照れている。
そんな彼女を横目に、あたしは神録伝承へ会議の内容を記していく。
「ともあれ、今のところ確定情報は少なく、憶測が多いということか……」
クエスが前髪をかき上げ、椅子にもたれながら静かに言葉を紡ぐ。
「それなら、次は『可能性の整理』と『今後の対応策』の検討だろうね。まず、セレリア」
「ん」
「君が見た範囲で、この『魂』は『いつから』呪いに蝕まれていた?」
セレリアが一瞬だけ視線を下に向ける。
「……『生まれた瞬間から』。間違いない」
淡々と、それでいて確信に満ちた声。
「う~ん、それってつまり、『呪いを受ける前の状態がない』、ってことだよねぇ?」
「ん、最初から憑いてた。だからこの魂は、『異常性』を疑問に思わなかったのかも……」
セレリアがシルヴィーの持つ『魂』を見て言った。
「ちょっといい? あたしの認識だと、呪いって『原因』があって、その『結果』として生まれるものなんだよね?」
あたしがそう聞くと、シルヴィーが答えてくれる。
「その通りよ。呪いとは本来、『誰かがかける』か、『何かの因果によって生まれる』ものよ。でも、この『魂』は『歪み』によって例外にされたみたいね……」
「ん~?……結局、その子は『偶然、歪みに呪われた』ってことなの? それとも、『最初から歪みの一部として生まれた子』、なのかなぁ?」
アリアがポツリと呟く。彼女なりに考えているのがわかる。……っていうか、後半の考察は怖いわねぇ。
「それが事実なら、偶然か、必然かはわからないけど、『『歪み』を受ける前提で生まれた者』ということになるね。……確か、別の銀河で『先祖から代々天罰を受け続けている』、という事案があったはずだけど……いや、あれは『神族』が解決させたか……(ぶつぶつ……)」
クエスが思案顔で、後半以外、みんなに聞こえるように言った。……あたしは、その話を以前にも聞いたことがあるんだけど……他の銀河の事を、クエスはどうやって把握してるのかしら? 干渉できないはずなのに……。あたし、気になります!
「シルヴィアちゃん。その『魂』の『本来の運命』は見えないんですか?」
オーラに問われたシルヴィーは、じっと手元の『魂』を見据える。たしか、彼女の掲げる〖幸福〗の副次的な力で、対象の『運命』を見ることができるんだとか。
「……駄目ね」
そう答えたシルヴィーは、それでも視線を外さなかった。
「対象が地上の子ともなれば、『辿るべき運命』は全て見えるはずなのに……『歪み』が遮って見えないのよ……」
彼女の声音には、焦燥が混じっているようだった。
「――これ以上、意見を言い合ってても憶測の域を出ないんだから、次の『対応策』の検討に進まな~い?」
行き詰まった空気を換えるように、キューが提案する。
「そうだね……それじゃあ次だ。セレリア、僕は『魂の管理』に詳しくないんだけど、呪われた魂を長時間『保存』、もしくは『保管』しておくことは可能かい?」
「本来は無理。呪いや汚れた『魂』じゃなくても、長時間『神域』に留めておくと、魂が『転生』できなくなる。もっと言うと――魂に宿った精神が『狂う』」
怖っ! そして、またあたしの知らない『神域』の現象っ!……外からみると、『神域』って相当ヤバい所なのねぇ。
「でも、後輩の、〖守護〗の権能で守られていれば、大丈夫かもしれない。知らなかったけど、この結界、『神域』にあっても、中の状態を適切に留めていられるみたい。だから『神域』の影響を受けずに、置いていられる……話すのツカレタ(飴を舐めだす)」
「クエスさん、そちらの『魂』をここへ置いておくんですね? であれば、新しい部屋を『創って』おきますね」
「ああ、頼むよオーラ。できれば、何かあった場合、被害が拡大しないよう広い構造にしておいてくれ。それからシルヴィーとセレリア、アリア……とルークにも。毎日『魂』に異常がないかと、『結界』の管理をお願いしたい。当然、僕も見るように心がけるけど」
クエスがすごくボスっぽく指示している。
「それからアリア。〖奇跡〗の象徴で、『神力を使わずに、魂の周囲だけを『神域』の影響を受けない領域』にできないか、試してくれるかい? ルークだけに負担を掛けたくないんだ」
「んん~っ! アリアに仕事だねッ! わかったっ、『地上の技』とか『漫画の能力』を参考にイイの創っておくよ! キューちゃんも手伝ってねッ!!(ぴょんぴょん)」
「いいよ~! 『領域展開』なんてどぉ?」
「あんたそれ、どっかで聞いたことあるやつじゃない?」
「アニメも漫画も地上の技術も、参考にしないといいものは創れないのだ!」
……キューが変なの教えないか心配だけど、クエスから直々に仕事をお願いされたアリアは、椅子の周囲を飛び跳ねて喜んでいた。
アリアはどうも、上四神の仕事を手伝いたくて仕方ないようなところがあるから、頼られてうれしいんだろ。
ちなみに、アリアの象徴〖奇跡〗に含まれる概念は、簡単に言うと、地上の『異能』や『魔術』、『陰陽術』の発現を可能とする力があり、アリアはそれを、神力で『魔力』や『気』『オーラ』を低コストで体内に創り、操れる。
――要は、この銀河内の『能力』を全て使える、ということだ。しかも、漫画やアニメの『能力』すら習得中とのこと。……そりゃ、この神殿内で『二、三番目』に強いわけよねぇ~。
……話が逸れた。
「シルヴィーとセレリアも、それでどうかな? 管理と言っても、初めての試みだからなにを如何すればいいか、っていうのはあると思うけど、『歪み』の影響を持った状態では、『冥域』に送ることもできないし、眼の届く範囲に置いておこうと思うんだけど」
「わたしはいいと思うわ。まだ、『不運』が浄化されているのかわからないし、長期的に試さないと効果がみられないのかもしれないから」
「リアも同感。長期的に見守りたい。急いてことを仕損じる(キリッ)」
「わかった。オーラ、さっそくだけど部屋を頼めるかい?」
オーラが「わかりました」と頷くと、立ち上がり、『円卓』から出ていこうとする。
どうやら、『呪われた魂』を神殿内で『管理、監視』することに決定したらしい。
あれれー? おかしいぞー? プロットの段階では、箇条書きで五行だったのに……まだ終わらない、ぞ……?