0934・エルシアとブレンダ
Side:イリュディナ
私達は兵士達が多く居る場所に案内され、そこで軍人がミクに遺体を出すように言ってきた。こんな所で遺体を出せば騒ぎになるに決まってる。なのにそれをさせるという事は、当然そこに狙いがあるという事。それにしても面倒な事に巻き込んでくれるわねえ。
「皆の者、落ち着け! この者達は北西の橋を見に行かせた者達だ。そしてそこに行かせた小隊の隊長こそが裏切り者であった。今は拷問を受けているので直に吐くだろう。帝国は我等の内部を切り裂かんとし、スパイなどを紛れ込ませた。しかし我々は諸君を疑っていない。何故ならそれは敵の思う壺だからだ! 皆の者も一度冷静になり考えてみてくれ、彼らのような被害者を出さない為にも!」
まあ、こうやって内部分裂を阻止する為に使うわよねえ。普通は。
おそらく指揮官から命じられたんでしょうけど、バレて内部がガタガタになるくらいなら、先にバラして恨みを帝国に向けようという事でしょう。良い判断だわ。対処は早い方が良いし、遅れれば遅れるほど取り返しがつかなくなる。
兵士達は裏切り者と帝国軍を口汚く罵り始めたけど、これで内部から崩れるとか、士気が上がらず疑心暗鬼になるって事も無いでしょう。もちろん内部にまだスパイが居るかもしれないけど、それよりも士気を上げる事を優先しないとね。
こういう時に大事なのは目的を履き違えない事。目的は帝国軍に勝利して追い返す事であって、士気を落とし内部分裂してでも裏切り者を探し出す事じゃない。そんな事は勝った後にやればいいし、一部の者にだけ見張らせればいい。
もちろんその場合は、兵士を疑っていたとは言わず、裏切り者が出たから警戒していたと言えば反発も少ないでしょう。軍が崩れると立て直すのに苦労するから、それだけは何としても避けなきゃいけない。
上も苦労するでしょうけど、下の動きには注意するくらいしか無理でしょうね。あまり疑うと、それが兵士達にも伝播するし雰囲気も悪くなる。やはり今は勝つ事を先に考えないといけない。
私達はハンター達が集まってる所に行って、適当な場所でお昼の用意を始める。といっても殆どミクがしてくれるから、私達は集まって雑談するくらいなんだけど。
ミクが鍋で野菜やドラゴンの干し肉を煮込みつつ、兎のモンスター肉を醤油や摩り下ろした生姜などを混ぜたタレに漬けて揉み込んでいると、前にお昼を食べにきた女がやってきた。確かエルシアとかいう名前だったわね。銀のハンター証だったから覚えてるのよ。
「お帰り。アンタ達が居なくなったからどうしたのかと思ってたんだけど、帰って来てたみたいだね。せっかく料理を食べさせてもらおうと思ってたら居なくなってるしさ。何かあったのかい?」
「ちょっと北西の橋を見てきてほしいって頼まれたのよ。で、小隊と一緒に行ってたわけ。結果としては帝国の別働隊を潰す事になったんだけど……そっちは?」
「ああ、こっちはブレンダ・カルマイン。アタシの相棒で同じ銀ランクのハンターさ」
「ごきげんよう。私はブレンダよ、そう呼んでちょうだい。で、貴方達は北西の橋に行っていたと言う割には、早く戻ってきたのね? あそこまでそれなりに距離がある筈ですけど?」
「一昨日の夕方過ぎから夜まで歩かされて、昨日着いたのよ。その後は見張りみたいな事をしつつ待ってたんだけど、どうにも小隊の隊長が怪しいから野営場所を夜になってこっそり変えたの。そしたら小隊の隊長が裏切ったわ」
「……マジかい。辺境軍は結束が固いって有名なんだけど、そこに裏切り者を作るなんてやってくれるじゃないか。元々帝国側のヤツだったのか、それとも金か何かに靡いたのかは知らないけどさ」
「厄介ですね。お金に靡く者は出てきてしまいます。本人のお金使いが荒くなくとも、病気の親の為などとなれば裏切ってしまう可能性が無いとは言えませんし……」
「それにしても、小隊の隊長が怪しい動きをしたから寝所を変えるというのは正しいよ。とにかく女は何としてでも身を守らないとね。自分の身は自分で守る。頭が緩いと被害に遭っても文句は言えない」
「随分と厳しいわね? 何かあったの?」
「なに、アタシも若い頃は頭が緩かったってだけさ。下らない男にヤられちまってね、終わった後に気が抜けてたから頭を銃弾でブチ抜いてやったのさ。幸い罪には問われなかったとはいえ殺人は殺人。だからアタシは家を出たんだよ」
「私はそれを追いかけて家を出たんですよ。そして今は恋人同士という訳です」
「へー、割と堂々と言うって珍しい? わたしはそっち方面に欠片も興味が無いから知らないけど、大っぴらに言っても問題無いの?」
「多少は無い訳でもないけど、ハンターには関わり無いって言ってもいいよ。ハンターは依頼が熟せるかどうかが大事なんであって、女同士でなんて関係無いからさ。依頼人も気にしないし」
「それなら問題ないんじゃない? 本人同士がそれで良いなら好きにしなさいってだけね。別に誰かに迷惑を掛けている訳じゃあるまいし」
「それよりも、裏切った小隊長とやらはどうなったのですか?」
「わたし達がとっ捕まえて連れて帰って来たわよ? その後にやってきた帝国軍の別働隊も潰して、根こそぎ剥ぎ取って来たからね。儲かったし上々の結果だったわ」
「別働隊ってそんなに数が少なかったのかい?」
「いえ、300ぐらいは居たんじゃない? 私達は橋の北東から北西に移動していて、そこで敵を撃っていたのよ。4人とも暗闇でも見えるから、私達だけが一方的に攻撃できる都合の良い状況だったし」
「そうそう。最初は裏切った小隊長が焚き火をしていて、更には兵士達が寝静まった後に橋の向こうへ大きめの布を振って合図を出していたのよ。そこから帝国軍は焚き火を目印に撃ってきたわ」
「成る程ねえ。確かに敵軍が来るっていうのに焚き火をして目立つなんて、どう考えてもおかしな行動さ。新兵がやるっていうなら分かるけど、ベテランがやるのは明らかに変だ」
「とりあえず出来たから食べようか。そっちの2人もでしょ? これに入れて食べてよ」
ミクが椀を出してくれたから、私達もスープを入れたりして食べていく。お皿にはウサギ肉の漬け込み焼きが乗っていて、パンは適当に出したコッペパンね。これで十分という気もするし、どうせ昼食なんだから多くは食べないでしょ。
エルシアとブレンダも美味しそうに食べてるし、これが目当てで待ってたみたいだから嬉しそうね。とはいえ自分達で食料は持って来てる筈なのに、なんで私達の所へ来ているのかしら? 少々気になるわ。
この二人ってそもそも銀ランクなんだから、貴族の後ろ盾があるって事よね? わざわざ私達に絡んでくる必要なんて無いでしょうに。料理が美味しかったっていうのもあるでしょうけど、それだけじゃないと思う。
面倒臭い貴族絡みの何かじゃないでしょうね。面倒なのは御免だけど、ミクが何もしないって事は二人は悪人ではないのよ。こうなると迂闊に手も出せないし、厄介な事ねえ。……まあ、悪人の方が対処しやすいっていうのもアレだけどさ。
実際に現実問題として、悪人の方が対処しやすいのよね。隠していようが地位があろうが、潰すか善人にすれば終わるもの。私達にとっては悪人の方が遥かに楽なのも当然なのよ。
一番厄介なのが普通の者で、そのうえ忠義から動いた場合ね。相手に信念と正義があると悪人にすらならないから、打てる手がちょっと狭まってしまう。ミクに手を出したら問答無用で潰されるから楽なんだけど、そういうヤツが直接的に手を出してくるかといえば……。
で、この二人がその手先だと更に面倒な形になる。そうじゃなければ助かるんだけど。




