0089・第5エリアの魔物の強さ
怒りに震えるスチールディアーと、それ以上に激怒しているミク。何故ミクが怒っているのはイマイチ分からないところであるが、おそらく予想通りにいかなかった事に腹を立てていると思われる。
上に居るミクと下に居るスチールディアー。お互いに睨み合っていたものの、下に居るスチールディアーは右へ左へとジャンプしつつ、ミクに近付いてくる。的を絞らせないつもりだろうが、それは甘すぎる考えだ。
ミクはバルディッシュの柄を両手で持ち、八双の構えのように持ち上げた。否、更に高く掲げて準備を終わらせる。
そしてスチールディアーがミクを角で引っ掛けるように切り裂こうとしたその時、気付けばバルディッシュは振り下ろされていた。
スチールディアーの角ごと斜めに両断しており、スチールディアーは着地と同時に首がズレ落ちる。地面に首から上が落ちると同時に、夥しい血が噴き出す。それを喜んで吸い尽くしていくレティー。
ミクがバルディッシュを確認すると、刃の先が少し欠けていた。どうやらウィリウム鋼でもスチールディアーの角には勝てないらしい。厄介なものだと思いつつ、仕方なく綺麗にして槍と交換するミク。
血を十分に吸い取ったレティーが離れたので、ミクはスチールディアーの死体を収納した。再び獲物を探して歩き、ミクは何頭かのマッスルベアーとスチールディアーを狩っていく。
その結果、ここでは槍が一番戦いやすいと判明。魔力を通せば頭を貫通できる為、大きく回避すれば良いだけになった。
例えばマッスルベアーの場合、突撃を大きくかわすと、立ち止まってミクの方を向き直す。この瞬間に頭に突きこんでやれば、後は勝手に死ぬのだ。それだけの傷を与えられる。
スチールディアーも同様で、大きくかわすとミクの方を向こうとするのだ。スチールディアーの場合は、稀に走り去って距離を置いてから方向転換するが、その時には既に槍を投げ終わっている。
当然ながらミクが投げた槍は寸分違わずスチールディアーの頭に直撃し、その一撃で死亡する。普通の探索者には難しいが、【身体強化】を使えば出来なくもない。後は槍投げの精度ぐらいであろう。
十分に魔物の倒し方も分かったので、ミクは【身体強化】を使って1階の魔法陣へと戻る。そろそろ戻らないと夕方が近いので脱出、慌ててギルドの解体所へと駆け込んだ。
「こんな時間に持ってくると困るのだが、仕方ないな。それにしてもアイアンアントの甲殻はともかく、マッスルベアーとスチールディアーを持ってくるようになったか!」
「1頭ずつ状態の良くないのがありますけど、それ以外は綺麗ですねー。頭に一撃喰らってるだけですよ。ここまで状態が良いのは初めてですし、剥製に出来なくもないのが凄い」
「本当にな。ここまで状態が良いのは見たことねえ。言っちゃあ悪いが、綺麗に倒せねえ程の魔物だからなあ。相変わらず驚かせてくれるぜ。よし、野郎ども。一気にやるぞ!」
「「「「「おう!!」」」」」
相変わらずのむさい集団である。ミクは木札を貰うとさっさとギルドの建物に入り、受付嬢に木札を出すのだった。
マッスルベアーが1頭小金貨1枚、スチールディアーが1頭小金貨1枚。そしてマッスルベアーは3頭にスチールディアーが4頭。全部で中銀貨4枚と小金貨5枚になった。状態が悪いのは安かったが、これは仕方ない。
結構なお金を受け取って帰ろうとすると、ギルド内が五月蝿いのに気付いた。どうやら誰かが怒っており、少し前に殴ったらしい。
「いい加減に独り善がりは止めろ! 他のメンバーにも迷惑なんだよ。お前はその程度の実力しか持ってねえんだ、それぐらい自覚しろ!!」
「そんな事は無い! オレはアニキだって超えられるんだ! あんたとは違うんだよ!!」
「お前は親父やお袋に甘やかされただけだ! 世の中っつーのはな、そんな甘いもんじゃねえんだよ! てめぇの命で出来る範囲でやれ、他の奴に迷惑掛けんじゃねえ!」
「迷惑を掛けられてるのはオレの方じゃねえか! あいつらがしっかりしてりゃ、オレだってとっくに第5エリアまで行けてる筈なんだ!!」
「お前、マジで言ってるのか? マジで言ってるなら、頭が悪すぎるぞ。お前が慕ってるオドーだって第4エリアだろうが。お前は自分がそれより上だとでも思ってんのか?」
「あ、当たり前だろ!! オレの方が上に決まってるじゃねえか! あの程度で燻ってるようなヤツとは違うんだよ!」
「あの程度で燻ってて悪かったなぁ、ガッツォ? てめぇの事はよーく分かった、今後一切、2度とオレ達に近付くんじゃねえ! てめぇがオレ達の名前を勝手に使ってること、オレが知らねえとでも思ったのか!!」
「うっ……」
「てめぇがガルツォの弟だから助けてやってただけだぞ、にも関わらず調子に乗りやがって! 実力もねえ野郎がふざけてんじゃねえぞ!!」
「ハッ! あんたが第4エリアで燻ってんのは事実だろうが! オレに指摘されたからっ「オレ達関係ないんで」て怒るんじゃ……」
「すみませんが、オレ達あいつほどバカじゃないんで……ここで縁を切ります。正直に言うと、あいつのフォローするのも疲れました。同じ村出身のガルツォさんに憧れて探索者になりましたけど、こいつのお守はもう沢山です」
「すまねえな、お前ら。今度奢ってやるから、色町にでも行くか?」
「「「ありがとうございます!!」」」
何か決着はついたようなのでミクが出ようとすると、外から誰かが入ってきた。よく知っている生命反応だったのでミクにはすぐ分かったが、向こうも【精神感知】ですぐに分かったらしい。
シャルがミクに挨拶しようと口を開こうとした瞬間、ガッツォ少年が間に入ってきた。
「お前良い女じゃねえか。オレのチームに入れてやるから来いよ!!」
そう言ってシャルの腕を取ろうとしたが、シャルは素早く腕を掴んで引っ張ると床に倒す。そして背中を踏みつけながら、ガッツォ少年に話しかけた。
「何だい、お前は? ガキの分際で随分いい度胸してるじゃないか。そんなに死にたいなら今すぐ殺してやろうか? ああ?」
「グッ! くそ、オレの背中に何してやがる! 放せ!!」
「ハッ! この程度も解けないゴミが調子に乗るんじゃないよ! 自分の実力も知らないマヌケが。さっさと一人でダンジョン行って、誰にも迷惑かけずに死んでこい」
そう言って足を放すと、鼻で笑いながら受付へと行くシャル。憎悪の篭もった目で起き上がったガッツォ少年は、短剣を抜いてシャルの背中に投げつけた。
しかしミクが空中でキャッチ。その状態で睨むと、ガッツォ少年はミクにも喧嘩を売ってきた。
「てめぇ、オレの短剣を奪いやがったな! オレの短剣を奪ったって事は、お前は盗賊だ! 盗人だ!!」
もはや子供のような言い分に周りの探索者も呆れ果ててしまい、ガルツォに同情する視線を向けてしまう。ガルツォもそんな視線を受けて我慢が出来ず、ガッツォを殴りつけようとしたその時、莫大なまでの威圧が発生した。
「あ? お前は今何と言った? ……そうかそうか、殺してくれと言ったのか。ならば、今すぐ死ね」
その圧の発生源はミクだった。【陽炎の身体強化】の範囲に止めているものの、あまりにも強すぎる圧に半分ほどの探索者は失神している。ガッツォ少年に向けているので、彼は気絶しても強すぎる圧によって無理矢理に起こされてしまう。
余波でさえ気絶した者が出ているというのに、それを向けられているガッツォ少年にとっては、最早トラウマになる程の圧だ。本来なら発狂してもおかしくないのだが、肉塊がそれを許さない。
が、それもすぐに止まる。
「ミクが怒ってくれるのはありがたいけど、流石に殺すのはマズいよ。口で言うだけならまだしもミクは本気で殺すからさ、ここで止めておこうか。それにあの程度の短剣、見えなくてもかわせるしねえ」
「それでもやって良い事と悪い事の区別ぐらい付かないものかな? どれだけ子供なのよ」
ミクからの圧が消え、気絶して倒れるガッツォ少年。周りの探索者もホッと胸を撫で下ろすのだった。




