0816・後顧の憂いを無くす
Side:シャルティア
第4王子ことヴィーの毒が治ってから10日。ようやく出歩いても問題が無いまでに回復した。それでも体は細いので、食べて運動するしかないだろうね。それでも生きてりゃ何とかなるんだから、死ぬより遥かにマシってもんだ。
そろそろ王都に向けて出発しようかって事になったんだけど、辺境伯が執事を捕まえたらしく、あたし達というかミクにお願いがあるみたいで呼ばれた。まあ、十中八九は捕まえた奴を善人にしてくれって事だろうね。
「そんな事をするより、辺境伯家の中の悪人を全員善人に変えた方が早いと思うけどね。善人になったヤツはそれ以外を見張ってくれるから、むしろ雇用しておいた方が良いし。あのメイドはどうなったの? 子爵家の」
「そう、それなのだ。実は我が家から出した筈だったのだが、あの娘こそが第2王妃に情報を送っていた者だった。それと執事の1人が繋がっていた事までは証拠で分かったのだが、内容がサッパリでな。それで頼みたいのだよ」
「成る程。それで室内にメイドと執事が連れて来られた訳だ。ま、この際だから辺境伯家の大掃除といくかい? やっておいた方が良いだろうし、この後に懸念を持つより余ほどマシだと思うよ。あたしはね」
「ふむ。そうだな。悪人が分かると言うし、この際だ、全て纏めて綺麗にした方が良かろう。すまぬが頼む」
「了解、了解。世話になってるし、それぐらいなら何の問題も無いね。それじゃ、まずはバカ2人から始めますか」
ミクが近付いて掌を翳すと、あっと言う間に倒れた執事とメイド。そして起きた時には善人の表情になっていた。ティアも言ってたけど、あたしも微妙に生理的嫌悪感を感じるんだよね。あの善人の顔に。
ま、いちいち口には出したりしないけど、やっぱり何か歪さを感じるんだよ。感情のある者の顔じゃないというか、作り物めいた表情なんだよね。穏やかではあるけど何処かが変に感じるというか、変に感じる部分を説明出来ないんだ。
だからこそ生理的嫌悪感を感じるんだろうけどね。そこはもう我慢するしかないしスルーしよう。どのみち見慣れれば流せるようになるだろうさ。
「私は実家の父より、第2王妃殿下の命だから必ず守るようにと手紙が参りました。実家はフィルオル侯爵家の寄子ですので逆らう事は出来ませんし、かつての私は逆らう気もありませんでした」
「私はこの者より金銭を得ており、それで協力しておりました。詳しくは知らされておらず、宿の手配などと御家の内情を伝えておりました。それ以外は何も」
「そうか。分かった。そなたらの給金は下げるが、善人になっているので雇い続ける。以降は忠義を持って励むように」
「「はい。ありがとうございます」」
メイドと執事が部屋を出て行ったけど、善人になった以上は悪さなど一切できない。そうなると雇っていた方が得なんだよね。善人は悪を許さないし、何かあればすぐに報告する。確実に悪を許さない見張りみたいなものでもあるからさ。
「そう考えると善人になるというのは恐ろしい事でもあるな。もちろん悪徳であったのが悪いと言えばそれまでだが、善人になった以上は戻らないのであろう? ……悪人のままで居るよりは、今までの人格が失われても善人である方がマシか」
「そうですね。善人となれば雇い続けるに否は無いでしょうし、下手な者より信用できます。少し融通は利かないみたいですけど、裏切りの可能性があるよりはマシでしょう。微妙な部分の事は、それが出来る人に任せればいいですし」
「ええ、私もヴィーの意見に賛成です。そもそも誰も彼もを善人にする訳ではありません。元々悪人だった者を善人に変えているだけなのです。悪人だった者が悪いと言えば終わる話でしかありません」
「うむ。先ほども言ったが、王都に出発する前に我が家の掃除をしてから行く。ワシが居ない間は息子に任せておけば問題ないだろう。善人の者を上手く使えば、おかしな輩が入り込む事もあるまい」
そうと決まれば善は急げと言うし、ミクはすぐに動き始めた。辺境伯の娘であるウィルミナを連れて動き回り、使用人などを集めては悪人が居ないかチェックしていく。何故かヴィーもついて回ってるけど暇なのかね?。
「暇なのもあるけど、歩き回るのにも何か目的があった方がね。唯々歩くだけというのも、それはそれで味気ないってところかな。正直に言うと、つまらない事をしたくないんだよ」
「まあ、分からなくはないけどねえ。リハビリみたいなものだから、歩く事は必要な事だ。ちょっと早いけど筋トレでも始めたらどうだい?」
「あー、それでもいいかな? 適当に腹筋と腕立てとスクワットぐらいで十分だろうし、それぐらいなら暇潰しにもなるだろう。後は歩いてスタミナだな。そっちが無いと走ってもすぐに息切れするし」
「ま、頑張んな。あたし達は十分な体力も筋力もあるからね、特にやる必要も無い。そういうのは1人で楽しみを見つけて頑張るもんさ」
「それは流石に分かってる。大学生活の中でも筋トレはしていたし、それなりの肉体はしてたんだよ。ただモンスターとの戦いには関係が無かっただけで」
「戦いの技と筋肉には関係が無いのは間違い無い。技は技だし、戦闘というのは慣れないと意味が無いからねえ。どれだけ訓練をしていても、初戦闘での死亡確率ってのは高いんだよ。経験が無いから」
「その高い確率の側に入ってしまった訳か。そしてこっちに飛ばされた、と。それはそれで悪い事じゃないけど、初めての戦闘を乗り越えたいという気持ちは少しあるかな」
「まあ、そこら辺は王都への旅の中で出来るんじゃないかい。場合によっては夜中に叩き起こされて、暗殺者と戦う羽目になったりしてね」
「口に出すと本当にそうなるとも言いますし、できれば口には出さないでほしかったのですが?」
「フラグってヤツかい? 大丈夫だろ、多分」
「………」
コイツの言いたい事も分からなくはないんだけどね、心配していても始まらないさ。それに、そんなフラグなんて関係なく粉砕するミクが居るから何も問題は無いんだよ。ま、コイツらには言えないんだけどさ。
最強の怪物が居るのに、殺される訳が無いんだよ。もし死んだのなら不意の何かがあったか、見殺しにあったかのどっちかだ。とはいえ転生者だからね、復活させてもらえるかもしれないよ。その時には仲間入りだろうけどね。
ミクがどんどんと善人に変えていくけど、騎士や兵士の中にも悪人がそれなりに居るか。ミクの話と総合すると、むしろ辺境伯家の内部と騎士や兵士に悪人が集中してる感じだ。思っているよりも遥かに町の方には少なかったと言っていたしね。
ただ、前もそうだったけど、草が隠れている場合は分からないのが困りものさ。情報の横流しなんかをするまでは分からないし、本当に近況しか流してないなら悪人にはならない。そして悪人でないなら見つけられないんだよ。
本当に厄介で始末に負えないとしか思えない。もちろん辺境伯も同じ事は出来るんだけどさ、それでも厄介極まりないと言うしかないね。っと、色々と考えていたら終わったみたいだ。騎士の中の悪人を、この段階で善人に出来て良かったよ。
馬車なんかにおかしな細工をしたり、警備に穴を作られても困るんだ。あたし達が動かなきゃならなくなるからさ。
「これで全員終わりかい? 騎士や兵士の中に結構居たけど、今の率直な気持ちは?」
「まさかという思いしかありません。あんなに悪人が多かったなんて……。いったい何をしていたのかは知りませんが、絶対に碌な事ではない筈です」
ウィルミナは頭が痛そうにしてるけど、知らないだけで他の貴族も似たようなもんだと思うよ。貴族家で雇われているヤツって、不思議と犯罪を犯すんだよ。自分も偉くなった気になってね。




