0072・ヴェスに報告
「では申し訳ないが、この地図は預からせてもらうの。複写して何組かの探索者チームに確認させる。それと……来たか、すまぬが書いていってくれ」
「畏まりました」
ギルドマスターの部屋に入ってきたのは、見るからに事務仕事が得意ですと言わんばかりの女性であり、”昨夜顔を見た”女性であった。そう、黒ずくめの女性だ。
昨日ミクが関わりを薄めてから、慌てて臭いを嗅いで調べていた女性。あの女性がギルドに居て書き記すらしい。これもヴェスに報告する情報だなと、ミクは女性を確認する。
「彼女はギルドの速記人でな、話の内容を記録しておく係の者だと思ってくれ。それでは聞きたいのじゃが、あのボス熊はどういう戦いをしておった? 例えばブレスを吐くとか、【身体強化】をするとか」
「【身体強化】をする魔物っているの?」
「極々稀におるよ、かなり珍しいがの。そうやって驚くという事は、あのボス熊はせんのじゃな」
「戦いを最初から説明すると、ボス熊は出てきてすぐに立ち上がり咆哮した。まあ、こっちに対する威嚇だと思うけど。で、その後に四つ足になって突撃してきたわけ」
「ほうほう」
「結構近付いてきた時に私のカイトシールドを顔面にブン投げてやったの。当然相手は顔を守る。まあ、ボス熊は慌てて止まって下を向くくらいしか出来なかったんだけども」
「まあ、急に盾を投げつけられれば、慌てて止まるじゃろうし、下を向くぐらいしか出来まい」
「で、下を向くって事は、当然こっちを見てないのよ。その間に【身体強化】をして、左後ろ足に接近。思いっきり叩き潰してやった。その一撃でほぼ勝敗は決まったから、そこまで苦労してないのよ。ブレスも無かったし」
「素早いのう。ようもそこまで短い時間で考え付くもんじゃ」
「四つ足の生物が1頭だけとなれば、足を潰す事を考えるのは当たり前。特に後ろ足が潰されれば、まともに移動は出来ない。そうなれば後は嬲り殺しで終わるからね。楽なものだよ」
「言いたい事は分からんでもないが、お嬢さんの武器は何じゃ?」
「………コレだね」
ミクはウエストポーチからウォーハンマーとカイトシールドを取り出した。その威容にビックリするギルドマスターと速記人の女性。反応の違いがよく分かる程に違っていた。
ギルドマスターは唯ビックリしているだけ、速記人の女性は武器を出した瞬間に尻を上げたのだ。つまり臨戦態勢である。明らかに事務仕事の人物がしてはいけない反応だ。
本人は無意識かもしれないが、ミクはしっかりと見ており、そのミクの前でこの反応は致命的である。しっかりと確認したミクは、やはり<王の影>だろうと疑惑を強くした。
「これはまた、とんでもないウォーハンマーじゃのう。これを使えば、確かにボス熊の頭もああなろうの。穴が空いておったし、夥しい血が出たのは想像に難くなかったが、これなら納得じゃ」
「剣や槍が効くかは分からないけど、私はそういう不安定な武器は使わないから分からない。一応槍とナイフと斧は持ってるけど、メインはウォーハンマーだから流石にね。他に攻略者が出たら、そっちに聞いて」
「そうなろうが……解剖で毛皮の強さなどは分かるじゃろうし、次の攻略者が出る前には情報として出したいところじゃ。まあ情報が揃っても簡単な事ではなかろうがな」
「そこは私は知らない。私は明日から61階の攻略だから、わざわざまた行ったりなんてしないし」
「それはそうじゃろうの。とはいえ61階以降の情報も欲しい。なので生き残って帰ってきてくれ」
「命が一番大事だし、それが分からないほど愚かじゃないよ。それじゃ、そろそろ帰ってもいいかな?」
「そうじゃな。他に聞く事もないし、夕方が近くなってきておるしの。そろそろギルドの業務も終わりの時間じゃ。ワシもさっさと仕事を終えて帰るか」
ミクはギルドマスターの部屋を出て、ギルドの1階に下りる。現在の状況では何も受け取れないのでギルドを出たミクは、そのまま中央区画へと歩いていく。
またもや後ろからつけてくる連中が居たが、やはり中央区画の貴族街へと進む門の手前で去っていった。少なくとも連中は貴族街に入る為の通行証を持っていないのだろう。
ミクはそのままヴェスの屋敷へと戻り、執務室へ。今日あった事をヴェスに報告する。
「今日は60階のボスを倒してきたよ。大きな赤い熊の魔物だったけど、左後ろ足を潰した後は楽勝だったね。まあ、戦闘が始まってからそこまで時間も経たずに潰したんだけど」
「大きな赤い熊、ねえ……。クリムゾンベアかブラッディベアか、それともフレイムベアか。ブレスを吐く、または血を見て暴れるとかはあったかい?」
「いや、両方とも無かったと思う。大きさは二本足で立って4メートルくらいかな? 咆哮して威圧しようと思ったんだろうけど、私が何も反応しないから怒って突撃してきたよ」
「それはそれは……。プライドを傷つけられたんだろうけど、ミク相手に威圧が効く訳がない。とはいえ。それはボスの熊には分からない事か」
「倒した後で脱出し、ギルドに行って死体を提出。ギルマスの部屋に呼ばれて行ったけど、そこでギルドの速記人に会った」
「……? 速記人ぐらい居るだろう。会話の内容を素早く書いて記録しておく為の者だ。貴族同士の話し合いでも居るし、王城での会議にも居る。いたって普通の事だけど、それがどうかしたかい?」
「ギルドマスターの部屋に来た速記人の女は、昨夜見た女だった。黒ずくめの格好をしていた、<王の影>と思われる奴等。その中の一人はね、一時的に顔の布を外して臭いで私の足取りを追おうとしてたんだ。そいつと顔が同じだったよ」
「つまり、<王の影>は探索者ギルドだって事かい?」
「そうとは限ってない。探索者ギルドの中にも入り込んでるのかも。少なくとも、私が一度見たものを忘れる事は無い。意識して消去しない限り、私の記憶は消えないからね。昨夜見た奴で間違いないよ」
「その凄まじい記憶力はともかく、探索者ギルドにも居るってのは厄介だね。私の名前は出したかい?」
「一応出しておいた。でも、世話になっている事と依頼を請けている事を伝えただけ。圧力を掛けるような形では出してない」
「そうかい、助かったよ。私が探索者ギルドに圧力を掛けたなんて言い出す輩も居るからね。あくまでも私が依頼してミクが攻略、その形だけが知られるのがベストだ。それに、喰い荒らす際のミクを捕まえるのは不可能だろう」
「喰い荒らして潰している、というのがバレなきゃ問題ないとは思う。<王の影>とやらが何処までのスキルを持っているかは知らないけども」
「明日あたしは王城に行く事になってるけども、流石に真偽官がどうとかは言ってこないだろう。いきなり言ってきたところで拒否できるし、あたしは拒否させてもらうつもりだよ」
「真偽官って言っても、そもそも使う根拠が無きゃいけないんじゃないの?」
「そうだよ。仮にあたしに真偽官の【真偽判定】を受けさせたいなら、まずはミクから情報を引き出すしかないだろうね。でも、ミクは【真偽判定】を欺ける、と」
「そうだけど、仮に言ってきたら報酬に上乗せするよ?」
「それは構わないさ。そもそも怪しい連中に対して真偽官を使わない癖に、あたしに使うなんてのは言語道断だ。とはいえ、あの愚王ならやりかねないのが……」
「周りから操られているのか、それとも自分の考えでバカをやってるのか、それともバカなフリをしているだけなのか……」
「あたしも昔はそう思ってた事もあるんだけど、アレが演技だとしたらやり過ぎさ。隙を晒す羽目になってる。仮に演技なら、弱みとして握られるような事はしないよ」
どうやら余程に酷い王らしい。それでもミクは「本当か?」という疑問が拭えないのだった。




