0069・王の影
「ゴッホ! ゴッホ! ゴホッ!! ………ふぅー、まったく驚かせないでおくれよ。そん………いや、よく考えたらミクなら余裕なのかね? 一日で40階層を移動して、ボス戦も2回だけど」
「そもそも私に疲れって殆ど無いし、あってもすぐに回復するしね。ボスで出てくるのはゴブリン5体とコボルト5体。それとオーク10体だけだよ? オーク10体なんて、ゴールダームだと第2エリアのボスだし」
「ゴールダームの第2エリアって事は20階か……。こっちでは40階のボスなのにねえ。最初の20階が平原、次の20階が草原。そして41階からが森。だからこそ52階が最高記録なんだけど……」
「ゴールダームなら第3エリアが森で、挙句ゴブリンが森で奇襲してくる配置だよ。まあ、こっちでもゴブリンやコボルトやオークは出てくるみたいだけどさ。大多数は毒で死ぬみたいだね」
「蛇系だったり蜘蛛系だったりと、毒を使う魔物は多いから仕方ないんだけど、それでも森という難所では防げないんだろうさ。……入っていいよ」
「失礼いたします。食事の用意が出来ましたので、お呼びに参りました」
「そうかい。じゃあ食事に行こうか」
「了解」
ミクは執務室を出てメイドについていく。食堂で食事をしながらヴェスと雑談を行い、その後にミクは宛がわれた部屋へ。下着姿になって寝転ぶと、意外にもヴェスはすぐにやってきた。
「ん? ……ああ、早く来たって事かい。日中にミクに頼む連中のリストを作っておいてね。それがコレだよ。誰からでも良いけど、こいつらは問答無用で頼む」
「ヴェスがそこまで言うって事は、おそらくこいつらも踏み込めないだけなんだね?」
「その通りさ。こいつらは疑いを超えてる連中だ。いわゆる貴族特権で逃れてるだけの連中でね、あたしが強権を揮えたら全員始末してるよ。それぐらいのクズどもさ」
「了解、了解。ならこいつらも喰ってくるよ。それと、<王の影>とかいう連中も探っておく。関わりを薄めなければ、私を監視に来るかもしれないしね。もちろん見つからないようにはする」
「頼むよ? 今の王は愚王だから<王の影>に何をさせるか分からないんだ。なるべくなら、手を出さずにやり過ごしてくれると助かるよ。<王の影>が1人でも居なくなったとなれば、面倒臭い事を言ってくる可能性もあるからさ」
「分かった。それじゃ、行ってくる」
ミクは再び小さな蜘蛛の姿になると、窓から外へと出て行く。ヴェスの屋敷の敷地内を抜け、標的の貴族の敷地に入る。窓から侵入して探索し、標的の貴族とその家族を喰らう。その後、脱出して次の貴族の屋敷へ。
2軒目が終わり3軒目に移動する途中、ミクを後ろからつけてくる者が現れた。試しに関わりをギリギリまで無くすと、途端にミクを見失ったようである。そもそも目的の者が小さな蜘蛛だとすら気付いていなかったらしい。
周囲をキョロキョロしながら、消えた反応の行方を探している。そう見える行動を繰り返している女。全身が黒い服で覆われていて顔まで隠しているが、胸が膨らんでいるので女性で確定だろう。
目元しか出ていなかったが布を取り、今は匂いを嗅いでいる。どうやら臭いから足取りを追おうとしているようだ。目的のミクが近くでジッと見ているにも関わらず、まったく気付いていない。
(狼獣人って感じかな? 嗅覚も鋭そうだし、思っているよりも優秀なのかもしれない。とはいえ、私を追いかける事は出来てないから、何かしらのスキルで私の反応を見ていたんだろうね)
それが気配なのか魔力なのか精神なのか。その辺りは判別が付かないが、それでもミクを見つけ出すスキルは持っているようだ。意外に油断ならないのかもしれない。そんな事を思いつつ、ミクはそっと標的の屋敷へ移動するのだった。
そして3軒目も喰い荒らし、貴族屋敷を出て次に向かおうとすると、黒ずくめの連中が増えていた。ミクは小さい蜘蛛なので見つかる事もなく移動し、本日最後の4軒目の屋敷内へ。
そしてターゲットを全て喰らうと、屋敷の周囲に反応が増えた。まるで囲まれているようだが、これは黒ずくめの連中だろう。どうも貴族の気配が減っているので気付いたようだ。この事は明日、ヴェスに伝えておくべきだろう。
ミクは開いている窓からそっと外を窺うが、それなりの数が屋敷を囲んでおり、虫1匹でさえも見逃さないといった布陣を敷いている。流石にこれでは外に出るのも難しい。
流石に困ったミクは屋敷の中を調べていき、地下室を発見したので下りる。そこはワインなどを貯蔵している部屋だったが、ミクはその地下室から穴を掘って脱出する事にした。
天井付近の分かり難く見づらい場所から掘っていき、屋敷の外に植えられている木の根元からそっと顔を出す。この近くには見張っている者達も居なかったので、ミクはそっと柵の下を潜って外に出た。
少し離れてから確認するも思っていた以上に監視者が多く、ミクは笑ってしまいそうになっている。バレていないと思っているのだろうが、黒ずくめの居場所はミクにバレバレである。
(どれだけ頑張っても生きている限り、生命力は隠せないんだよね。生命力を感じないのは死者だけ。ただしアンデッドの場合は瘴気を感知すればいいから、敵が分からない何て事は私には無いんだよ。それにしても滑稽だね、こいつらは)
黒ずくめの連中をそう嘲笑いながら、ミクはヴェスの屋敷へと帰還した。部屋に戻ったミクはアイテムバッグやレティーを転送し、下着を履いてベッドに寝転ぶ。そして関わりを最低限に落とし、本体空間で遊ぶのだった。
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翌日。朝食が終わった後、ヴェスの執務室へと移動して昨夜の話を始める。流石にアレを【念送】だけで説明する訳にはいかない。
「昨夜、ヴェスが言っていた通り、怪しげな黒ずくめの連中が私を追いかけてきたよ。ただ、関わりを最低限に落とすと、すぐに私を追えなくなったけどね。どうやら何かしらのスキルを使ってるみたい」
「やっぱり<王の影>が出てきたか。面倒な連中だろうけど、引き続き頼むよ。連中まで殺されたら、四方八方を疑い始める。そうなると国がどうなるか分からない。あの暗愚な王には動かずに居てもらわないと」
「妙な動きをされても困るから?」
「ああ。碌でもない動きをされて、更に国が荒れるのは困るからね。賢王なら動いてくれても構わないんだけど、愚王が動くと問題しか起こさない。愚王は動かないのが一番良いのさ」
「ふーん。ま、とりあえず昨日の連中は終わったから。私は今日もダンジョンに行ってくるよ」
「ああ、今日で最高記録は更新されそうだね。それにしても早いと言わざるを得ないけど、人智の及ばない怪物にとっては、当たり前すぎる結果なんだろう」
ミクが部屋を出るのを見届けながら、思わず口に出てしまったようだ。その怪物たるミクは玄関に行って外に出ると、門番に開けてもらい王都の外のダンジョンへ。
左下の魔法陣に乗って41階へと進むのだが、周りからは驚かれていた。41階に行く探索者は珍しいのだろうか? ここの常識が分からず少々戸惑いながらも、ミクは41階からの攻略を始める。
ここからは51階までの地図しかなく、それ以降は自力で階段を見つけなければいけない。とはいえ1階層が狭い為、ゴールダームほど苦労はしないだろう。
そう楽観的に考えながらミクは41階に踏み出し、【身体強化】で一気に走って行く。昨日までと何も変わらない素早い走りで駆けていくミク。
昨日までと違うのは、周囲に探索者が殆どいない事だろうか。




