0716・ウェンの町へ
Side:マハル
<秘密の花園>とかいう組織が関わっていると聞いてから20日。今では僕も多少は戦えるようになっている。ミクさんからは武器を貰い、小脇差という35センチの短剣を貰った。片刃だけど切れ味が鋭いし、良い鋼を使っているのだと思う。
ミクさんが作った? らしいけど、ボクは本当かどうか分からないので何とも言えない。そもそも作る暇がいつあったんだろうとか疑問は沢山出てくるんだけど、何だか言ってはいけない気がして黙ってる。
他にもメイスとラウンドシールドを貰った。メイスの長さは60センチ、ラウンドシールドは直径40センチで腕にくっつけるタイプだ。実際これらを使って魔境で何度も狩りをしているし、色々なモンスターを狩る事も出来ている。
それに、あの5人組に出会ったけど、もはや怖いとも強そうだとも思わなかった。実際、戦闘訓練で戦うミクさんやロフェルさんの方が何倍も怖い。何をやっても避けられ叩かれるのを延々と繰り返したからだろうけど、未だに勝てる感じがしないんだ。
正直に言って、あの2人に勝つのは無理なんじゃないかって思ってる。あの5人組なんて目じゃない程だし、他の狩人もそんなに強そうな感じはしない。ボクも【身体強化】を教えてもらって使えるようになったし、それでモンスターとも普通に戦えるようになった。
それでもあの2人には手も足も出ないというか、勝てそうな道筋が見えないんだ。いったいどうなってるんだろうと思うけど、ボクは教えてもらってる側だし、そう簡単に先生を越える事なんて出来ないんだろう。ボクよりも長く練習して来てるんだし、まだ一ヶ月ぐらいだもんね。
そんなに早く強くなったりしないし、そんなに簡単に強くなったら誰も苦労しない。驕らずに謙虚に練習していこう。それにそろそろ魔法を教えてもらえそうだし、これでもっと強くなれると思う。
「この町に来て一ヶ月、流石にもう<秘密の花園>に依頼された採取人も来なくなった。今まで来る度に情報を抜いて始末してきたけど、来なくなった以上は人員が枯渇したんだろう。だから今日から2つ北の町に行く」
「宿の契約を延長したところなのに行くの? まあ声を掛けておけば部屋はとったままにしてくれてるだろうけど、何だか微妙な感じねえ。もうちょっと早くは……マハルの問題か」
「えっ!? ボクですか?」
「そう。マハルの移動速度の問題だね。町を2つと言ったところで、その間には村が幾つもある。だからテフィの町からウェンの町に行く速度を上げる為にも、マハルがある程度の【身体強化】を使えなきゃいけなかったんだよ」
「セリオの上に乗せてもらうのは駄目なの?」
「それでも良かったんだけど向こうで何があるか分からないし、【身体強化】をしたまま走り続ける練習も必要だと思ってさ。結局のところ自力で行けた方が良いのと、実際の移動を体験するのも重要だから」
「確かにそれはそうね。【身体強化】をしながら走り続けるのって簡単じゃないし、疲れも溜まれば栄養も消費する。駄目ならセリオの背に乗ってもらうけど、それまでは自分の力で頑張りなさい」
「分かりました」
「それじゃ朝食を食べてから、出発しよう」
宿の部屋を出て食堂へ移動し、いつもと変わらない大麦粥を2杯食べてから出発。テフィを出た後【身体強化】を使って走るんだけど、これが思っている以上に難しかった。
一定の強化を続けなきゃいけないし、無理をすると一気に疲れが出てきて走れなくなる。朝にアレだけ食べたのに昼になるよりも早くお腹が空いてきて、結局ボクは今セリオの背に乗せてもらってる。でも、それも厳しい。
必死でセリオの背にしがみついてないと振り落とされそうだし、皆は周りなんて気にしていない程の速さで走っている。馬車すら簡単に追い越して行くんだから、追い抜かれた全員が呆気に取られてたよ。
そんな速さのセリオの背に掴まっていると、1つ目の町に着いたらしくようやく止まった。フラフラになりながらもセリオから下りたボクは、皆と一緒に町へと入っていく。
代わり映えのしない町並みであり、テフィより小さな町の食堂に入って早い昼食を食べる。ここでも大麦粥を2杯食べたボクは、お腹も膨れたし再び【身体強化】を使って走って行く。
今度はそれなりに走れたけど、それでも町に着く事も出来ずにセリオの背の上へ。それなりに走れたとは言われたけど、皆は何の問題も無く走っているので流石に凹む。仕方がないとはいえ、まだまだなんだなぁ……。
セリオの背に必死にしがみついていると夕方になり、気付けばウェンの町に着いていた。まさか1日で来れるとは思わなかったけど、こんなに速く移動出来る様になるんだ。流石は【身体強化】だと思うけど、スキルがなくても使えるなんて改めて驚く。
最初に聞いた時は冗談だと思ったし、本当かと半信半疑だったけど、本当に【身体強化】が誰にでも使える技術だとは思わなかった。だからこそ「黙っていろ」と言われたのにも納得だけど。
ウェンの町の中に入り、宿へ行って3人部屋をとる。5日間で中銀貨1枚、小銀貨2枚、大銅貨2枚。つまり小銅貨750枚で泊まれる。格安の宿屋もあるけど、ああいう所は盗賊なんかも来るらしくて危ないそうだ。
ボクは安い宿に泊まってたんだけど、どうやら何も持ってない新人という事で見逃されていたみたい。ロフェルさんから聞いた時には「ゾッ」としたよ。そんなに危ない事をしてたなんて。
でも、よくよく考えれば分かった筈なんだ。何故高い宿代の所と安い宿代の所があるか。ボロいか綺麗かじゃない、根本的に安全か否かという違いがある。特に宿代はケチると碌な事が無いんだって。
旅をする場合は気を付ける事の上位に入るみたいで、安い宿はよほど安全が確保できる時か身を隠したい時に使うぐらいだそうだ。お金の無い人達に譲る意味でも、その方が良いと教わった。それにしても、本当に新人で知らない事ばかりだったのを痛感するよ。
「今日はこの町に泊まるんだけど、早速今日の夜に襲われるかもね。こっちに悪意がガンガン向けられてる。もしかしなくても<秘密の花園>の連中なんだろうさ。ついでにマハルの方にも悪意が飛んでるよ」
「となると、マハルの花の香りを利用したい奴等だろうね」
「えっ? もしかして……ミクさんもロフェルさんも知ってるんですか?」
「知ってるよ。自分を好きになるっていう特殊な<魅了の香り>でしょ。テルケー侯爵の屋敷の中に知ってるヤツが居てね、少々強引な方法で聞いたんだよ。ああ、マハルの事について聞いたんじゃなくて、<秘密の花園>の構成員だたから色々と聞いただけ」
「いや、それにしても、どうやって……? だってそんな暇はありませんでしたよね?」
「そこはそれ、秘密の力でだよ。言いたくない事も言えない事も世の中にはあるからねえ」
「ついでに言うと、狩人が自分の奥の手とか隠し玉を語る事は殆ど無いわよ。よほどのピンチでもない限り、味方や仲間にさえ教えない。それが狩人の常識でもあるの」
「それは、まあ……分かります。それがバレていて殺される、なんて事もあるかもしれませんし」
「そうそう、だからこそ安易に聞かないようにね。……さて、食事も終わったから宿に戻ろうか。楽しみだねえ、どういう風に襲ってくるのか」
「マハルも気合いを入れなさい。大量の敵に一気に襲われた場合、マハルを守れない可能性があるわ」
「分かってます。自分の身は自分で守る。逃げたって構わない、最後に勝ったのが勝者だ。ですね?」
ミクさんとロフェルさんが頷く。そしてボクも頷き、宿への道を歩いて戻る。2人に会うまでのボクなら殺されていただろう。でも、今なら対処できる筈!。




