0665・酒場のマスター
Side:ロフェル
あれから一週間。やっとランクが3になった。ちょっと時間が掛かったのは、壁塗りの仕事で気に入られたから。
<澱みの山>に行こうと思ってるって話したら、何とか今の一区画だけでも手伝ってくれと頼まれたのよね。
で、しかたなく頼まれた一区画をやってたんだけど、途中でミクが参加してくれたから楽だったわ。ミクは4日目には鉄を捌き終わってたみたいで、またお金が入ったって疲れた顔してたっけ。
かなりの安値だった事もあって飛ぶように売れたらしいわ。とある鍛冶師なんて家にある大半のお金を使って買ったって聞いて呆れたけどね。何でもミクの作った鉄は純度が限りなく高いらしくて、混じり物のない純粋な鉄みたい。
どうやって作ったのかと聞いたら、【空間魔法】の【選別】を使ったらしいの。なんでも空間内にある物質とやらを分けられるらしいんだけど、知識が無いと碌に使えない魔法らしいわ。それを使ったからか、限りなく純粋な鉄なんだって。
鍛冶師はそこから色々と混ぜたりするらしいけど、元が純粋だとそれが簡単に出来るみたい。本来出回ってる鉄は、もっと色々な物を含んでいて不安定ならしいわ。私も詳しく聞いたけど、ミクが何を言っているのかよく分からないのよね。
夜の酒場でその話をすると、ミクは呆れたように話し始めた。
「鉄という物質がどういう物なのかを理解してないと使えないし、【空間魔法】そのものが相当に使い難いの。正直に言って、よくこんな魔法を制定したものだと思う。おそらく教えても【空視】と【掌握】ぐらいしか使えないんじゃないかな」
「それってどんな魔法?」
「【空視】は自分の周りを動かずに確認する魔法。ただし壁があろうがその先が見えるという魔法ね。それなりの距離を確認できるけど、自分から離れれば離れるほどに魔力と制御力を必要とする。【掌握】は自分の周囲限定だけど、完全に全て把握出来る。こっちは普通の人間が使うと頭痛と吐き気で大変だろうね」
「頭痛と吐き気って……そんなの使えないでしょ」
「そうでもない。何度も何度も使って慣れれば大丈夫だよ。【掌握】は自分の周囲の状況だったりが、一度に全部脳に来る。だから訳が分からなくなって頭痛と吐き気に襲われるんだよ。それに慣れれば取捨選択も出来るようになるから」
「自分の周囲が?」
「そう。後ろで誰が喋ってるとか、右斜め後ろから何かが飛んでくるとか、そういう周囲の全てを把握出来る様になる。ただしその情報量が多すぎるんだ、その所為で普通の生き物の脳じゃ捌けないんだよ。私は何の問題もないけどね」
「ミクは大丈夫なんでしょうけど、私には無理ね、そんな訳の分からない魔法は。後、頭痛と吐き気に慣れたくないし」
「そうじゃなくて情報の多さに慣れるんだけどね。まあ、無理に使うものでもないし、覚えててもあんまり使いどころは無いかなぁ。普通の魔法の方がよっぽど役に立つと思う」
そうやって話してると酒場のマスターがこっちに来たわ。何か用かしら?。
「ちょっといいか? お前さん達ここに来た割には全く<澱みの山>に行ってないらしいな? いったい何しに来たんだ?」
「辺境伯が痺れを切らして聞き出して来いって? ロフェルがランク1から再スタートになったから、今まではランク3になるのを待ってただけだよ」
「………何故ワシがそうだと?」
「別にマスターがって訳じゃないわよ? 何処の酒場のマスターも、領都の場合は領主の紐付きなのよ。ここは領都ウェルス。ならそこの酒場のマスターは……?」
「ちっ、参ったな……。そんなに領都の酒場のマスターは紐付きが多いのか?」
「仕方ないわよ。ならず者始め、色々な者が酒場には来るもの。だったらそこに目を置くのは為政者として当たり前よね?」
「………はぁ、最初からそこまでお見通しだったら、どうにもならんわな。それで、ランク1から再スタートってのは、いったいどういう事だ?」
へぇ、私達が分からないから威圧してきたわね。それにしてもチャチな威圧だけど、普通はこんなものなのよ。ミクの威圧があまりにもおかしいだけで、普通の人の威圧はこの程度……だと思う。最近ミクの威圧に慣れすぎて、ちょっと分からなくなってるのよねえ。
本体空間で修行させてもらう事もあるし、寝る前に一汗掻く意味で練習してたりするから余計かな? パワーが強すぎるのと矛の使い方はミクからしか習えないから仕方ないんだけど。
「………こりゃ駄目だ。ワシの威圧が全く効きゃしねえ。参った、降参だ」
「降参って言われてもねえ。で、何が聞きたいの? ここからは隠し事なしで話してもらえる?」
「分かった。ところでお前さん、おそらくだが王城で暴れたヤツじゃねえのか? 辺境伯様はそれを疑ってる。何でここに来たのか、辺境伯様の御家に何かする気じゃねえかってな」
「残念だけど、その期待には応えられないね。ま、それは冗談として、私達が来たのは正真正銘<澱みの山>に行く為だよ。お金稼ぎに来たというのと、魔境の実態調査かな。それと澱みというか瘴気の解消」
「そうね。魔素を解消すると魔境ではなくなっちゃうし、でも瘴気まで滞留してるんじゃ色々と問題があるのよ。後は私の魔法の練習かな? そんな感じの予定の筈」
「そう。せっかく瘴気の多いアンデッドの出てくる場所なんだから、上手く利用しようという訳で来たの。それ以上は今のところ考えてないかな? ま、あの王と同じく調子に乗ってこっちに何か言ってくるなら叩き潰すけど」
「勘弁してくれ。辺境伯様は草原コボルトどもの相手で精一杯だ。だからこそ、お前さん達が暴れたりするんじゃないかと思ってらっしゃるんだよ。正直に言って問題を起こさないなら、こっちも関わる気はねえってスタンスらしい」
「それならいいんだけど、王城のバカどもも向こうから関わってきたし、何処にでも暇なヤツってのは居るからねえ。辺境伯本人じゃなくても、その周囲が何かしらしてきたら動くよ? 狩人っていうのは舐められたら負けだからねえ」
「おいおい、そこはちょっと我慢してくれねえか?」
「この国の王相手ですら引かなかった私に、高が辺境伯相手に引けとは……舐めてるのか?」
ミクからピンポイントで威圧が飛んだけど、急に震えて怯え始めたわね。まあ仕方ないんだけども、それにしたって弱い気がする。さっきミクや私に威圧してきたとは思えないほど弱弱しいじゃない。
流石にこの程度なのに喧嘩を売ってきてるとは思ってなかったわ。辺境伯の手を煩わせるまでもない、オレがガツンとやってやるって感じだったのかしら。1国の王が怯えるしかなかったという意味を分かっていないようね?。
「相変わらずだが、何故この程度の小物がいちいち突っ掛かってくるのか不思議で仕方がない。生き地獄に突き落とされたいなら最初からそう言え、今すぐ突き落としてやる」
そう言ってミクは威圧を解いたけど、マスターは怯えたままねえ。呼吸も苦しそうだけど、本当に情けないとしか言えないわ。幾らなんでも喧嘩を売ってきた割には脆すぎる。
「す、すまねえ……マジでそういうつもりじゃなかったんだ。威圧して喋らせるっていうのは、いつもの段取りなんだよ。だか「いいからさっさと話せ」ら別に……」
「あまり鬱陶しいようだと、本気で生き地獄に突き落とすぞ。それよりさっさと話をしろ」
「わ、分かった。ワシが辺境伯様から聞いてるのはだ……」
ようやく話し始めたけど、調子に乗ってるヤツがこうなるのは本当に滑稽ねえ。




