0660・ウェルス到着
アルダギオン子爵邸でストレーナやエリザヴェートと別れてから20日。非常にゆっくりとミク達はゴブルン王国の西の端まで移動していた。ここが辺境伯のウェステル領であり、天然のダンジョンとも言える魔境がある場所となる。
ここから西には草原コボルトの国であるコルクサの国があり、ゴブルン王国とは睨み合っている。草原コボルトとはそのままで、コボルトの中でも草原に生きる事を決めた者達が集まった国である。
この国が厄介なのは、ガイアにあったモンゴルなどのように遊牧民族である事だ。唯一の違いは、戦う際には己らの足で戦う事である。森に暮らす森コボルトは邪道と謗るが、草原コボルトは弓兵が多い。これがゴブルン王国が苦しむ最大の理由である。
コボルトの力強くも速い走りと、強力な弓から繰り出される雨霰と降り注ぐ矢。これによって、毎回の小競り合いでも大きな被害が出るのだ。現在はゴブルー鉄の大盾で防いでいるらしいが、かつては悲惨なほどの死者が出たという。
「本当に多くの者達が草原コボルトに殺されたらしいわ。何といっても強力な弓に太い矢。非常に強力なそれらは魔法使いだろうが何だろうが貫いてしまう。だからこそ、草原コボルトと聞くだけで震え上がっていたらしいの」
「それでもゴブルー鉄で大盾を作るようになってから被害は減った、と。それは良い事なんだろうけど、防御だけで根本的な解決にはなってないね。こちらから攻撃するにしても、鈍重な大盾持ちじゃ攻撃できないだろうしさ。どうしてるのやら?」
「前に言った不死玉よ。それで爆発する武器を最初に許されたのが、ここウェステル辺境伯の軍らしいの。だから草原コボルトを跳ね返せるとか言われてるみたい。私はどんなのか知らないけどね」
「ふーん。仮に銃だとしても、どんな銃かによっても色々変わるから難しいところだね。私としては火縄銃くらいのを想像するけど、案外連射銃まで開発されてたりして」
「連射銃……。銃の説明は前に本体空間で受けたから、どんなのかは何となく分かるけど、そんな物が量産されたら確かに戦争が変わるでしょうね。おっと、そろそろ見えてきたみたい。あれがウェステル領の領都であるウェルスだと思う」
「馬車も多いし、間違いなくそうだよ。それにしても途中のゴミどもを殲滅するのに無駄に時間が掛かったねえ。仕方ないと言えば仕方ないんだけどさ。後は再誕した癖に、誰かさんはお酒に弱いし……」
「いやぁ、ビックリよね。まさかお酒が効かないミクの血肉を貰ってるのに、あそこまでお酒に弱いままとは思わなかったわ。その割にはアルコール? の悪い影響は受けてないみたいで、私としてはありがたいんだけどね」
「酔っ払ったロフェルに突っ掛かってくるヤツの多いこと多いこと。あまりに阿呆で呆れるし、私まで酒に弱いと思って突っ掛かってくるんだからさー。本当にバカどもは救いようが無い」
「酒場の大半の酒を飲みつくしたうえ、飲めなくて撃沈した全員に支払わせたものね。あれは凄かったわ。途中で寝てたから詳しくは知らないけど、起きたらマスターが泣きながら「それ以上飲まないでくれ」って言ってるし、他の連中は全員撃沈してるし」
「そもそもアルコールも何も効かない私に喧嘩を売ること自体が阿呆なんだよ。だから止めとけって言ったのにさ。あの酒飲みどもが調子に乗った結果なんだから、甘んじて受け入れてもらうしかないね」
「幾らでも飲んで食べられる相手に喧嘩を売っても、勝てる筈が無いわよねえ。どう考えても負ける事しか出来ないんだから、最初から戦いになんてならないし」
話の最中に町の門まで辿り着いたので登録証を見せて中に入る。登録証には種族などは書いていない為、知り合いでもない限り見破る事は難しい。ロフェルがゴブリンだったと知っている者はこの辺りには居ないだろう。
仮にもし居ても新たに登録し直せば済むだけだ。今度は竜霊族のロフェルとして登録すればいいし、同一人物なのだから気にしなくていい。またランクを上げればいいだけである。
「むしろ登録し直した方が良い気がするんだけど……この登録証、預かっておいてくれない? 不正って言えなくもないし」
「使ってるのは本人なんだから、特に問題無いとは思うけどね。とはいえランク8だと強制的に戦争に巻き込まれる恐れもあるから、そっちの方が良いね。門番には見せたけど、それは記憶違いで押し通せば済むでしょ」
そう言ってミクはロフェルの登録証をアイテムバッグに入れ、ウェルスの町で改めてロフェルの登録を行う事にした。狩人ギルドに入って登録を頼み、小銀貨1枚を払って登録完了。久しぶりにランク1という字を見て、ちょっとテンションが上がるロフェル。
「何か懐かしい気がするけど、感慨に耽ってる場合じゃないわね。登録は終わったし、宿にでも行きましょうか」
ロフェルの一言にミクも頷き、さっさと宿へと移動する。狩人ギルドの中では余所者を睨む者も居たが、コボルトではないからかそこまで悪意も向けられてはいない。とはいえどちらかと言えば警戒に近いので、ミクも気にしないでスルーした。
大通りに面している大きな種族用の宿に行き、一ヶ月分の代金である大銀貨1枚と中銀貨3枚を支払う。今までに幾つかの裏組織や暗殺組織を潰してきたので、またお金は溜まっていた。
アルダギオン伯爵家にあれだけ置いてきたにも関わらず、その前と同じぐらいまで溜まっているのだ。それに関してロフェルは完全に呆れていた。
とった部屋に入って寛ぎながら、ロフェルは溜息を吐きつつ口を開く。
「それはそうでしょ。ああいう組織の連中っていったいどれだけお金を持ってるのよ。いえ、正しく言うと、どうして裏稼業の連中ってあんなに儲かるのよ。あいつらが持ってるお金が外に出れば、皆の生活ももっと楽になるじゃない」
「ゴブルン王国も若干ながら貨幣不足に陥ってるみたいだしね。国が必死にお金を作っても、その多くが犯罪組織に流れるんじゃ上手くはいかないだろうさ。しかも銀貨や金貨が流出してる可能性もある。そうなったら経済が混乱するよ」
「ミクが言ってた通り、最悪は物々交換になりそうね。実際に私が子供の頃に住んでた村はそれが当たり前だったし、普通の事だと思ってたわよ。それも貨幣不足が原因の可能性があるんでしょ?」
「もしくは商人が作物を買い叩いているかね。だからこそ物々交換の方が価値が高く取り引き出来たのかも。あんな伯爵が治めてた領地だからさ」
「そっか……お金にすると損するから物と交換した方がマシってなった可能性もある訳ね。それもそれでどうなのかって思うけど、私が住んでた村じゃ行商人ぐらいしか来なかったし、その人が言う通りの値でしか交換できなかった筈」
「町に持って行っても買い叩かれるんじゃどうしようもないだろうし、それなら行商人と物々交換にした方がマシなんだと思うよ」
「何だか遣る瀬ないわねえ。とはいえ僻地の村なんて簡単に来てくれないし、町までは遠いし……どうしようもなかったとしか言えないか。皆、あそこで頑張って暮らしてたしさ」
「思い出はそれでいいとして、それよりこれからだけど、まずはゴミどもを処分してからね。今日の夜か明日の夜には終わるから、その後に<澱みの山>へ行くよ。北の山だって事は分かってるしね」
「了解。アンデッドの巣窟みたいな場所だから、とりあえず頑張って浄化しないとね。不死玉を使った武器は危険だから、なるべくなら量産させたくないし」
「銃はねえ。特に暗殺に使えるのが何とも言えない。武器としてはコストが掛かり過ぎて使い難いうえ、何度も何度も使える訳じゃない。剣とか槍よりも手入れが必要になる武器だし、修理も出来なきゃいけない」
「熱で曲がったりするんだっけ? 弾が飛ぶ武器だけど、筒が歪むと飛ぶ方向がズレたり最悪暴発すると。使いやすいのか使い難いのか分からない武器よね。まあ、お金が掛かる武器は狩人には流行らないかな」
「そもそもモンスター相手だと威力が足りない。徹頭徹尾、人間種相手の武器でしかないよ。そもそもコボルトとか毛の多い種族に効くかどうかも不明」
それを聞いてますます微妙な顔になるロフェル。遠間から撃ち殺されるのを警戒していたが、コボルトにすら効くかどうか分からないのでは話にならない。そう思ったのだろう。




