0644・帰らずの森
正気を取り戻したロフェルは自分の足で歩き、北西へと進んで行く。ミクも歩き出すが、何故そこまで呆然としたのかは謎だ。そう思っているとロフェルが口を開いた。
「ミクの事だから冗談ではないと思うんだけど、もし冗談じゃないなら絶対に言わない方が良いわ。もし言ったら、どんな手を使ってでも奪い取ろうとする貴族が現れるわよ?」
「私から奪う事自体が不可能だけど、それは横に置いておくとして、何故って聞いていい?」
「そもそもドラゴンって信じられない強さをしているうえにメチャクチャ頭が良くて、滅多に縄張りから出て来ないらしいんだけど、たまに若いのが出てきて暴れる事があるんだって」
「ふんふん」
「それを倒して手に入れた皮が、一枚で大金貨で何十枚って値が付くのよ。それほどの物なんだから、殺してでも奪い取るってヤツだらけになるわ。それにハグレならいいけど、こっちからドラゴンを襲えば酷い報復が待っているらしいし」
「報復?」
「昔ドラゴンに手を出したオークの国があって、一夜で王都が壊滅させられたらしいわ。ブレスとかいうのを大量に吐きかけられて、あっと言う間に無残に滅びたそうよ。だからドラゴンに手を出すって、死体でも止めた方がいい」
「ふーん。私の武器もドラゴン製なんだけどね? だからこそあっさり貫く訳だしさ」
「……………はぁ。そんなメチャクチャな物を持ってたなんて、そりゃ誰も相手にならない筈よね」
(そうじゃなくて、私が最強の怪物だからなんだけどなぁ。ま、わざわざ教える必要ないし、そこはスルーするけどさ)
そんな話をしながら歩いていると、先の方に森が見えてきた。おそらくあそこが<帰らずの森>だろう。狩人っぽい連中も見えるので、おそらく間違いではあるまい。2人はそのまま歩いて行き、<帰らずの森>の縁まで来た。
少し外から見てみるも、そこまで濃い森ではないので気楽に進めそうだ。しかし、程好い森である事はそれだけ隙間がある訳で、つまりそれはモンスターに奇襲を受けやすいという事でもある。もちろんミクには効かないが。
「という事でさっさと進んで行こうか? 浅い所のモンスターを倒しても仕方ないしさ。それに餌となるヤツを倒しすぎるのも良くないらしいし」
「そうなんだけど、奥に行くまで襲われる事もあるだろうし、その辺りはなかなか難しいわよねえ。襲われたら倒すしかないし、そういう場合って逃げられるのかしら?」
「天敵が出て来たら逃げるんじゃない? 流石に自分が殺される可能性を高めてまで追いかけないでしょ」
そう言いつつミクはスイスイと歩いて行き、その後ろをロフェルが追いかける。ミクは驚くほど無警戒なように歩いていくも、他の狩人の位置も把握して囮のようにしながら先へと進む。先は長いので、こんな場所で時間を使ってもしょうがない。
そのままスルスルと進んで行くと、上から強襲を受けた。出てきたのは蛾であったが体は大きく、更に針の様な物を突き刺そうとしてくる。ミクはその針のような物を右手で握り潰し、胴体を左手で鷲掴みにして地面に叩きつける。
それだけで瀕死になっているようなので、大型ナイフを胴体に突き刺して止めを刺した。こういう系統は大抵羽が珍重されたりするので、羽を傷つけてはいない。それにしても大きな蛾である。
「こいつは大きいね。っていうか胴体の幅だけで20センチはあるんだけど、よくこれで飛べると思うよ。【風魔法】でも使ってるのかな? それとも何か特殊な能力でも持ってる?」
「……デッカ! ちょっとコレは無いんじゃない? そう思えるくらいに大きいわね。更にはミクに長細い針みたいなのを刺そうとしてたし、こんなのが上から強襲してくるって……。流石は<帰らずの森>。恐ろしい場所だった」
「まあ、帰らずっていうくらいだから、相当の狩人がここで殺されたんだろうね。そうじゃないと、そんな名前付けないでしょ。……そうなると<澱みの山>って嫌な予感がしないでもないけど」
「<澱みの山>はアンデッドが多く出てくる魔境よ。代わりにお金は稼げるらしいけど」
「なんで? アンデッドなんて稼げる要素ゼロでしょ。手に入っても腐肉だしさ、全く売れないじゃん。魔石ぐらい? 売れても」
「そんな事は無いわよ。アンデッドを倒すと、不死玉が手に入るもの。ミクは知らないみたいだけど、不死玉って浄化してから粉にして火を付けると爆発するのよ。王国の新しい武器に採用されたとか聞くし、使い道は多いらしいわ」
「もしかしなくても爆薬っていうか火薬じゃない。という事は新しく採用された武器って銃かな? それとも手榴弾系? どっちにしたところで、剣と魔法の世に急にコレかぁ。とはいえ不死玉っていうので作られたらどうにもならないし、仕方ないのかな?」
「何となくミクは最新の軍の武器が分かってるみたいね。それも含めて言わない方が良いわよ。言ったって誰も得しないし、聞いたって誰も得しないもの」
「だろうね。とりあえず先に進もうか、ここで話してても仕方ないし」
倒した蛾はさっさとミクがアイテムバッグに入れていたので問題は無いが、ここでダラダラしていても仕方ないので先に進んで行く。妙なモンスターが強襲してくる恐れもある為、必要以上にキョロキョロするロフェル。それが既に駄目なのだが、理解していないらしい。
「キョロキョロしたって見ていない側が死角になるから意味無いよ。それなら全体をボヤーっと見ながら気にする方がよっぽどいい。元々近接戦闘ではそうやって敵の動きを察知するんだよ」
「そうなんだ。接近して戦ったりしないから、イマイチそういう事って知らないのよねえ。ボヤーっと全体を見る………全体を見る……」
「そう。それで異変というか、気になる動きがあったら即座に警戒。これが基本かな。どのみち目で察知できる範囲には限界があるから、目が出来るようになったら耳、耳が出来るようになったら鼻。そういう風に順番に使えるようにしていけばいいよ」
「それって近接戦闘じゃなくて斥候のやる事じゃ……」
「何でも同じだけど、自分で出来るようになって悪い事なんて無いんだよ。誰かが居なくなったら危険っていうのはマズいからね。だから少しずつでも、色々な事が出来る様になった方がいい」
「まあ、うん。言いたい事は分かるけど、凄く大変そうなのは気のせいかしらね。長く掛かってようやく身につく事のような気がする」
「それでも、っと! また上からか」
今度は蛇が降ってきたが、それは随分と細くて小さな蛇であった。ミクはすぐに強力な毒を持つ事を把握したが、ロフェルは理解していない。しかしながらミクは蛇が噛みついてきた一瞬で首を持ち、噛みつけないようにしてしまう。
「上から蛇まで襲ってくるの、この森。流石に危険度が高すぎる気がするんだけど……。普通の森と違いすぎるわね」
「だから<帰らずの森>なんでしょ。それでもこの程度じゃ容易いけどね」
ミクは左手で大型ナイフを抜いて首を落とす。しかしながら毒袋まで傷つけたのか毒が混じってしまった為、その場で蛇の死体を捨てていく。流石に売り物にならない物を持って帰ってもしょうがない。
「ちょっと! 何で捨てて行くのよ!?」
「あの蛇? どうも首の近くにあった毒袋まで傷つけちゃったみたいでさ、死体に毒が混じったのよ。そうなると売れないから持って帰ってもしょうがないってわけ。毒袋の位置は把握したから、次からは傷つけないように頭を落とすよ」
「そ、そう。あの蛇って毒があったんだ……」
「臭いとか魔力から察するに、多分だけど結構強力な毒だと思う。おそらく肌に触れた程度なら大丈夫だけど、体内に入ったらあっさり死ぬタイプじゃないかな?」
「こわ……」




