0631・北西の山の麓へ
酒場に来たミクはカウンターに行くと、大銅貨4枚を支払って夕食や飲み物を注文する。いつも通りカウンターの上にセリオを乗せるもマスターは何も言わない。既に慣れたのだろう、セリオもレティーも毎回カウンターの上で食事をしている。
今日は薄着のゴブリンが踊っているが、それを囃し立てて声援を送っている者達が居る。初めてここに来た時も踊り子のゴブリンだったが、客の反応がその時とは少々違うようだ。
「どうかしたかい? 今日の踊り子をジッと見ているようだが……」
「いや、この酒場に初めて来た時の踊り子とは客の反応が違うみたいだからさ。あの踊り子に何かあるのかと思って……」
「ああ。あの子は新人なだけだ。まだ若いから踊りは拙いが、若いからな、声を掛けるのが多いのは仕方ねえ。新人っていうのは大抵ああやって扱われる。客も若い子を望むんでな」
「成る程、新人だった訳ね。妙に囃し立てたりしてるのが多いと思ったら……」
ミクは興味が無くなったのでカウンターに向き直すと、セリオと適当に遊ぶ。そうしていると食事が来たのでレティーもカウンターに乗せ、2匹と一緒に食事を楽しむ。
夕食を終えたミクはゆっくりと宿へと戻り、部屋に戻ると狐の毛皮をベッドに敷く。セリオとレティーを寝かせたら、ミクも寝転がって最低限まで関わりを薄くし、久しぶりに瞑想を始めるのだった。
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翌日。朝になったので起きたミクは、【浄滅】で綺麗にしてから食堂へと移動。小銅貨15枚を支払って大麦粥を注文し、椅子に座って適当に待つ。食事を終えたら狩人ギルドに移動し、中に入ると獲物を調べる。
一番遠いのは北西にある山の麓に出る、ホワイトファングと呼ばれる虎の魔物だった。かなり凶暴な魔物で、その辺り一帯のボス的な魔物らしい。近くにある村が度々襲われて困っているらしいが、強い魔物の為、なかなか数が減らせないようだ。
それを狩りに行く事を決め、ミクはアルダの町の門番に登録証を見せて外に出る。そして北西に向かって走って行くと、丁度ロフェルを発見した。
どうやら北西に向かって進んでいるようなので声を掛けてみる。目的地が一緒なら連れていってやるのも吝かではない。そう思っているようである。
「ロフェル、こんな所でどうかした?」
「ミク? 貴女こそどうしたの、こっちはあまり人気の無い方角らしいけど?」
「私は北西の山の麓に行って、ホワイトファングを狩ろうと思ってね。それで町を出たんだよ」
「奇遇ね。私もホワイトファングを狩りに行こうと思ってたのよ。近くにある村が襲われたりするみたいだし、遠い所はなかなか狩人が行ったりしないのよね。ワルドー伯爵領もそうだったわ」
「ふーん。行くなら一緒に行く? セリオも暇だから乗せてってくれるかもしれないし」
『別にいーよー。暇だし、走るのも悪くないからねー。それに軽いから乗せても乗せなくても変わらないし』
「そう? ならお願いできるかな?」
ミクがセリオを地面に下ろすと、昨日と同じくミクの腰辺りまでの大きさになったセリオ。恐々とロフェルが上に乗ると、ミクは必死でしがみ付くように言う。その後、一気に走り出した。
「うぅぅぅぅぅぅ………」
しがみ付いていたものの、前からの強烈な向かい風に対し必死に抵抗するロフェル。セリオの背にピッタリとくっ付き、顔も上げられない状況で必死に耐えている。自分で歩くよりも遥かに速いその移動速度は軽く恐怖なのであった。
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予定の場所に着いたのは昼にもならない時間であった。本来ならば昼を過ぎて到着する筈で、場合によっては往復で3日を覚悟していたらしい。それが昼にもならない時間に到着してしまい、その事実を上手く飲み込めないロフェル。
「まあ、凄く早いで良いんじゃない? 私達からすれば移動速度なんてこんなものでしかないし、そもそも全力で走ってないけど」
「何か聞きたくない言葉が聞こえた気がするけど、気のせいだと思う事にするわ。いや、本当に聞きたくないから止めて。あれ以上に速いなんて、私の体が吹き飛ばされるわよ」
ビックリするほどの向かい風を受けていたので、どれほどの速さだったかは何となく分かるロフェル。ただ理解したくないらしく、そこには若干の恐怖もあったようだ。それはともかく、2人は適当に麓から調べ始める。
森の向こうには山が見えているが、あの山は鉱山ではない。アルダギオン子爵領の鉱山は北東と南にあって、ワルドー伯爵が狙ったのは北東の鉱山である。ただし、北東の鉱山はアルダギオン子爵領からしか行けないのだ。
周りはぐるっと深い森と谷に覆われていて、アルダギオン子爵領の側からしか道が無い。しかも領境ギリギリでもない場所であり、誰がどう見てもアルダギオン子爵領内なのである。
この文句を付けようも無い所が、余計にワルドー伯爵にとって腹立たしいのであろう。ちなみに南の鉱山も南というだけで、完全にアルダギオン子爵領の中である。元々鉱山が見つかるまでは周辺で一番貧しいと馬鹿にされていたのだ。
それが先々代の時に南の鉱山が、先代の時に北東の鉱山が発見された。その結果、周辺で一番裕福な領地に変わったという事情がある。それ故にアルダギオン子爵は鉱山の利権に胡坐を掻いていないのだ。
「だからこそ、周辺領主で一番優秀だと言われているのよ。まあ、それもワルドー伯爵にとっては腹立たしいのでしょうね。だからこそ鉱山を奪おうとしたのだし」
「でも位置的に奪うのは無理だよね? 領境なら分からなくもないけど、ガッツリ相手の領土を奪わないと鉱山は手に入らないけど?」
「多分だけど割譲させる気だったんじゃない? 戦争に負けて相手の何かを受け取るってあるのよ。それこそ鉱山とか、あとは肥沃な土地とかね。その際には中央官吏を呼んで、正式な書面で書き残す事になるわ」
「じゃあ、中央官吏を呼ぶ前に取り戻したら?」
「そしたら手元に戻ってくるわよ? まあ、官吏を呼んだって拒否する場合も多いらしいから、最後には王様の一声で決まるらしいわ。だから奪いたい側は王様に根回しをしてから始めるらしいわね」
「じゃあ、今回みたいに根回しして負けたら?」
「………単なるマヌケじゃない? 勝てるから根回ししたんでしょうし、それで負けたら……ねえ?」
やはり思った通りバカ扱いされるらしい。まあ、ミクもそれは当然だと思っている。幾らなんでもポンコツ過ぎるだろうと思うし、盛大に赤っ恥を晒したとしか思えない。あまつさえ嫡男すら捕まったのだから、言い訳も不可能である。
しかも【豪腕】も証言すれば、周囲の貴族も関わっている事がバレる。どう考えても不利にしかならない。そうなるとアルダギオン子爵が王都に護送する際に襲われる可能性があるだろう。そこを考えるミク。
「その際には出来れば狩人を雇ってほしいわね。なら私もついて行けるし、証言も出来る。ここまで関わったのなら、ワルドー伯爵には痛い目を見てもらった方が良いわ。重税なんて掛けるんだもの」
「作物が採れるなら、それなりに良い土地の筈なんだけどね? どうしてそれで満足しないのか、もしくは作物の採れる量を増やすという政策をとらないのか。私には理解出来ないね」
そういう愚か者だからこそ、他人が持っている物を力尽くで奪おうとするのだ。そんな事は分かっているものの、バカの頭の悪さに呆れるミクであった。




