0627・ワルドー伯爵との戦争 その7
ワルドー伯爵の息子は逃亡したが、だからと言ってワルドー伯爵軍が撤退した訳ではない。既に瓦解しているものの、村を襲った事を知っている連中は抵抗を続けている。何故なら調べられると処刑一択だからだ。ここから逃亡するか死ぬしかない。
だからこそ、北のエトヴィ子爵領から来た【豪腕】は抵抗を続けていた。それでも近付く者は少なく牽制に徹していると疲弊してきたらしい。荒い息を吐いており、既に戦えるような状態ではなかった。
「そろそろ貴様も身の振り方を考えたらどうだ? こちらに降るというならば命の保証はするぞ?」
「ハッ! 貴様ら貴族が、ハァ、ハァ……。約束を守るなんて、あり得るわけ、ねえだろうが! 騙されるオレ様じゃねえ」
「なら覚悟があると見做す」
「はぁ? 誰だてめ!?」
ミクは素早く近付くと【豪腕】を投げ飛ばし、地に叩きつけると頭を鷲掴みにする。その後、口の中でそれっぽくブツブツと呟くと、【豪腕】の体中に黒い紋様が浮き出した。ミクがやったのは呪いの神の権能を使ったものだが、この星に【呪魔法】というのがあるのは知っている。
これは本体にブチ込まれた知識の中にあったのだ。なので言い訳は十分可能なのである。ただし、かなり高位の魔法となるのだが、それに似た魔法に仕上げたのだ。そもそも【呪魔法】は失伝しているので、誰も理解していない為に騙しやすい。
「な、何だこれは!? オレ様の体にいったい何をしやがった!!」
「それは呪いだよ。【呪魔法】って聞いた事ない?」
「ハッ! そんな御伽噺をオレ様がき!? ウギャァァァァァァァ!!!」
ミクに対して手を伸ばした途端、痛みに喚いて悶絶する【豪腕】。それに困惑し、言葉を発せない周囲。痛みにのた打ち回っていた【豪腕】は、痛みが治まるとミクに掴みかかろうとし、またもや痛みに喚き始めた。
「バカだねえ、呪いだって言ったろうに。人の言う事を聞かないから、痛みでのた打ち回る事になるんだよ」
「呪いと言っていたが、それは本当なのか? あの黒魔女と呼ばれた者が使ったという、伝説の【呪魔法】? まさか失伝したと言われていた魔法を使える者が居るなんて……」
「これは【善なる呪い】と呼ばれるものだよ。善き者としての生き方しか出来ず、悪しき行動をしようとした途端激痛に苛まれる。そういう呪いだよ。嘘を吐く事も暴力を振るう事も、そして自殺する事も出来ない。しっかり証言してもらおうか?」
「ああ、そういう事か。仮に伝説の【呪魔法】が使えるとして、何故わざわざ使ったのかと思っていたが、この者には証言させる必要があるな。中央に行く際には連れて行かねばならん。伝説の通りなら逃走も出来ないだろうしな」
「こいつに善なる事、正しい事をさせるなら、こいつは逃げる事が出来ない。後は暗殺される事を防げば証言は十分に可能だよ。……あいつも」
ミクが見た方向には何かを引き摺る黒い髪の男が見えた。そいつは何かを鷲掴みにして引き摺っているのだが、それはワルドー伯爵の息子であった。
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Side:ワルドー伯爵令息
クソッ! クソッ! クソッ! 何でこっちの策が洩れた!? やはり朝に報告のあった、逃げた【詠唱短縮】の所為か? それとも親父の策が簡単に見破られる程度のものだったからか?。
それとは関係なく、ここまで大敗すればオレの評価がダダ下が……!!。
「ゴフッ! ゴホッ! ゴホッ! クソ……いったい何があった!?」
「お前が乗っていたタッソーを殺しただけだ。石を投げてな?」
クソッ! こいつが何かした所為でタッソーが死に、そしてオレが投げ出されたのか。ふざけやがって、今すぐ殺してやる。
「よくもオレが移動する邪魔をしたな。オレはワルドー伯爵家の次期当主だぞ! 今すぐ無礼討ちにしてやる!」
「無礼ねえ……。負け戦を放って逃走したお前が一番無礼だろ。貴族として既に大失態を犯している自覚も無いのか。我先に逃亡したお前が礼儀を語るとか、片腹痛い」
「なんだとキサマ!! 今すぐに殺してやる!!!」
この愚か者めが、さっさと死……!?。
「ガッ! ………な、何が、起き……た? こ、れは……いった、い……」
「ただ顎を殴っただけだ。ただしお前の脳が派手に揺さぶられるように殴ったがな。これで平衡感覚は崩れ、お前はまともに動く事も出来ない。……おっと、お前のお仲間が来たらしい。その剣借りるぞ。皆殺しにする為にな」
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「そうやってコイツを捕まえてきただけだ。さっさと呪いで縛っちまえ」
「分かってる。こいつが居ればアルダギオン子爵家は極めて有利になる」
ミクは分体2からワルドー伯爵の息子を貰いうけ、【呪魔法】を使ったフリをして呪いの神の権能を使う。完全に呪われたが最後、この呪いを外せるのはミクか、それともこの星の<呪いを司る神>だけである。
もし呪いを勝手に使っただなんだと攻撃してきたら喰えるので、ミクにとっては都合が良かった。
ワルドー伯爵の息子をミクに渡した分体2はスーッと消えていなくなる。慌てたサスリオスがミクに聞いてくるが、ミクは微妙に間違っている話を始めた。
「アレは分かりやすく言うと私の分身? みたいなものだよ。消えたというより消したが正しい。元々ワルドー伯爵の軍を見張る為に出してたんだよ」
「なに? という事は最初から奴等の策を知っていたのか!? 何故それをもっと早く言わないのだ!」
周りの騎士が責めてくるが、ミクは淡々と答える。
「仮にその時に言っていたとして、お前達は信じたの? 悪いけど一度でも信じていなければ、私は口に出す気はなかったし、今回のコレも分身がコイツを捕まえたから仕方ないとして見せただけ。そもそも自分の奥の手など、元来は見せなくて当たり前でしょ」
そう言われれば文句を言える筈も無く、ましてや見せる必要は無かったと言われればその通りだろう。それでも見せたのは?。
「追加された契約の中に、戦争が終わるまでは積極的に協力する事と書かれているからだよ。報酬も正しく明記してある以上、私は契約に従う。だから見せただけだ」
「つまり契約内容を更新したからであり、していなければ協力する気も無かった、と?」
「当たり前だろう。そもそも私は狩人だ、何度も言わせないでくれる? お前達のように戦争や子爵家への忠義を仕事にしている訳じゃない。魔物を狩る、もしくは町中の仕事を生業としている。お前達とは立場が違うんだよ」
「しかし!」
「また下らない話か。そもそも平民には忠義などないんだけど、もしかして知らない? 平民は生まれ故郷だから従っているだけ、ましてや私は旅人であり故郷ですらないんだよ。忠義を持てと言ったって土台無理なんだけど……どうやら、やっと理解したみたいだね」
周囲の騎士や兵士も理解したようだ。そもそも自分の生まれ故郷であるし、アルダギオン子爵家に所属しているからこその忠義なのだ。それが無い者達に忠義を持てと言っても無理に決まっている。
思い入れも何も無いのだから、そもそも土台が全く違うのだ。であれば上に乗せる物もまた違う。
「そういうのも合わせて統治していくのが貴族ってものになる。あれが気に入らない、これが気に入らないとは言っていられない。この戦場も同じ。忠義のある者も無い者も居る。それでも勝利の為には纏め上げないといけない」
「………」
「ま、説教臭い話は横に置いておくとして、さっさとこのバカ息子と【豪腕】を連れて凱旋しないとね。時間が掛かれば、その分食料が足りなくなる」
「そうだ。すぐに撤収するぞ、急げ!」
「「「「「「「「「「ハッ!」」」」」」」」」」
アルダギオン子爵軍は慌てて撤収準備に入り、領都へと戻る。また移動に時間が掛かるが、これは仕方ない。ちなみにワルドー伯爵の息子と【豪腕】は、ミク達の担当する輜重の馬車に載せられている。
重さを苦にしないのがセリオしかいない為こうなった。ついでにロフェルも一緒に居る。何故かは知らないが。




