0059・代官屋敷
食堂での話も終わり、宿の部屋へと戻ってきたミク。ちなみにミクだけは別の部屋であり一人部屋だ。ヴェスとアリストラと話していたのは女性部屋であり、ミクは一人部屋となる。
流石に部外者をヴェスの部屋で寝泊りさせる事は無いが、ミクにとってはこの方が都合が良いので、このまま続けてもらいたいところである。その方が自由に動き回れるからだが。
部屋に鍵を掛け、服もアイテムバッグもレティーも転送したら、小さな蜘蛛の姿になり窓から外へと出る。代官の屋敷など一番大きいので非常に分かりやすい。ミクはその家の窓から中へと侵入する。
そもそもこんな時代の窓など、木製の窓であり鍵など付いていない。つっかえ棒のような物を使って開けているだけの窓である。だからこそミクは自由に出入り出来るのだ。
ミクは2階の窓から侵入し、部屋の中を確認。ベッドはあるものの複数なうえ、木製の物にシーツが掛かっているだけであり、どう考えても代官の物ではないだろう。そう考えて窓から外に出るミク。
次に隣の部屋の窓から侵入するも、同じような部屋だった。こちらもベッドが複数ある事から、メイドか執事の部屋だろうと思われる。家令ならばまだしも、執事なら複数のベッドがある部屋だろう。
そう思ったミクは窓から出て隣の部屋の窓へと……行きながら首を傾げる。何故か次の窓への距離が長いのである。これはどう考えても間に一部屋あり、その部屋には窓が無いのだとミクは考えた。
(もしかしたら階段か何かがあるだけかも……でも確かめるには屋敷の中に踏み込むしかないしなー。とはいえ、時間帯としてはちょっと早いんだよねえ。何かまだ起きてるっぽいし)
庶民であれば灯りが勿体ないので日が落ちると共に寝るのだが、代官などの役人や貴族は夜でも起きている事が多い。何をしているのか知らないが面倒な事だと思いつつ、ミクは窓から侵入する。
その部屋は広く、豪華なベッドやシーツに、柔らかいマットレスのような物まで敷いてあった。ここは代官か代官の妻の寝室だろう。とはいえベッドが一つしかないので、夫婦で使っているのかもしれない。
そのどちらもが居ないので、どうやら起きてまだ何かをしているらしい。そんな事を考えていると、部屋に複数の生命反応が近付いてきた。ミクは慌ててベッドの下に潜り込み、関わりを最低限にしてジッと息を殺す。
「ご苦労。部屋に戻ってよい」
「畏まりました」
そう言って老年の男性が部屋のドアを閉めて去っていく。中に入ってきたのは代官と中年の肥え太ったオバサンであった。どうやら夫婦らしい。
「それにしても貴方、今日のは随分と活きが悪かったのですが、管理が悪いのではありませんか? 多少は食べさせなければ、体力も無くなり売れませんよ」
「お前は売れ筋というものが分かっておらん。男よりも女の方が売れるのだから仕方あるまい。男が飢え死にしても女が1人売れるだけで釣りがくるわ。単にお前が満足できなんだだけであろう」
「そうです。何ですか、あの精気の無い顔は。あんなボロボロになった者で私が満足するなど、あり得る訳が無いでしょうに! 1度で駄目になったのですよ? それで満足しろと!?」
「そんな事をワシに言われても困るのだがな? 多少は食わせておるのだからして、死にはせん。何度も行えば満足するのであろう? なれば構うまい」
「それでは満足できないと言っているでしょうに! 自分は満足できているのでしょうけど、私の事は考えておられないようね?」
「別に考えておらぬ訳ではないが、食べさせるにも金は掛かる。侯爵閣下への上納も合わせると、今のでギリギリだぞ」
「あら? 貴方が隠し財産を持っている事を、私が知らないとでも思っているので? お父様に御報告しても構いませんのよ?」
「侯爵閣下にか? 勘弁してくれ。……分かった、お前の言う通りに食事量は増やすとしよう」
その代官の言葉に満足したのか、夫人はそれ以上何かを言う事もなくベッドに入った。
代官も同じくベッドに寝たようなので、ミクはそっと窓を開けて部屋を出る。既に部屋と生命反応は記憶したので、いつでも処理は可能だ。
しかしそれとは別に、奴隷が隠されている部屋も探しておこうと思い、他の部屋に窓から侵入。丁度メイドが部屋に入ってくるところだったので、ミクは素早くドアの外に移動した。
これで屋敷の中が探索できる。そう思ったミクは廊下を移動し、階段から1階へと下りる。代官と夫人の生命反応は地下から来たので、間違いなくこの屋敷には地下がある筈なのだ。
ミクは1階の部屋を一つ一つ片っ端から調べていくが、どうにも見つからない。それぞれの部屋に怪しい場所はあれど、風の流れなどを調べた結果、流れがないのだ。
流石にこの時代の技術力で完全密封するなど不可能だ。そしてミクの感覚であれば、ほんの僅かな風の流れでさえ感じられるし把握できる。
そのミクの感覚を持ってしても感じられないという事は、そこには無いという事なのだ。だからこそ色々と調べているのだが……そう思った瞬間、僅かに違う風の流れを感じたミク。
(さっきの風は何処から? ……こっちは違う。………こっちも違うね? いったいどういう事なのか、何故ここに居ると別の風を感じるの……まさか、これ?)
ミクが気になったのは、目の前にある大きな像だ。ドラゴンの像なのだが、どうやら木で出来ているらしい。中は空洞のハリボテであろうが、何故かそこから風を感じるのだ。
不思議に思ったミクはドラゴン像を調べ、動かせる事を知る。どうも真ん中の部分から左右に動かせるらしく、ゆっくりと音がしないように慎重に動かす。その結果、地下への階段が見つかった。
ミクは地下への階段を下り、再びドラゴン像を動かして閉じる。中から閉じる場合は、触手の人外パワーで浮かせて動かしたミク。ドラゴン像は中が空洞とはいえ、結構な重さをしている。
普通は無理なのであろうが、人外パワーにとっては木の葉程度の重さにしか感じない。しっかりと閉めたミクは地下への階段を下り、下まで下りると通路を進む。
その先には鉄格子で閉じられた牢屋と、複数の扉があった。通路の右の牢には女性が4人、いずれも獣人のようだが裸で寝転がっている。左の牢には男性が一人、ボロボロの姿で倒れていた。
(呼吸はしているから問題なさそうだけど、食事が摂れてないのか脱水なのかは、流石にちょっと分からないないね。それでも明日までは生きてるでしょ、多分。それとこっちは、狐が2人に犬と猫が1人ずつか)
ミクは被害者を確認した後、扉の中を調べる。案の定、中にはベッドが置かれており、そういう事をする部屋だと判明。他に調べる場所は無いと判断、ミクは上へと戻る。
ドラゴン像を再び動かして1階に戻ると、ミクは2階に移動して老年の男性を探す。おそらくあの男性が執事長か家令だと思っているので、あの人物には<隷属の紋章>を付けようと考えたらしい。
違法で悪質な奴隷売買を知っていながらスルーしている時点でアウトだろう、ならばヴェスに真実を語ってもらおうと思ったのだ。
2階に上がり、老年の男性の生命反応を見つけたミクは、その部屋へと侵入していく。そしてベッドに眠る男性を確認したら、ベッドの上に上がり、足下へと入っていくミク。
足を確認したミクは、本体空間から自分の血肉と魔力と呪力を混ぜた物を取り出し、極めて小さく精緻な紋章を踵に書き込む。それは呪いとは別の呪いであり、呪いだとは認識できない呪いである。
そんな<隷属の紋章>を書き込んだミクは、そっと離れて部屋を出る。あの男性はこれから嘘を吐く事が一切出来なくなった。ミクが呪力を持って命じたのはそれだけである。
(さて、明日ヴェスに何を言ってくれるのか楽しみだ。一切の嘘を吐く事はできないし、もしかしたらヴェスが来る前から問題が起きてるかもね)




