0057・境界の町セピター
現在は昼の休憩時間。馬車は止まり、周囲の警戒をしつつ休憩と食事をしている。2時間ほどに1度の休憩はあったが、今は全員が休憩中だ。ヴェスに女性騎士、そして男性騎士3名と女性騎士2名。
こんな程度で良いのだろうかと思うほど少ない。将軍という立場にあるが貴族の筈だ。にも関わらずメイドや侍女などが居ない事も不思議である。
「世話係りなんて要らないしねえ。そもそも私は希少種族である冥狼族だ。生まれは小さな里であり、自分の事は自分で全てしてきた。根っからの貴族じゃないんだよ」
「ふーん。自分の事は全部自分でするから、後は護衛だけでいいって訳か。まあ、旅するなら人数は少ない方がいいんだろうね。数が多いとトラブルも多そうだし」
「まったくもって、その通りさ。他のバカ貴族どもは、よくもまあアレだけの人数で移動すると思うよ。貴族の見栄だか何だか知らないけど、無駄にトラブル起こして揉め事起こして、いったい何がしたいのやら」
「閣下」
「良いじゃないか。お前もそう思わなかい? それとも、お前は根っからの貴族になっちまってるのかね。まあ、あたしにとってはどっちでもいいけど」
「どういう事?」
「ああ、この子はあたしの玄孫に当たるのさ。つまり子供の子供の子供の子供だね。400年も生きてりゃ、玄孫が手元に居る事ぐらいあるんだろう。不思議な気分だけども」
「何故、不思議な気分になるの?」
「それは簡単さ。あたしの産まれた里じゃ、皆が冥狼族だ。長生きだからね、玄孫が居る事なんて無いんだよ。居ても孫ぐらいで、曾孫を超えて玄孫が生きてるなんて事は無いのさ」
「長命種は子供が出来辛いからか……」
「そういう事さ。この子の名は、アリストラ・ディルネイ・ウルバトル。ウルバトル男爵家の者だ」
「閣下から御紹介に預かりました、アリストラ・ディルネイ・ウルバトルでございます。どうぞ、宜しく」
「そこまで緊張しなくても、とって食べたりはしないよ?」
「「「「「ははははは……」」」」」
周りの騎士は笑っているが、アリストラという女性騎士は笑っていない。彼女はヴェスと共にいた女性騎士であり、ミクが怪物だと知っている者である。当然、ヴェスから口止めされているし、彼女も誰にも話す気は無い。
話しても信じてもらえる可能性は低く、頭のおかしいヤツ扱いされるのがオチである。そんな事は彼女も分かっているので誰にも話さないし、怪物の顎が自分達の方に向くのを何よりも怖れていた。
実績も何もかもがあるヴェスと違い、彼女の実家は男爵家でしかない。妙な事を口走れば実家に被害が出てしまうのだ。嘘吐きの家などと呼ばれれば、それだけでどれ程の醜聞になるか分からない。
そんな事を考えれば、とてもではないが喋る事など出来ないのが貴族である。
「それにしても、ミクは”保存食を大量に”持ってたんだねえ。御蔭で食事が豪華になって助かるよ」
「保存食とはいえ食べなきゃ腐るからね。私としては放出して問題ない食料だよ。駄目になるくらいなら、誰かのお腹に納まった方がマシだし、レティーの食事分の肉は手に入ってるしね」
「ブラッドスライムか。血抜きの速度を見てると、確かに重宝されるのは分かるよ。血抜きの速度は肉の新鮮さに繋がるからね、早けりゃ早いほど良い」
「肉は綺麗にしてアイテムバッグだから、明日には食べられるかな? 塩も振っておいたし、後は待つだけだね」
「ま、新鮮な肉は楽しみだけど、そろそろ出発しようか。せめて町までは早めに辿り着きたい。宿をとってゆっくりしたいからねえ」
「「「「「「ハッ!」」」」」」
そうヴェスが言うと騎士達がキビキビと動き、後片付けなどを終わらせる。そして2人が馬車に乗り込むと出発。一路ゴールダームの領土外ギリギリにある町、セピターへと向かって移動を開始するのだった。
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セピターに着いたミク達は、そのまま宿へと向かい馬車を降りる。行きでも使った宿らしく、あっさりと部屋がとれたようだ。ミクは依頼を請けている立場な為、宿代は依頼者であるヴェス持ちである
食事は好きにとる形らしく、ヴェスと一緒ならヴェスが払い、自分だけなら好きに自分のお金で食べるというスタイルだった。騎士達も食事をとる時間はバラバラなので、渡されているお金の範囲内で何とかするそうだ。
「そもそも護衛の事を考えたら、全員一緒に食事をとるのは間違いだからねえ。護衛と一緒に食事はとるけど警戒に当たる者も必要だから、警戒している奴はどうしたって後で食事をとるしかないんだ」
「まあ、言いたい事は分かる。それが要人警護であり護衛なんだろうし、うん? 誰か来たね?」
ドアがノックされて宿の者が声を掛けてきた。どうやら町の代官が来たらしい。
中に入ってきた男は小太りで妙に汗を掻いており、部外者と思わしきミクの方をチラリと見るや、あからさまに好色な顔を向けてきた。
その様子に男性騎士も女性騎士も顔を顰める。ヴェスはスルーして代官の挨拶を受けたら、すぐに帰らせた。その後、アリストラを護衛に置いて、他の者は町に出て良しとした。
騎士達も息抜きが必要なので町へと出したが、アリストラが選ばれなかったのは護衛として誰かいないと怪しまれるからだ。
「先ほどの男はこの町を任されている代官なんだけど、ミクに喰ってほしいヤツさ。既に証拠は掴んでて、奴の屋敷にはゴールダームから運ばれた奴隷がいるんだよ」
「なら、さっさと突入して潰してしまえばいい」
「そこが面倒なのが貴族の世ってヤツさ。明確な証拠が無ければ強制捜査なんて出来やしない。王の命令があれば出来るけど、あの暗愚な王がそんな命令を出す筈が無いからね。証拠のある屋敷に手が出せないんだよ」
「つまり、私が代官を食べて居なくなった後にヴェスが突入する?」
「そう。代官が居なくなったから調査という名目でね。なあに、名目なんて幾らでも整えられる。出発前の挨拶とか、侯爵へのちょっとした言伝を頼むとか」
「この辺りは侯爵領でして、伯爵であるカロンヴォルフ様では、強権を振り翳しての捜査は難しいんです。侯爵も奴隷売買の内の幾らかが上納されているでしょうから……」
「奴隷売買そのものは違法じゃない。国の許可を得ていれば許される商売だからね。しかし、他国の者を無理矢理に連れてきて売買するのは違う。それは唯の犯罪だ」
「ゴールダームには複数の闇ギルドや地下組織があり、そこから買い付けられると、どうにもならないのが現状です」
「最近は減ってるんじゃないかな? スラムで壊れてた連中は喰ったし、第3エリアの犯罪者どもも大量に喰ったしね。多少の間かもしれないけど、奴隷を仕入れる側が減った以上は奴隷にされる者も減る筈」
「それが事実ならそうなんだろうけど……いや、ミクからすれば、喰っていい”肉”を喰っただけか」
「そう」
「………」
「なら、ここの代官も喰ってくれるかい? できれば誰にもバレないで殺ってくれると助かるんだけど」
「私はこうやって侵入する」
そう言うと、服を転送して裸になったミクは体を小さな蜘蛛に変える。それを見たヴェスとアリストラは唖然とした表情をしていた。なのでミクは体をゴブリンに変えて話しかける。
「こうやって姿を変える事が出来るんだけど、さっきの小さな蜘蛛になればバレずに侵入できる。後は近寄って喰らえば終わるし、声を出す時間すら与える事は無いよ」
2人にそう言いつつ、ミクは元の美女の姿へと戻る。そして下着を履いて服を着ていくのだが、何故かヴェスもアリストラも頬を赤らめていた。




