0054・雪原の餓狼との会話
食事の終わったミクは、そのまま部屋に戻ろうと思ったが、そうはいかなかった。食事が終わった後、<雪原の餓狼>が話し掛けてきたのだ。
「ちょっと待っておくれ。私の名前はスヴェストラ・オルネイ・カロンヴォルフ。フィグレイオ獣王国で伯爵家の当主をしてる。で、あんたを雇いたいと思ってここに来たんだよ」
「私の名前はミク。雇いたいと言われても、私には雇われる理由が無い。そもそも今日やっと第5エリアに入ったっていうのに、何故わざわざ雇われなきゃならないのか。第5エリアで魔物を狩っていた方が儲かる」
「キサマ! 閣下に対して何という口をきいている! 無礼者めが!!」
「知らないよ、そんなの。興味も無いね。下らないものを振り翳したいなら、国に帰ってやりなよ。ここはゴールダームだし、私は探索者だ。お前達の貴族ごっこに付き合う義務は無い」
「ぷくくくくくく、貴族”ごっこ”! ……ぶふーっ!! あはははははは」
「平民如きが、ふざけおって! 覚悟は出来ておろうな!!」
男性騎士が剣に手を掛けた瞬間、ミクは【太陽の身体強化】を行う。ミクの周りに膨大な魔素が集まり、空間が歪み狂っていく。さながら破滅した世界を作り出すように、しかし絶対に破滅しない生物がその中心に居る。
怒りに満ちていた男性騎士も、いつでも剣を抜けるように腰を浮かしていた女性騎士も、不快な顔を隠しもしなかった<雪原の餓狼>も唖然としている。そんな中、イリュだけが笑っていた。
「ふふふふふ……これがミクなの。お前達が如何に愚かか分かった? これほどの怪物を、お前達如きがどうにか出来ると思っているの? いったい何故調子に乗れるのか理解できないわ。本当に人間種って愚かよねえ」
「「「………」」」
「私はどちらでもいい、今すぐ決めろ。ここで死ぬか、後で死ぬか。好きな方を選べ」
「え、う、あ……」
「そうか、決められないか。……ならば今すぐ死ね」
ミクは右手を触手に変えて男性騎士に巻きつかせると、顔を肉塊に変えて縦に裂けた口へと放り込む。男性騎士は理解できぬまま「ボリゴリベキ」という音と共に喰われた。
当たり前のように人間種を喰い荒らす肉の怪物に、この場に居る全員は恐怖からの震えが止められない。
イリュでさえ、自分は安全だと分かっていても止められないのだから、どれほどの次元に存在するかが分かろうというものである。
男性騎士を喰った後でミクは右手と顔を元に戻し、そのうえでもう一度聞く。
「私に何かをさせるつもりだったようだが、私がお前達如きの言葉を聞くと思うか? そのうえで聞いてやる。私に何の用だ?」
「え、あ……いや」
「言葉は選びなさいよ、<雪原の餓狼>。ミクは私と同じ、神から命じられてここに居る。私達ではこの星のゴミどもを掃除する事は出来なかった。だからミクがやってきた、より直接的に掃除する為にね」
「神が……?」
「そうだ。私は神どもに創られ、ゴミを喰らい尽くしてこいと送り出された。そういう生物だ。お前達如きが利用できるものでは無いのだよ。さあ、答えろ。私に何の用だ?」
「………ふーーっ。私はあんたの精神を感じた。私の持つスキルに【精神感知】と【精神看破】がある。そして<黒熊団>の近くに巨大な精神があったのは知っていた。強固な精神ほど大きくなる。そしてあんたの精神は巨大過ぎて非常に分かりやすかったのさ」
「成る程、それで私を特定した訳か。ならば、こうすれば済むな」
「えっ、なっ!? 私が判別出来ない程に小さい!?」
「ああ、ミクは可能な限り関わりを薄めたのね。それなら精神系のスキルに引っ掛かる事も無い。流石は神の創りたもうた、絶対に喰らう生物ね。何でもありなうえに誰も勝てない。この星の全てを敵に回して勝てるのだから、どうにか出来る訳がないんだけど」
「この星の全てを……だって!?」
「そうよ。だからこそ妖精郷の女王だった私でさえ、手も足も出ないの。あらゆる全てのゴミを喰い荒らし、絶対に勝利し得る怪物としてミクは創られた。神の怒りがどれほど強いのか、よく分かるでしょう?」
「「………」」
ミクを見て言葉が出ない女性騎士と<雪原の餓狼>。上手く自国に連れて帰り利用しようと思っていたら、とんでもない怪物だったのだ。藪を突付いて蛇を出すどころか、藪を突付いたら肉の怪物が出てきたのである。
同情する部分も無いではないが、己らの為に都合よく利用しようとしたのだ。その結果、とんでもない生物を敵に回す寸前になっている。自業自得でしかない。
「私は祖国の愚か者どもとは違い、実力のある騎士団を率いている。そこにあんたを組み込もうと思っていたんだが、余計な事をしようとしたらしい。<鮮血の女王>以上に敵に回したくはないね。ああ、ここまでの化け物がこの世に居るなんて……!」
「だからミクが来る前に言ったでしょうが、余計な事はするな、とね。自分は伯爵家まで登ったとか思ってたのかもしれないけど、人間種の国の権威や権力なんて、ミクにはこれっぽっちも価値が無いのよ」
「ああ、そうだろうさ。今ならよく分かるよ。国と言ったって所詮は暴力だ。力が無きゃ国も守れないし、国を豊かにも出来ない。犯罪を取り締まる事だってね。だけど、どうにもならない圧倒的な暴力があれば、国家だって屈するしかない」
「閣下……」
「何で気を落とすのか理解出来ないわね。元々国なんてそういうものでしょう? 誰かが暴力を使って地域を統一した、それが国家の始まりよ? 元々からして暴力前提なのが国家なんだけど、理解してなかった?」
「………」
「まあ、仕方ない。あたしだって400年程度しか生きてないんだ。1000を超えるほど生きてき訳じゃないからね。あたしでもまだ、あんた程には達観できてないらしい」
「所詮、暴力でしかないって事? そんなのは当たり前なんだけどねー。……ああ、妖精郷は違うわよ? あそこはそもそも神が創られ、私が取り纏めをせよと命じられただけだし。その後、この星に行けとも命じられたけど」
「私は創られた後に様々な事を仕込まれ、それから送り出された。ゴミどもを喰らい尽くしてこいと。そもそも私は<喰らうもの>であり、何でも喰える。精神だろうが魂だろうが、何でも」
「正に根源的な暴力よね、何かを喰らうって。国家が誕生するよりも遥か昔、人間種が個々に勝手に生きていた時代。そんな時代では人間種同士でさえ喰らい合っていたそうよ? 他者を喰らうっていうのは、最も始原的な暴力なんだと思うわ」
「絶対に勝てない始原の暴力って訳かい。そのうえ欲望でもある……か」
「そもそも仮にだけど、貴女が想定していたミクを騎士団に入れたところで軋轢しか生まないでしょうに。さっきの愚かな男性騎士みたいに、プライドだけの亡者となり果ててる者が居るんじゃね」
「だからこそ風穴を開けてほしかったんだけどね。あたしが実力で伸し上がったからといって、あたしのトコの騎士団に所属してれば実力がある訳じゃないんだよ。にも関わらず、エリート意識を持つバカが居なくならないのさ」
「組織としては、よく聞く話ね。近衛騎士なんかには多いかしら? 家柄だけで選ばれてるのがエリート意識を持つのはね。この国は違うけど」
「ここ、ゴールダームが羨ましくなるのはそこだね。公に実力を評価される形だ。天覧試合で決し、実力の無い者は近衛から排除される。この国の近衛は完全実力主義だからねえ。そして近衛がそうなら下の騎士もそうなる。流石に兵士はそうじゃないみたいだけどさ」
「そこまで下はしょうがないでしょ」
面倒な会話が続いているうえ、席を外せるような雰囲気でもない為、仕方なく会話を聞きながら本体で物作りをしているミク。
真面目に話を聞く気は無いらしい。




