0053・アイアンアントの甲殻の価値
更に右へと歩いて行くミク。そうやって進んでいると、アイアンアントとオークしか出てこない事に気付く。
(どうも第5エリアの1階にはアイアンアントとオークしか出てこないみたいだね。午後から潜り始めたばっかりだし、初めてでもある。今日は2階への階段を見つけたら帰ろう)
『どうもこの階には蟻の魔物とオークしか出ないようですので、次の階に進んでみてはどうですか?』
『残念ながら第5エリアからは地図が公表されてないの。その所為で階段を自分で見つけるしかないのよ。って、あった!』
ミクの前には斜面にぽっかりと空いた大きな穴があり、その中に次の階への階段があった。ダンジョンの中というのはどうなっているのか知らないが、何故か崩落などはしない不思議な場所となっている。
この第5エリアの階段も、やはり今までと同じく20段しかない。それを確認したミクは【陽炎の身体強化】を使い、一気に走って戻る。すると10分もしない内に魔法陣まで戻ってこれた。
『道中、魔物と戦ったり周囲を調べてウロウロしてたから時間が掛かっただけで、距離的にはそこまで離れてはいないんだね。まあ、【身体強化】をして10分程度は掛かるんだけど』
『それでも10分程度ならそこまでの時間でもありません。明日からは楽に進めそうですね』
『そうだね。アイアンアントもそこまで持って帰る気はないし、オークも同じ。というかオークなら第4エリアでも手に入るんだから、持って帰る意味はあまりないね。今の内に食べてしまうかな』
解体所に出すのが面倒になったミクは、アイテムバッグからオークの死体を取り出して本体空間に転送。向こうで喰い荒らすのだった。
それが終わるとダンジョンを脱出。ギルドの解体所に行きアイアンアントの甲殻を出す。すると、それなりに持って帰る事を依頼された。
「すまんな。ただ、アイアンアントの甲殻はあまり出回らんのだ。それでありながら需要は大きいという素材でな。そこまで高く売れる素材ではない為に、どうしても持って帰ってくる量が少ない」
「まあ、高く売れる素材が手に入る連中は持って帰ってこないでしょうね」
「それだけではない。アイアンアントの甲殻を綺麗に残したまま倒すのは手間なのだ。更にアイアンアントの口は鉄ですら噛み砕くのでな、近寄るのは結構危険な魔物だと言われておる」
「言われて……? ああ、入った事が無いから」
「まあな。ワシは解体所の親方であって探索者ではない。近付くのは危険で倒し辛いと言われれば引き下がるしかないのだ、一応声は掛けるのだがな。ただ、お前さんなら楽勝なのではないかと思っている」
「まあ、私のウォーハンマーなら一撃で倒せるけどね。それにアイアンアントの攻撃も、そこまで危険なものではないし。ただ、足場が良くないから、足下に不安があるのは分からなくもない」
「成る程、足元に不安がな……。確かに山だと聞いておるし、斜面であれば態勢を維持するのも大変か。場合によっては滑り落ちるかもしれん」
「まあ、そんな事になったらマヌケもいいところだけど、動きが制限される事は間違い無いね。少なくとも2本足よりは安定していて、アイアンアントの方が有利だよ。オークは突き落とせるけど」
「アレは2本足だからな。しかし突き落とせる程には急なのか、それなら尚の事アイアンアントは倒し辛かろう」
「角度としては30度くらいかな。地味に角度があって厄介な感じ。しかも上や下から攻めて来るから、急に囲まれる事もあると思う」
「その中での戦闘か、第5エリアだけあって大変じゃな。行ける奴等は内部の事を詳しく話そうとはせん。中の事を口にしたくないなら仕方ないからの、詳しくは聞けなんだが……」
「でも秘匿する価値は無いし、理由も無いと思う。何故話そうともしないのか、私には分からない。何か損する事でもあるのかな?」
「さあのう? ワシらには分からん探索者としての何かがあるのかもしれん。単に行けた自分達だけの秘密にしたいのかもな」
「もしそうなら、下らないねえ」
話を切り上げたミクは、貰った木札をギルドの受付に渡し、中銀貨2枚を得た。アイアンアントの甲殻は5つだったので、甲殻1つで小銀貨2枚らしい。この安値が持って帰ってこない理由だろうか?。
ミクとしては安いと思うが、あの程度のザコで儲かるなら狙い目であろうと思っている。実際、左右の移動だけなら荷車を持っていっても良いのだ。荷車に載る分なら、結構な儲けを出せる筈である。
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アイアンアントの甲殻の最大の利点は、鉄のように強固で弾力があり、更には軽いという事が挙げられる。特に軽さは防具として考えると優秀な素材と言わざるを得ない。
これが武器なら微妙なのだ。何故なら、ある程度の重さがなければ威力が出ないのが武器である。しかし防具は軽ければ軽いほど良い。防ぐには重さが必要な事もあるが、逃げる事を考えれば軽い方が良いに決まっている。
体力の低下も軽減できるし、動きやすくもある。各関節などの動かしやすさは別にして、体全体を動かす事を考えると軽い方が動かしやすいのは当然だ。そういう点で、アイアンアントの甲殻は価値が高い。
第5エリアまで来た者にとってはそこまでかもしれないが、第5エリアに到達していない者からすれば、非常に優秀な素材となる。だからこそ入荷待ちしている探索者が居るぐらいなのだ。
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『色々な事を考えても、アイアンアントの甲殻は持って帰ってきた方が良いね。明日からは見つけたら狩るかな』
『それで良いのではないでしょうか。そうやって役に立っていればランクも上がりそうですし、そうすれば目立てると思います』
そう、ミクにとって目立つ事は、喰ってもいい肉を集める為に重要な事である。そして飲んでも良い血を集める為にレティーにとっても重要なのだ。
南東区画に行き、オーク皮を大銀貨1枚分、オーク革を大銀貨1枚分、オーク硬革を大銀貨2枚分買ってミクは宿に戻る。
物作りは夜のお楽しみとして、早めの夕食を食べようとミクは食堂へと移動する。入ってみると何故か食堂は物々しく、雰囲気は非常に悪かった。
理由はイリュと対面に座る女だ。黒い毛の狼耳を持ち、中年女性の見た目をしている人物。そしてその周りには女性騎士と男性騎士が居た。
「何か妙に雰囲気が悪いんだけど、何かあったの?」
「この人達はミクを訪ねてきたんだって。何の用かは知らないけどね」
「流石にあたしも<鮮血の女王>に喧嘩を売る気は無いし、ここには<影刃>も居る。迂闊だった事は認めるけど、あまりピリピリしてほしくはないねえ」
「そこのクソどもの所為であり、飼い主である、お前の責任でしょうが」
「まあ、それは否定しない。とはいえ謝罪はしっかりとしたろう? その事と、あの者に声を掛けるのは別の筈さ。そっちにどうこう言われる筋合いは無いねえ」
「それはそうなんだけど、お前は世の中を理解していなさ過ぎる。世には絶対に敵わない怪物がいる事も、全てを敵に回して勝利し得る者が居る事も」
「へえ……あの子がそうだと? 随分と買ってるんだね、<鮮血の女王>と言われた者が」
「お前は何も分かっていない。私でさえ”絶対に勝てない”という事の意味を」
「………」
2人はお互いに睨み合っているが、ミクにとってはどうでもいい事である。
大銅貨1枚で注文した大麦粥が来たので食べ始めるが、それでも睨み合っている2人。
2人の争いに興味の無い、ミクの食事音だけが食堂に響くのだった。




