0477・若返り薬と契約書
「お祖母様にお渡しするのは仕方がないにしても、そこまではミク殿に運んでいただきたいのですか良いでしょうか?」
「構わないけど、何かあった?」
「いえ、私も流石に危険な薬を持ち運びたくありませんし、アイテムバッグの中ならまだしも自分の手で持つのは怖いので……」
「落としてしまったりとか? 確かに怖いよねー。10億円も然る事ながら、殺し合いが起きる薬だもん。誰も知らないからいいけどさ、誰かに知られたらどうなるか分からないよ」
「そうですね。出来得る限り早く大奥様にお届けした方が良いでしょう。今から参りますか?」
「そうじゃの。緊急と申せば御会い下さると思う」
コウジとセンは留守番との事で、薬を運ぶミクだけが車に乗って葉月家の本邸へと行く。車の中でハコを使い本邸に連絡したヤエは、すぐにハルカとのアポイントをとったようだ。<若返りの薬>で緊急だと言えばすぐに会えるのだろう。
本邸に着いたミクは案内され、前に歓談した部屋へと案内される。そこには既にハルカが居て、ミクはすぐに目の前に薬壜を出した。相変わらず金色に輝いている薬であり、どう見ても飲んだら駄目な毒薬にしか見えないミク。しかし周りの反応は違っていた。
「「「「「「「「「「おおーっ!!!」」」」」」」」」」
「これはまた……。本物の若返り薬じゃないか。もちろん疑ってた訳じゃないけど、人によれば100億出しても構わないという者が居る程だよ。実際にそう言っている死にかけの爺どもが居るからねえ」
「では、そちらに?」
「バカ言うんじゃないよ。そいつらを若返らせてみな、後50年は老害であり続ける。そんな事は国の国益にならないんだから、爺どもには死んでもらわないとねえ。それで本当に私が使っても良いのかい?」
「そもそもコウジやセンには使ってほしい相手が居ない。何でもスタンピードに父親が巻き込まれてからは、父親の血筋とは疎遠なんだってさ。母親の方は既に亡くなってるらしい。だから飲ませる相手が居ないって」
「成る程ねえ。それに一般家庭じゃ結局持て余す事自体は変わらないだろうから、最後には何処かに行くだろう。なら私が使った方が安全か。じゃあ、これが契約書だよ。ここにサインしておくれ」
ミクは出された紙を見るが、どうやら葉月家が北条家に10億円分の便宜を図るという事が書かれているようだ。それの理由は若返り薬の譲渡によるものだとも書かれている。それを確認した後でミクはサインをし、朱肉に指を押し当てて拇印を押す。
「さて、ミクに持って帰ってもらって北条家にサインと捺印をしてもらえば完成だ。それは良いとして、今の内に飲ませてもらおうかね。いつまでも在ったら面倒だし、誰が来るか分からない」
ハルカは薬壜を手に取り、開けて中身を飲み始める。美味しくないのか顔を歪めているが、小さい薬壜なので一気に飲んで終わらせた。飲み終わった後も、何だか顔を顰めている。
「何だろうね、凄く不味い生薬を山ほど鍋に入れて煮詰めた感じだよ。若返り薬を飲んでもすぐには効かないというし、効果が出ても明日ぐらいだろう。とりあえずミクを丁重に……って思ったんだけど、魔力を知覚するのが難しくてね。ちょっと教えてくれないかい?」
「魔力の知覚は自分だけでやると意外と難しい。魔力の放出が出来る者が手助けするのが一番早いんだよ。だから、ヤエ。ハルカの魔力知覚を手伝ってあげて。手を持って魔力を相手に放出する感覚だよ」
「分かりました。やってみます」
そう言ってヤエはハルカの手を取り、魔力を相手の体内に放出しようとする。ハルカは「ビクッ」とした後、手を引っ込めてしまったが知覚できたようだ。
「さっき私の体の中に入ってきたのが魔力かい?」
「そうとも言えるし、違うとも言える。人によってそれぞれ魔力は違う。いわゆる指紋のようにそれぞれ個人の色があると考えればいい。だから他人の魔力が入ってきても、自分の魔力がそれを追い出す。逆に言えば追い出しているのが自分の魔力なんだよ」
「成る程。そいつの感覚を感じ取れば、私の魔力が分かるって寸法かい。すまないね、八重。もう1度頼むよ」
「分かりました」
その後、何度か行う事でハルカも魔力を知覚する事が出来た。1度知覚する事が出来れば当たり前になるのが魔力の感覚だ。ハルカもそうで、あっと言う間に認識して循環を始める。
「循環の練習は何処ででも出来るけど、その反面最初はロスが大きい。寝る前に練習をし、魔力枯渇に陥ったら寝るといいよ。枯渇状態は気分が悪く、吐き気が止まらなくなるからさ」
「そんな状態にねえ。とはいえ少しずつでも練習しないと上達しないし、寝る前で良いなら難しくはないね」
「理想は一切のロスが無い循環だよ。体の隅々までスムーズに行き渡り、流れが一切澱まないこと。それでようやく一人前であり、そこから魔力の練り上げが始まる。まだコウジでさえ届いてないけど」
「【魔力操作】を持つ少年でさえ辿り着いてないのかい。それじゃあ私なんてまだまだだねえ。とりあえず【清潔】の魔法が便利そうなんで、まずはアレが使えたらと思うんだけど……」
「ちょうど良いんじゃない? 私だって最初に教えたのは【清潔】だからね。あれは迷惑をかけずに練習できるし、何処でも練習可能な魔法だよ。攻撃魔法を望む者が多そうだけど、成功した際に危険があるのは流石に……」
「危険を考えると、最初に教えるのは危ないでしょう」
「それもあるんだけど、一番は教えた私に何か言ってくるでしょ。それが面倒臭い」
「ははははは! 確かにそうだろう、必ず言ってくるよ。下手くそは【清潔】が使えてからって教えりゃいい。出来なきゃいつまでも進めないってね。後は子供に教えるのもダメだ。絶対に使おうとする」
「そうですね。早くとも中学生ぐらいでしょうか……しかし魔法陣さえ分かれば使えてしまいますし、絶対に使おうとするでしょう。それをどうするか……」
「そんなのは自己責任で良いんだよ。勝手に使ったヤツが悪いし、その子供と親の責任さ。当たり前だろう。それで文句を言ってくる親や子供が居ても、他のまともな親や子供が潰すよ。早くから魔法が使えて損は無いだろうからね」
「そうですね。監視もそちらにさせてしまえば、わざわざこちらが何かをする必要もありません。言葉は悪いですが、監視する側の数を増やすには対象にやらせるのが一番でしょう」
「そういう事さ」
そこで話は終わり、ヤエ達も帰る事になったので本邸を出る。ミクは北条家まで送ってもらい、ヤエ達の乗る車を見送った。その後で北条家に入り、リオに契約書を見せる。
「これが契約書………。本当に10億円相当の便宜って書いてあるわね。これはちょっと怖いけど、手に入ってしまったものは仕方ないわ。それに命を狙われるのも御免だもの、この結果が最良ね」
リオも命の危険が分かっているのか、若返り薬を渡した事に全面的な賛成のようだ。殺し合いが起きる薬というのは確かに必要が無いのだろう。ミクからすれば「寿命で死ねるのは幸せだろうに」としか思えないのだが、人間は違うのだろう。
無駄に長生きして苦労する事を考えたら、寿命が来て死ねる方が幸せである。そもそも若返るだけで、相変わらず病気や怪我のリスクは抱えたままなのだ。
そもそもこの星で若返った者の一部は、命を狙われて殺されている。若返っても怨みや憎しみが無くなる訳ではない。自分のこれまでの人生は背負わなければいけないのだ。
寿命が来るからこそ、我慢している者も居るのである。




