0470・グリードベア
十二分に魔物を狩ったミクは、【身体強化】を使って一気に戻る。そこまでの重さではないだろうから、トラックという物にも問題なく乗るだろう。後の事を考えながらも、物凄いスピードで駆け抜けていく。
あっと言う間に1階へと戻ってきたが、入り口まで戻ってきてもコウジ達は居なかった。どうしたのかと疑問に思ったが、ダンジョンを出て理解する。既に夕方が近かったらしく、既に北条家の中に戻っていたのだ。
ミクも窓を開けて入り、中に入ったら窓と鍵を閉める。
「おかえりー。随分と時間が掛かってたけど、どこまで行ってたの?」
「ただいま。19階に行く、赤黒い熊を狩ってきた」
「赤黒い熊? それってグリードベアじゃないか。まさかウチの庭のダンジョンにグリードベアが出るなんて……。本当に探索者を雇わなくてよかった。どう考えてもコアルームまで辿り着けないだろ」
「グリードベアとは、どんな魔物なのですか?」
「グリードの名の通り強欲な熊で、自分の獲物と決めた相手は執拗に狙い続けるんだ。怪我をした仲間を助けて撤退しようとした人達が居たらしいけど、執拗に追い駆け続けてきて、最後は死んだ仲間を見捨てて逃げるしかなかったらしい」
「死んだ? 怪我じゃなかったの?」
「何度も何度も追撃を受けて、怪我人にも攻撃が当たり死んでしまったんだそうだ。それでもグリードベアは襲ってきたらしい。で、死体を捨てて逃げたら追いかけられなかった。つまり、自分の食い物だと思えば、何処まででも追いかけてくるんだってさ」
「流石に階段まで逃げれば大丈夫でしょ」
「それはな。つまり階層の奥で遭って怪我したら最悪だって事さ。逃げられるかは分からないというより、確率は極めて低い。トップクラスの探索者からも恐れられてるのがグリードベアなんだよ」
「トップクラスからもねぇ……。ミクはどうだったの?」
「ザコ。首を刎ねれば終わる」
「ああ、うん。ミクならそうだろうな……っていうか、グリードベアが一撃で首を刎ねられるのかよ。とんでもないな」
「グリードベアという名前から熊だと分かるのですが、熊の首を一刀で刎ねるのですか? ハンマーか槍ですよね?」
ミクはヤエにそう聞かれ、長巻をポーチから取り出す。柄は1メートル50センチ、刃は1メートル。全てがドラゴン素材で出来ている、ドラゴンを切り裂く為に作られた物である。
「これ、ドラゴン切る為に作った。熊如き簡単」
「え、ええ……そうでしょうね。ドラゴンを切る為の物です、熊ではどう足掻いても太刀打ち出来ないでしょう。それにしても、長巻ですか……」
「そうですな。もっと大きく幅広の西洋剣を想像しておりました。まさか長巻が出てくるとは………。とはいえ、私が知る長巻とは柄の太さも刃の分厚さも違いすぎますが」
「とんでもない重厚さですよ。よくもまあ、これ程の物を振り回せるものですね。如何に【身体強化】というものが重要か、それを含めて練習せねばならないかが分かります」
「じゃな。しかしこれを本当に刀のように振り回せれば、ドラゴンすら切り裂けるのじゃろう? それはそれで夢のある事よ」
「おっと、忘れておりました。こちらが昨日のミク殿の売却金です。既に北条君とセンには渡してありますので、それは純粋にミク殿の物です」
「ありがとう。食べる物を買うから、セン。お願い」
「今日もコンビニ行く? それとも別の店?」
「駅前の百貨店にでも行って来れば良いんじゃないか? 俺達は魔法の練習だけど、母さんは息抜きに連れてってくれると思う。今日を越えれば一段落って言ってたし」
「一段落、ですか? ………北恋様が今書いてらっしゃるのは、<仮面の英雄が私の婚約者>以外にありましたっけ?」
「………」
リオの作品タイトルを聞き、微妙な表情のコウジ。何とも言えない感情が表情に滲み出ている。ちなみにそれはセンも変わらない。どうも母親が恋愛物を書いているという事は、微妙な気持ちになる事のようだ。
「いえ、今は無かったかと。もしかして新しい作品を書いていらっしゃるのでは!?」
「仮にそうであったとしても迂闊に触れる訳にはいきません。私達が近くで騒ぐだけで、筆が乗らない事もあるのです。ここは静かに、落ち着いて待ちましょう」
「そうでございますね。騒いだ所為で筆が乗らないなどという事になれば、仲間達からどんな目に遭わされるか分かりません。知りたいですが、ここは大人しく致しましょう」
「「「………」」」
遂にジロウエモンまで微妙な表情になった。もちろん趣味の範疇だから個人の勝手なのだが、何をしてくるか分からないファン仲間というのもどうなのだ? という感情が拭えない。
何だかよく分からない世界の話を聞いている気分になるものの、それは諦めて大型トラックが来るまで魔法の練習をして待つ事に。
ミクが見ているが、そこまで上手くなった感じはしない。どうにも基礎が上手くなっていないみたいなので、循環をやらせる。ただしゆっくりで良いので、ロスなく循環させるように言う。
ロスが少なくなれば少なくなる程に、魔法を使う際に無駄なく使えるようになる。魔法陣を形作る際にもロスは出ているのだ。それを可能な限り減らす事は、魔法を使うという事において重要な事である。
それはそのまま継戦能力に直結するとも言えるので、基礎が重要なのはよく分かる話であろう。
「魔法を使う、それは始まり。そこで終わりではない」
「使い熟せなければ意味はありませぬからな。魔法が使えてやっと始まり。つまり今まではスタート地点にさえ立てていなかった、と」
「果たして何人の者が先へと進むのでしょうね? 憧れの魔法だからこそ、使えた時点で終わりそうです。長く苦しい修行をする者がどれほど居るかを考えると………。魔力関係のスキル持ちに対して、世間が手の平返しをしそうですね」
「仕方ないんじゃない? SNSとか見てたら分かるけど、手の平クルックルなのいっぱい居るしね。昨日までバッシングしておいて、次の日には手の平返して称賛とかさ」
「特に有名人とか政治家は多いな。煽ってるマスコミも十分に悪いけど、それにいつまで騙されてるんだよ。とは思う」
「脊髄反射で反応するのとか、何も考えてなくて楽しければいいヤツとか、頭のおかしい連中とか居るからね。仕方ないんじゃないかな。新聞記者でも頭のおかしい事を書いてるの居るしさ」
「おっと、鳴ったな。おそらく大型トラックの運転手が来たんだろう。ちょっと出てくる」
そう言ってコウジは玄関に出て、すぐに戻ってきた。
「予想通りトラックの運転手だった。とりあえずミクは積み込んでくれ」
「分かった」
昨日と同じく外に出た全員は、ミクがトラック内に積み込んでいくのを覗いている。その獲物を見ながら、段々顔が険しくなる面々。なんといっても最後に乗せられたグリードベア3頭には、そういう視線を送らざるを得ない。
それほどまでに強力な魔物なのだろう。実際に多くの死者を出しているそうなのだ。ミクからすれば、それは弱過ぎるだろうと思うが。
今日もまた大量に乗せたが、それでも問題なく発進していく大型トラック。あの重さでも耐えられるなら、もうちょっと大丈夫かなと思っているが、運転手からすれば勘弁してくれと言いたくなるだろう。
昨日も下ろすのにとんでもなく苦労したのだ。今日はグリードベアである。昨日の比ではない程に苦労するのが目に見えているのだ、止めてくれと思うのも最もであろう。
ミク達はヤエ達を見送った後、コウジとセンと一緒にコンビニに行く事に。もちろんアイテムバッグなどは持ったままで、セリオはセンが抱いている。




