0388・膝に矢
「ふぅ、やれやれ。戦場では冷静さを失った奴が負けるんだよ。……それにしても疲れた。ミクの血肉とワイバーンの肉体じゃなきゃ、相当マズかったねえ。かつてのあたしなら死んでたよ」
「申し訳ありません。まさかこんな事になるとは思わず……」
「戦場で怪我するなんてよくある事さ、気にする必要はない。命が助かりゃそれでいいんだよ。一番大事なのは生き残る事であって、名誉の死じゃない。死んだヤツはそこで終わりなんだから、生き残る事こそが一番重要なのさ。覚えておきな」
「はい」
「あと、少々痛むから気を強く持つんだよ?」
「えっ? グッ……!」
シャルは膝に刺さっている矢をある程度の長さで切り落としたが、その衝撃で激しい痛みを感じるアリストラ。顔を歪めながらも耐え、少し長いくらいにまで矢を切り落とした。その後は装備を収納し、シャルが抱き上げる。
その姿はお姫様抱っこなのだが、恥ずかしがっているのはアリストラだけだ。もう20歳なのだから大人の顔でスルーすればいいと思うが、まだまだ無理なお年頃らしい。
「さて、この傷じゃ回復しても、今後まともには歩けないだろうからね。歩けるようにするにはミクに任せるしかない。ちょっとおかしな事になるかもしれないけど、それは戦場で傷を受けたアリストラが悪いとして諦めな」
「えっ? いえ、あの……」
「それじゃ、戻るよ」
シャルはアリストラを抱き上げたまま普通に走って行く。栄養や魔力に疲労もあり、思っているよりは大変なのだ。四方八方から攻められ、それらを全て弾けたのは【身体強化】の御蔭である。
しかし使っていたという事は消費したものがある訳で……実際、シャルも思っている以上に消耗をしていた。なので【身体強化】で戦場から離脱する事はできず、普通に走るしかなかったのだ。それでも常人よりは速いのだが。
そんなシャルとそれに抱き上げられているアリストラ。戦場でのおかしな姿ではあるが、それでも女性兵士にはウケが良かった。特に明らかに美人であるシャルが、可愛い系のアリストラを抱き上げているのだから当然ではあろう。
戦場では娯楽が少ないのだから、囃し立てられたりするのは仕方がない。もちろん渦中の者にとっては堪ったものでなかろうが、シャルは年季が違うので顔色も変えずにスルーできている。問題はアリストラだ。
流石に若い彼女は意識するなと言っても無理であり、ましてや自分をお姫様抱っこしているのは高祖母なのだ。それを考えると何を言っていいか分からないし、そういう話のネタにされるのも怖かったりする。
シャルが顔色を変えていないのでいいが、心底そういうのは止めてほしいと思うアリストラであった。
◆◆◆
ミクの居る最後尾まで走ってアリストラを連れて行ったシャルは、ミクに診てもらう事にした。無理矢理にでも治せるのは知っているので、どの程度の治療で済むのかだ。
流石に自分は怪物を謀ったから仕方ないが、玄孫は普通に生きて欲しい。
「不老はね、流石にマズいと思うんだよ。あたしは騙した罰として受け入れられるし、元々冥狼族は寿命が長い。永く生きるのにも慣れてるからね。でもこの子は普通の白狼族だ。寿命は100年ほどしかない。それに膝の怪我だけだからね」
「まあ、この程度なら問題なく治せるよ。それでもこっちで治すのは無理だけどね。じゃ、さっさと移動させるか。という事で、お願い」
「「「「「「了解」」」」」」
アレッサとティア、そして<鮮烈の色>が壁になり周囲から見えないように壁を作る。その壁で見えなくなっている間に右腕を肉塊にしたミクは、アリストラをさっさと飲み込んだ。後は本体が上手くやるだろう。
「それにしても、膝に矢を受けるなんて器用なもんだ。普通は胴体の方に刺さると思うんだけど、どうなったらああなるんだろう?」
「下手なヤツが射ったか、それとも何かに当たって逸れたんじゃない? もしくは本人がそっちの方に移動したとか?」
「どれも可能性がありそうで絞れないと思うよ? そもそも戦場なんだし、本人も分からないだろう。運が悪いと死ぬかもしれないから、戦場は怖いんだよね。魔物狩りなら、そうそうおかしな事は起こらないし」
「確かに不運な一撃で死ぬって事は、まず起こらないね。人数が多くいる戦場だと何が起こるか分からないし、敵の攻撃がどう変化するかも分からない。本当に不運で死ぬ奴が出るのが戦場だよ」
「魔物の攻撃ってほぼ決まってるし、予想はつくからね。相当の不運でない限りは予想していない本人の所為でしかないわ。でも戦場はねえ……」
「とにかく治るんだからいいじゃない。戦場での危険を経験したなら、次はもっと慎重に立ち回るでしょ。じゃないと死ぬし、そういう危機感は持てた筈」
そんな話をしていると、ガルドクスが兵を連れてやってきた。
「相談役殿。急に戦場から戻ったと聞いてやって来ましたが、何かあったのですかな?」
「アリストラが戦場で膝に矢を受けてね。貫通してたから、このままじゃ歩けないって事で現在治療中さ。治るまで誰も会えないよ。もう我が軍の勝ちだろう? だからあたしはここに居るままなのさ」
「まあ、勝ちと言いますか……相談役殿が戦場で暴れていたと聞きましたぞ? その結果、敵が恐慌を起こして逃げ惑ったと。いったい何をされたので?」
「さっきも言ったけど、アリストラが膝に矢を受けて動けなくなったのさ。その後、敵はアリストラに狙いを定めて猛攻撃をしてきてね。御蔭であたしは必死に敵の攻撃を弾く羽目になったんだよ。【身体強化】も長く駆使して、本当に大変だった」
「それはまた……。大変でしたな」
「本当にね。という事で、あたしはミク達と一緒に食事をしてから戻るよ。【身体強化】の所為で相当の栄養を消費したし疲れたから、流石に栄養豊富なメシが食べたいんだ」
「はぁ……まあ、分かりました。皆にはそう言っておきましょう」
「すまないねえ。第3の町も終わりって事は、武装解除させた後は食料を買って進むんだろ?」
「おそらくはそうなると思いますがな、ここは森のエルフの町です。きゃつらは最悪ですので何をしてくるか分かりませぬ。迂闊に食料を買うのも危険かもしれませぬので、どうしたものかと思っておりましてな」
「だったら買えるだけ買えばいいよ。後で私が【浄滅】を使えば済むし。お金ならあげようか? 代わりに黙ってる事が条件だけど」
「「「「「「黙ってる?」」」」」」
「ああ、アレですか……。ですが本当に言ってしまうのは少々勿体ない気がしますね。せっかくでしたのに」
「そう? これで金銭だけ渡せば立派な共犯者よ? むしろ全部を手に入れようとしない方が良いって、わたしは思うけど」
「共犯とはまた、随分と不穏な言葉ですな?」
ガルドクスは眉を上げて警戒している。共犯などと言い出したのだ、警戒して当たり前であろう。とはいえガルドクスも本当に犯罪をやったとは思っていない。しかしわざわざ共犯などと言ったのだ、場合によっては国を巻き込んでしまう。
自分だけなら何とでもするのだが、国を巻き込む事は流石に断らねばならない。
「それで、共犯とはいったい何なのでしょうかな? 流石に我がフィグレイオを巻き込む事になるのは御遠慮ねがいますぞ?」
一応の牽制はしておいた。そこまでの事は言われないと思うが……。そう思いながらも警戒は緩めないガルドクス。
それとは違い、「そこまで警戒する事じゃないのに」と思うアレッサとティア。知っている者と知らない者の差は、だいたいこんなものである。




