0372・エルフィンのエルフというもの
ミクの下にアレッサとティアも戻ってきたが、離れた所に隠れた敵兵をジッと監視している3人。流石に我慢の限界になったのだろう、ゆっくりと動き始める敵兵。灯りを点けていないので、敵の動きも見えてはいない。
もちろんミクにはバッチリと見えているので意味が無いのだが、そんな事はいちいち口に出したりなどしない。ミクは自分の上に【灯り】の魔法を使い光源を出しているが、敵が見える程に強い魔力は篭めていない。精々一般的な魔法使いと同じかそれ以下である。
だからこそ敵も逃げずに隙を探しているのだが、ミクは常に敵の方を向いているので、流石に自分達の位置がバレている事は把握しているようだ。だからこそ動き始めたのだが、それでもミクの目は追尾しているかの如く動いている。
当然のように顔も体も敵に向くので、敵の方も完全に動きが見られている事を確信。敵からすれば八方塞がりの状況であり、ここから指示通り敵の糧食に毒を撒くのは不可能だと考え、再び屈んで隠れる。
敵は一塊になって動いていたのだが、何かを小声で話し始めた。小さくか細い声なのでアレッサとティアには聞こえていないが、ミクにはハッキリと聞こえている。
「駄目だ。相手は完全にこちらを向いている。目線が切れない以上はどうにもならない」
「しかし毒を食料に撒かないと、こいつらが攻めて来るのは確実だぞ。そうなれば蛮族どもの所為で家族がどうなるか分からん」
「とはいえ、迂闊に近付いても殺されるだけだぞ。相手に見つかっている以上はどうにもならん。これ以上近付くと他の奴等にも気付かれかねんのだ」
「ならばこのまま攻めさせるというのか? それこそ家族を見捨てる行為だ。そんな事になるくらいなら、私一人で行く」
「待て、お前一人で行ったとてどうにもならん。毒を撒く前に殺されて終わるだけだ。それこそ家族に顔向けできまい。蛮族どもに殺されるのだぞ」
「くっ………ならばどうしろというのだ」
「まず、あそこに居る女3人には気付かれている。これは確実だ。ならば分かれて近付くしかあるまい。我らは7人。3人では対処できぬように広がって、一気に近付けばいい」
「それでも毒を入れられる食料は僅かだ。その程度で蛮族どもが止まるとは思えんが……」
「そもそも奇襲が失敗した時点で我々の負けだろう。獣どもは我らを迎え撃つようにしていた。つまり我々が奇襲してくる事を読んでいたのだ」
「そんなバカな。たまたま上手くいっただけだろう、所詮は下等な連中だぞ。我々のように優れたる者ではないのだ。だからこそ家族が何をされるか分からんというのに」
「しかしな。負けは負けとして認めねばなるまい。その程度も出来ねば、蛮族どもと同じだと誹りを受けるわ」
どいつもこいつもエルフの気位の高さが滲み出ている。というか、根底には差別や見下しがあるんだなと呆れたミク。攻めて来ないのなら放っておこうと思っていたが、面倒な事もあり殲滅する事にした。
ミクはジッとしたまま透明な触手を出し、それで7人の首を刎ねる。あっと言う間の出来事であり、いきなり悪意が無くなったアレッサは戸惑いながらもミクに聞く。
「あれ? 何か急に悪意がなくなったんだけど……。もしかしてミク、何かした?」
「こっちに来ないなら見逃そうかと思ってたんだけど、あまりにも傲慢な連中だったから面倒になってね、さっさと始末した。さっき相談してたけど、揃いも揃ってこちらを蛮族とか下等と言ってたよ」
「実にエルフィンのエルフですね。一周回ってむしろ清々しいですよ、ここまでの愚かさは。戦争だというのに、相手を見下して見誤るとは……」
「それこそバカどもよ、むしろバカなままで安心したわ。500年前から少しでも進歩したかと思ったら、やはりとてつもないバカだった。むしろ500年という時間で悪化した? 戦力差とかすらまともに考えられなくなってるし」
「いや、無駄だとか言ってた奴もいたから、中にはまともな奴も居たんじゃない? そっちの方が少ないみたいだけど」
「どのみち少ないなら押し切られて終わりでしょ。だいたいバカほど声が大きく、バカな考えほど広まりやすいしね。結果として<狂乱王>の後はクソみたいな国になったんだしさ」
「本当にそうね。私も<狂乱王>を両親が褒めていたのを聞いて、何かおかしいと思ったのが最初だったわ。それ以降、家族との溝は広がる一方だし、その違和感からエルフィンを出たのよ」
ミク達が話していると、<鮮烈の色>が近寄ってきてウェルドーザが話し始めた。ミクはその間に透明の触手を伸ばし、そこから7人の死体を本体空間に転送する。そして後ろを振り向き、コソっとレティーを本体空間に送った。
「ウェルドーザは故郷というかエルフィンに対して本当に辛辣だよね。気持ちはよく分かるけどさ。こんなのが自分の故郷となったら、色々な意味でキツいだろうし」
「生まれ育った故郷は変えられないもんね。どうしたって何かふとした時に思い出すし、思い出した時に見下しや差別が当たり前の国じゃねえ。そのうえ何の根拠も無いものだし、一方的に思い込んで言ってるだけ」
「流石にそれはねえ。国民の大半が妄想の中に生きているようなものだよ。幾らなんでも多少の根拠はあるべきだろうに。何で妄想に沈むんだろうね?」
そんな話を聞きながらミクは神々の話を思い出す、何処かの青い星の妄想である中華思想と小中華思想を。それらと似たようなものだなと思いつつ、どこも人間種には醜い者がおり、それは変わらないのだろうと思った。
『どうやらスキル持ちの者達を集めて、糧食に打撃を与える作戦だったようです。先ほどの奇襲が失敗した時の為の保険だったようですが、たった7人で上手くいくと思っていたのでしょうか?』
『見下しや差別をする者は、言い換えれば現状を正しく認識できていない。もし相手の足りない部分や劣っている所を言っているなら、それは見下しや差別じゃなくて単なる指摘でしかない。つまり現状が見えているという事になる』
『先ほど言っていた妄想で相手を見下しているのではなく、現状を正しく認識して指摘しているだけという事ですね?』
『そう。仮に劣っている相手に対して優越感を持っていても、それは現実として事実なのだから問題ない。問題なのは何の根拠も無く、妄想で相手を見下し差別する事。これこそが本当の野蛮な行為だと、エルフィンのエルフは理解していない』
『成る程、そういうものなのですね。他にはこれといった情報はありませんでした』
『そう、なら戻す』
ミクは透明な触手を2本出し、一方ではレティーをアイテムバッグの上に転送し、もう一方で適当な所に糞尿を捨てる。もしかしたら気付いていた者が死体を捜すかもしれないが、既に死んでいたので気配は消えている。
魔力は多少残っていたかもしれないが、そこまで問題にはならないだろう。そもそも知らない者が怪物が喰ったという正解に辿り着く確率は低い。論理の飛躍が過ぎるし、唯の妄想だと一蹴されるだろう。なので正解に辿り着く者が出ても問題はない。
「やはり、この国は碌なものじゃないわね。一度崩壊して数百年は経たないと、まともな者に戻るのは不可能だわ」
「エルフは長生きだからねー。それに戦争に負ければ余計に捻じ曲がるかも?」
「完全に救いがないね。子供が生まれても、またその子供を洗脳するんだろ? エルフは世界で一番優れてるって。何かもう色々と終わってるとしか思えないよ」
「後は馬鹿な妄想が未来永劫続いていくだけ? それなら本当に救いようが無いよ。無理無理」
そうやって親から子へ、子から孫へ妄想を継いで洗脳し続ける。これ以上に怖ろしく、これ以上に醜くマヌケな事は無いであろう。




