0324・腕試しの儀
始めの声が掛かったものの、両者は動かない。ミクの持つ木槍は2メートル、そしてグルムの持つ槍は2メートル50センチ。リーチは明らかにグルムの方が上である。なのでゆっくりと近付いていくグルム。
それに対して、構えたまま全く動かないミク。下段に構えた形であり、まるでやる気を感じられないその姿。それを見てグルムは内心、腸が煮えくり返っていた。バカにするにも程がある。
(どれだけ強いのか知らないけど、アタシを随分と舐めてくれるじゃないか! かろうじて槍を構えるぐらいは出来ているみたいだけど、アタシの全力で決着をつけてやる!!)
グルムはゆっくりとにじり寄っていたが、間合いのギリギリから全力で槍を突き出した。しかしミクは始動しない。グルムは目の前のふざけた仮面を叩き潰したと思った。
その瞬間、気付けばグルムは両手を上にあげて、いわゆる万歳の格好をしていた。槍は自分の手を離れており隙だらけ。
(な、何が……いったい、何が起きた!?)
混乱の中、呆然と仮面の相手を見るが、相手は全く動いていないようにしか見えなかった。先程から見ていた姿とまるで変わらないのだ。そして自分がこんなに隙だらけだというのに何もしてこない。その事を奇妙に思い始めた時、ミクは口を開く。
「待っていてやるから、さっさと取ってこい。いつまでマヌケな姿を晒している気だ」
「なっ!? お、お前!!」
言われてグルムは理解した、いつでも倒せたが決着を着けなかったのだと。つまり、まだまだ試合を終わらせる気が無い。それは自分を今以上に叩き潰すと宣言したのと同じである。徹底的に舐められているのだ。
その事で頭に血が上るが、しかし同時に冷静な彼女も心の中にいる。その冷静な彼女は迂闊に攻めない方がいい事を訴えていた。
(腹が立つしブッ飛ばしてやりたい! でも、アイツはいったい何をした? 私の手から何故槍は飛んでいったんだ? ヤツが何をしたのか全く分からない。そんな分からない中では迂闊に攻められない!)
木槍を取ってきて構えるが、恥を掻かされた事による怒りは大分治まっていた。それは観客も固唾を呑んで見守っているからだ。自分をバカにする声が無いので落ち着くグルム。そして再びにじり寄っていく。
(このまま近付いていくのはいい。だが、近寄ってどうする? 迂闊に攻撃すると、また隙を晒して恥を掻かされるだけだ。アレを使えば勝てるだろうが、こんな所で晒すもんじゃない。どうする………?)
そうやって悩んでいる間にも、間合いのギリギリまでやってきた。しかし動かないグルム。ミクは下段に構えていた槍を右手だけで持ち、脇に挟む形で前に歩き出す。
いきなり歩きだしたミクに対して、反射的に後ろに跳ぶグルム。しかしミクは気にせず前に歩いて行く。意味が分からないグルムは、分からないままに再び突きを繰り出してしまう。
そして、その突きは右手一本で持つ槍にあっさりと弾かれた。右手と脇で固定した槍を、腰を入れて右から左へと振るう。たったこれだけで弾かれたのだ。この段になってようやくグルムは気付く、パワーが上なのだと。
今回は槍を手放さなかったグルムは、すぐに槍を上段に構えて振り下ろす。しかし、それも右手一本で持つ槍に綺麗に流され、頭に落ちる筈の槍は地面に落ちた。
「「「「「「「「「「おー………!」」」」」」」」」」
(チッ! アタシの上段からの一撃を片手で流すなんてね。まさかここまで強いだなんて思ってもみなかった! ここの王が最強だとか言って、それを鼻で笑ってたけど冗談じゃない。今まで出会った中で、間違いなく一番強い!!)
ようやく相手を正しく認識したグルム。全力で戦わないと勝てない相手だと認めたものの、全力で戦おうが絶対に勝てない相手である事までは分からなかったようである。
深呼吸をし、息を整えたら最速で真っ直ぐ突く。胴を狙ったそれは半回転されて回避され、グルムの槍に自分の槍の柄を沿わせながら前へと踏み出してくる。
慌てて後ろに跳びつつ槍を横薙ぎにしようとするも、相手の槍の柄が沿わされている為、払う事が出来ない。そのうえ後ろに跳びながらの為、碌に力が篭もっていないのだ。
マズいと思った瞬間、相手の槍が自分の喉元を向く。ミクの持つ槍は2メートルの為、グルムの槍より取り回しがしやすい。なので簡単に穂先の向きを変えられる。
このままでは。そう思った瞬間、頭に強い衝撃を受けたグルム。頭を押さえてしまう程の痛みであるが、ミクは素早く離れる。頭の痛みに呻いたものの、それ以上は何もされなくて困惑するグルム。
痛みが引いてきたので立ち上がると、ミクは相変わらずやる気の無さそうな感じで立っていた。
「何が起きたか分からないという顔をしているな? 単に穂先に意識を向けさせておいて、左手でお前の頭に拳骨を落としただけだ」
「グッ………何故そんな事を!! お前は私をバカにしているのか!!」
「ああ、バカにしている。神の名を持つスキルを持つだけで強いなどという事はあり得ないのだ。何しろ私はスキルを持っていない。その私にお前は勝てていないだろう?」
「スキルを持っていないだと? いったい何の冗談だ!?」
「冗談ではない、唯の事実だ。自分の修行が足りんのを他人の所為にするな。それと、早く【槍神の一撃】とやらを使え。その上で叩き潰してやる」
「お前………たとえ木槍といえど当たったら死ぬぞ」
「ああ、当たればな。しかし、【剣神の導き】とやらも私には当たらなかったぞ? あの男もザコだったが、お前も然して変わらぬな。既に<強欲の腕>は壊滅し、<剣のレーグス>も行方不明。どうやらグランセンドはまだ知らぬようだ」
「…………アタシは奴が嫌いでね、アイツが死のうがどうでもいい。だけど【剣神の導き】、アレは本物だった。それに勝ったと言う以上、覚悟をしてもらおうか」
グルムが真っ直ぐ中段に構えて力を抜く。自然体で立っているが、おそらくそこから最速の突きを放つ。それが【槍神の一撃】の正体だろう。そして、そういうスキルだからこそ己の技術を磨いてきたのだ。
【剣神の導き】に溺れた<剣のレーグス>との違いは、【身体強化】に近いものが無いか非常に短い。なので技を磨く必要があったのだろう。いい事である。
それを感じつつ、ミクもまた自然体で立つ。【槍神の一撃】が来ると分かっていながら自然体で立てることに驚き、そして自分より格上だと理解したグルム。
そして高まった集中力とは裏腹に、凪いだ心のままに【槍神の一撃】を放つ。それは彼女の人生において最も鋭い一撃であり、観客は放たれた重圧で目が離せない。
グランセンド連合国4神将の1人。<槍のグルム>の放てる、最速最高の一撃がミクを襲う。これ以上は無いほどの一撃であり、自分が更なる高みに上った事を理解したグルム。
しかしそれでも足りない。最強の怪物相手ではそれでも尚足りないのだ。<槍のグルム>最速最高の一撃は、放つ瞬間には回避されていた。【槍神の一撃】を使っているのにだ。
怖ろしい速さで突かれた槍だが、ミクはそれ以上に速く反応し動いていた。槍もそうだが、速くなればなるほどに細かい動きは出来なくなる。だからこそ真っ直ぐなのだ。
ならば回避するのはそこまで難しくなく、後はタイミングと避ける速さである。ミクは【身体強化】をしつつ、あえてゆっくりと回避したが、これは【身体強化】で回避したと見せる為だ。
実際には素の能力で回避できたのだが、それでは怪しまれる為、こういう方法となったのだった。




