0009・喰らうもの
「ぐ、くそ……この女いったい何なんだよ!!」
「なんだこの白いのは、訳が分からねえ!!」
「くそぉ、痛えよお……」
「あ、足が! オレの足がー!!」
「どうなって……何がどうなってんだよ!!」
「あんな女、追いかけなきゃ良かったんだ。チクショウ!!!」
男達は悪態を吐き呻いていたが、次の瞬間、恐怖のあまりに絶叫した。この場にいるのは完璧なプロポーションを持つ美女ではない、捕食の喜びを隠し切れない怪物である。
そしてその怪物が両手を触手に変えたのだ。そして男達を裸に剥いていく。前回の様に食べながら転送しても良かったのだが、興が乗ったミクは教えてやる事にしたのだ。誰に喧嘩を売ったのかという事を。
「フフフフフ、アハハハハハ……!! さあ、食事を始めよう。クヒヒヒヒヒヒ、肉が喰えるのはいいねぇー!!!」
両手を肉の塊に変えたミクは、男2人の足から肉で覆っていく。そこからゆっくりと貪り始めると、「ゴリボリベキ」という音がし、喰われている男の絶叫が響き渡る。
「ギャーー!!! グギィ!! あががが、やめ、止めでぐれーーーー!!」
「グァァァァ!!! 喰われ、ぐわれでるーーーー!!!!」
足からゆっくり食われていく男達は、絶叫を放ちながら地面をのた打ち回るが、しかし逃げる事は叶わない。何故なら肉の塊に覆われているからだ。
もはや逃げる事など許されず、オークの口で食われるよりも酷い有様であった。細かい牙で切り刻むように噛み、ヤスリで磨り潰すように食していく。ミクは哄笑を上げながら貪り、大喜びで味わっている。
前回は星に降り立って初めての食事だったので、出来るだけ素早く終わらせたが、今回は要領をある程度掴んでいる。誰憚る事など無いのだ。
「キヒヒヒヒヒ、ヒェハハハハハ……!!! 人間種は美味しいねぇーーー!! 堪らないよ、本当に! 噛み切っても、すり潰しても美味しいよぉ!! ハハハハ……フフフフ……ヒャッヒャッヒャッヒャッヒャ!!!」
最早狂った哄笑と共に貪り食われるしかない男達。そこはまさしく、この世に突如出現した地獄であった。
部屋の中に顕現せしは、圧倒的であり絶対の捕食者。常に喰らう側である上位存在。
それこそが< 喰 ら う も の >なのだ。
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ミクは久しぶりに己の全てを解放して貪り食った。今まで溜め込んだストレスが全て無くなったかのようにスッキリしている。どこかの言葉では<賢者タイム>と呼ばれるような、そんな心境であろう。
ボス部屋の外には誰も居ない事を気配で掴んでいるミクは、ふと気付く。
「あれ? オークってどんな味だっけ? ………味わったような記憶が無い」
どうやら解放しすぎた所為で、人間種を喰らう時はともかく、オークを貪り喰う時には何も考えていなかったようだ。その所為で味の記憶も無いらしい。ミクにしては珍しいミスである。
「ま、仕方ない。本気で食べたくなったら、夜中に体を変えて町の外に出よう。探せば居るだろうし、そこでゆっくりと味わえばいいや。でも、その為には鳥系の魔物か何かを食べておきたいね」
解放して貪り喰ったからか、今までよりも饒舌なミク。何かしら心境の変化があったのかもしれない。
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ミクは<喰らうもの>であり、この分体は作りだした物でしかない。本体こそがミクであり、分体はその末端だ。そしてミクは喰らった者の姿を寸分違わずコピーできる。
つまり最初に喰らった狼、次に喰らった猪、その次はボス部屋の男達と猪のボス、そして先ほどのマヌケどもとオーク。つまり、狼、猪、男、オークの姿に変えられるという訳だ。ちなみに最初の美女の姿は、神々に言われて作りだした姿である。
何度も修正をさせられて、神が納得するまで微調整を繰り返す羽目になった姿。腹立たしくもあり達成感もある、ミクにとってはそんな姿なのだ。ミクは理解していないが、実は愛着を持っている。
その美女の姿を中心に、食べた者達の姿をいつでもとる事が出来る。ただし服などは毎回着なくてはいけない為、それが面倒で滅多に姿を変える事はしない。それが現状となっている。
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ボス部屋の出口は既に開いているので、そちらに進みダンジョンを出るミク。鼻歌でも歌いそうなほど上機嫌であるが、相変わらず表情には出ない。
しかも表情というのはミクにとって、いちいち顔を動かして表現せねばならず、面倒な事でもある。変えなくても済むなら、変えたくはないのだ。
人間種のように感情で変えたり変わったりする訳ではなく、感情とは別に動かさなければならない。分体は所詮末端なので仕方がないのだが、誰も見ていないなら動かしたりする必要などないのだ。
ミクは外に脱出すると、そのまま宿へと戻る。魔物は全く持って帰ってきていないが、男達の持っていたお金は手に入れているので収入はあった。なのでお金儲けという意味では成功している。
宿に戻ったミクは少年から鍵を受け取り、部屋へと戻って一息吐く。ブーツを脱いでベッドへと寝転がり、目を瞑って分体を停止。本体に意識の大半を戻す。
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本体は男達の持っていた様々な物を物色しつつ、調べて何に使えるかを考えていた。
まずは男達の持っていたナイフを魔法で溶かし、それを骨で作った型に入れる。この型は針の型だ。縫い物をする為には針が必要であり、それを作り出さねば縫う事も出来ない。
なので鉄の針を作り、次に男達の服を一枚とると解いていき、それを糸に変える。これで整ったので、まずは分体の下着を作っていく。
分厚めの今の麻のシャツは、男達の着ていたシャツを数枚重ねて縫い、鎧下にする。そして、それよりも薄い生地のシャツとパンツを作って行く。
この星の下着状況は知らないが、神からの知識に女性物のパンツは存在する。ただし紐で縛るような物しか作れない。
男達の着ていた薄手のシャツを綺麗にし、それを分体に合わせて加工する。といっても背丈に合わせたりするだけだ。体が入るように少し大きめに作り、パンツの方は普通の物をささっと作った。
現代人が見たら、ゴムの部分に革紐が使われており、若干微妙な気分になるような代物である。
それでも分体にとっては問題なく、この星の文化事情ではカボチャパンツなのだから、薄く局部付近だけを覆うパンツは珍しい物であろう。
次にミクが作っていくのは革の防具だ。作るのは脛当てと肩鎧。特に脛当ては相当貧乏な探索者でもない限りは身につけているので、分体にも装備させようと思ったのだ。
脛当ては特に難しくもなく、あっさりと作り上げる事が出来た。肩鎧は肩の上部、首に近い部分から二の腕までを保護する為の物で、革鎧を着た上から着ける。
まずは男達の革鎧を分解し、肩の上部部分を作っていく。
首に近い部分は襟のように立て、首の前部分は厚く作り、背中の部分も厚く作る。長さとしては胸の辺りまでとなる。前の部分は切れているが、後ろの部分はくっ付いていて繋がっている形だ。
次に二の腕に沿うように曲げて作っていき、内側の部分は革紐で結んだ形にする。つまり二の腕の外側にしか革部分は無く、二の腕の内側は革紐で結ばれているだけだ。
最後に肩部分と二の腕部分を革紐で結んで繋ぎ、引き合わせる首の前部分に革紐を縫い付ければ完成。実際にもう一つ分体を作り、自分で着てみる。
革紐で結ばれている袖のような部分に腕を通し、右腕も左腕も通したら、首の前で引き合わせて革紐を結ぶ。すると首筋近くから肩、そして二の腕までを防護する肩鎧を身に着けた姿となった。
問題なく着脱できたので、これで終了だ。そろそろ夕方だと分かったので、分体で食事に行かなければいけない。お楽しみは分体が寝ているフリをする夜までお預けだ。
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ベッドから起きた分体は、ブーツを履き準備を整えたら部屋を出た。人間種と同じ食事という、必要の無い行為をする為に。