0101・商人風の男
朝食を食べたミクは少し悩み、今日は第5エリアに行く事にした。犯罪者どもを喰う事も大事だが、見ていたり感知している者もおり、なかなか喰う事が出来ない場合もある。
それに、普通の探索者としての動きも多少しておいた方が良いと判断しての事だ。腐った者どもを喰うのが本来の使命だが、怪しまれる行動をしても仕方がない。
そう決めたミクは、スラム近くにある<妖精の洞>から、ゆっくりと中央区画にあるダンジョへと移動していく。たまには周りを意識しつつ、ゆったりと町並みを確認しながら歩くのも悪くない。
そうして移動していると、朝早くにも関わらず妙に賑わっている一角があった。何を騒いでいるのかと思ったら、何かを配っているらしい。もしかしてと思い、ミクが近付いてみると……。
「これ、タダの癖に甘くて美味いなぁ! 本当にタダで良いのか? こんなに美味いのに?」
「ええ、構いませんよ。正式に売り出したら宜しくお願いします。あっ、そこの美人な方! お一つどうですか?」
そう言って、飲み物を朝早くからタダで配っている商人風の男。木のカップから漂ってくる臭いは、間違いなく問題のアレと同じ物だ。まさか、こんなに朝早くから出会うとは……。そう思うも、ミクは行動を開始する。
「聞いてたらタダみたいだけど、本当に良いの?」
「もちろんです。さあ、どうぞ!」
男が木のカップを渡してくるので受け取った直後、ミクはウェストポーチ型のアイテムバッグに仕舞い、男の腕を引っ張る。男の前には小さなテーブルがあったのだが、それを倒す形で男は前に倒れた。
ミクは素早く男の腕を捻り上げながら、体重を掛けて地面に押し付ける。そのうえで周りの連中に声を掛けるのだった。
「皆、それ以上飲むな!! そして誰か探索者ギルドのギルマスか王都守備兵を呼んで!! こいつは犯罪者か工作員! だから、それ以上飲むな!!」
犯罪者か工作員。その言葉を聞いた周囲の連中は慌てて飲むのを止めて、木のカップを地面に置く。ミクに押し倒されている男は腕の痛みに呻きながら、大声を上げ始めた。
「イダダダダダ!! だ、誰か助けてくれー! 強盗だ! 強盗だーー!!」
「誰が強盗だ、犯罪者! お前は3日前にも同じ飲み物を売ってたろう! その飲み物には魔物を引き寄せる物が混入されていた! 被害者は<鮮烈の色>だ! 既にギルドには報告してある。言い逃れは出来ないぞ!!」
「「「「「「魔物寄せ!?」」」」」」
「クソッ!!」
男はミクが真相を知っているとして大暴れし始めたが、肉塊のパワーに対抗できる筈が無い。周囲の奴等も慌ててギルドや王都守備兵の所に行き、人を呼びに行ってくれた。
「呼びに行ってくれた奴等が居るから、周りの警戒をお願い! もしかしたらだけど、コイツを消しに来る奴等がいるかもしれない。周りを警戒して! これはゴールダームの探索者への攻撃である可能性が高い!」
「「「「なに!?」」」」
「何処の国のもんだコイツ! ふざけやがって!! 魔物寄せって事は、完全にオレ達を殺す気じゃねえか!!」
「ウググググ……。ハッ! 騙されるバカが悪いんだよ!! ゴールダームにはバカしかいねえ!!」
「あんだと、てめぇ!!」
「止めろ! こいつは抜けられないから怒らせようと挑発してるだけ! それに乗る方がマヌケだ! 押さえつけられてる程度のヤツの言う事など、いちいち聞くな!!」
「あっ!? そういう事かよ!」
「チッ! くっそ………!」
「いつまでも抜けられないから、焦ってるのよ、コイツ。だから挑発して自分を殴らせたり蹴らせたりする事で、私の力から抜けようとしてるの。その程度なのよ」
「けっ、成る程な。こすっからいヤツだぜ! それより魔物寄せってどういうこった?」
「一昨日と昨日、<鮮烈の色>はダンジョンで驚くほどの魔物に襲われてたそうよ。で、私の相方が怪しい飲み物の匂いを嗅いだら、魔物寄せだって分かったの。何でも古い時代のレシピらしいんだけど、強力な魔物寄せなんだって」
「おいおい。新しいんじゃなくて、古い物なのかよ……」
「原液だと強力で魔物の引き寄せ効果は無いらしいんだけど、薄めると魔物を強く引き寄せるんだってさ。それを混ぜて飲ませて、体から魔物寄せの臭いが出るようにしてるらしい。だから飲んだ人は今日、ダンジョンに行かない方が良い。物凄く魔物に襲われるよ?」
「げっ!? マジかよ!」
周りで聞いていた、魔物寄せを飲んでしまった者達も愕然とした顔をしている。探索者は宵越しの銭は持たないとまでは言わないが、それに近しい者達が多いのだ。
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この事に関しては、ある意味で仕方がないと言える事でもある。明日死ぬかもしれない仕事であり、死んでしまうなら、お金を持っていても無駄でしかない。だからこそ派手にパーッと使う者が多いのだ。
実際、30年以上探索者が出来るのは一握りの者だけであり、大半の者はそれまでに死ぬ。30年は長いと思うかもしれないが、長寿の種族を合わせてもそんなものなのだ。ハッキリ言って短い。
もちろん死亡の原因は魔物に殺されるだけではない。日頃の不摂生や酒の飲み過ぎ、魔物との戦いの怪我や病気での死亡も含まれる。とはいえ、探索者というのは長生きできない仕事であるのは事実だ。
だからこそ多くの者は派手に金を使い、今を生きる。それだけ死にやすい仕事をしているとなれば致し方ない部分はあろう。更に言えば、そういう者達が派手にお金を使う事でゴールダームが潤っているのも事実なのだ。そこは否定出来ない。
魔物を駆除する仕事は絶対に必要であり、それをしているのは各国共通で、軍ではなく探索者なのだ。素行の悪い者も多いのだが、その反面、金を落としてくれているのも紛れもない事実。
だからこそ、彼らは社会に受け入れられている。
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大勢の足音がミクの居るダンジョン前近くに向かってくるのが聞こえる。そろそろギルドの者か王都守備兵が来たのかと思ったら、現れたのはラーディオンだった。他にも<竜の牙>と<鮮烈の色>も居る。
既にそれなりの時間になっていたのか、それともこの2組は朝から動いているのだろうか? ミクは早くに起きて動いているが、彼らもそれなりに早いらしい。まあ、この惑星の文化レベルでは、日が昇ると同時に起きる平民は多いのだが。
「はぁ、はぁ、朝っぱらからいきなり過ぎるだろうが。……ふぅ! そいつが魔物寄せを入れた飲みもんを配ってた奴か!!」
「そう。昨日説明したにも関わらず、今日出会うとは思わなかった。第5エリアでお金稼ぎをしようとした矢先にコレだからね。勘弁してほしいよ」
「ハッハッハッハッハッ! そりゃ気の毒だが諦めろ。それよりお前ら、ふん縛って確保しろ! 絶対に逃がすんじゃねえぞ!!」
「「「おう!!」」」
勢い良く縛り始めたのは、ガルツォ、ジュード、バッズである。何故か今日はミクに対する警戒をしていないバッズ。その事を不思議に思いながらも、縛る邪魔にならないよう腕や足を押さえておく。
「あっ!? 間違いないよ、コイツだ!! アタシ達に魔物寄せの飲み物を渡したのは、コイツで間違い無い!!」
「本当だ。私も顔を覚えてるけど、こいつだよ! こいつの所為で魔物にメチャクチャ襲われたんだから!!」
どうやら<鮮烈の色>は顔を覚えていたらしい。男は下を向いて黙っているが、「チッ」と小さく舌打ちをしたのをミクは聞き逃さなかった。
どうやら犯人はコイツで確定のようである。




