第3章 外伝 ベリエルの旅路②
消えた船団の各艦は、突出したと同時にあらゆる警報が鳴り響いたことは間違いなかったが、被弾した船は安全圏に跳ばされて、何事もなかった。あとになるが当時そんなことは何もなかったと報告を受けることになる。
そこへ戦闘をしていた宙域を迂回して、小惑星の反対側から探査船は進んだらしい船から連絡が入った。逞しい調査魂だ。
みんなは既にトゥエルブの中に戻っていた。そこに端末からだった。
「こちら小惑星探査船。小惑星へ着陸しました。酸素良好。居住可能惑星です。ですが、問題が一つ」
「どうしたの?」
「地面が金で出来ています。掘り尽くしたら、この小惑星、惑星として保てますか?」
「主ぃ~。やったなぁ」
主の身体を揺すって、はしゃぐルシフェル。
「だって金鉱脈って言ってから金で出来た惑星にしてみただけ。掘り尽くしたら小惑星消滅するだけだから問題ないでしょ。惑星は他にもあるんだから」
陽気に答えた主。他の人たちは突っ伏すしかない。
通常の論点がずれているのである。主は天邪鬼なところがあって、長い付き合いになると慣れることもあるけど、大抵の人は離れていく人もいたのは事実だった。
「主さんには何てお礼していいのかわからないわ」
「僕たちの仲間になってくれると助かるな。老舗情報屋が味方についたら、あれやこれや助かるでしょ」
「本来なら商売ですることだけど、味方じゃなくて仲間でいいの?」
「仲間で。ルシフェルもまた部下と遊べるでしょ。僕は仕事以外何もする気がしないから。今回のような時は宜しくネ」
「いいわ。日頃の鬱憤を晴らすには、いい運動になるし」
「エルもそう、たやすく返事しない」
「またあのときのようなことができるんだから、有り難く頂戴するわ」
「全く困ったやつだ」
「じゃあ、宜しくネ。みなさん」
トゥエルブのエンジンが唸る。あれだけのことをやってのけたのに、それでも船を暖めるのに不十分だったのか、船体は小惑星からの軌道を外れ、小惑星の裏側に存在する大星雲に向けて進路を取った。
惑星を中心に広がる塵を抜けて、通り過ぎることにはなるが、十分に船体を暖めたトゥエルブには問題がなかった。
「それよりベリエル?自分の船団に戻らないのか?」
「私も一緒に行くわ。と言いたいけど、そうも行かないのよ。今回のことが、またあるとも限らないから、お偉方に釘を刺しに行かないとネ」
「戻るのか?」
「じゃあ、主さん、また呼んでね」
「うん。わかった」
それでベリエルは船内から消えた。
次にベリエルが出現したのは艦長室だった。
「ベリエルさん、びっくりさせないでくださいよ」
バージュが仰け反って、反論する。
艦長室は質素な作りだが、テーブルに調度品、絵画と一通りの物は備わっていた。寝室は隣の部屋に備え付けられている。ここは通常どこかへ出掛けるための船で、今回もそのはずだったところへ、総指揮の拝命を受けたこともあり、バージュがこの部屋を使うことになった。
ベリエルが戻ったことで、その辺どうなるか今度のベリエル次第だが、ベリエルはどこでも良いと考えていた。
ただ端末だけが問題だった。端末は特別仕様であらゆる回線の大元にしてあったのだ。ルシフェルたちとは心の会話で話がつくけど、一般人はそうはいかない。どうしても、ここの回線が必要になる。
「バージュ、あちこちへの連絡もしてみる?」
「えっ!それは何かの試練ですか?それとも甘い誘惑ですか?」
「艦長室の端末が必要なんだけど、司令官としてあなたを任命した手前、私が使うわけ行かないじゃない。だから言ってるの」
「私は副長室で十分です。ベリエルさんが使ってください」
「でも私、ずっとは居られないわよ。仕事あるから」
「わかっています。その後は任命官として使わせて貰います。ベリエルさんへの直通もここからなら可能なんですよね?」
「わかったわ、あとでこの端末にも私宛のアドレス入れておくから。今後は必要になるかもしれないし」
「お願いします。では私は副長室へ」
「ごめんね」
「いいってことですよ」
そう言ってバージュは艦長室をあとにした。ベリエルは早速、端末に飛びついた。まずは自宅の館に、だった。申請時の経緯を聞く必要があるのである。
「誰か居るかしら?」
「お嬢、見物でしたぜ。ありゃあ、どこの軍隊だったです?」
「そのことで申請した者と話したいんだけど、まだ居る?それより何故、そんなこと知ってるのよ」
時間帯のことを気にしての問いかけだった。当然のことながら勤務時間が過ぎてたら、担当者は帰ってしまうからである。
「今、呼びます。トップニュースに流れて、びっくりでさあ」
「あ、ニュースになったの?新宇宙管理局の軍団よ。追い返したわ」
「あの軍団の量をですかい?」
「そうよ。仲間も居たから簡単だったわ」
「あの太客の旦那ですかい?」
「あれで、結構頼りになるのよ。天然だけど」
「そうですかい、いやあ、宇宙ゴミの掃除するのに手間がかかるかと思いやしたぜ」
「そこまで未熟じゃないでしょ。未知の宇宙にワープアウトしてくるぐらいだから」
「突出した船団が重力圏に引っ張られるって、ああいうことを言うんだって思いやしたぐらいですからな」
「留守居役。お呼びですか?」
「お嬢が質問したいとさ。申請時の一切合切を。端末のところまで来い」
「何でしょうか?お館様」
一般の従業員はベリエルのことを館に因んで、お館様と呼んでいる。
「第8惑星の宇宙管理局と、連邦宇宙新宇宙管理局にどんな申請を出したの?」
「言われた通りです。第16宇宙第8惑星のアルファー宙域X258:Y92から第10,000宇宙へ突出可能出入り口発見。申請者は第16宇宙第8惑星地下1,000階層の情報屋ベリエル。申請目的プライベート宇宙。と」
「プライベート宇宙と確かに伝えたのね?」
「はい。それと第10,000宇宙へ突出したときに判明したポイントも改めて申請してあります。」
「仕事に戻っていいわ」
「わかりました」
それで、端末モニターに会釈して、退室していった。
「ちゃんと伝えて、この有様?」
「それだけ新宇宙には旨みの出る品物なんですよ。管理局としてみたら」
「確かにね、惑星1個申請が来ただけでも利益がうなぎ登りだし。気持ち的にはわからないわけじゃないけど。発見者の権利は優先されるべきよね」
「そうですな。颯希さんという方とはどんな関係なんすかって、…といけねえ、聞いちゃ拙かったですな」
「颯希のこと?いいわよ、別に。あなたは知ってるでしょ。私のランク」
「へい、知ったときはまさかと思いやした。第7位に位置する堕天使とは。あっしなんて13番目ですからな。下から数えた方が早い」
「颯希も堕天使よ。でもね、堕天使の中でもランクがあるの。颯希は堕天使の中では最上級。彼は私の元上官よ。その彼が今では歌手家業に精を出しているけどね」
「最上級ランクの堕天使ってえと、神に匹敵するんじゃ?」
「そうよ。でも彼は私たちの味方をしてくれて、地獄へ一緒に堕ちてくれたわ。私には返せないほどの恩義があるのよ」
「遙か昔の言い伝えですな。かつて神に挑んだ者ありって奴ですね」
「そんなことになってるの?言い伝えなんて」
「はい、それだけ天使族の反乱は各種族に衝撃を与えやした」
「今後、彼らから要請があれば私はどこへでも行くわ」
「了解しやした。で、1宇宙を隠してた御仁はどうなんです?」
「一樹さんのこと?颯希の運命の相手よ。ランクは最上級よ」
留守居役の目が見開いた。あっさりランクを言ってきたことへの驚きである。
「最上級って、あの最上級ですか?」
「最上級は一つしかないわよ」
「でも、あっしなんかにあっさり言って大丈夫なんすか?」
「私はあなたを信頼と信用をして話してるんだけど?」
「あっしは誰にも言っては?」
「死にたくなければ」
「お嬢もお人が悪い」
冷や汗ものではあるが留守居役はベリエルのことを益々好きになった。自分をそれだけ信じて言ってくれたことへの返礼はしなくちゃならないと思ったからである。
「本店の留守居役ですからね、あなたは。それぐらいの情報管理はしてもらわないと。もし私に何かあったときのための保険だと思って」
「縁起の悪いこと言わんでください。この情報屋はお嬢でもってるんですから」
「分かったわよ。今後、私が留守の時は執務室使って、各支社に通達を出して欲しいんだけど、出来るかしら」
「挑戦させて頂きます。お嬢が自由でいられるためですからな」
「そんなにも気負わなくていいわよ。気楽がモットーでしょ?」
「迅速かつ実直に、それでいて気軽に気楽に仕事を楽しみましょう、でしたな。わははは」
「そうよ。どんな些細な情報を取り扱う老舗情報屋、それが当館の売りよ」
「わかりやした。お嬢、お気をつけて」
「わかってるわ。じゃあ、あとお願い」
通信を終えたベリエル。秘密の共有者になってくれるかは、今後次第。もし…いや考えるのはよそうとベリエルは思った。留守居役は極わずかに残った開店当初の役員だった。それだけ期待も大きい。
ときはしばし、さかのぼる。
管理局の船団は、重力圏に入っての突出だったため、艦内にはけたたましい警報が鳴り響いた。
「この警報は何だ?どうした?」
「第8惑星の重力圏に突出。重力に引っ張られています」
船体が軋む中の攻防。
「なにぃいいい!?全速力全開させろ。何としても重力圏を突破しろ」
「了解、全速力全開」
「ナリス、戦闘報告せよ。なぜ敗北した。エルフ族だろう?」
「エルフ族は12位なのに対して、相手はランク7位の堕天使。太刀打ちできません。相手一人でエルフ族何万にも匹敵します。そして最後に出てきて御仁は12枚の光り輝く翼の持ち主」
「12枚の翼?それがどうした?」
「言い伝えでは、神にもランクがあり、その中の頂点は12枚の光り輝く翼の主。です。つまりランク1位が控えていたことを意味します」
「ランク1位だと。そんなのおとぎ話にすぎんだろう。そもそも神とは人間族が信仰するのに作り出した虚像にすぎない」
ナリスは頭を振った。何も分かってないのである、この指揮官は。種族ランクの意味すらはき違えているかもしれないと思った。
ハデス総指揮官、今回の調査船団の旗艦艦長。人間族で、あまりいい評判はなかったが、戦術的艦隊戦においてはある程度の評価のある男だった。
「神は神でしかない。次に天使族として数えれば良い。そうだろ?」
「しかし、それでは連邦宇宙の種族ランキングに反します」
「では聞くが、どの神がどのランクに位置してるか述べてみたまえ」
「そ、それは…詳細な記述がないため、わかりません」
「では言い伝えを鵜呑みにして、ヘマしたらどう釈明する?」
「ですが!」
「もう良い、今回の失態の責任は取って貰う。後方艦隊の指揮を執りたまえ」
それは降格を意味する。早い話が左遷である。
「通信士、後方艦隊へ打電」
「了解、本日本時刻をもって、ナリス副官の後方艦隊の指揮官として派遣する」
ナリスはそれだけ聞いて、退出していった。向かう先は格納庫だ。そこに小型シャトルが納められている。それに乗って、後方へ行くことになった。
ここで整理してみよう。この艦隊は今、重力圏にある。下手すれば小型シャトルの推進機関では太刀打ちできないかもしれない。そうなれば燃え尽きるのみである。
もしかしたら敗戦の責任を取らされる形にされたと、船員たちが思うかもしれない。だとしたら何としても後方艦隊へ辿り着く必要に迫られたナリスであった。
また後方艦隊の旗艦では、この一報を受け、ブリッジにいた船員が騒めいた。
「艦長。どうします?」
「副官ともなると、我々より立場が上では?」
「どうすることもできまい。ハデス総指揮の指示だからな」
「しかし、ナリス副官ともなると、先の戦闘で肉弾戦での功労者なのでは?負けはしましたが、最上級ランク相手での善戦言えるべきです」
「だとしても、そうこれは左遷に他ならない」
ナリス副官…全艦隊総指揮ハデスの部下に位置する。つまりナリスは全艦隊の副官なのである。ハデスの次に指揮権がある。ましては他種族の部下である。何が言いたいか、誰にでもわかる図式であった。
ハデスは何かにつけて人間族のランク付けが、低いことを根に持っていた。根に持っても仕方がないのだが、なにせ連邦宇宙での決まり事なのである。
その心の内を主は感じ取り、主力艦隊を重力圏に、そしてそのほかの艦隊を安全圏へ転移させたのであった。
一方、ベリエルは端末で悪戦苦闘していた。連邦の新宇宙探査機関申請課に問い合わせしてみたところ、その案件は新宇宙管理局に移されたと聞かされ、再度問い合わせすると、今度はそれが連邦の情報局並びに大統領府未開発宇宙管理事業部へ回されたと聞いたのだった。
つまりである、大統領府の関与が見え始めたのであった。
ベリエルは頭を掻いた。埒があかないのである。あっちへ問い合わせたら、こっちへ問い合わせたら向こうなのである。
ベリエルは立ち上がった。バージュに連絡を取り、第8惑星の港へ転移した。
そこで前もって調べておいた最速の外航宇宙船の船長に連絡を入れた。その船長も過去に何度かベリエルの館を利用したことのある人だった。
「船長、久しぶりね」
腕輪型の通信機に向かって声をかけた。
「これはこれはベリエル殿。今回はどのような情報を?」
「情報ではなく、私を第758宇宙第68惑星アズライールまで送ってもらえない?」
「連邦の本星ですか?」
「はい。出来ますか?」
「ベリエルさんたってのお願いですからな。断ることも出来ません」
「じゃあ、お願い。今どの辺にいるのかしら?」
「第15宇宙第97惑星付近です。第8惑星へは早くても小一時間はかかります」
「さすがね、じゃあ、待ってるわ」
ベリエルは時間を無駄にはしなかった。空いた時間を使って、各方面に通達を出していた。ベリエルは館の主としても、従業員の手本になるべく務めている。
「ハウンド、あれからどう?」
まずベリエルは留守居役に連絡を取った。
「はい、どうもいきやせん。バージュから連絡を受けて、お嬢の案件を引き継いだのはいいんですが、たらい回しですさあ」
「情報を与えないと見るべきかしらね、情報屋に」
「そうですな。どこも来て欲しくないと思っている節が見受けられます」
「やっぱり本星に乗り込むしかないわね」
「連邦のですかい?」
「そうよ。他にも進んだ案件はある?」
「オベリスク関連が2件、第58宇宙398惑星の衛星都市新名古屋にサイレント美術館、第348宇宙第1惑星の地下鉱脈に存在するとのこと」
「ありがとう。それを待ってたわ」
「部署の長に誰を置きやす?」
「任せるわ」
「わかりやした」
通信を切ったベリエルは、調査船団の艦長室へ出現した。例によって、バージュが端末に向いて仕事をしていた。
「バージュ、ちょっと居座るけど、口出しはしないわ」
といって、壁にもたれると瞑想に入った。その様子をバージュは見て、黙って続きの仕事をした。
(ルシフェル、いる?)
(ベリエル、どうした?)
(まだ10,000宇宙?)
(そうだけど、何かあったか?)
(オベリスクを見つけたわ)
(どこだ?)
ベリエルはさっき仕入れたばかりの情報をルシフェルに伝えた。
(サンキュー、じゃあな)
(気をつけて)
一緒に行きたい気持ちを、グッと堪えたベリエル。
(ああ、わかってる)
通信が切れる。寂しい思いが募る。あの体験を再び出来るという高揚感が拭えない。心から魔族になった気がした。天使の祝福と確かに違う気持ち。堕天しても変わらないと思っていたが、そうではないものがふつふつと感じられた。
ナリスの乗った小型シャトルは重力圏を何とか無事に航行し、後方艦隊の旗艦に辿り着いた。格納庫から見取り図を手に進んでいく。はしごを登り、階段をあげる。通路を挟んでブリッジへと続く通路をひたすら歩く。
「ナリス副官、着任おめでとうございます」
何も知らない通路ですれ違った船員が敬礼とともに挨拶をしてきた。ナリスが着艦するまで動くことを許されなかった後方旗艦。ただ前方の主力艦隊の惨状を目の辺りにしたとき、後方で良かったと胸を撫で下ろした船員もいたのは確かである。
「ナリス准将、お待ちしておりました。艦長席へ」
「いえ、お構いなく。私は敗戦の将です」
「しかし、階級では」
「では私があなたを後方艦隊司令官として任命します。今まで通り任務を遂行されたし」
「…………」
艦長以下艦橋にいた船員全員が唖然とした。
「返事はどうした?」
「ハッ!では拝命させて頂きます」
「私は補助席で艦隊を見守る」
呆気ない交代劇である。指揮官として着艦したのに、それを放棄したに等しい。ま、やることは管理局のある星に艦隊を戻すだけなのだが。
ナリスは考えにふけった、初めて目の辺りにした最上級ランク者。12枚の光り輝く翼の持ち主。物凄い威圧感、とても太刀打ちできるとは思わなかった。それでだけ最上級ランク者の実力は半端ない物だと実感していた。
その頃、ルシフェルは主に甘えていた。背中から羽交い締めで抱きついている様を他の二人は眺めていた。
「どういう甘え方なんだ?」
「いいだろ。別に」
羽交い締めをとくと、今度は主の膝にちょこんと座る。足をブラブラさせて、身体は主に凭れ掛かる。
「颯希、ちょっと」
「ん?何?」
「宇宙の大海原見ないの?」
「どれも一緒」
「それはそうだけど。ちょっとは見ない?」
「メインモニターに映ってる。それだけでも圧巻」
主は主で、ルシフェルの腰に腕を回して、もたれ掛かっているルシフェルの背に顔を押しつけている。
それを見せられたベルゼブブは、堪らなくルシフェルに抱きつきたい衝動に駆られた。それだけ思いが強いのである。それでもそこをグッと堪え、拳を握り締めた。
次は第58宇宙。長い旅である。現在が第16宇宙に突出したのはいいが、主の体力を考慮にいれ、転移させずトゥエルブでの通常航行している。
トゥエルブはトゥエルブで、最短コースを割り出し、一人で亜空間航行を連続運転している。耐久性に強いトゥエルブの船体がそれでも震えた。
「あ、主?」
「なに?颯希」
「次のところ行く前に、今までのところ破壊しなくてもいいのか?」
「どっちもどっちじゃない?」
「そうなのか?」
「聞いた話では、どちらもラーへのマナ供給の装置だと思えるからね。それより魂の欠片集めの方が優先すべき事柄だよ」
「そうだよな。やっぱ主の頭は回転が速いな」
「ありがとう」
甘ったるい仲を見せつけられた二人は、顔を覆った。トゥエルブは航行に専念し、ベルゼブブは退室して、別の部屋で寛ぐことにした。
船は第16宇宙に別れを告げ、第19宇宙へ乗り出したのであった。
ベリエルが予約した快速船は、特別客室に加えて、一等から三等客室まである普通の作りの物だった。一つだけ違うのが最先端技術によって確立された、マナを供給源とする推進機関が搭載されていることだ。
従来の水素供給ターミナルを経由することなく運航できるが、その分、初期投資が半端ないと噂されている。
それが搭乗口ゲートに音もなく接舷された。先端は丸みを帯びて細長い船体をしている。全宇宙一の快速客船をモットーに船長以下仕事に励んでいる。その船長が搭乗口へ降りてくれていた。
長身ですらりとしていても均整のとれた肉体の若手船長。イケメンであるが故に女性客が多い。今回、搭乗口へ降りてきたのはひとえにお客がベリエルだからである。
「お待たせしました。ベリエル殿」
「船長自ら出迎えにこなくても」
「そうはいきません。とっておきの情報を仕入れるためならば、どんなことでも、です」
「ないわよ。そんなの。全宇宙一を歌う快速船の話ぐらいしか」
「うちとは別のですか?」
「そうよ」
「それは是非、伺いたい」
二人はブリッジへ向かわず、船長室へ入っていった。操縦は操舵手が安全に運航しているため、切羽詰まったとき以外は船長室で執務を行っている。
豪奢な作りのソファーではなく、質素なソファーに二人は腰掛けた。調度品にお金を賭けることをしないこの若き船長は、推進機関へとその資金を注ぐことでも知られている。
「相変わらず、質素なのね」
「はい、最新技術の推進機関ですから。設備にかなりかかりました」
「そうらしいわね。でも入港時は静かだったわ」
「その辺も売りなんですよ。水素エンジンですら、音はしますから。それよりも」
「わかってるわよ。快速船の話ね。話は簡単。正式航路を跳んでいない可能性のある船ってだけよ」
「それ売りに出来ますか?」
「違法ではないから」
「申請する、しない、は発見者の判断ですけど」
「申請しても意味のないポイントもあるわ」
「それらを拾っているとでも?」
「それもあるかもしれないわね、あり得ない航路なのよ」
「例えば?」
「そうね、16宇宙から146宇宙をワンポイントで跳べる?」
「それは無理です。16宇宙から行けるのは、19宇宙、23宇宙、7宇宙、38宇宙しかないんですよ?」
「跳んだそうよ。その船は」
「マジな話?」
「情報屋が嘘言ってどうするのよ」
「ってことは探せば、そのポイントがあるってことですよね?」
「そうなるわね。ハンターでも雇う?」
「それも手ですが、近々魔導転移装置がお披露目されるでしょうから、そっち待ちでしょうか?」
「あら、そんなのも出来るのね。困ったわね」
猫耳族の船長の耳がピクリと反応した。
「それはベリエルさんも転移出来るのですか?」
「そうよ。やってみてもいいかしら。次の予定航路先は38でいいのかしら?」
「いえ、その前に23の459惑星」
「じゃあ、行きましょうか?」
船長の手を取って、ベリエルは操縦室へ転移して見せた。
瞬きしてる間に船長は操縦室へいた。操舵手以下クルーが驚きを隠せないのである。一番困ったのは搭載してあるAIなのである。
「私はミスを犯しましたが、その原因が理解できていません。洗浄の必要性があります」
「ないわよ。これは特例。それで認識しなさない」
「………………」
「AIミスショット、返事は?」
「…………御意」
「マジか?何者この女人は」
「初めての人にミスショットが従うなんて」
「この人はベリエルさん。老舗の情報屋だ」
「いつもお世話なってま~す」
情報屋と知って、長耳族の操舵手と犬耳族の航海士が揃って挨拶した。ピクリピクリと耳が反応するので見ていると可愛く思えてくるベリエルだった。
「ミスショット、これから転移魔法でジャンプするわよ。推進機関切りなさい」
「それは出来ません。航路を跳ぶことが出来なくなります」
「ちょっと間でいいわ。いい子だから、ね」
「……………御意」
で、ホントにエンジンを切ったのである。
「航海士、今のポイントは?」
「第16宇宙ガンマ宙域X248:Y56」
「ポイント確認して」
「第23宇宙ベータ宙域X563:Y223。第459惑星まで10分足らずで着きます」
「ミスショット、エンジン稼働」
「エンジン稼働率100%運航開始」
「マジ?」
「何が起きた?」
「転移装置が各惑星に設置されるといいわね」
「これが転移魔法ですか?」
「そうよ。楽でしょ。ただ頻繁には出来ないのよ」
「身体に負担がかかりますか?」
「私の場合は、マナの欠乏症に等しいわ。極度に使うから」
「上位種なら、また違ってくるんですか?」
「そうね。それだけマナの使用量も多いでしょうから。じゃあ私は休ませて貰うわね」
「はい。ご苦労様でした。客室は特別客室でしたね」
ベリエルが退出しようとした際に、ミスショットが警報を鳴らした。
「当船はロックオンされました」
「どういうこと?」
ベリエルが振り向く。
「警備船アルカディアより緊急回線が入っています」
「開いて」
船長の代わりにベリエルが答えた。緊迫の走るシーン。ベリエルの答え次第では一悶着あるかもしれない。
「こちら警備船アルカディア、現在、459惑星への航路は遺物処理のため、片側通行となっている。貴船は未申告のポイントを使用した疑いもある。停船されたし」
「あちゃあああ。船長やっかいなことになりませんか?」
「なるでしょうね。私が対応しても?」
「はい、お任せいたします」
「こちら快速船ミスショットのベリエル、警備船アルカディアの担当者は誰?」
「こちら警備船アルカディア、警備主任の鎹です」
「鎹さん、これはどういうこと?警告もなしにロックオンって?」
「申し訳ありません。担当が早まったことをしでかしまして」
「なら、外して頂けない?」
「停船に応じるなら」
「ミスショット、エンジン停止して頂戴」
「了解、エンジン停止」
指揮権を船長から委任されていることもあり、ミスショットはベリエルの指示に素直に従った。
「これでいいかしら?」
「応じてくださりありがとうございます。これより貴船に接舷し、調査隊の派遣を了承して頂きたく存じます」
「この船に乗り込む気?」
「はい。AIシステムの記録媒体を見せて頂きます」
「そんなの見なくてもポイントなら教えるわよ」
「嘘偽りないと言える物でなくてはなりません」
「情報屋ベリエルの情報は信用ないとおっしゃる?」
「情報屋ベリエル?どこの情報屋ですか?」
船長以下クルーが突っ伏した。老舗中の老舗情報屋をしらないのである。
「第16宇宙の第8惑星地下1,000階層のベリエルの館ですけど」
皮肉交じりのベリエルの回答にも、キョトン顔の鎹。
「申し訳ありません、そのような輩の言うことを信じろと言う方が無理です。媒体と照らし合わせて、後日、連邦宇宙航路警備局50宇宙方面課へ出頭してください」
「そんなことしてられないわよ」
「でしたら曳航するまでです」
「断ると言ったら?」
「ロックオンされていることをお忘れなく?」
「あら、停船で解除されたのでは?」
「すぐに再始動できますよ」
「ロックオンされました」
ミスショットが答えた、いとも簡単にロックされたのである。船長としては船第一に考えて欲しいと思ったが、何も言わなかった。
ベリエルが何者かを知っているが故である。それだけ信任が厚い。それだけだった。
「多重防御障壁展開」
ミスショットに防御魔法を展開させた。呪文に関しては隠さず、端末のマイクに向けて唱えた。だから相手が誰であれ、魔法種族がいると存在を示した筈だったが。
「これでそちらの実弾系武器は無効化できたわ。レーザーは一直線ですし、躱せる」
「やってみましょうか?」
「やるだけ無駄よ。魔法種族を舐めないで欲しいわ」
「魔法が全てというわけではあるまい」
ベリエルは頭を振った。肩を竦め、両手を広げて、クルーに示した。
その直後だったミスショットが警報を鳴らしたのである。けたたましい音が船橋に響いた。相手の本気度が見て窺える。
「ミサイル群多数、追尾してきます」
「障壁に当たった時点で爆発が起こるから心配しないで、船長はレーザー攻撃に対応していて」
「了解」
「障壁は爆発とともに修復するわ。これで何度攻撃されても大丈夫よ。ちょっと外に出てくるわね」
真っ暗な宇宙空間、新鮮なマナが豊富に溢れている場所でもある。転移魔法で欠乏した分を補い、体調が復調したことを受け、船外に出たベリエルは修復魔法を展開させた。そして羽矢をイメージ。ビジョンで映像が出された警備船に向けて、放ったのだった
羽矢自体が転移魔法で跳んでいく武器である。放った直後に結果がわかる。警備船の一部に火花が散った。これである程度は航行不能になっているはずである。放った場所は相手の船の推進機関、後部を狙っての攻撃なのだから。
それでも尚、攻撃が止まなかった。持てる全てを出し切るかのような攻撃の仕方だった。最後の実弾系武器の爆発を見て、ベリエルは船内へと戻っていった。
「警備船アルカディアより非公式回線で通信文を受信。魚を逃がす茶番に付き合い下さりありがとうございます」
「アルカディアに打電、逃がした魚は大きいわよ。一応、座標ね。十分に調べて」
肩口でカールしている髪を手でかきあげ、乱れた服装を直したベリエル。
「推進機関に被弾、視界不良で追えず。貴重な情報感謝する」
エンジンに被害を被ったことと宇宙ゴミが多いことを意味する。そのゴミを増やす結果になったのが、先の戦闘なのだが、おくびにも出さずに答えてくる。
「鎹さんね。喰えないお人らしいわね」
「お疲れ様でした、このお礼はどのようにしたら宜しいのか?」
「別にいいわよ。原因が私の転移魔法なんだから。それよりどこも悪いところないわよね?」
「はい。爆発は船外からかなり離れたところだったので、爆風で少し揺れたぐらいです」
「なら航行に問題はないわね」
「はい。良好です」
「接舷まで何分?」
「そうでした。これより向かいます」
「迅速に、がモットーでしょうに」
「そうでした。そうでした」
全員、変な緊張から解放されたことで自然と笑いがこぼれた。
宇宙は広い、どこで何があるか分からない。誰と出会い、誰と別れるのか、それが必然なのか、偶然なのか、それは誰にも分からない。そこが人生において楽しみの一つなのかもしれない。
現在、第23宇宙第459惑星の航路上にいるベリエルたち。まだ遙か遠く位置する第758宇宙までの旅路はこのような滑り出しであった。この先、幾度の戦闘に見舞われるかわからないが、戦闘系のベリエルは胸を躍らせた。
ルシフェルたちの動向も気になるところではあるが、ベリエルはベリエルでやることをやりに行く。そこを質さなくてはハンターたちの役目が瓦解するのである。新宇宙新惑星の発見が彼らの役目、生業としている。入る場所はあれど、どこに抜けるのか分からない亜空間ですら、彼らは跳び込む。
帰らぬ人も居るであろうが、見つければ、それだけでも億万長者の仲間入りである。何もしなくても食って行ける。そんな業界だ。
一度見つけると、その発見時の喜びを再度、味わいたくなる衝動にかられる。そんな輩がハンターとしての生業としている人も多い。だから一攫千金を取ったとしても止められない。
その中でも唯一と言わざる得ない人とベリエルは出会うことになる。その話はまたの機会に話すとしよう。今回はこれにて。
第4章へ続く。




