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第1章トゥエルブ発進②

「なになに?あ、ホントだぁ。颯希に迅人まで。他のメンバーは?」

 こうなったらお手上げである。逃げようにも周りは住民&観光客、地元名古屋のルシフェルにしてみたら、逃げるところどころでファンに遭遇する機会の方が多いと思われた。

「あちゃあ」

 ベルゼブブが顔を覆った。

 すでに半円以上は端末を片手に撮影に没頭。手を振って、とばかりに自らが手を振ってくる観光客。

「手を振ってる場合か!どうする?」

「もう遅い。名古屋だけに和やかに行こうぜ」

「…笑えない駄洒落だな」

 ルシフェルは小さくなった。滑ったのである。

「和やかね」

 ベルゼブブも手を振って、時にはポーズまでサービスしている。この辺も本物の迅人とノリが一緒なのだ。たまに間違えそうになるのだが、心が違うと叫ぶんだ。だから似たような人にあっても声をかけることがない。

「迅人ぉー、こっち向いて」

「颯希ぃー。こっち向いてくれない」

 多種多様のお願い事が黄色い声援と一緒に振ってくる。少しずつ完成しつつあった円から脱出を試みている。少しずつ歩き、止まってポーズして、歩きながら手を振ってと。

「脱出できそうか?」

「あとちょっと」

 小声でやりとり、じゃないと聞えてしまう。

 同じ円線上に来た時がチャンスだ。

「今だ」

「わかった」

 二人は完全に囲まれる前に、その場から脱出した。一目散に逃げたのである。ファンも心得ているので、追ってくるという愚かな行為はしない。

それでも二人は駆け出した。ルシファーを助け出すためにも一刻の猶予もない。もしアレがルシフェルの予想通りなら、地底のオベリスクから抽出したマナを上空の球体へ送っているのなら、ルシファーの生命に危険をもたらすかもしれない。

「市庁舎ってどこだ?」

「はい!?」

「中区三の丸です」

「サンキュー、トゥエルブ」

「どういたしまして」

 と同時に転移魔法を発動。人知れずに消えて、市庁舎裏手にでることに成功した。

 ルシフェルが転移まで使って急いだのには訳があった。ルシファーの生命危機もあるが、市のトップにお願いすることがある。ネオ名古屋駅上空の人工物を撃破したのはいいが、破片は間違いなく地上に降り注ぐ。そこの人々が危険なのである。助ける義理はないが、後味が悪いことこの上ない。

「トップに逢う」

「俺も、だろ?」

「悪いな」

「いいって。俺は今、SOUSEIのメンバー迅人だからな」

 本庁舎は底辺の中心点から垂直に階数を伸ばした感じの作りになっている。裏手から表に回る。平日の昼間、市庁舎へ出向く人は多い。職員なら尚更、名古屋出身の颯希には目がない。颯爽と歩くルシフェルに目を奪われ、立ち尽くす。後ろから歩いてきた人とぶつかり、我に返る。

「颯希だー」

「ホントだ。迅人も居る」

 その一声でたちまち周りに人だかりが出来始めた。

「なになに?ロケ?」

「ここで?そんな話聞いてない。用かしら?」

 そのルシフェルが気付き、その職員のもとへ向きを変えたから大変。何が大変って、その職員が、である。対応を間違えれば、即別の人のところへ行ってしまう。

「ちょっとこっち来るわよ」

「あなたがやって?」

「いい。私は遠くから見る派だから頼むわね」

「ちょっと」

 ルシフェル降臨。にっこりスマイル。営業用とかじゃなくて、自然に出た笑顔である。演技もできるが普段は自然に任せている。

「市長さんって今、ご滞在していますか?」

「3Fの執務室にいらっしゃいます」

「ありがとう」

 女性の項あたりに手を添え、引き付けてからの耳元へのお礼の挨拶である。ファンじゃなくても、これだけのイケメンに、そんなことされたら骨抜き状態でへなへなと座り込んでしまう。

 小声で女ったらし、と突っ込まれた。ベルゼブブの場合、嫌味でなく、俺というものが居ながらという意味である。反論する気も失せる。

「迅人、行くぞ」

 少し離れたところからは、一気に3Fまで駆け上った。多少、息が荒いが執務室の扉の前までやってきた。

「誰だね?」

 少し間を置いて、返答した。

「アイドルグループSOUSEIのメンバー颯希といいます」

 早々と扉が開かれた。芸能界が送った称号・元祖センター王を持つ人の来訪である。市庁舎すべての職員を並べてもいいぐらいの勢いで、秘書らと内務官たちが並んだ。

「アポを取らずに申し訳ありません」

 素直に頭を下げたルシフェルに対して、市長は暖かく手を差し伸べてくれた。握手を交わした後、市長の勧めでソファーに座らせてもらった。

「いえいえ、構いません。それでどういった御用でしょう?」

「先日、名古屋駅上空を飛行艇で飛んでいたら人工物が浮遊していたんですが、アレは何ですか?」

 市長が首を捻って、内務官を呼んだ。内務官も何のことか分からず、場を辞する形で机に戻っていった。それから調べに調べても何も出てこない。内務官が市長へ首を振って応答する。

「市役所が管理してるものじゃなければ、破壊しちゃってもいいですか?」

「は、破壊ですと!?」

「はい。このネオ名古屋市は第1宇宙の名古屋市を再現されているのですよね。地元出身者としては許せません」

「はい、もちろんです。それが売りですから。ですが破壊は」

「何故です?」

 ルシフェルは至って、笑顔を絶やさない。それに加え、市長の顔に一筋の汗が伝う。

「上空で破壊ともなると、破片物の落下が危惧されます。ここは我々が調査したのち地上に降ろせるか試してみてからでも遅くないでしょう?」

「壊されると困ることでも?」

「いえ、そんなことはありません。破片部分の落下です。大きい物でも落ちてきたら避難する暇がありません。なにとぞ、早まった考えはおやめ下さい」

 ハンカチで汗を拭う市長である。内務官たちはどんな手を使ってでも調べようとしている。

「映像出ます」

 衛星をぐるりと回る軌道衛星上のカメラから取られたと思われる映像だった。衛星都市なだけあって、この軌道衛星の管理もネオ名古屋市がしているのだろう。なんたってこの天体衛星にはネオ名古屋市しか存在しない。だからネオ名古屋駅は惑星間リニアで他と行き来している状態。あとは宇宙港である。

 ちなみに衛星天体ネオ名古屋駅から西にネオ京都駅が、東にはネオ東京駅がどこか近くの惑星にあるが、今のところ、ルシフェルには興味がない。

「測定。直径100メートルの浮遊物と思われます」

 別の内務官が吠えた。

「焦点拡大!平らな円盤状の浮遊物の中心にオベリスクらしき物体あり!その真上に…なんでしょう…球体らしき物が渦巻いています!」

 訳の分からなくなった市長が、拳に顎を乗せて唸った。

「どうしますか?私個人で所有している外航宇宙船で破壊することができるのですが」

 ルシフェルも強気にはでないで、粘り強く交渉するつもりでいた。

 内務官からは、どうしますか?の一言で市長は決した。

「本来なら、こちらで処理する案件ではありますが、今から補正予算などを議題に通す間が惜しまれます。第1宇宙地球の名古屋市目指すからには、あの物体は大きすぎます。ただこちらが安全ネットを設置するまでお待ちいただけないでしょうか?」

「トゥエルブ聞いたな。破片一つ残らず、全砲門ぶっ放せ!」

「…管理者の指示だから聞くしかないじゃないですか?市長さん許してくださいね。私だけは」

 で、ホントに浮遊物へミサイルが飛んできたのである。

やめろーとは誰も言わない。市長は卒倒して、それに内務官が群がったのだ。

「お前だけ逃げるのか?連れないな」

「言ってみただけです」

 でレーザービーム砲も食らわした。トゥエルブだった。

「それは必要か?」

「レーザーですか?はい。破片を粉々にするのに最適かと

「ミスったら地上にレーザーの雨か?」

「全砲門でしょ?だからレーザーも含まれるかと思いますけど?」

 ルシフェルは首を振った。やれやれだ。誰にも聞こえないようにして、トゥエルブに小声で指示した。

「ミサイル群の映像消しとけ」

「言われるまでもありませんわ」

 眼鏡をキリっとあげ、手には書類を持っていた。あくまで秘書を貫きたいらしい。

 視界が開けてきた。

「無傷ときたか…トゥエルブ、全弾注ぎ込め」

「分かりました。地上に当たったらごめんね。先に謝っておくわね」

「聞いてる奴がいねえよ。市長にかかりきりだ」

 ずっと立って控えていたベルゼブブがここにきて、話に加わった。暇していたのだろう。

ルシフェルの髪を弄り始めた。

「残念です。補償は颯希までで…で……無傷だけどミサイルの破片は……レーザーで何とかするわ」

 と言って映像にレーザー光線が何本も画面を走った。連射機能を使っているのは目に見えていた。ただレーザービームは地上までは伸びなかった。つまりミサイル破片に全弾命中させていることを意味するのだが、称賛する相手がいなかった。

 誰も画面を見ていないのである。秘書たちにはルシフェルがにこやかに手を振って相手をしている。中には見ていた人もいるだろうが、なにが行われているのかを把握するのには至っていないように思われた。

 ルシフェルは最後のレーザーが消えたのを合図に立ち上がった。市長の後ろに陣取り、市長の背中へ膝を当てて、肩を引っ張った。

 蛙が潰れたような声が聞こえたが、誰も気にしていない。

「……そういえば…ミサイルは!?」

「何のことですか?それをする前に市長が倒れられたんですよ?」

 内務官の一人が叫んだ。

「先ほどの映像出ます」

「ミサイルはどうした?」

「録画されていません」

 内心ルシフェルは焦ったが、それを聞いてホッとした。ベルゼブブに言わせれば、忙しい奴である。

 髪弄りを止めないベルゼブブ。

後ろ髪だけなら良しとしたが、顎のラインに手が伸びたところでルシフェルに叩かれたが、気にしないのがベルゼブブである。

「私は確かに…ミサイルが飛んで来て……すみません。記憶が」

「いえ、いいんですよ。お気になされずとも」

「そ、そうですか?」

「はい。では安全ネットを張られましたら、この端末の番号までお願いします」

 といって、トゥエルブの緊急通信番号の書かれたカードを渡した。

「我々もそうしてこそ、思う存分に暴れられるってもんでしょう?」

「そう言って頂ければ幸いです。では後ほど」

「はい。では我々も」

 立ち上がって、みんなで記念撮影をしてから、その場をあとにしたルシフェルたち。

「わざわざありがとうございます。ロビーに飾られてもらいます」

「お好きにどうぞ。では」

 振り向きざまに最後の手を振り、にっこりとして執務室を出た。

(ベル、どういうことだ。親衛隊はどこまで近づけた?)

(親衛隊聞いたな。答えろ)

(報告します。我々はオベリスクの塔近くまで接近しました。間違いありません。そこには何もバリアなどありませんでした)

(わかった。下がれ)

(はい。失礼致します)

「さてと、どうしたもんか?」

「裏手に回ったら、転移で飛んでみるか?」

「どっちへ?」

「上空の浮遊物に」

「どういうところかイメージ出来るだろ?」

「他に似たようなのが無ければな」

 で飛んでみたのである。このときの飛ぶとは転移魔法でのことだ。ドンピシャでオベリスクの塔の間近まで来ることが出来た。

 二人して首を捻る。

 直径100メートルほどある浮遊物の地上。中心点に確かにオベリスクの塔。だが、その上方を見て、凍り付いた。

 逆五芒星のオベリスクなのである。地底にあるのと同じものと推定される。

「すまん、報告ミスだ」

「いい、これで地底のと、同じ連中のものだとわかった。そして、この球体の意味もな」

「やっぱり?」

「ルシファーからマナを吸い取ったものだろう」

「だが、それを誰がどうやって使う?」

 それはルシフェルにも分からない。でも、もう放置できない。時間の経過が過ぎるほど、弟のルシファーは弱っていく。

「放っておくのか?」

 目をキリっと上げ、ベルゼブブに詰め寄るルシフェル。

「そうは言ってない。でもおかしいじゃないか、トゥエルブの攻撃が通用しなかったのに、どうして俺らはいとも簡単に通れた?転移魔法だからか?」

「それもあるかもしれないが。解せないな」

「だろ?」

「トゥエルブ、執務室の映像切って、攻撃できるか?」

「無茶言わないで下さい。全弾使ったのにどこに予備弾が?」

 あああああ、そうだったと項垂れるしかなかったルシフェル。

 塔の周りを歩き始めたルシフェル。あっちってこっち行って、と親指の上に顎を乗せ、考え始めた。そのルシフェルをベルゼブブが止めた。

「お・ち・つ・け!」

 ぺチンと一発脳天におみまいしてやった。

 睨みつけるルシフェル。

「球体を壊そうにもルシファーに危害があると大変だし」

「ルシファーが言ってたろ。転移魔法で宇宙空間へって」

「それしかないのか?」

「全住民どころか市庁舎諸共だから未開発衛星で処理できないか?」

「無理だな。座標でバレる」

「そんじゃ、不可解な事件ってことで、犯人はこんなものを作った連中にくれてやろうぜ」

 ちょっとホッとしたルシフェルだった。自分の混乱しそうだった頭を、こんなことでチャラにしてしまう男が、そばにいたことを神に感謝したいほどだったが、その神に弓引いたのもルシフェル自身だったと自分で呆れた。

「じゃあ地上に戻るか」

 でホントに飛ぶのである。

 ちょっとしたカフェの裏手である。

「腹減ったな」

「そうだな」

「何か食べるか?」

 カフェの入り口から甘いタルトの匂いがした。ルシフェルは甘党である。その匂いに惹かれるように来店した。

「いらっしゃいませ!」

「ちょっと颯希と迅人だ」

 来店を告げた店員と、その後ろに控えていた店員の声だった。それでも先程の店員は騒がず、店内に入ったルシフェルたちをテーブルに案内した。上出来である。

「何か決まったメニューはありますか?なければ、こちらのメニュー表をどうぞ」

「ありがとう」

「なにか決まりましたら、私目にお申し付けください」

「この店内に匂ってるタルトはどんなトッピングのものですか?」

「本日売り出した苺&ベリーの盛り合わせタルトです。地元産の苺とベリーをふんだんに敷き詰めた逸品です」

「じゃあ、俺はそれと紅茶で。迅人はどうする?」

「俺はキリマンジャロコーヒーを、ホットで」

「苺タルト1点、紅茶1点、ホットコーヒー1点ですね。かしこまりました」

 オーダーを聞いた店員が下がっていった。

「ホントにその手しかないのか?」

「やってみようぜ。どこまでうまくいくか分からないが。やって損はないはずだ」

 ルシフェルの前髪をベルゼブブが弄ると、周りがざわついた。絵になる光景である。ファンが見逃すわけがない。あちこちでシャッター音が聞こえてきそうである。聞こえてこないのは、端末技術が発展したからである。

「お待たせしました。紅茶とホットコーヒーです。苺タルトはもう少々お待ちください」

ルシフェルは、はあ、とため息をついた。

 茶葉のいい香りがルシフェルをリラックスさせた。透き通った薄茶色の一般的な茶葉に思えるのだが、何かしら違うように思えた。疲れているせいもあるのだろうか、と思えるぐらいに。

 一口口に含んで、考えが改まった。疲れているせいではないのだ。一般的なものだと思わせて、独自の抽出方法なのだろう。凄く後味がすっきりしていて、飲みやすい。

 一般的なものは苦みが残るので、ルシフェルはあまり買わないでいる。ま、それだけ稼ぎがあるから出来るのではあるが。

 陽気な声が降ってきた。

「お待たせ致しました。当店自慢の盛り合わせ苺&ベリータルトです」

「ちょっといいかな?」

「はい」

 ニコニコ顔の良い笑顔をしていた。思わず手が伸びて、その子の頭を撫でてやった。ちょっと身構えたが、撫でられたことで気を許して、へにゃ~とだらけた笑顔になった。

「これ、凄く美味しかったから、代表して」

 紅茶は指して、平気な顔で、なんてことをするのだろう。

「ありがとうございます」

 締まりのない返事であるが、仕方がない。

「それは当店オリジナルの方法で抽出した紅茶となっております。ですから一般的な色合いではありますが、後味のすっきりさに特化した茶葉となっています」

「ありがとう」

「どういたしまして」

 接客した女の子は、お辞儀をして元の位置に戻ったのである。次に会えるのは会計時なのだろうと、ルシフェルは思っていた。

「すけこまし」

 ぼそりとベルゼブブの小言である。

 チラッと睨んでおしまいにした。

「さてと、どんな味かなぁ~」

 目の前にある盛り合わせタルトに、上機嫌のルシフェルなのである。

頂点の苺をパクリ口に頬張る。ちょっとした酸味と物凄い甘さが口の中に拡がった。満面の笑みが自然とこぼれる。次はタルト生地。がっちり固めたものではなく、サクッとした硬さだった。こぼれないようにフォークをうまく操る。

「美味いよ。これ。迅人もどうだ?」

「んじゃ、いっただきまーす」

「んじゃ、いっただきまーす」

「あ、こら、デカい苺を盗るな」

「勧めたのは颯希だろ」

「そうだけど」

 何か釈然としないルシフェル。フォークを口にくわえたまま、ベルゼブブの取った苺を見送った。

 その後はフォークを伸ばすベルゼブブを、何とか凌いで注文したタルトを死守。最後の一口で口に頬張った。もぐもぐとご満悦のときである。

「旨かった」

「よかったな。んじゃ、腹ごしらえもしたし、行くとするか」

 両腕を天に伸ばし、背伸びをしたベルゼブブ。立ち上がって、腹いせにルシフェルの頭の上に顎を乗せた。

「こら。立ち上がれないだろ」

 両腕を取られて、反撃ができないルシフェル。その光景をファンが見逃さなかった。パシャパシャとライトが点滅する。写真撮影タイムの始まりである。

 疲れた顔のルシフェルは、そのあと会計カウンターへ出向いた。案の定、最初に接客をしてくれた店員が会計も担当してくれた。

「凄く甘くて美味しかった。ありがとう」

「いいえ、喜んでいただいて、当店も嬉しく思います」

「じゃあ、そのままで」

 その女の子をベルゼブブと挟んで、記念撮影をおこなった。取り終えたあと女の子は前髪を弄り、照れていた。可愛いと思ったルシフェルだった。

 その場を離れた二人。

「好みか?」

 ベルゼブブの突っ込みにも余裕で返答。

「喋りが合えばな」

「おお、余裕だな」

「さてと、どこか人通りの少ない路地にでも入るか」

「そだな」

 カフェの通りから大通りに抜けて、反対側の区画の飲食店の路地に入り、そこから人が一人は居れるかぐらいの小道へ入って、二人はしゃがみ込んだ。

 地面に触れて、弟を呼んだ。

(ルシファー居るか?)

(居るよ)

 即座の突っ込み。

(アニキ方法見つかった?俺、なんか怠いんだよ)

 やっぱり。

(おまえ精気が抜かれてるみたいなんだ)

(はぁあ!?じゃあ、このままだとオレ、干からびるのか)

(かもな)

 これはベルゼブブである。いくら仲の良い兄弟でも、ここまでハッキリとは言えない。可哀そうである。

 たしなめるルシフェル。

(今から魔法で使うからな。俺にしがみついてろ)

(わかった)

 地面が盛り上がって、ぴとっとルシフェルの手を握る。ようにルシフェルも感じ取った。

 目で合図を送る。

(行くぞ)

 これで宇宙空間へ突出したのである。転移は魔王クラスになると簡易魔法の一つになるが、ルシフェルの場合、転移と唱えなくても転移ができる。

 ルシフェルの手にあるのは、巨大にしなった半透明の地面である。ルシファーの部分だけを抽出できるかと思ったが、たやすいものではないらしい。

(ルシファー?)

(アニキ、オレの身体は?)

(とりあえず俺の中に入ってろ)

(わかった)

 胸の近くに手を置くと、そこから半透明の巨大な地面の一角からルシフェルの胸へと吸収されるように吸い込まれていった。

「とりあえず全住民惨殺にはならなくて良かったよ」

「そうだな。これからどうする?」

「地底のオベリスクにでもよってみるか?」

「壊せたら壊すか?」

「壊して浮遊物が落ちてこられても困るぞ?」

「その可能性もあるか?じゃあ、安全ネットが張られるまで、お手上げか?」

「ああ、だから他の惑星に行こうと思う」

「あ、えーっと、第16宇宙だっけ?」

「ああ、トゥエルブ合流するぞ、桟橋に係留されてるか」

「ちゃんと戻っています。小さな子供ではないのですから」

「今からそっちへ向かう」

「了解」

 そのトゥエルブの言葉で、ルシフェルたちは搭乗ロビーの個室のトイレへ転移した。それぞれの個室へルシフェルは転移し終えたと思ったが、まずいことが起きた。ベルゼブブも同じ個室へ転移してきたのである。原因はルシフェルの転移に便乗したベルゼブブが、ルシフェルの上着の裾を持っていたのである。これでは同じ所へ突出する。

「ベル!」

「わりぃ。いつもの癖で」

「まったく」

 さて、どうしたものか、気配から察するに、あまり人の出入りは無さそうである。一か八か出てみることにした。

「いくぞ」

「ぉ、おお」

 二人して同じ個室を出た。

 出てビックリ。入り口から入って来た男性と目が合った。チラッと横を見られて、相手の目が細められたが、ルシフェルは気にしないで、微笑んで返した。

 あとは簡単だ。トイレを出て右手がトゥエルブのいる桟橋である。そのまま桟橋に沿っていけばいい。

 船の搭乗口の隠されたボタンを、と探してみるが見つからない。あとで教えてもらおうと思ったルシフェルだった。

「トゥエルブ、開けてくれ」

「了解」

 ウィーンと扉が上へあがる。中へ入って操縦室へ行き、定位置の椅子に座ったルシフェル。

「さてと。トゥエルブ、調査の結果は?」

「10分に1個のペースで1宇宙が出来上がる計算です」

 くいッと、眼鏡を上げて答えたトゥエルブ。あくまで敏腕秘書をやりたいらしい。

「なんだって、そんなことしてんだよ!あいつは」

「それを言われても私にも理解不能。現在第1,076宇宙まで存在。宇宙連邦は加盟処理に追われている状態です」

 そりゃあ、そうである10分で1宇宙が発見されるのである。

 椅子に項垂れ、天を仰いだ。腕で目の上に掲げ、目を瞑る。

主の思惑はなんだ。俺の身代わりになって、何をしようとしている?

(主、答えてくれよ)

 心での交信は名前を言ってから文面を唱えると、その相手に繋がるのである。ルシフェルの知る主に繋がるのである。知らない別の主が居たとしても声は届かない。

(ごめんね、颯希)

(主?)

「どうした?急に黙りこんで」

「ん?」

 ちょっと寂しい気分のルシフェル。運命の相手の居場所が探れない。いつもは邪険にするほど厚かましくじゃれてくるのに、今はそれがない。ずっとそばにいるって言ってくれたのに、それがない。空しくて寂しい気持ち。主と出逢ってからは失われていた感情。

「あいつは何がしたいんだろうな、と思って。俺の身代わりみたいなことまでして。魂の欠片として、何かにプリントされたり。閉じ込められてるのかな?」

「メンバーと一緒にかぁ?」

「ああ」

「それは何のことですか?マスターは颯希の身代わりをしているのですか?」

「ここには脳の記憶を記録する媒体装置はあるか?」

「ありますけど」

「じゃあ、用意してくれ」

「わかりました」

しばらくして、例の小型ロボットがコードの付いたヘルメットを持ってきた。ウィーンと両腕のアームが上がり、ルシフェルに差し出した。

「よっこらっせっと」

ちょっと重たいかと思ったけど、それほどでもなかった。それでも精密機器の塊である。人の脳から送られてきた脳波を分析して、記憶を記録するのである。

 そのヘルメットから送られてきた情報をトゥエルブは瞬時に自分のものにした。

「何ですか!これは」

「俺らも聞きたい」

「さっきの浮遊物と何か関連があるのですか?」

「あるだろうな。水月が囚われていたからな。幽体で」

「水月さんが?」

「水月の本体も探さなくちゃいけないんだけど、トゥエルブ分かる?」

「ごめんなさい。わかりません。でも何かしらの情報があるかもしれないので、ゴシップも含めて、あらゆる分野の記事を収集します」

「お願いする。トゥエルブだけが頼りだ」

「ありがとうございます」

 素直に頭を下げてきた。健気である。

 船は桟橋を離れ、すでに宇宙空間を航行中である。トゥエルブとしての最速の足で第16宇宙へ向けて、舵を切っている。優秀な船である。自分が何をすれば最善かを知っている。

「それでも考えなくちゃな」

「そうだな、ルシフェル」

 ヘルメットを外したルシフェルの髪を弄り始めた。くちゃくちゃにするというより今回は髪をすいている。

「大丈夫だって。みんな見つかる。あの人も。創造主だろ。怖いものなしだろうが」

「そうだけど。あいつ意外とおっちょこちょいだぞ。何をしでかすか、わかったもんじゃないんだ」

 創造の主の下界での仕事…それはSOUSEIの敏腕マネージャー。あいつと知り合ってから前のマネージャーが辞め、急遽、あいつがやっている。正式なマネージャーが現れたら、辞めて颯希の付き人になると言っていた。

 今回、飲み会が行われたのだって、あいつの差し金。ま、あいつなりの親睦会をかけてみたいなことらしいんだけど、確かなことは分からない。皆もあいつも気付いたときは居なくなっていたんだから。一人シフェルだけが残った。また寂しくなるルシフェルである。

「また、そうやって沈み込んだような顔をする。俺じゃ役不足か?」

「ご、ごめん、そんな気はないんだ。でも心にぽっかりとなんだ」

「はいはい。ラブラブだってことは分かったから。今後、どうするんだ?何か手立てでもあるのか」

「ない。とりあえず第16宇宙まで行って、この間のようなことが起きないか、試してみる」

「あの人の分身があると思うのか。次も」

「あいつのことだ。俺に探してほしいハズだ。仲間の魂の欠片のこともあるし」

「そう、その活きだ」

「サンキュー、ベル」

 俺の身代わりになってまで、俺や仲間を救いに走った主。でも原因が主にあるとは、どういうことなのかが、皆目見当がつかない。

 なぜルシファーは囚われた?主からの依頼だと言う。それもネオ名古屋市のオベリスクについてだった。ルシファーは第5宇宙の第6惑星上の衛星天体ネオ名古屋市へ降り立った途端に幽体化して囚われた。幽体の身体は引き延ばされて地面と一体化させられている。実態の肉体については所在が不明ときた。

「トゥエルブ」

「何ですか?」

「最近の主について、何か知ってることは?」

「最近のですか?ありませんけど」

 うーん。ルシフェルは考える。何か見落としてるように思えてならない。主は常に颯希のそばをうろついていた。

 でもツアーやイベント事が立て続けに入った時は、マネージャーとして次の仕事を取ってこなくてはならず、離れたときがある。

 ルシフェルは、気付いた。

「トゥエルブ、主が俺から離れてたときは、どうなっていた?」

「どう、なっていたとはどういうことですか?」

「ごめん、一時もそばを離れたくないあいつが、仕事とはいえ、何日も離れたときはどうしてる?抱き枕でも抱くか?」

「何言っているんですか?幽体でそばに遊びに来ているじゃないですか?」

「幽体で!?見えるのか?」

 それはおかしい。

「何回も実験して習得しました。見えます」

「誰の幽体だ?」

「何言ってるんですか。颯希さんですよ。違うんですか?」

「俺は幽体で主には逢わない。そんなことしなくても呼べば、あいつは来るからな。どんなに忙しくても」

「じゃあ、誰でしょうか?2枚の翼を背に持つイケメン男子で、颯希さんに瓜二つのもう一人?」

「ルシファー?水月か!」

「水月は近寄らない。そもそも魂が違う」

「もう一人居ました」

「誰だ?」

「6枚の翼を背に持つ美形男子。一瞬、女性かと思いましたがマスターが否定しましたから」

「6枚の翼って……まさか」

「他に知ってるか」

 ベルゼブブが顔を覆った。

「大天使長ミカエルかよ」

「どういう繋がりなんだろうな。俺に似た男とミカエル」

 ムッとするルシフェル、かつての部下が主のそばに控えている構図が脳裏にちらつく。首根っこ掴まえて引きずり回しながら、白状させたくなってきた。

「大天使長ミカエル…初めて見ました。あの方なのですね。美しいです」

「俺とどっち?」

 ムスッとしたままである。

「颯希さんファンですよ。私は」

「よろしい」

 操縦席に座りながら、前にある端末の端を、トントンと叩いていた。何かのお偉方になった気分だが、構わなかった。

「創造の主って、どういう奴なんだ?」

「俺にもわかんねえよ。今まで聞いたことがない。ミカエルと仲が良いなんてな」

「浮気現場の証拠を押さえたってことと一緒か。ルシフェルは心中穏やかじゃないか。運命の相手の浮気だからな」

こっちも容赦なかった。ベルゼブブはルシフェルの頭をぺちんぺちんと叩いた。

「痛いな」

 チラッと睨みつける。今日だけで何回目だろう。と、ふと思ったルシフェルだった。

「両天秤に掛けた浮気だな。横にはルシフェルに似た男子の幽体なんだろ?」

「そうだけど。釈然としない。トゥエルブ、今どの辺りだ?」

「座標X:679.Y:43第10宇宙のゼータ宙域を航行中」

「今も自然に出来たゲートに飛んでいるのか?」

「できません。搭乗者がいますから」

「それだけ危険なんだな?」

「はい」

「あいつが居るときに限り、航行しろ」

「了解しました」

 ちょっとしょんぼり顔のトゥエルブ。

 俺に似た男も気になるが、ミカエルか。かつての直属の部下だった者。同じく6枚の光り輝く翼を持っていた頃の話。

 ルシフェルは神に弓引き、2枚の暗黒の翼へと変貌した。同時期にベルゼブブもである。

「何する?」

「寝るか。着くまで、やることこがない」

「一緒に?」

「同じ部屋で別々」

「んー。俺はここで寝る」

 と言って、そのままの姿でルシフェルの胸へ頭を突っ込んだのである。これにトゥエルブが反応した。

「そういうことはしないでください。搭乗員が突然、船の中で居なくなれば、私の頭脳が異常を来たします。おやめください。見てない所でやってください」

 そうなので機械であるが故に、判断基準がなくて迷走するのである。

「船が壊れるのはよろしくない。その姿のままで寝ろ、ベル」

「じゃあ、一緒に寝ようぜ。減るもんじゃないだろ」

「じゃあ、添い寝だけだからな。それ以上はやらないぞ」

 宥めながら、ルシフェルは操縦室をあとにして、客間へ入って行った。ベルゼブブもルシフェルにまとわりつきながら、後に続く。客間には収納式ベッドが2台出されていた。布団はふんわり柔らかく沈みそうなほどだった。枕を抱きしめ、反対側にベルゼブブを寝かせ、ルシフェルは深い眠りについた。それだけ、今日だけでいろんなことを体験したのだろう。頭も常にフル回転。疲れないほうが不思議である。

 船は第10宇宙を離れ、第14宇宙へ入っていた。が、ここらあたりから順番通りには跳べないのである。一度第14宇宙へ出て、第12宇宙に戻るといった、ジグザグ宙域の連続になるからである。

 第16宇宙にはまだまだ時間がかかる。ルシフェルたちは充分に休息ができるとトゥエルブは算出した。トゥエルブはトゥエルブで休む暇もなく、情報収集に追われている。どこかにヒントあるいは重要案件が眠ってないか注意深く、収集し続けた。

 ルシフェルたちの想いと、事件の全容解明に、どのぐらい時間がかかるのか、誰にも解からなかった。それでもルシフェルたちは主のため、仲間のため、前を向く。


第2章へつづく


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