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第1章トゥエルブ発進①

 颯希もといルシフェルが救助されたことで、第2宇宙が消滅した事実から目を背けることはなかった。唯一の心配だった仲間の存在については、第2宇宙には存在せず、他の宇宙にいることがわかったのだが、魂を持った人間としてではなく、何らかの陰謀に巻き込まれる形で姿を消していたことが、第5宇宙に来たあとでわかった。

 第2宇宙からの話から始まったことで、第1宇宙に関して少し記述しておく。

 第1宇宙の寿命があと千何百年後かに爆発するという試算が出て、周囲を驚かせた。そのうちの数百年を宇宙船開発に注ぎ込み、突貫で宇宙船を完成させた。完成した宇宙船から試験航行が行われ、順次航行して、となりの宇宙に似たような銀河系が存在したことから、そこの第3惑星を第2に地球として、全民族の大移動が始まった。中には第2宇宙ではなく、その当時、見つかっていた第3、第4、第5宇宙へと向けて航行していった船もあった。

 ゲートは当時には試験運用されるまでになっていたのが功を奏した。物理的航行が可能になり次第、次から次へとゲートに飛び込んだ。順番待ちに何年も費やした宇宙船もあった。そのころには第二第三の宇宙船開発がされており、性能の良い船が飛ぶようにと売れた時期でもある。中には豪華客船みたいな船も航行し、順番待ちに何か月もかけた船に接近し、商売に励んだ業者が出たくらいだ。

 順番待ちをせずに飛び込んだ船もあったが、木っ端微塵に吹き飛んだ。ゲートは通常第1ゲートから第4ゲートまで存在し、外宇宙に行くのにあまり支障はなかったが、闇雲に突っ込まれてゲート不要にされるより、宇宙軍を派遣して航行に睨みを利かせることにした。


 第5宇宙上空…つまり宇宙空間で、ルシフェルは頭を抱えていた。

「おまえ、転移魔法使ったのか?」

 ルシフェルの問いに、ベルゼブブはにこやかに頷いた。

「俺らに宇宙船は必要ないぞ」

「必要だ!俺は人間だぞ。一応。颯希って名が持ってる!」

「ルシフェルだろうが」

 両者、両手鷲掴み状態で押し問答。

「そうだけど。人間として第3宇宙から第5宇宙への航行記録が必要だろが」

「何言ってるのかな?この鳥頭が」

「鳥頭とはなんだ!三歩歩いても記憶は残ってるぞ」

「そうか?じゃあ、聞くが第2宇宙にいた人がどうやって第3宇宙に入ったんだ」

「あ………」

「そらみろ。辻褄がすでにあってないだろうが」

「第2宇宙は消滅してるんだぞ。その間に脱出船に乗って救助されたと、あとで記録上そうしておけばいいだろう」

「ふ~ん。そんなことが出来るのか。俺にもお前にも出来ないだろうが。どうやるのか説明してみろ」

「そんな言い方は良くないな。ベルゼブブくん。友人に対して失礼じゃないか」

 ちょっと両腕のやり取りで苦戦し始めたルシフェル。

「お。腕力で負けそうだからって負け惜しみか」

「違うわあ」

「じゃあ、説明してみろよ」

 ルシフェルは心で唱えたことを口に出して、ベルゼブブに聞かせた。

「トゥエルブ、聞こえたら合図をくれ」

 しばらくして返答があった。

「………何ですか?マスターの部下であるルシフェル様」

「今、聞き捨てならない言葉があったが、トゥエルブ」

「創造の主、私のマスターであり操縦者のもある方が直接説明してくれた文面です。私が間違えるはずがありません。私はこの宇宙船のAIシステム。プロトタイプのトゥエルブです」

 頭を抱えたくなったルシフェル。と同時に文句の一つでも言ってやりたい相手と今は連絡が取れない。

 ここでベルゼブブが割って入った。

「AIのプロトタイプって原型かよ。そんな宇宙船存在しないはずだぜ。なぁ」

「どう手に入れたか俺にも知らされていない」

 ちょっと寂しげに肩をすくめた。

「トゥエルブって言ったな。お前のご主人様は今どこだ?」

 ルシフェルが頭をベルゼブブの首に寄り添わせ、身を預けたことで、ちょっと気が良くなったベルゼブブがトゥエルブに訊ねた。

「わかりません。感知不能」

 頭をベルゼブブに預けたまま、ルシフェルが続ける。

「トゥエルブ、お前は今どこにいる?」

「第1055宇宙α流星群の中」

「因みに聞くが、そんなところで何してんだ?」

「流星群の中ですから、大量の惑星がどの方向へどのぐらいのスピードで移動しているのかの測定と、尚且つその中で無事でいられるかの耐久性能の追及実験です」

 ベルゼブブは膝から崩れ落ちそうになったのを、ルシフェルに指摘されて踏ん張った。

「こらこら、支えが崩れるな」

「そういうが。どういったプロトタイプなんだ」

「私はAI。人工知能のプロトタイプにすぎません。その他の膨大な資料は操縦者がこれをみるといいよと言ってくれた物しか見たことがありません」

「たとえば?」

「第1宇宙にて誰も成し得なかった全アイドルグループの頂点になった男の記録映像及び関係資料の収集。第2宇宙ではその功績を称えて芸能界は、その男に元祖センター王の称号を。それを持つ男の全記録データ(楽曲&ダンス)第3惑星以降には存在したことがないため、記録は存在してません。他にはどんな芸能人たちがいるかの全記録。武器系統の最新技術データの奪取」

 今度は違うズキズキな頭の痛みがルシフェルを襲った。トドメはサラッと言われた最新技術データの奪取…つまりハッキングしていると吐露したに等しい。その言葉が自分の口から出てくるのである。ハッと思った時には言い終えているのである。

「何処をどう突っ込んでいいのやらってやつか」

「因みに颯希さんの全ダンス歌付きで踊れますよ。メインモニターで」

「踊んなくていい…」

「颯希の全記録は何故?」

「操縦者の意向です」

「あの主とお前との関係って…どうなったるんだ」

 即座にトゥエルブが答えた。

「マスターの直属の部下と認識しています」

「俺は部下になった覚えはないぞ」

「魔王であり堕天使のルシフェルを掴まえてか」

「確かに貴方は返答したじゃないですか、それでいいって」

 ベルゼブブに預けていた頭を戻し、ルシフェルは憤慨した。

「いつだ。俺の記憶にはないぞ」

「私にはあります。第78宇宙のガス星雲群において、遊んでいた時のことです」

「ああ。二人してどこまで潜れるか試したときか?」

「はい。そのとき。創造の主が邪神にならないか聞いた折、それでいいって発言されました」

「それは違うぞ。もう潜るのをよそうっていう話になって。そうしよう。それでいいって言ったはずだが」

「マスターは私に触れて唱えました。ルシフェル、邪神にならないか?って」

「ぁあああああ!あのときかよ。やられた。文句言ってやる」

「ルシフェルどういうことか説明しろ」

 ルシフェルの服が伸びるだけじゃおさまらず、千切れるほどに引っ張った。

「もう潜るのをよそうぜとか聞かされた時、誰が言ったかわからなかった声が心に届いたんだ。主みたいなやつが他にもいるのかって思って。でも喋ってる時に心に言葉作れないからほっといたんだ。あれはあいつ自身が送って寄越したのかよ。ってか、そんな芸当できるのか」

「ん?」

 ベルゼブブが首を傾げた。

「お待たせしました」

 何もない空間から5万トン級の船体型外航宇宙船が突如、姿を現した。

 さっきまで流星群で遊んでいた船体には似合わないピカピカで、キズ一つないぐらいの綺麗なボディをした宇宙船がルシフェルたちの前に躍り出たのだ。普段からルシフェルの身体から出てくるベルゼブブですら、度肝を抜かれて声すら発しない。

「やあ、速かったな。トゥエルブ」

「はい。先日、新たに見つけた航行方法を操縦者なしの単独航行してきました」

「新たに見つけた航行方法?そんな発表あったか?」

「俺に聞くな。俺は常にお前の中に居るんだから。わかるな、意味?」

「お前には聞いてない…トゥエルブ、答えろ」

「………ありません」

「そらみろ。いつどこで見つけた航行方法なんだ?」

 宇宙船が肩を竦めることはないが、トゥエルブはときより人間の脳裏にビジョンを送って寄越すことがある。

 ルシフェルはトゥエルブに触れて、優しく語りかけた。お互いに相棒が欠けたモノ同士。ルシフェルの相棒はベルゼブブや弟のルシファーと思われがちだが、ホントは違う。ルシフェルにとっては創造の主が運命の相手。トゥエルブにとっては操縦者なのだ。

 創造主と聞いただけでは神を連想するが、神なのかと問えばルシフェルにもわからない。邪神にならないかと勧めてくるあたりからすると、闇に属している神なのだろうと推測できるのだが、本人に聞かないことには誰にも皆目見当もつかない。その本人が行方不明なのである。

「そのビジョンだけじゃすまされないからな。どんな航行方法だ」

「亜空間航行中に出現するゲートにインするだけです」

 今度はソッポを向く仕草のビジョンである。芸能界の全記録を網羅しているなら、どこぞの演技者のを真似ているのだろう。あまり突っ込みたくはない事案である。

「亜空間航行中のゲート?どこかしらが製造して破棄したやつじゃないだろうな。危ないから飛ぶな、そんなとこ」

「破棄された物ではありません。自然現象下で出現したゲートらしき穴です」

 後ろ向きからチラッと、こっちへ視線を合わせる仕草のビジョンが…。

 ベルゼブブはルシフェルの首に腕をまわしていながら、もう片方の手で天に向かって、顔を覆った。

「……マジかよ」

 ルシフェル自身が言いたい言葉だった。

 亜空間航行中の空間は常に不安定な空間であり、突如、開いたゲートらしき穴に飛び込む方が馬鹿げているのである。そんなことをしたら一発で木っ端微塵。良くて航行不能で通常空間に出てきてしまう。出た先に何もなければ良いが、あったら二次被害に合う。それも被害者が出る惨事だ。

 自殺志願者に付き合う奴はいない。宇宙ではいい迷惑である。

「トゥエルブらしからぬ、航行方法だな」

「あの人が感知できないから」

「俺の呼び掛けにも応じない。一方的な交信だけ寄越した」

「おかしいわ、颯希。貴方から呼び掛けられたとき、私は貴方の中からマスターの気配を感じたから、この宙域に出現でできたんですからね」

「ああ。あいつと常に交信がしてたからじゃないのか。どんなに離れてても交信できる通信機器ってのを以前渡されて、常に身に着けてるから」

「どんな物だ」

 ベルゼブブが興味本位で聞いてきた。それに答える。

「このピアスがそうだ。でも今は通じてない」

 円型のピアスとは違い、三角形を模したピアスの一部に外航宇宙間通信が埋め込まれている。あいつ自慢の一品もの。手作りときた。

 手先が器用らしい。以前はぬいぐるみまで作っていた。それも型取りから始めている。

「へえ、精巧に出来てるな」

「壊すなよ」

「そんな恐ろしいことできるか。おまえに嫌われたくないからな」

「マスターがいないのに、いちゃつくなんて。私は支えてくれる人すらいないのに」

 布団をパタパタ掃うかのごとき仕草で、ツンケンした物が…。

 5万級の宇宙船である巨大宇宙船でもないかぎり収容できない代物だ。装備に関しては全方位型レーザービーム砲、あいつが乗っているときは何故か精神攻撃用武器に変わるが、通常は普通の直線上に貫くだけのレーザービーム砲である。連射は可能。実弾系に至っては全方位型大型ミサイル45口径460ミリメートル砲に全方位型小型ミサイル60口径155ミリメートル砲、ミサイルを誘爆させるデコイシステムとして全方位型フレア。

 船体のシステムは何度も言うが、AIシステムであるシステムトゥエルブ。12番目のプロトタイプ。人の手によって改修されたモノではない。この時点で異常なだけ。プロトタイプが改修される前に流出したのである。国あるいは惑星機関にとってはあるまじき失態、あってはならないことなだけに公には出来ない。

 それをいいことに「んじゃ、貰っていくね」でホントに盗んできたのが、創造の主なのである。ルシフェルからしてみれば自分でポンっと作れるだろうが、なまじ創造の主である、でもその辺をやらないのが、あいつなんだ。

 作れるだろっと冗談でも言わない。下手したら設計から宇宙船を作りかねない。居れば居たで、鬱陶しくもなるが、完全に交信がなくなると、嫌に恋しくなる。逸材でもある。

 素顔はルシフェルと瓜二つというわけじゃない、あれは何かしらで、そうせざる得なかったから、ルシフェルの顔で手を振って寄越したに過ぎない。

 あいつの容姿は12枚の光り輝く翼を持ち、容姿端麗なイケメン好青年風。

 下界であいつが何をしているのかというと社会人と返ってきた記憶がある。どんな社会人かはわからないが、あいつのそばはいつも明るくなるから大丈夫だ。とルシフェルは勝手に思っている。

「悪いな、あいつが居ないと、思い知るたびに寂しさが増すんだ」

「俺がいるのに、か?」

 ベルゼブブはルシフェルの額をぺちぺちと叩いた。

「悪いな」

「でしょうね、私にとってはただの操縦者でも…颯希にとってみれば運命の相手ですから」

 2人して、しんみり顔である。

「どうしたどうした。楽しく行こうぜ。宇宙船も手に入れたし」

「誰が乗せると言いました?」

「トゥエルブ…ダメか?」

「貴方には乗ってもらわないと、私がおかしくなりそうです」

「あいつが居ないから?」

「それもありますし。先程も貴方とコンタクトを取った際に、あの人の気配を感知したと言ったはずです」

 ルシフェルが首を傾げた。ベルゼブブの顎にあたりそうになったのを後ろにいた本人が回避した。

「あいつが作ったコレがあるからじゃないのか?」

 耳たぶにはめ込んである三角形のピアスを揺らした。

「そう思ったんですけど、どうやら違うのシステムを研ぎ澄ませてみるとわかるんです。私は颯希の中からあの人の気配を感じるんです」

「そういわれても、たまに俺の心の中で眠ると言って入ってた時があるから、その残存でもあるのか?」

 ベルゼブブはひとり会話に入れず、今は目下、肩に凭れかかっている大好きなルシフェルの前髪を弄っては直しを繰り返している。そんなことをされてもルシフェルは好きにさせている。

「それはわかりませんけど、とにかく貴方には乗船してもらいますから、いいですよね」

「お願いしたいぐらいだ。お願いついでに頼みたいことがあるのだが」

「どんなことですか?」

 第2宇宙からの経緯を話して、記録を残せるか…つまり改ざんができるか訊ねると、出来ますと返事が来たのと同時に、記録上の改ざんされたデータをサブモニターに映し出されて読まされる形になった。

「ありがとう。トゥエルブ」

「どういたしまして。これぐらい朝飯前です」

 宇宙船に朝飯が必要かと問えば、イエスと答えるだろう。宇宙船にとって燃料が飯になるんだから。

「そういえばトゥエルブ。どうしてあいつが乗船してる時のレーザービーム砲は通常武器じゃなくて精神攻撃用武器になるんだ?」

「レーザービーム砲を触手代わりに使っているとのことです」

「触手?あのぬめぬめした感じのか」

「ぬめぬめはしていませんが、くねくね曲がります」

「レーザーは直線状だろ。なぜ曲がる?」

「私は機械です。それ以上の問いには正常でいられる可能性が低下しますが、続けますか?」

「悪かった。ごめんごめん。変なのがあいつなんだな」

 うんうんと自分ながら頷くルシフェルだった。壊れないように自分が乗船したのに、そのはしから壊れていったんじゃ、話にならない。

「分かって下されば良いのです」

 今のトゥエルブはメインモニターに姿を現して、髪を後ろで一括りにし、その髪は背中まで到達している長さがある。眼鏡をかけ、如何にも敏腕秘書ですと言いたげな風貌だ。

「今日はやけに美人だな。トゥエルブ」

「あ、ありがとうございます。お好みがあれば変えますよ」

「それでいい」

 一瞬目にイケない男性キャラが現れたから、ルシフェルは即座に拒否した。

「颯希は敏腕秘書が好み…と♪」

「そういうわけじゃないからな。他の女性も好きだぞ」

「男でも男に惚れることはあるぞ。外見じゃないからな」

「美貌麗しいおまえが言うと嫌味だな」

「おまえだった容姿端麗じゃないか。イケメン風じゃなくてイケメンだろ。お前も俺も」

「チッ、自分も数に入れたか」

「BLに走ることはないんですか?目に保養になりそうだけど。美男子の二人組とか。見ると涎が出そうですよ」

「因みに聞くが、トゥエルブ、お前の口は何処だ?涎ってことは、もしかして燃料のことか?格納庫へ直行したいか」

 ルシフェルの冷めた目がトゥエルブに突き刺さる。

「なんかゾクッときました。これも何か良いかも」

 何か違う扉が開いたらしい。関わりたくないのでトゥエルブを放置。

「はいはい。楽しく行こうぜ。お二人さん。ルシフェル耐えろ」

「大丈夫、これだけこっちでワイワイしてれば、あいつが来るんじゃないかと待っていたけど、期待できないとわかったから」

「ってか、探しに行くんだろ?行こうぜ、みんなでさ」

「ベルゼブブ、今日はどうしたんだ。頼もしく思えるんだけど」

「運命の相手がいないからかな?」

「おまえにも居たのか?運命の相手」

「違う違う、ルシフェルの運命の相手がってことだよ。俺はお前にゾッコンなんだからな。忘れんな」

 徐々に小声になりつつあるベルゼブブをルシフェルが宥める。

「恋敵みたいなのが居なくなったから、ちょっとはしゃいだだけじゃないか」

「はいはい。わかったからベルゼブブ」

 ベルゼブブの頭を撫で撫でしてやると、いつもすぐに機嫌が良くなる。今回も成功した。

「それとトゥエルブ確認」

「なんですか?」

「武器系統の成功率と回避能力値は以前と比べて上がったか」

「はい♪」

 やけに弾んだ声が脳裏に飛び込んで来た。

「武器管制システムの向上は以前より1.25%上昇、回避能力値は89%から93%に」

 ほめてほめてとばかりに頭をこちらに向けてくる。この辺は可愛い女の子である。

「成功率に関しては相手の回避能力にもよるので、なんとも言えません」

「撃てって言ったら」

 メインモニターに一条の光が走り、閃光が現れた。どこかに命中したらしい。

「…………トゥエルブ?」

「撃てとの命令を受理、即座に実行。小隕石に見事命中。中心地点への命中精度88%」

「………………」

「今のこの船の管理者は貴方です。颯希」

「………………」

「すげえ船だな」

「ぅあああ!あいつもあいつならコイツもコイツだ。何がどうなってんだ」

 頭をくしゃくしゃにして悔しがるルシフェルだった。

「で、ベルゼブブ、兵隊からの報告は?どこへ向かえばいい。トゥエルブ…聞いたら即座にその座標へ飛べ」

「待ってました」

「了解しました」

「第5宇宙での収穫は?」

「……収穫というか何て説明してよいやら」

 しどろもどろになりつつ、小さいからだがより小さくなりつつあった。

「報告は、ハッキリ言え」

 胸を張り、敬礼する兵隊2号くん。

「では報告します。SOUSEIのメンバーの痕跡はないですが、ルシファー様の気配がします。ネオ名古屋市辺りから」

「ネオ名古屋市?」

「ここにも地球という名の惑星があります」

 言っているそばから飛んだのである。これから飛ぶからという注意勧告はないのが、この船である。

「第6惑星に出たので接舷します」

「外航宇宙旅行用のパスがない」

「できました」

 パスとは顔写真や必要事項が印字されたパスポートのことだ。旅行には欠かせないアイテムである。

 ルシフェルのは颯希名義の正式な(不正してだしているが)パスポートであるが、問題なのが、ベルゼブブの方だった。下界で何かしているわけでもなく、ルシフェルの中で遊んでいた人物だ。正規なパスポートが存在しないのに、今はルシフェルの手にある。不可解である。

「迅人。第2宇宙アイドルグループSOUSEIのメンバー。住所・本名・経歴云々…間違いなし」

「迅人と俺は少し似てるらしいからな。使わせてもらおうか」

「はいはい。好きに使って。あとでリンクしてやってくれ。何も存ぜぬじゃあ通りそうもなさそうだからな」

「了解。物分かりが良いのも好きだぞ。ルシフェル」

「はいはい。わかったから。そんなに懐かない。暑苦しい」

「冷房入れますか」

「温度は申し分ない」

「了解しました。接舷の順番待ちで時間が多少かかりそうです。どうされますか?」

「フィットネスルームとかあるか?」

「ありません。マスターが使いませんので」

「だろうな。ならちょっと動けるぐらいの部屋はあるか」

「多目的ルームへどうぞ。器具はありませんが、床にはマットレスが敷き詰められてありますので、ケガなどの心配はありません。取っ組み合いでもしますか」

 操縦室から出た二人は暗闇の中を誘導灯に従って、先へ進んだ。取っ組み合いをするつもりがないので、危うく膝から崩れそうになった。軽く運動が出来ればいいのだ。できれば有酸素運動が…。

「遠慮する」

「了解」

 返答はベルゼブブによるものだ。両手を頭の後ろで組み、ルシフェルの後ろを歩いている。

「内部カメラは停止しておきましょうか」

「おお」

 と何を勘違いしているのかベルゼブブが喜んだ。後ろ手に組んでいた両手がルシフェルの首にまとわりつく。

「そんなことにはならないからな」

「どんなことですか?」

 これがトゥエルブ。

「なんのことだ?」

 こっちがベルゼブブ。

 同時に喋られるとややこしい。

「トゥエルブの期待には沿えないから、カメラ停止しなくていいからな」

「チェッ!」

 これはベルゼブブである。やはり何か期待していたふしがあるが、今は突っ込まないで流しておくのが無難である。言いくるめられはしないが万が一を考えてやめておく。

 ベルゼブブの手がどことなく、寂しげに揺らぐ。

「了解しました。この部屋です。接舷の際はご連絡致します」

「頼む」

 多目的ルームか。シングルベッドが7~8台は入れられそうな広さがあり、報告通り、下はマット。壁も危険そうな場所には同じような材質のもので覆われていた。文字通り取っ組み合いをしても怪我一つ付きそうもない。

「寝っ転がろうぜ」

「そうだな」

 大の字で寝ても柔らかなマットが包み込んでくる。そのぐらい、ふかふかなのだ。マットというより絨毯に近いかもしれない。

「ちょっと疲れたな。眠るか?」

「いや。少し整理しよう」

「わかった。誰か居るか?」

 寝転がったまま、腕を組みなおして兵隊を呼んだ。までは良かったが、途端にトゥエルブが異議を唱えた。

「ストップ。生き物が何もない空間から飛び出てくる現象なんて、想定されていません。私の脳がやられかねませんので、カメラを停止して知らないフリをします」

「悪かった。もういいぞ。入って来い」

 すると親衛隊の兵隊3号くんがビシッと敬礼。羽をパタパタとしながら飛んで着地した。

「報告します。現在第10惑星まで確認しましたが、形跡ありませんでした」

「報告します。現在の兵数では足りません。別動隊を召喚してください」

「わかった。どうする?お前のを出すか?」

 言葉通り、ルシフェルの部隊を出してくれるのかを打診したのだが、違う言葉が返ってきた。

「次…第16宇宙ドミニオン、天使の名か。どの惑星だ。トゥエルブ?」

「目隠したばかりなのに…第8惑星ドミニオン、地球と同じ大陸構成ではないけど…ありました。ネオ名古屋市。第3宇宙と同じ市長が歴任しています。同じ系列で間違いないと思われます」

 ルシフェルは天を仰ぎたくなった。

「何で分かったんですか?」

「なぜわかった?」

「あいつからの信号だ。脳に直結してきたが、もう辿れない」

 今回もまた一方的な通信がきて、脳裏に16の文字と天使の名が浮かんだ。それだけだった。

「もしかしたら、あいつの気配に近づけば、何かしらの通信が送られてくるのか?可能か?」

 トゥエルブが即座に反応。

「あの人なら可能」

 それ以外なら出来ないことを意味している。

「どこかに公海上に航跡を残しているのか?」

 ルシフェルはガバッと起き上がって、思案する。あいつならどうすると?

「分身を千切って置いておけば、どうかしら?」

 本日何度目かの頭を掻きむしった。

「ああ、可能だな。俺ですら出来るからな」

「颯希でも?」

「ああ。あいつに教えてもらったのを忘れてた。でも千切られた分身は、どこに消える?」

「通信が途絶えるだけじゃないのか?」

「それなら受信したか確認する手立てがないんだ。ずっと発信し続けなくちゃならないはずだが」

「ああ、それもそうか」

「もしかしたら颯希の中?」

「俺の中!?…主の分身居るか?」

 物は試しと、呼んでみた。

 胸のあたりから靄のものが溢れ出し、ルシフェルを形成した。間違いなく主なのだが、言葉を発しない。

「主?喋れるか?」

「ごめん、お待たせ♪」

 物凄く陽気な声が降ってきた。場違いである。

 一同愕然。

「ホントごめんね。ルシフェル。みんなの原因は僕なんだ」

 そして分身は霧散して消えた。

「主?ちょっと!」

 双方から睨まれ、縮こまるルシフェルだった。

「どういうことですか?」

「どういこった?」

「あんなマスター、初めて見ました」

 相対する形に現れた霧状の主が、最後に両手で頬を挟んで、ルシフェルにキスするそぶりで霧散したため、正確にキスされたとは思っていなかったルシフェルだけど、周りで見てた二人からしてみれば、キスされたと思うかもしれない。

 だからベルゼブブの言葉が別の意味を持っていたことに気付けた。

「そうかトゥエルブ?あいつが年上なのに、たまに猫撫で声で年下を演じてるときがあるじゃないか」

「そうですけど、美味しいい……き…すまでは。目の保養になりました!」

「さよけ」

「ずるいぞ。ルシフェル。俺にもくれ」

「はいはい。ベルゼブブが大きくなったらね」

 年からするとベルゼブブの方が年上なのだが、ときより駄々をこねる。暇なら相手するが、今は仲間のことで精いっぱいだった。

「マッチョが好みか」

「誰も言ってない。そんなこと」

「損なこと?」

「ほっぽり出されたいか?」

「む」

 黙りこんだベルゼブブ。しかしフォローも忘れない。尻尾の先端を軽く撫で上げる。するとビビッと感じるのか、全身が一瞬震えた。

「接舷まで3・2・1。接舷完了。搭乗口へどうぞ」

「じゃあ行くか。ルシファー探しに」

 立ち上がったルシフェルに続いて、ベルゼブブもそれに続く。

 ここへ来たとき同様、誘導灯に従って歩みを進めている。どこにどんなスイッチがあるかわからないだけに、無暗に壁に手を付くこともせず、ひたすら歩く。

 こっちの気持ちを察してか、トゥエルブがメインの誘導灯から派生して、多目的ルームの向かい側が客間、隣が寝室、その向かいが(つまり客間の隣)が風呂関係。通路を挟んで倉庫、休憩室、食堂が続いていると示してくれた。

 1度曲がって、直進したところが搭乗口である。安易な作りだ。

「トゥエルブ、お前の船体は量産型か」

「はい。ただエンジン部分の切り離しが可能な船体ですから量産型でも希少種の部類かと思います」

「データ盗ってないのか」

「取るだけ損です。キャパオーバーになりかねません」

「そんなに容量少ないのか」

「一般的よりはマシな程度です。何かを削除してまで取る必要はないかと思われました。操縦者も同意見でした」

「記憶の部類はあいつに丸投げしてもいいんじゃないか?ゴミみたいなデータぐらいは」

「マスターにそんなお願いできません。お願いごとなら他のことにします」

「たとえば?」

「颯希へのアプローチを多種多様でお願いしますと」

 キャーと搭乗口横のモニターで顔を手で覆った姿を晒した。

「さっきのキスみたいなのがいいのか?」

「やってくれるのですか?」

「却下。行ってくる」

 そんなトゥエルブに手を振って搭乗口を出た。桟橋を渡り、港の搭乗ロビーまで降りてくると、流石にごった返していた。

 地球と命名された惑星であるが故、大陸より大海原が拡がった場所が多い。海底火山も頻発に起き、中には新たな陸地へと変貌することがある。稀にその新たな陸地の利権を巡って、争いが起こることもしばしばあるらしい。

「さてルシファーの気配は…と」

(僕ここ)

 地上に降り立った途端にコンタクトが。

 ルシフェルは、はて?となった。僕ここと来たが目に入る全てのモノに対して確認してみたが、ルシファーの気配がないのである。

「…………」

(アニキ、ここだってば助けてよ)

 直接心に入って来てる言葉である。視界の中に入ってくれなくちゃ、いくらルシフェルでも判別しようがない。

「どこだ?」

(ここ)

 今度は立っている地面が動いた。ルシフェルのところだけ波打っているのである。ベルゼブブは周りの景色に見とれていて、ルシフェルを見ていない。

 一定の長さを何度も何度も、まるで手を振っているかのように…。

 ルシフェルはしゃがみ込んで、その波打つ地面に触れて、呼んでみた。

(ルシファー、地面になっていいことでもあるのか?)

(オレだってわかんないんだよ。観光で降り立ってみたら、空を見上げてたんだ。いつそうなったかもわかんないんだって。助けてよ、アニキ)

 訳の分かない話だ。

(助けろって言われても、どうやって救助すればいいやら…なんだけど)

(あいつのせいでもあるんだからな。運命の相手の責任ぐらいとってくれてもいいじゃないか)

(ルシファー、人のせいにするのは良くないぞ。おまえだって、されたら嫌だろ)

(嫌だけど…)

 素直な双子の弟の頭を撫でてやりたいが、それができないので取りあえず、地面を撫でてやる。はたから見たら変な人であるが、ルシフェルは気にしない。やりたいようにやる。

(でもホントなんだ。創造の主さんの依頼で来たのは確かだから………)

 最後の方は消えそうなほど力無き声だった。そこまで責めた覚えはないが。

(ルシファー、最初から話してみな)

(依頼は簡単。ネオ名古屋市の隠されたオベリスクを探すこと)

(オベリスク…太陽神ラーでも祀るのか?)

 ルシフェルの肩に手が置かれていたことに気が付いた。感じからしてベルゼブブだとすぐにわかる。心で会話しているだけに、つまらなくなってきたのか。ルシフェルたちの状況を把握しようとしているのかは謎だが、悪気はないだろうとほっておく。

(それを調べるために降り立っただけなのに)

(空以外に何が見えるんだ?)

(見えるモノは地面の上にある物すべて。人から物から)

 どうにかしてれえー、と両手を突き出して助けてもらおうとしているビジョンが送られてきた。気持ちはわかるが。

(スカートの中も見放題か。ルシファー?)

(容姿がわからない。あと顔も)

(見る気なのか?)

(見たくて見てるわけじゃない。オレの上を通るんだ。見えちゃうじゃないか)

(ま…確かに)

(お二人さん、ちょっといいかな?オベリスクだけどさ、親衛隊が調べた結果。中村区・名東区・港区・北区・緑区に存在する神社の御神木等の中に存在するらしいが壊せない)

(ルシファー、ちょっと待ってろ)

 ルシフェルは両手を天に突き上げ、背伸びして立ち上がった。隣にはベルゼブブが立っている。いつもの光景である。

 身体をベルゼブブに預けて言う。

「なぁ、ベルゼブブ。どう思う?ここのネオ名古屋市ってどういう配置になってる?」

「知らないのか?搭乗ロビーに謳い文句が掲げてあったろ…えーっと」

 ベルゼブブの胸筋が動いた。単なる呼吸をしただけなのだが、つい、このまま眠りたくなってきたルシフェルだった。

 目の上に片腕をかざし、光を遮った。

「あなたも第1宇宙第3惑星・地球の故郷である名古屋市を思い出してみませんか?あらゆるデータをもとに再現されたネオ名古屋市。名古屋市を愛する人々のためだけに作られたと言っても過言ではないとかなんとか」

「お前にしては上出来だな」

 かざしていた手でベルゼブブを撫でてやる。猫なら喉がゴロゴロなりそうなぐらい上機嫌になったベルゼブブであった。

 ベルゼブブとしてはルシフェルにもっと頼って欲しくて、何かとちょっかいを出してくる。

「ってことは元祖名古屋市を模した地図になっているんだな」

「五芒星だ。正常に使えばパワースポットになるが、上下逆だと厄介なことになりかねないぞ」

「魔王或いは邪神、破壊神の類の召喚だ」

「どちらも避けたい」

「…だよなあ」

「召喚地点の割出し頼む。この都市の中心点に何かしらあるはずだ」

 ベルゼブブ経由で調査が進むかと思いきや、別の声が降ってきた。

(了解であります。颯希さま)

 姿のビジョンが脳裏に浮かび、ルシフェルは腰砕けになりそうだった。支えてくれたのは言うまでもないベルゼブブである。ペンライトを片手に掲げ、その片手を胸にして敬礼のポーズ。その人物の足元にはスライムらしき生き物の端っこが映り込んでいた。

 人物とはいったが肉体を持っていない。スケルトンなのだ。つまり第2宇宙惑の地底のあるところに住み着いている魔族がいる。地底に居ながら颯希に射貫かれた魔族がそれ用の集落を作ったことは報告を受けてはいたが、実際に見るのはルシフェルも初めてだった。

(何してるこんなところで)

(あの方より報告を受けました。水臭いです。我々もお供します)

 なぜ心での通信が出来るのかというと、SOUSEIのメンバーの特徴として、何かしらで圧倒されたとか、射貫かれた、歌声に陶酔した尊敬に値するとかで、ファンになった者の心の中には、そのメンバーの心の欠片(ナノミクロンよりも小さな物)が住み着くのである。

 スケルトンの足元に居たスライムもペンライトを胸に敬礼しているビジョンを送って寄越した。

(お供するも、この都市は人間の聖域だ)

(颯希さまは魔王です)

(俺たちは人間の姿で往来できているから問題はないが、透けることもできないお前たちには、この都市での活動は無理だ。地上においては)

 スケルトンがバラバラになって、地に落ちた。その腕の一本の骨が地面に向かったのの字を書き始めた。いじけているのである。

 ルシフェルは天を仰ぎたくなってきた。

(言っただろ。地上では無理だから地底を頼むって)

 それを聴いた地底のファンたちは一斉に拳を掲げた。おおおーと声を聞こえてきそうなビジョンである。

(ホントでありますか?)

 そのために集まったんじゃないのか?と突っ込みたくなったが流すルシフェル。

(中心点の割出しが済んだら、その辺一帯の地底を頼む。できるか?)

(もちろんであります。それまで待機します)

 で、ホントにビジョンが切れたのである。

(ベルゼブブさま、指示お願いいたします)

 なぜ心での会話が出来るのかというと、原理は一緒である。同じルシフェルの心の欠片を持っているからである。だからファン同士いつでも会話が可能なのだ。

(わかった。そっちの総指揮はおまえでいいのか?)

 ベルゼブブがルシフェルに同調して、報告内容を流している。

(はい。ベルゼブブさまの指示を私が皆に伝えます)

(わかった。指示をだすまで待機しろ)

(了解であります)

 そうだとばかり、聞き捨てていた言葉を思い出したルシフェル。スケルトンが意味深なことを言っていた。

(さっきのスケルトンは居るか?)

(はい、何でありますか?颯希さま)

(さっき、あの方からと言っていたが、あの方とは誰だ?)

(報告します。創造の主さまです。我々には雲の上のような存在でありますから、颯希のところへ集まれとの報に、みな飛び上がりましたであります)

(地底のファン全員にビジョンでも送って寄越したのか?)

(はいであります)

 ペンライトを掲げてから胸へ移動させての敬礼の仕方である。ちなみにベルゼブブの親衛隊の敬礼はこめかみに近いところに手を斜めにしてやる。

(それはいつだ)

(ついさきほどであります)

(正確には?)

(5分ほど前になります)

(わかった、ありがとう)

(いえ。では)

 ルシフェルは思案した。こちらの状況が主に筒抜けのような気がしてならないのだ。だからといって主の心の欠片を持たないルシフェルには何をどうしたらいいやら悩んでいる。

 主がコンタクトをとる場合はルシフェルの心の欠片を主自身の心に収まっているから出来るんだ、と以前聞かされた。自分も颯希のファンだからと。

 ルシフェル側からどう語りかければいいんだとの問いには、呼べば出ていけるよ。

 で、呼んでみたら、すぐさまベッドの脇に座り込んでいたルシフェルの膝の上に転移してきて、その上に座ったのを思い出した。

 そう、そのときはちょっと眠くなったからルシフェルの中で眠ると言って、その場で胸の中へ入っていった。初めての体験だったが、運命の相手と念を押されていた効果もあって、すんなり受け入れた。

 度肝を抜かれるほどのことを主に劣らず、ルシフェルも平然とするときがある。

 はたから見れば卒倒ものである。人が1人、人間の中へ入って行くのである。そこに口でもあるかのように、飲み込まれていくように見えるだろう。

(主…淋しいな。会いたいな。どこにいるんだよ)

 一人交信のできない相手に心の中で呟いた。

(泣かないで。ごめんね)

「主?主、俺の中に居るのか?」

「どうしたんだ。いきなり」

 ベルゼブブが不審がる。

「主とコンタクトしてみたらとれたんだ。俺の中にいるって」

「そんなはずあるか、じゃあポットのあの主は誰だ?」

「でも!」

「はいはい。落ち着けって。ルシフェル。主も出てこれない状況下にあるとは考えられないか?」

「出てこれない?」

「何かしら意味があるんじゃないか。オベリスクの件もあるし」

水月みつきじゃなくて俺に頼めば良かったんだ」

 萎れるルシフェル。自分はそんなにルシファーより頼りにならないのかと。何かと主はルシファーに頼みごとをするが、自分ルシフェルには何も言ってこない。ちょっと寂しい。

「泣くなよ。ルシフェル。俺まで悲しくなるだろう」

「泣いてねぇえし」

 預けていた身体をムクっと起こし、歩き始めたルシフェル。急な行動に置き去りにされたベルゼブブ。

 ルシフェルの頬には確かに伝う何かしらのあとが残っていた。歩きざまにそれをかき消した。弱い自分を見せたくなったのだ。

「行くぞ。迅人もどき」

 強がりだった。それでも前を向くためには、今のルシフェルには必要だった。

「もどきは余計だ」

 小走りにベルゼブブも後を追う。

 そしてまた肩を並べて歩き出した。

(報告します。中心点わりました。中区・昭和区・熱田区の3区が重なる境界地点がそうです)

(スケルトン部隊行け)

(了解であります)

(私たちはどのように?)

 親衛隊がお株を取られた形である。きょとんとその場に立ち尽くす。

(お前らは地面から上、OK?)

(あ、そうでした。了解しました)

 頭を押さえたくなったベルゼブブ。

「どこに行く?迅人」

「どこって中心地点じゃないのか?」

 両手を後ろ手に組み、つまらなそうにベルゼブブの方へ振り向いた。

「なぁ~んだ、つまんねえな。俺とデートしたいんじゃないのか」

「いいのか?」

「暇だからな」

 突然、地面に座り込んだルシフェル。手を地面に置き、語りかけている。

(ルシファー、寒くないか?)

(あ、アニキ。んにゃ、寒くない。何かしらあるみたいだ。踏まれているのに痛みはないし、何かで覆われてるような暖かさがある)

(ってことは、バリアみたいなもので通信機能なんてあったら、俺らの会話は)

(誰か知らないけど、そいつらに筒抜けだろうね)

(今更だよな)

(そうだな。なぁアニキ?)

(どうした?)

(いっその事、転移魔法で宇宙空間へ…なんてのは出来ない?)

(下手したら、ここの全住民が窒息死で死ぬぞ)

(一応、俺ら堕天使だし)

(却下。万が一はそうする)

(了解)

 立ち上がったルシフェル。

「さてと。なあ、迅人?」

「ん?」

「腹減らないか」

「そこのスイーツ店なんてのはどうだ?」

「スイーツは食後だろ。名古屋なんだから味噌カツ、手羽先、ひつまぶし、味噌煮込みうどん。どれにする?」

「どれが旨い?」

「どれも旨い」

「じゃあ、まずは味噌カツにしようぜ。どこの店が旨い?」

 ルシフェルはリストバンド型の通信機を操作して、上空にある船に連絡を取った。

「トゥエルブ、聞いてたな。どの店がいい?」

「そんなことで呼び出さないで欲しいわ」

「悪い」

「謝ってほしい…けじゃな…ですよ」

「そうか」

 手首に嵌めている通信機を口元に当てて話しているが、慣れないせいかたまに聞き取れないこともしばしば見受けられた。それでも何とか会話らしくなっているのは奇跡的なものか、偶発的なモノか。

 宇宙空間ではルシフェルの口を利用してトゥエルブも話せていたが、地上ではまずかろうと、この通信機を渡してくれた。

 しかし、ルシフェルの通信機といえば、いつも身に着けている、あいつの手作りの三角形のピアスだ。マイク機能とイヤホンが備わっている。

「ルシフェル…聞い…ますか?

「悪い、なんだ?」

「この通信機…ちゃ…と機能して…ますか」

「聞き取りづらい」

「でしたら…一度…戻って…てく…さい」

「分かった、一度戻る」

「お待ち…てま…」

 口元から腕を降ろした。

 ベルゼブブは小型端末を器用に操作して、どの店のどの料理がいいか検索をかけていた。

 良く見れば人にも見えるかもしれないが、幽体になっている親衛隊の兵隊たちが、両足で踏んで入力している。可愛らし気な光景である。

 ベルゼブブも指で相手をしてあげている。周りから見れば指で、リズムでもとっているかのような動きをしている。

「この店なんてどうだ。颯希」

「一度、船に戻る。通信機器を変更する」

 足の歩を中心部へ向けていた方角から港に戻る進路へ変更した。

搭乗ロビーへと続くスロープを抜けて、確かにスローガンが掲げてあった。が今はいい。そこを抜けて、各搭乗ゲートへと繋がる桟橋を渡る。その桟橋に各乗船可能は宇宙船が軒を連ねて並んでいる。

「トゥエルブ、入れてくれ」

 搭乗口がウィーンと開き、ルシフェルたちは搭乗する。誘導灯に従って、操縦室へ。

「お帰りなさい」

「例の物は?」

 操縦室に置かれていた人の腰辺りまでの小型ロボットが動き出した。三角形のローラー式で段差にも対応できるタイプのモノらしい。これらもトゥエルブが管制している。

「こちらです」

 音声は片言みたいだ。トゥエルブのように滑らかさが足りない。

 ワイヤレスの骨伝導イヤホンマイク。片耳に装着、その片耳部分からマイク用に頬に沿うように突起した部分がある。

「うーん、ピアスが邪魔になるか」

「そのピアスは、そのロボットに預けてください」

「どうして!?」

「解析して、その通信機に私からの周波数が一致出来るモノがないか調べます」

 渋っているルシフェルであった。あいつから誕生日プレゼントにもらった通信機。細部に至るまで手作りなのだ。無暗に人には渡せないが、ここはあいつの母艦。あいつの所有物の船の管制システムからのお願いだ。

「壊すなよ」

 しぶしぶ三角形のピアスを取り外して、小型ロボットの受け皿に置いた。

「私もまだブラックホールにぶち込まれたくありません」

 ルシフェルはちょっと噴出した。

「あいつ、そこまでするのか?」

「はい。以前、緊急時に指定された宙域じゃないところに出たときでした。突如、目の前にブラックホールが見えました。計器も軒並み沈黙しているのに、システムが推進機関に逆噴射するように指示を与えようとしていました。計器はないと判断しているのに、私には見えて、そして逆噴射命令です。私、壊れたかと思った?」

「ははは…」

 から笑いしか出ない。恐ろしすぎる。あいつが生み出したんだ、あいつはブラックホールに入ろうが出て来れる仕組みなのだろう。自分の母艦ですら、冗談と言え、容赦がないらしい。

「じゃあ、大丈夫だな」

「はい。お任せください、あ、でもあの時は颯希さんがらみでしたよ」

 振り返ったルシフェルだった。

「俺!?」

「はい。颯希さんが病院通いを頻繁にしている写真が、週刊誌にすっぱ抜かれたときでした」

「ああ、あのとき。でもあいつなら飛んで来れるだろうに、自ら」

「そんなにも心配なら私に構わず、と言ったんですけど」

 少し首を捻って考えるそぶりをした。

「うーん、わかんないな、どうしてだ?」

「私にも人間としての姿がある、その人間が第500宇宙から第1宇宙に間髪入れず、居合わせたら説明がつかない。だから推進機関限界値で常に飛べ、と」

「私、量産型だから速くないのって言ったら」

「言ったら?」

「推進機関の最新技術にも目を配れって」

「トゥエルブ、それあいつの口調じゃないだろ。あいつの口調で言ってみ?」

「嫌です、間延びした言い方はあまりすきではありません。わ・た・しは管制システム、機械です。機械には機械なりの喋り方があります」

「もっと滑らかに喋りたいとは思わないの?」

「そっちがお好みならやります。今のこの船の管理者ですから。管理者からやれと言われれば従うのが私の役目です。待ってくださいね。確かある芸能人の喋り方が……」

 チラッとルシフェルに向くあたりが健気な一面を思わせる。ルシフェルもそこまでしてもらうことを躊躇って、とめることにした。

「いやいい、今のキャラで充分だ」

 満面の笑みで答えたトゥエルブ。

「はい。ありがとうございます。さすがマスターの部下」

 げんなりしたルシフェル。

「だからアレは違うって言ってるじゃないか?」

 そこでベルゼブブが割って入る。

「でも主って、創造の主なんだろ。すべてを司る神なら、俺ら部下じゃないか?」

「そういうことは間違っても、あいつの前で言うなよ?」

「なんで?」

「じゃあ、俺、それやるとか言いだすから」

「ああ、そっちに走るんだ」

「颯希からのお願いだ、とか理由つけて」

「もしかして冗談が通じないとか?」

「いや、それはない」

「お引き留めして申し訳ありませんでした。オベリスクの方お願いします。水月さんの救出お願いします。私、彼の歌好きですから、聴けなくなると寂しいです」

 ルシフェルは目を見開いて、ちょっと笑顔になった。

「それは本人のまえで言ってやってくれ」

「わかりました」

 こちらも笑顔である。それだけルシファーの救出に望みを持ってのことだ。

「さてと、行くか。ルシファー救出に」

 片腕を天に向けて伸ばし、その肘辺りを掴んで、背伸びした。今は誘導灯の光はなく、代わりに通路に光が立ち込め、先を見通せるかたちになっている。

「もう道順は覚えていますか?それとも誘導灯が必要ですか?」

 と一応聞いてくるところがトゥエルブの律義さをうかがわせる。

「大丈夫」

「了解」

「トゥエルブは宇宙関連の情報収集を頼む、任せていいか?」

「拡大する宇宙ですね、なぜマスターが宇宙を作り続けているのかを探れば良いですか?」

「やってくれ」


 一方、そのころ。

 はるか上空に人工物が悠然と鎮座していた。平らな円盤型の人工物で中心部に問題のオベリスクがあった。

 何かで覆われている訳ではなく、遮断された空間もない。人工物の地面からそそりたっている。ただ、その真上になにやら球体のようなものが浮かんでいた。

「すぐにベルゼブブさまに報告を!」

「了解」

 同じくして地底では逆五芒星の陣が張られた中心にオベリスクがそそり立っていた。一大事である。五芒星なら良かったが、どうみても逆五芒星なのだ。邪神や魔王の類を召喚するために作られたに違いなかった。

「ベルゼブブさまに…いや、颯希さまに直に報告する必要がある」

「了解であります、指揮官さま」


「なあ、颯希。どこまで行くんだよ。早く飯にしようぜ」

「なんか胸騒ぎがする。中心点へ急ごう」

 そんな矢先だった。ベルゼブブの親衛隊の一人が飛んできた。幽体にもなっていない。

「報告します。中心点の遥か上空に平らな人工物発見、オベリスクの真上に球体のようなものが存在します。なにやら禍々しい色合いの球体でした」

(颯希さま、報告です。逆五芒星のオベリスクを発見。召喚の類かと)

(わかった。ご苦労様、そのままそこで隠れて見張っててくれ)

(了解であります。地中に潜り、見張ります)

「迅人、地中に逆五芒星のオベリスクだってよ、どっちを優先する?」

「なにぃ!どういうことだ?」

 ルシフェルは口周りに指を配し、思案顔になった。召喚用の逆五芒星?なぜかしっくりこなかった。何かがひっかかっている。それが何か…。

「ああ、水月だ。あいつはこの地に降り立ったときに、何かしらに囚われた」

「そういえばそうだな」

 ルシフェルに熱が入っているとは逆に、ベルゼブブは至って冷静だった。

「うーんと…それから」

 拳の上に顎を乗せて、考えに集中する。逆五芒星…魔王などの召喚に使われる魔法陣。主に黒魔術が使われ、ときには…。

 水月は囚われ、地面化している。

 そして、一呼吸置いた。合点がいったのである。

「封印だ!」

 地底が封印なら、上空の人工物のオベリスクは何を意味する?

「ベル。禍々しい球体は…」

 考えが浮かんで、ゾッとした。あってはならない。一刻もルシファーの救出が急がれる。どうやって壊す?相手は何者で何の目的がある、わからないことだらけで、救出に踏み込んでいいのか、答えが出ない。

 このことをベル、つまりベルゼブブに包み隠さず、考え抜いたことを話した。

 ベルゼブブも唸る。

「それが確かなら、どう破壊する?」

「やっぱり破壊が先か?」

「当り前だろ?ここの全住民皆殺しにする気か?」

「それは出来ない」

「だろ?」

 ベルゼブブの指先がルシフェルの額に食い込みかけない勢いで突っ込んできた。痛かった。頬を膨らませ、額を擦る。

「痛いだろ」

「正気保ってるならいいが、突然大声とか出すなよ。周りがビックリするだろ。それにバレるぞ」

「バレる?」

「第1宇宙の名古屋っていったら、お前の出身地だろうが!」

「あっ!」

 でも、時すでに遅し、幾人かの女性が指を指して、呟いている。遅れてやってくるのが、大概…。

「きゃー、颯希よ。迅人もいる。何かのロケ?観光?ねえねえ」

 キョロキョロとし始めた。たまたま隣にいた女性の服を引っ張って、何事か聞こうとしている。


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