婚約破棄キャンセルを目論んだ結果
ロザリシア・フォゼットは公爵令嬢であり、第一王子の婚約者でもあった。
幼い頃より決められ、恋も愛もよくわからない頃より王子と共に育ってきた。
お互いの関係は悪くなかった気がする。
それが徐々に悪い方へ傾いてきたのは、ロザリシアの優秀さが明らかになってきたあたりからだろうか。
反対に王子の教育はあまり芳しくなく――カティ王子が結果ロザリシアに対し劣等感を抱くようになってしまった。
とはいえ、カティは別に無能というわけではない。ただ、ロザリシアが優秀過ぎたのだ。
周囲がカティを褒め称えても、その言葉を素直に信じられないくらいには拗らせてしまったのである。
そうこうしているうちに二人は貴族たちが通う学園へ通う年齢となった。
入学した時点で既に二人の不仲説は流れていたが、まだこの時点ではやり直せたのかもしれない。
けれど、学園で出会った令嬢――エリルとカティは恋に落ちてしまった。
エリルは男爵家の娘であった。
だが、一時期平民として暮らしていた。
貴族である父親が、屋敷で働いていたメイドに手を出して、とかではない。
屋敷で働いていた使用人がよりにもよって同時期に生まれた赤子とエリルを取り換えたのである。
使用人が取り換えたのは、己の妹が産んだ子であった。
妹は子を産むと同時に亡くなってしまい、子には母がいない状態。
たまたまその子の世話に関して屋敷で子育ての得意な使用人に聞きたいことがあるからと、事情を説明し主の許可を得て赤子を連れてきていた。
そこで使用人は、魔がさしてしまったのだと言う。
よく眠る妹の子とエリルは、見た目だけならそっくりであった。
まだ赤ん坊でこれといった特徴はほとんどない。髪だって生えかけではあるが、色はほとんど変わらず。
家に帰れば祖母がいるとはいえ、その祖母も長くはない。
妹の夫だった男は妹よりも先に死んでしまった。子ができた、と言う前の話だ。
それ故に、妹の子は親を知らず、祖母もいずれは逝ってしまう。自分はこの子をちゃんと育てられるだろうか……? そんな不安から、ふとエリルを見た時に。
魔がさしたのである。
男爵令嬢としてなら、もしかして。
少なくとも自分たちが育てるよりもよっぽどマシな生活になるのでは、と。
冷静に考えたら問題しかないのに、その時彼女は追い詰められていたのだろう。
妹が遺した子。この子から見て祖母――自分の母親は精々あと三年生きてくれればいい方で。
まだ幼い状態で、自分一人でこの子を果たしてきちんと育てられるか……
妹の子だから、大切にしてあげたい気持ちはある。
けれども、どうして自分の子ではないのに自分が育てなければならないのか、という相反する思い。
どうせ自分の子じゃないのだ。育てるのが自分の子ではないのなら、それなら、別にどっちだっていい。
そんな風に考えて、気付けば彼女はエリルと妹の子とをすり替えてしまった。
エリルの母親がすぐに気付けば、問題はなかったのかもしれない。
けれどエリルの母親もまた産んだ直後に命を落としてしまっていた。
乳母は、気付けなかった。
結果としてエリルは数年の間、平民として育つことになってしまったのだ。
真実が暴かれたのは、エリルが十四歳の時だ。
貴族の子は十五から学園に通う。貴族としての在り方を学ぶためでもあり、人脈を作るためでもある。学園でただ授業を受けるだけではない。そこで何を学ぶかはそれぞれに委ねられている。
故によく学ぶ者とそうでない者との差がはっきりと出てくるし、そこから成人後の彼らの立ち位置は自ずと定まってくるのだ。
来年、我が子も学園に通うのか、となった時になって男爵は我が子をようやくマトモに見たと言ってもいい。それまでは妻を亡くし失意の底で悲しみを忘れようとただひたすらに仕事をするようになっていた。妻の面影があるかもしれない我が子を、どんな目で見ればいいのか。折角薄れてきた悲しみを再び溢れさせるような事になるのでは……と、男爵は己の心の弱さから今まで我が子とマトモに接してこなかったのである。
教育は人任せ。それでも。
ふと、気付いてしまった。
来年は学園に通うだろう我が子。学園を卒業した後は成人と見なされる。その前にいい加減腹をくくって一度くらいはちゃんと話をしようと思った男爵であったものの。
あれこいつ誰だ?
自分にも妻にも似てないぞ? そもそも髪の色はそうかもしれないが、目の色が違う。
自分とも妻とも違うし、祖父母とも違う。妻の両親の色でもない。
それに何より――
男爵家の血を引いた者には代々特徴的な痣がある。念のためそれらがあったかを侍従長へ確認をとってもらったが、そんなものはどこにもなかった。
そこで、そういえば、と侍従長は思い至ったのである。
昔、使用人の一人が妹の遺した子を育てるにあたり、いくつか確認したいことがあると言って赤子を連れてきた事を。
男爵もまた思い出していた。そういやそんな感じで赤ん坊を連れてきてもいいか聞かれたな、と。
まさか、もしかして。
気付かないこちらも大概だが、しかし果たして誰が思うだろうか。
下手をすれば貴族の家の乗っ取りにもなるのだ。思い切り犯罪である。
もしかしたら、たまたま。この子には痣が出なかっただけかもしれない。だが、一族の皆が持ってうまれてくるそれがたまたま一人だけない、というのも不自然で。
ちょっとその使用人の子を確認してみようか、と男爵は従者を連れてこっそりと市井で暮らしているその使用人の妹の子とやらを確認しに行ったのだった。
そしてそこで男爵は見る。
亡き妻によく似た少女を。目の色が妻と同じだった。ここまで似ていて妻と無関係とは考えにくい。
念のため、と侍女に痣があるかを確認してもらえば、あったのだ。
男爵の身体にもある痣と同じものが。
そうして件の使用人を問い詰めれば、彼女はあっさりと白状した。
もう隠しきれないと判断したのだろう。
結果として、貴族の家を乗っ取るつもりはなかったもののそうなるところだったのもあり、その使用人は処分を受ける事となった。公開処刑まではいかないが、実質死刑である。
エリルは市井で最低限の教育を受けてはいたけれど、貴族令嬢としての教育はさっぱりである。
だが、それでも。
彼女こそが男爵家の正当な血筋である。本人の意思でなかったとはいえ、すり替えられた子もまた罰を受ける事になってしまった。とはいえ、こちらは何も知らない赤ん坊の時にすり替えられたので、そこから責任を取れとも言えない。結果としてこの家で働かせるのもいかがなものかとなり、他の家に奉公に出される事となった。
かくしてエリルは男爵令嬢であると判明したわけだ。
今までをほとんど平民として過ごしてきたエリルが貴族たちの通う学園でいきなり貴族令嬢として振る舞えるはずもなく、令嬢らしからぬあれこれに、すっかりカティは珍しさと共に彼女の魅力に虜になってしまったのであった。
ロザリシアは一応婚約者というのもあって、カティにもエリルにも簡単に注意はした。
婚約者がいる異性に気安く近づくのはよくないという事も。
婚約者がいるのだから、令嬢との距離感は常々よく考えて下さいとも。
王子のお手付きなんて噂が出たら、ただでさえ平民として暮らしていた事が知られているのだ。
余計に嫁の貰い手がなくなるではないか。
ロザリシアはエリルの生い立ちをそれなりに把握した上で、親切で忠告したのである。
男爵家の子はエリルだけ。であれば、将来は婿をとって家を継ぐのだろう。
流石に第一王子であるカティが婿となって、というのはあり得ないだろう。それこそカティが王族という立場を捨てる覚悟があるのなら話は別だが。
もしロザリシアとカティの婚約が無かった事になったとして。
今から新しい婚約者を見つけるとなると結構限られてくるけれど、それでもロザリシアの相手はいないわけではない。まぁ、同年代に絞ると本当に厳しいが、年齢差を少し広げて探せば案外より取り見取り。
なのでロザリシアはカティとの婚約が駄目になったとして別段困らないのである。
むしろ困るのはカティだろう。
男爵家に臣籍降下とか、流石にエリルの父である男爵だって扱いに困りそうだし。
それ以前に国王陛下が許してくれるかもわからない。王妃様とて賛同しないんじゃないかしら、とロザリシアは思っている。
ロザリシアがあまりにも優秀過ぎたせいか、途中からすっかりカティはやる気をなくして教育をサボるようになっていった。
ロザリシア程ではないとしても優秀だったはずのカティの学園での成績は、かつての優秀さがすっかり見る影もなく平凡そのもの。多分やればできるとは思うけど、本人にやる気がないので期待するのも微妙なところである。
それでもロザリシアが妻になるのなら、彼女が優秀なのでまぁやる気がないカティでも玉座につくことはできよう。しかし、ロザリシアとの婚約をなかった事にして他の女を妻にとするのなら、今の彼に王の座を与えるのは難しい。
何故って王子も優秀だった時期があるとはいえ、それでもすっかりロザリシアの優秀さに隠れてしまっていたのだ。本当はカティ殿下も優秀なんですよと言われても、学園の成績を見てそれを信じられる者はそういないだろう。かつて、カティが優秀だったと知っているのは数名の家庭教師だけである。
今はもう見る影もないかもしれない。
正直未知数なのだ。今も優秀でやる気を出せば結果を出せるのか、それともやる気を失った今、あの頃のような優秀さを発揮できるのか否か。
最初から最後までできない子であったなら周囲もすっぱり割り切ったかもしれない。
特に国王夫妻。ロザリシアに及ばないとはいえ優秀だった頃を知っているし、そうでなくともカティの親なのだ。完全に無能の烙印を押して切り捨てるにしても、決定的な失態を犯したわけではない。今のところは、まだ。
けれどもロザリシアはそれも時間の問題かしら、と思うようになっていった。
カティとの仲を深めつつあるエリル。
彼女の貴族令嬢らしかぬ態度は、カティの身近にいた高位身分の令息たち数名も虜にしたらしい。
それぞれの令息たちの婚約者もまた、エリルに忠告をし、各々婚約者に対しても苦言を呈していたけれど。
すっかり恋にのぼせ上ってしまったのか、誰一人として令嬢たちの忠告を聞く耳持ってくれなかったのである。
そうなると、エリルの存在は他の令嬢たちからも避けられるようになる。
婚約者のいる男性に近寄って媚を売っているように見える挙句、適切な距離感を保つようにとの言葉に従いもしない。下手に関わって自分も同類だと思われたくないのだ。マトモな令嬢たちからすると。それに、下手に接点を作って自分の婚約者まで奪われるようになるのも困るし、まだ婚約までいっていないがそうなりそうな令息との仲に亀裂を生じさせられるような事になるのも問題である。
エリルがどういった行動に出るかがわからないため、近づかなくとも向こうからやってきてこちらの仲を壊すような事になるかもしれないが、その場合はまだ仕方がない。
しかし下手に関わった事で周囲の人間関係が壊れるような事になれば、その場合関わった自分にも原因があるとされてしまう。
平民風に言うなれば。
ばっちぃから触っちゃいけません、というやつだった。
それを一体どう思ったのか、エリルは令嬢たちに虐められているとカティたちに言ったらしい。
虐め、というか普通に関わりたくないから距離を置いているだけだと言うのに。
そうして見当違いな説教をカティやエリルに侍る令息たちは自らの婚約者たちに言うものの、そもそも虐めていない。関わりたくないから距離をとっているだけだ。
派閥の関係上どうしても関わらなきゃいけない相手というわけでもないし、そもそも高位貴族の令嬢である彼女らがあえて男爵令嬢であるエリルと関わる必要もない。
それぞれの令嬢たちとロザリシアは、前はそうじゃなかったのにどうしてここまで知能を溶かしてしまったのかしら……と各々で話をするようになって、むしろ仲が深まったくらいだ。
聞く耳持たない婚約者と、話が通じるそれぞれの婚約者である令嬢たち。ロザリシアがどちらと仲良くしたいかなんて決まりきった話である。
意地悪な令嬢に目にものみせてやろう、と思ったかはわからない。
だが、カティを筆頭にそれぞれの令息たちはエリルに対してやれ髪飾りだネックレスだイヤリングだと贈り物をこれみよがしにするようになり、果てはドレスに靴まで贈るようになっていった。
そのお金は果たしてどこから出たものなのか。
それぞれ自分のお小遣いからならまぁ構わないが、婚約者に贈るための資金として家から出されているものなら大問題である。
相変わらずエリルは虐められているわけでもないくせに虐められているかのように被害者面をしているし、それをあっさり信じてしまう殿方とその婚約者、という構図がすっかり学園でできてしまった。
とはいえ、それはあっさりと終わりを迎えた。
最終学年にして、卒業前に行われるパーティー。
学生としての集大成を発揮する、というと大袈裟ではあるが、生徒たちの手で行われる催し。
貴族としていずれは使用人に指示を出したりする事はある。領地経営もそうだし、夜会や茶会といったものを手配するのだってそうだ。上の者からの指示に従う事もあれば、自ら指示を下す事もある。
パーティーとはいうものの、これは学園での試験の一つでもあった。
そのパーティーで、彼らはやらかしたのだ。
カティと令息たちはエリルをエスコートしていた。
そうして大声でカティはロザリシアを、そしてその他の令息たちは各々の婚約者の名を呼びつける。
恐らくは娯楽本のようにこの場で婚約破棄でも宣言するつもりだったのかもしれない。
しかし――
ロザリシアも、誰も。
令息たちの婚約者は誰一人としてその場にいなかったのである。
婚約者の年が離れていて学生でない場合は参加できない場合もあるので、参加不参加は任意であるが、それなりに大きな催しである。教師だけではない。これも社交の一環として、子の成長を見守る親も参加する事だってあった。卒業式の後にもパーティーは行われるが、そちらは生徒が準備するものではなくちゃんとしたプロが手配して行われるものだ。
生徒たちで手配したものとはいえ、それでもそれなりの規模になる。
正式な社交の場か、と言われるとそうではないが、限りなく実際の社交の場と言っても過言ではない。
そんな場において、カティたちは自分たちの婚約者ではない女を取り囲み侍るようにしていたので、それはもう悪目立ちをしていた。
正直婚約者を蔑ろにしているという報告もされていた令嬢たちの親は、その蔑ろがどの程度かによって今後の婚約に関する契約の見直しをするつもりであったが、完全にアウトだった。
令息たちの親もそれとなく忠告を受けたり釘を刺されたりもしていたため、息子たちには言い聞かせたりもしていたが、まさかここまでとは思っていなかった。
エリルとはそんなんじゃありませんよとか言われた親は、そんなんじゃないなら今この目の前の光景はなんなんだと叫びたい心境ですらあった。
婚約者の名を呼んでも誰も出てこないため、カティたちは無駄に騒ぎ立てるマナーのなっていない存在としてしか見られない。
あまりにも見苦しすぎて最終的に国王陛下がつまみ出せ、と指示を出したくらいだ。
別室に連れていかれた令息たちの言い分は、まぁ大半が予想していたものであった。
エリルに嫌がらせをするような心根の卑しい女など婚約者として相応しくない。婚約をこの場で破棄してやるつもりだった……というのがカティたち令息側の言い分である。
しかし嫌がらせはしていない。それは学園側で確認がとっくにとれていた。
そもそもエリルの素行が悪すぎたのだ。婚約者のいる身分とツラのいい男ばかりを侍らせているような、身持ちが悪いとしか思えないような令嬢と、いったい誰が親しくなろうというのか。学園側もエリルには目を光らせ注意をしたりもしたのに、エリルはそれを大したことはないと放置し続けていた。
エリルの親でもある男爵は、学園からエリルについての注意がいくと方々に謝罪をしていたが流石にまったく反省もしていないとなれば、いくら亡き妻に似た見た目であっても我慢の限界に到達した。
むしろ妻の姿でありながらありえないくらいはしたない阿婆擦れを見せつけられたのである。記憶にある美しい妻すら汚された気分だった。
取り換えられて、市井で過ごした事にすぐに気付けなかった男爵にも落ち度はある。あるけれど、だからこそその分成人までの短い期間で不自由をしないようにと男爵なりに今までの分を取り返すように心を砕いてきたというのに。
その結果がこれ。
取り換えられていた使用人の妹の子の方が、まだ貞淑であったと言える。
生まれより育ちなのか……? と呟きつつも、男爵はエリルを家の籍から外す事をきめた。今までの忠告もなにもかも、エリルに伝わっていないのならば、これから先何を言ってももう何一つとして伝わらないだろう。
再び平民に戻されたエリルは抵抗したが、今更すぎたのだ。
確かに貴族として学ぶ時間が他と比べて短かったのは確かだ。だからその分学園に男爵は予め教師たちへ苦労をかけるかもしれない事と、それでも娘を見捨てないでやってほしいと事情を説明し、頭を下げて頼んだというのに。
家に帰ってきた娘に対してだって、何か困った事はないかとか声をかけたりもしていたけれどエリルはそんな男爵に対してそっけなかった。
エリルからしてみれば、突然現れた父親だ。男爵だってそれを理解していたから、距離感には気を使ったし取り換えられた子の時のように放置し続けるような事はしないように、と関わろうとしていたけれど。
エリルはそれすら鬱陶しそうにしていた。
思い返せば、きっとエリルにとって男爵は都合のいい時だけ利用できそうな相手だったのかもしれない。
金の無心をする時だけは擦り寄ってきていた。
だが今まで市井で苦労させていた事実もあって、男爵はそこから目をそらしていた。妻によく似た娘だ。今はまだ親と認められずとも、いつかきっとわかってくれる。妻譲りの聡明さも引き継いでくれているのなら……と縋るような思いは簡単に打ち砕かれた。
結局、婚約はカティたちの思惑通りなかった事にされた。破棄、ではなく解消である。
令嬢たち不在であるものの、それぞれの家の親がいるのだ。話はカティたちが止める間もなくサクサク進んだ。その場に国王夫妻がいたのも大きい。
カティたちにとっては令嬢たちの悪辣さを理由に破棄してやるつもりだったけれど、そもそもそんなバカな息子は存在しなかった、となって破棄ではなく解消。ついでにそんなバカな息子は我が家にいませんでした、という廃嫡のおまけつきである。
自分の将来が揺らぐ事はないと思っていた令息たちは一様に顔を真っ青にして縋ったが、手遅れだった。
婚約者と話をさせてくれ、彼女は僕を愛しているはずなんだ! と今更のように訴えていたが、会わせるはずもない。そもそもどうしてこの場にいなかったんだ! と喚いた令息にぴしゃりと答えたのはロザリシアの母でもある公爵夫人だった。
「どうしても何も、婚約者がエスコートしないからでしょう」
そんな簡単な事もわからないのですか、と溜息混じりに言われて。
カティも令息たちもぽかんとした顔を晒したのであった。
彼らの中ではエスコートされないまま惨めに一人でやってくるものだとばかり思っていたらしい。どこまでもおめでたい頭である。
――ロザリシアと令嬢たちは、それぞれの婚約者の愚かさに愛想が尽きていた。
パーティーの準備に関してはきちんと自分たちにできる事はやったけれど、あの調子ではきっとエリルに付きっ切りでこちらをエスコートなどしないだろう。
そうなると一人で会場に入らねばならない。なんて惨めだろうか。
そんな風に嘆く令嬢たちに、ロザリシアは事も無げに言い放ったのだ。
「エスコートされないのなら、参加しなければ良いではありませんの」
あまりにも当然のように言われて令嬢たちは何を言われたのか理解するまでに少しばかり時間を要してしまったけれど。
「どうせあの様子じゃ彼女と一緒に会場入りをして、あまつさえこちらに難癖つけてくる可能性がとても高いのですもの。
わざわざ見世物になるために参加する必要、あります?
今回のパーティーに参加しないのは確かに少しばかり心残りかもしれませんけれど、どうせ卒業式の後に盛大なのがあるのですから。
そちらで楽しめば問題ないでしょう」
あまりにも当たり前のように言われてしまって。
「今回は両親も時間がとれたようなので参加するけれど、わたくしは婚約者が来るまで待ちます。お母様はきっと聞くでしょうね?
貴女はどうするの? って。
そうしたらこう答えるの。
カティ様はきっと忙しくて遅れているだけですわ。わたくしは婚約者であるカティさまがエスコートしてくれると信じてここで待ちます、と。
さて、これで両親が先に会場に行ってそこで別の女をエスコートしているカティ様を見たら、果たしてどう思うかしら?」
「どうって、そんなの完全に不貞の現場」
「あっ」
「そうね、それでいいのだわ」
他の令嬢たちが口々に閃いたように声をあげる。
一人で会場入りは惨めだけど、婚約者がエスコートするだろうから待つ、というのであれば。
健気に婚約者を信じて待つ娘をそっちのけで別の女に侍っている浮気者の図の完成である。
その後は何をどう言おうとも、婚約者に対する令嬢たちの親の感情がよくなるはずもない。
そもそもエリルを虐めた、なんて言っているがこちらとしては真っ当な事しか言っていないのだ。そしてそれらは親にも伝えてある。
婚約者としての務めも果たせない男が何を言ったところで、ロザリシアの両親を筆頭にそれぞれの令嬢たちの親が納得などするはずもないし、ましてや言いくるめられるなどあるはずもない。
令嬢たちの今までの報告だけでは、両親たちも直接その目で見たわけではないし何より学園内での事だ。
大袈裟に言っている、と思われる部分もあったかもしれない。
だが、それが全く大袈裟ではないと知れば。
娘の言葉を信じなかったという負い目があるかはさておき、初っ端から見せられたどこからどう見ても不貞現場。更に婚約破棄を宣言しようとしていたという事実が明るみに出ればむしろそちらの有責で、と両親は言うだろう。令息たちの親もマトモである以上、彼らを庇うような真似はすまい。内密に済ませられる状況ならともかく目撃者が多数いるのであれば余計に。
別に、サボろうというわけではない。
婚約者がエスコートすればちゃんと参加するつもりなのだ。
そう、婚約者が今までの忠告をきちんと聞き届けて、婚約者としてマトモな対応をとれば何も問題はないのだから。
――と、まぁそういうわけで。
ロザリシアは勿論、他の令嬢たちも婚約者がエスコートに来てくれることを健気に信じて待つ、と決めたようだ。勿論来るなんて思っていない。
そして結果は言うまでもない。
誰一人として迎えになどいかなかった。そして令息たちが意気揚々と婚約破棄を告げようとしていた相手が来なかっただけだ。
婚約者としてエスコートさえしていれば令嬢たちも会場にいただろう。
しかしエスコートした後わざわざエリルの傍へいき、そうして婚約破棄を告げるとなると格好がつかない。最初からついてないだろと言われるだろうが、その事実に気付かないのはカティを筆頭に令息たちくらいである。
本来ならば当事者であるロザリシアたちも参加するべきだったのかもしれない。
しかしそうなると、無駄に拗れる気がしたのだ。
大勢の前で婚約破棄なんて、向こうが有責であってもこちらにも何らかの落ち度があったんじゃないか? だとか、あえてこちらも悪いかのように吹聴して足を引っ張ってくる家がないわけではない。
だが婚約破棄を告げようとした相手が最初からいないのであれば。
それをやらかそうとした相手だけが道化になる。
時と場合によっては当事者がいない方が話がスムーズに進む事があるのだ。
(まぁ、カティ殿下含め他の方々があまりにも愚かだった、というのが大きいのでしょうねぇ……向こうがもう少しお利口さんであったなら多少は厄介な事になっていたかもしれませんもの)
後日令嬢たちと集まって上手くいって良かったですわ、なんてお互いの無事を喜びあっていた中で、ロザリシアはふとそんな風に思う。
もし上手くいかなければ、令嬢たちに関しては全て自分が責任を取るつもりだった。令嬢たちを先導したとして。しかしそうならずに済んだ。良かった、と素直に言えないが。
愚かだなんだと内心で思っているが、ロザリシアは一応カティに情はあったのだ。これでも。
確かに表立って目立っていたのはロザリシアだったかもしれないけれど。それでもロザリシアには無い視点から思いもよらない発想をするカティの事を、これでも幼い頃は凄いと思っていたのに。
だがきっと、今更それを言ったところでカティがそれを信じてなんてくれないのはわかっていた。
もうとっくに過ぎ去ってしまったのだ。そうなったかもしれないもしもの部分など。
聞けば令嬢たちには新たな婚約者が決まった者と、決まりそうな者がいて、次を探さなければならないと慌てるような事にはなっていなかった。
「次は皆さまお互い心を通わせられると良いですわね」
ふとそんな風に呟けば。
「それはロザリシア様もですわよ?」
令嬢たちに口々に当たり前のように言われて。
それは、確かに……? なんて。
思わず他人事のような反応をしてしまったのはご愛敬というものだ。
わたくしまだ次の婚約者確定してないんですけれども、とはとてもじゃないが言えなかった。
なお廃嫡されたカティや令息たちとエリルについては。
陸の孤島と称されている王国の隅っこにある土地で元気にやっているらしい。
あくまでも噂なので、本当に生きているかどうかは知らないが。
被害者サイドの中では取り換えられた妹の子が一番とばっちり感ありそう、って個人的には思ってる。
次回短編予告
異世界転生した挙句その事がバレたら危険な状況で生きてく人の話。