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闇ひびく音

これは、とある人から聞いた物語。


その語り部と内容に関する、記録の一篇。


あなたも共にこの場へ居合わせて、耳を傾けているかのように読んでくださったら、幸いである。

 なぜ寝る時に、暗めにしたほうがいいのだろうか?

 科学的には、光による刺激をおさえるためだという。かといって、完全な暗闇にすると不安感を覚える人もいるとかで、ほんのちょっぴり明かりがある程度がいいらしいな。

 笠のついた電灯などは、本命の蛍光灯以外にも、オレンジ色を放つ小さな電灯をそなえているスタイルを、しばしば見る。我が家だと、寝る時はそのオレンジ色の明かりだけつけた状態だな。


 しかし、完全な暗闇を避けるのは、それだけが理由だろうか。

 不安感などは、人間側の事情。ひょっとすると、人間側でない相手には別の好都合が待っているのかもしれない。

 我々の多くは、たまたまそれに出くわさず、満足に知らないだけ。暗闇の中にひそむものはまだまだいるかもな。

 ちょっと前に私の聞いた昔話なのだけど、耳に入れてみないか?


 むかしむかし。

 諸国を旅してまわる、若い修行僧がいたのだとか。

 厳密には、その体でもって全国の調査をしている密偵のごとき役割で、人目につくところでは、ほとんど寝入ることがなかったという。

 安全もそうだが、何より人相を覚えられることを警戒したのだとか。

 誰かと時間をともにすれば、絶対自分の顔を見る。特に睡眠時などは顕著だろう。

 ゆえに彼は野宿を好んだ。

 獣を近づかせないようにする法は、心得ている。

 この日の彼はとある高い樹の一本、その太い高枝に腰を下ろし、これまた太い幹へ背中を預けながら、夜が更けるのに身を任せていたそうだ。


 それから、どれくらいが経っただろうか。

 ほんのわずかな物音を耳にし、彼は目を覚ました。この手の訓練はされている。

 自分の真下、木の根っこあたりから、このかすかな音は聞こえてくるようだった。

 普段の彼ならば、すぐさまそれを見とがめ、動いていたかもしれない。

 だが、今回はあたりがあまりに暗すぎた。


 これが目を開いた景色だと判断できるのは、自分が目をひんむいているという、感覚によるものだけ。

 あたりは、自分が寝入ったときよりも、ずっと暗い。わずかな光さえも見通せない暗闇。

 それだけだったら、彼も自分の目が闇に慣れていないせいだと、判断する余地があったかもしれない。

 しかし、耳を澄ませてみると、聞こえてくるのは木の根元で響く、例の音だけ。

 周囲の木々のこずえのささやき、虫たちの声たち……それらが一切届いてこないんだ。


 自分が寝入るときは、これほど静かではなかった。

 つまりは、虫たちが気配を押し殺さざるを得ない状況にある、と見た方がいいだろう。

 たとえば、大勢の人が近場にぎっしりとひしめいている……とか。

 そうなれば、下手に気取られると、命取りになるかもしれない。

 密偵はなお気配を殺し、自身はみじんも音を立てないまま、様子をうかがい続けていたのだとか。


 かの音はずっと、同じ場所から響き続けている。

 密偵の経験上、穴を掘る音に近しいものだが、どこか金物同士がこすれる音も、ふんだんに混ざり続けていた。

 硬質なもの同士の摩擦、にしてはいささか腑に落ちない。

 自分が野宿するとき、周囲の状況に関しては、十分に気を付けているという自負が、密偵にはあったからだ。

 自分が罠にはめられては元も子もないと、そのあたりは徹底している。

 この樹も下調べをきちんとしたうえで、選んだものなのだ。となれば、音源はこの根っこにいる何者かが、自分で用意をしたということに……。


 どうにか企みを見抜きたいと、密偵は目をこらしてみるが、一向に視界は良くなる様子を見せない。

 暗さに対し、目が慣れる早さにはそれなりに自信があった。それがこの時に限っては、なぜかうまく働いてくれない。

 音の主は変わらずに、金物をすり合わせるような響きを続けている。

 密偵は数えに数えて、ついに音が間断なく、半刻ばかりなり続けたのちに。


 ふと彼は、自分が腰かけた枝から、尻を持ち上げづらくなっているのに気が付く。

 身を起こそうとすると、名残惜し気な女の手のように、枝側へ強く引っ張られてしまうんだ。

 つい手をやってみて、その正体に気づく。

 自分のまとっている外套の、枝と接していた部分が赤銅色に変わっていたんだ。

 見た目だけじゃない。臭いも手触りも、紛れもないものに。

 それどころか、自分が触れた手の部分も怪しい。

 外套のその部分へ触れたとたん、一気に触覚が鈍るとともに、指全体もまた硬度を帯びたものになりかけてしまっているような……。


 彼の判断は早かった。

 懐刀を抜くや、音を出す源へ向かって、一気に飛び降りたんだ。

 もしそこへいたなら、確実にとらえていただろう箇所には、誰もいなかった。周囲に他の者が潜んでいる気配もない。

 火打石で手早く火をつけた彼が見たのは、その全身をほぼ銅と同じ姿に変えた、大樹の姿だったという。

 ちょうど、自分が寝入っていた枝に届くかどうかというところで、銅の領域はとまっていたらしい。

 指についていた銅はどうにかこそぎ落とすも、いくらかの皮膚と一緒にはがす羽目にもなった。

 あのまま寝続けていたら、どうなっていたことか……。


 そして、あの奇妙な木の状態。

 本当の暗闇の中でのみ、うごめく何かがいるのではと、密偵は語ったそうな。

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