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Episode1 接点

「人、殺したんですか?もう一度お聞きします。 あなたは人を殺しましたか?」面会室で弁護士の加峯泰明がある人物に問い詰める。「質問を変えましょう。殺人犯として生きるということは、どういうことだと思いますか?『人殺し』『生きる価値なし』『人間のクズ』『死んで償え』こんな言葉があなたに浴びせられます。見ず知らずの他人が、何千何万というナイフであなたの心を平然と刺していくんです。その矛先はあなただけではありませんよ。家族、恋人、友人、同僚、あなたの人生に関わったすべての人が“殺人犯の何々という称号を強制的に与えられるんです。罪のない人間が、犯罪者と同じ扱いをされるんです。法律というルールの中では許されても、リアルな世界では一度罪を犯した人間を赦す気なんかないんです。むしろ、殺人犯として牢屋で過ごすよりも悲惨かもしれませんね。無論、あなたが真摯に罪と向き合い、更生したと判断されれば刑を終えることができます。法律上は。でも、それはあなたが罪から解放されたわけではありません。過ちを犯してもやり直せる。日本はそんな優しい国…とでもお思いですか?考えてもみてください。あなたの隣の部屋に殺人犯が引っ越してきたら?『私、人殺したんです。』と言われて『そうですか。』と笑っていられますか?犯罪者の更生施設だってそうです。社会にとっては必要であるということは誰もが分かっている。しかし、自分の近くには来てほしくない。それが人間なんです。 もう分かりましたよね?法律というルールの中では許されても、リアルな世界では一度罪を犯した人間を許す気なんかないんです。どんなに心を入れ替えたとしても、出所した先に自分の居場所なんかないんです。幸せになんかなれるわけないんです。やがて絶望し、もう一度人を殺すか、自ら命を絶つか、待ってるのはそんな未来だけです。殺人犯になった時点で、あなたの人生は終わります。仕方ないですよ…だって、人殺してるんですから。失礼。話を戻しましょう。今日はあなたに大事なことをお伝えしに来たんです。この機会をあなたがどう捉えるかですが…私があなたを無罪にして差し上げます。」

面会を終えタクシーで急いで事務所に戻ろうとする加峯がタクシードライバーに「間に合いますかね?」「時間ギリギリになりそうですね。でも、これ以上は…」タクシードライバーが無理くりスピードを上げ、加峯が「ちょっとスピード出し過ぎじゃないですか?」「えっ?」そう言いながら加峯がスマホのカメラで録画をし始める。しばらくするとパトカーのサイレンが。「おいおいおいおい」タクシードライバーが焦りを見せる。「そこの信号の先で止めてください。」「もう最悪だよ。」加峯がタッチ決済をしている間に警察官がタクシーにノックしてくる。「開けてくださ〜い。スピード出してましたね。出てきてもらえますか?」「すいません。お客さんが。」「そちらは何キロでしたか?」加峯が警察官に問う。「ああ…私こういう者です。」名刺をスッと見せる。「スピード違反は100メートル追尾して速度を測り、サイレンを鳴らす。そういう決まりですね。あなたは何キロで追尾しましたか?」「70キロです。」「ほう。」先程撮った動画を警察官に見せ「はいここから。1 2 3 (サイレンの音が鳴る)3秒。あの路地から出発して100メートル追尾するには、あなた120キロ出していないと無理ですが?やったやってないんで揉めるのは嫌なんで、最近自己防衛で動画回してるんです。それと、取り締まるなら、隠れてないでもっと道の真ん中で堂々とやられてはいかがですか?特に都内の道は危ないんで。では。」タクシーから降りた加峯は東京地裁のある部屋に向かう。

「おはようございます。」「おはようございます。」一同が加峯に向かい挨拶をする。加峯が入った部屋の中には姫野検事、裁判官などが集まっていた。姫野検事が「お忙しそうで何よりですね。」「おかげさまで姫野検事と肩を並べられるくらいにはなったかと。」「ご謙遜を。まあ、時間厳守はルールですのでこう見えて我々も忙しいんですよ。時の敏腕弁護士先生ほどではないですが。」「ありがとうございます。お叱りを受けている間に準備が整いました。では、始めましょうか。あっ、ちなみに待たされたのはこちらも同じです。取り調べにずいぶんと時間をかけられたようで。何回再逮捕を?」「念入りに調べるのが私の常でしてね。」「そうですか。裁判長、時間もないようですので始めましょうか。」「はい。」姫野が事件の概要を説明しだす。「起訴状のとおり、被害者は大田区にある町工場、羽木精工の社長羽木朝雄54歳。被告人は同社の従業員緋山啓太35歳。罪名は殺人刑法199条。」

その頃事務所でパラリーガルの白木が事件について「令和6年1月30日21時45分頃、羽木精工に隣接する住宅で被害者は殺された。」同じくパラリーガルの青山が「第一発見者の尾形仁史さんの証言によると、被告人の緋山さんはその日残業させられていて、「お願いします。今日はもう上がらせてください。」「いいよ。だからさっき言った分終わったら帰っていいって何度も言ってるよね。親どういう教育してんだよ。」証言者の尾形さんは、言い争いが終わるまで物陰に隠れていると、羽木が物を散らかし「片付けとけよ」「…殺す。」そう言って緋山はハンマーを持ち、羽木宅まで向かい「なんだよ、まだ文句でもあんのか」そう言った瞬間緋山はハンマーを振り殺害。「これが検察の見立て。まあ、だけど、どこまで本当かはまだわからない。」「動機もよくあるパワハラのようですが。」「パワハラにも正当防衛認める法律とか作れっての。」「でも、さすがに殺しちゃダメですよ。」「35歳前科なし初犯っと。」同弁護士事務所で弁護士をしている赤嶺柊夜がメモをする。「赤嶺さんは殺人事件を担当するのは初めてでしたっけ?」「あっ…はい。一応前の事務所で暴力事件を扱ったことはあるんですが、裁判員裁判は経験が。」「まあ、すぐ慣れるでしょ。」「あっ…ちなみに、緋山さんが殺した証拠っていうのは?」

一方、東京地裁では検察側の姫野検事が証拠についての説明を行っている。

「被告人の入出が確認された防犯カメラ映像、現場についた被告人の指紋、被害者の爪の間から検出された被告人のDNA鑑定、そして第一発見者である同僚の尾形仁史さんの証言。主にこれら4つをもとに法定で立証させていただきます。「わかりました。弁護人から何かありますか?「もう一度確認しますが、請求証拠はこれで全部ですね?」姫野検事は睨みつけながら「全部です。」にこやかに「失礼しました。」と返す加峯。

「争点としてはどうやって減刑を取りにいくかってことでしょうか?」赤嶺が青山に尋ねる。「赤嶺さん、これから加峯先生と合流してもらえますか?」「はい。」赤嶺がとある場所へ向かう。

「ここか。」そこは事件現場となった羽木精工株式会社。

「あなた頭おかしいんじゃないですか!?」そう声を荒げているのは、殺害された羽木朝雄の妻羽木春子。「何も話すことはありません。もう帰ってください。」「待ってください。お願いですから。」同弁護士事務所の弁護士紫宮朱里が懇願するも鍵を閉められる。「紫宮さんですよね?あっ、赤嶺です。青山さんにここに行けって言われて来たんですけど。あっ、直接現場に行ったり、被害者家族にあったりするのは危険じゃないですか?僕たちいわゆる敵側の人間なんだから。」「じゃ帰れば?」「肩と腕を一直線にして。そうそうそう。」加峯が春子の息子の湊に野球ボールの投げ方を教えている。「この位置から投げると遠くまで投げられるはずだよ。はい。」「ねえねえ。」「うん?」「あのね、上野動物園にレッサーパンダのセイくんが来たんだよ。」「うん?」「ほら湊くん。よその人にそんな…それに多摩動物園でしょそれ。」羽木精工で働きながら、湊の面倒を見ている従業員の佐藤がそう言うと。「そうだっけ?」「そうだよ。それにもう外国行っちゃんたんだよ。」「え〜」「はい湊くん。」そう言ってボールを差し出す。「楽しかった。また遊ぼうね。」「うん!」「バイバイ。」「バイバイ〜」「お部屋入ろう。失礼します。はいこっちこっち。」「そっちは?」「すみません。」「まあそりゃそうだ。」「湊くん元気そうですね。何かホッとしました。」「さっきの男性は従業員の佐藤諒さんですよね。なにか気になることでも?」「いや。まだ。」「まだ?あっ…今日から正式に参加させていただきます赤嶺…」「赤嶺くんならこの事件どう弁護する?」「あっ僕ですか?え〜と現場の状況から見て緋山さんの犯行で間違いない以上犯行動機を争点に情状酌量を。」「緋山さんは無罪を主張しているよ。」「ですが!検察側が出してきた証拠は4つもあります。これだけ多くの証拠が揃ってるんですから。」「一つ教えてあげよう。我々にとって証拠の数は多ければ多いほどいいんだ。」「どういうことですか?」「えっ先生ってドMですか?」「あなたバカなの?このカメラの映像です。」紫宮が防犯カメラの映像を加峯に見せる。「このカメラの映像には犯行があったであろう21時45分前後に緋山さんが工場を出て行く映像が写っています。ですが、だからといって緋山さんが殺害したという証拠にはなりません。」「じゃ、逆にこの事件、何があったら強い証拠になる?」「殺害に使用した凶器です。そして彼は出勤時に着ていたジャンパーを出て行く時には着ていません。」「返り血を浴びてジャンパーを脱いだってことですかね。」「この袋の中か、もしくは工場のどこかで処分した可能性があります。なので、凶器かジャンパーどちらかが見つかれば、緋山さんの犯行を証明する検察に有利な証拠になります。」「検察が挙げた証拠の中にその2つはありません。それに、あえて証拠として弱い防犯カメラ映像を提出したってことは…」「ハリネズミだよ。」「えっ?」「検察は今回、決定的な証拠をつかめていない。だからこそ、防犯カメラ、指紋、目撃証言、DNA様々な証拠をかけ合わせて何としてでも有罪に持っていこうとする。それは自ら一つ一つの証拠はとても弱いと自白しているようなものだ。ハリネズミだって何千もの針がなければただのネズミだ。一本の針じゃ弱いから複数の針で戦ってこようとするんだ。」「『証拠は多ければ多いほど良い』つまり僕たちはこれからその針を一本一本…」

「シー。あの人か?」「はい。第一発見者の尾形仁史さん。」加峯が尾形さんの様子を写真に収める。紫宮が尾形さんに近づこうとし、加峯に対し「まずいですよ!検察の証人に。むやみに接触するのは問題になります。」「赤嶺くんそれ外して。」と赤嶺に弁護士バッジを外すように促す。「尾形さーん。」「尾形さんですよね?」「誰だよあんた。」「ご休憩中すみません。少しお話いいですか?」「すいません。今日姫野が来れなくて。」「姫野?ああ…検事さんか。」「改めてお話を伺いに来ました。」「かわいい顔して、人使いが荒いんですよ 彼。」「でもこの前、あの人に全部話したから。」「競馬お好きなんですね。」「まぁ…」「ああ最近私も始めようかと思ってまして。やっぱり面白いですか?」「ああ…まあ。」「すみません。もう一度確認させてください。緋山さんは無罪を主張しています。そのことはご存知ですか?あなたは被害者が倒れているのを発見しただけで、犯人の姿は見ていないんですよね?どうして緋山さんが犯人だと?」「もういいじゃないすか。俺はあんた達に言われた通りすればいいんでしょ?」「本当はあなたが殺したってことはないですよね?」「はあ??」「でも、よく刑事ドラマでいわれているじゃないですか?『まずは第一発見者を疑え』って。図星ですか?」「んなわけないだろ!俺は21時40分ごろにメガネを取りに工場に戻った。その時に緋山とと社長の口論を聞き、自宅方面から叫び声が聞こえたんで急いで駆けつけたんです。そしたら、社長が玄関で倒れているのを目視し、急いで救急と警察に連絡を。」「いいですね。きちんと説明できてます。だいぶ練習されましたね。 ちなみに、緋山さんが作業していた機械というのはどちらに?」「はあ?」尾形が案内する。「これですか?あの〜一つ聞いてもいいですか?先ほど文字を読む時メガネをしてなかったと思いすが近視とかですか?事件の夜はメガネをかけずに忘れて帰った?」「だから!メガネを取りに戻ったってことでしょ。もういい加減にしてよ。ちゃんと裁判には行くっつってんだろうが!」「すいません。お忙しいところ失礼しました。」

タクシーで事務所に戻る3人。

「そういえば君、さっきなぜメガネのことを?」「えっ、あっ…あの〜僕も近視なのでコンタクト付けないと外歩くのも怖くて、だからメガネを忘れたっていうのがなにか気になって。勝手にすみません。」「いや。」「ちなみに尾形さんが工場に戻った時にメガネをかけていなかったかまでは、防犯カメラで確認できません。」「そうですか。」「あの…接触したのがバレたら猛抗議を受けませんか?しかも検察だなんて嘘ついて。」「検察側の証人に接触してはいけないと、法律で決まっているわけではない。それに、そもそも我々は検事だとは名乗っていませんよ。」

事務所にて。

「緋山さんがやっていないという確証が先生にはあるっていうことですよね?」皆から視線を浴び、「あっ、いえあの…半年前の冤罪事件のように緋山さんをどうやって無罪にするのかなって。」「確証なんてないよ。」「えっ、じゃあ本当に僕たちは、殺人犯を助けようとしてるってことですか!?」「殺人犯。赤嶺くんは緋山さんがどうして殺人を犯したと思ってる?」「あっ、いやそれは…ひどいパワハラを受けて。」「それで殺した? 弁護士は被告人である依頼人の正当な利益を守る保護者だ。たとえどんな残虐な犯人だとしても、有罪判決が下されるまでは無罪として扱われ、保護するべきである。この時点で、緋山さんを犯人だと決めつけるような弁護士は、今すぐ辞めたほうがいい。まあそもそも、本当に罪を犯したかどうかは我々弁護士には関係のないことだ。」「でも!罪を犯したかどうか分からなかったら、どっちにしろ依頼人を助けることはできない!」「潰すんだよ。証拠を用意して、有罪を立証するのが検察の仕事。だとしたら我々弁護士は、その検察が出してくる証拠をただ、握り潰せばいいんだ。」

しばらくした夜、競馬場で尾形が競馬を見ている。「スタートしました。」そのアナウンスと同時に数十頭の馬たちが一斉に駆け出す。「ああっ!クソっ!出遅れた! ああっ… 嘘嘘嘘嘘… 行け!行け行け行け行け!差せっ!差せ!行け行け行け行け!行けっ!行け行け行け行け! 行けっ!行けっ!行けっ!行けっ! ああっ〜ああっ! 何やってんだ!クソっ! あぁ〜クッソォ ああ はぁ。」そうため息をつく様子を赤嶺が動画で収めている。

事務所にて「尾形さんの経歴を調べたところ、かなり職を転々としています。」「うわ〜こんなにたくさんも。」「続かない理由が何かありそうだよね。」「続かない理由?」「尾形さんは供述書どおりの回答しかしませんでした。相当検察に仕込まれてますね。」「セリフじゃないんだから笑」「検察ってそこまで証人をコントロールしますかね。」「自由に喋らせると何か問題があるとかですかね。」「第一発見者が尾形さんだったことは、検察にとって不都合だから口裏を合わせてセリフのような証言を作った。それが職を転々としていることと関わりがある。」「少し迫ってみようか。」

「で、追うのは僕なんですね〜 あっヤバい。」

「殺害動機ですが、緋山さんもパワハラを受けていたことを認めています。証拠として弱いとはいえ、防犯カメラも死亡推定時刻に緋山さんが工場内にいることを示しています。緋山さんのDNAがご遺体から検出されたことが間違いないとすれば、あとは…」「戻りました。」「指紋…このドアの内側と棚に付着した緋山さんの指紋が事件当日についたものではなく、それよりも前についていた可能性は考えられないでしょうか?この指紋は検察側が事件当日に付着したものとして提示しています。だけど本当に事件当日に付着したかどうかは立証できていません。指紋は通常、部屋の中なら2ヶ月経過しても採取できる場合もあるので。」「そんな都合のいい話…あっすみません。」「おかえり。いいよ紫宮さん続けて。」「令和元年、実際に強盗殺人の容疑で起訴された被告人が、殺害現場の指紋が当日についたかどうか認定できず、無罪になった事例があります。」「検察は緋山さんが犯人であるという結論ありきで動いている。集めた事実を巧妙につなげあわせて自分たちにとって都合のいいストーリーを作り上げた。だとしたら、こっちはそれを緋山さんが犯人ではないという結末に書き換えてしまえばいい。」「証拠を握りつぶすってそういうことか。あっ、でもそれには事件よりも前に緋山さんが羽木さんの家に入っていたことを証明する必要が…」「まだ方法はあると思います。

検察庁で検察官の緑川が今回の事件を担当する姫野検事の部屋へと向かっている。「おはようございます。」「おはようございます。」「で、弁護側の反応はどうなの?」「これだけ証拠が揃っていても、表情一つ変えません。その上『まだ証拠があるのでは?』みたいな顔して。」「加峯弁護士だからね。あの人達、次の公判に被害者の家族に証人申請してるって聞いたけど。」「どうかしてますよ。裁判のためなら被害者遺族まで利用しようとする人間のクズです。」「で、大丈夫なの?」「旦那が殺されてるんですよ。遺族が被告人のために証言するなんて聞いたことありません。それに念の為、奥さんにも釘を刺しておきました。」「さすが。」「しかし緑川検事、なぜあの男は、緋山の弁護を名乗り出たんですかね?」しばらく黙って緑川が「無罪にできるっていう確信があるんでしょ。」「証拠はガチガチに固めています。そう簡単に殺人犯を無罪にされたら、この国は終わりですよ。」

「戻りました〜。」「あっ、ではお先に失礼します。」青山が事務所を出ていく。「あっお疲れ様です。 どうですか?奥さんに話聞けました?あっ、パン買ってきたんですけど…いりますか?」「結構です。」「OKっす。」「じゃ私がもらう〜。」「どうぞ。」「大丈夫。しのりんは最初いつもあんなんだから。」「はい…。」「あっ、集団食中毒の対応の件、資料メールに送っておいたから。」「ありがとうございます。」[まあそれよりもこっちだよね。厳しいよね〜。この家、普段から従業員ははいれないんでしょ?」「はい。ですがもう一度奥様に当たってみようと思います。」「裁判まであと2日。頑張れ。」

第一回公判当日

「お疲れ様です。あっあの紫宮さんがまだ…」緑川と姫野が話している。「頑張ってね。」「よろしくお願いします。  加峯先生。裁判員へのパフォーマンスのおつもりですか?被害者の奥さんを被告人側の証人だなんて まあ、来るわけ無いと思いますが。」「姫野検事。」そう言い姫野の耳元へ顔を寄せ、「頑張りましょう。」「ふんっ。」 加峯が少し先にいる緑川に会釈する。

2人が法廷へ向かい、椅子に腰掛ける。書記官が「ご起立ください。」その声と同時に裁判官たちが法廷に入ってくる。「只今から、緋山啓太被告の第一回公判を行います。一同礼。」 「それでは開廷します。」と裁判官。姫野賢治が「被告人にお聞きします。あなたは事件当日、工場に隣接する自宅に戻ろうとした被害者を追いかけ、その後、被害者の頭部を鈍器のようなもので殴打した。との起訴内容を否認されていますね?」「はい。私は殺していません。」「それでは、質問を続けます。21時45分ごろ、あなたは何をしていましたか?」「羽木社長に作業を続けるように言われ、工場で金属部品の切削加工をしていました。」「証明できる人は?」「いません。」「ここで、記憶換起のため、検察官請求証拠甲第7号証を示したいのですが、よろしいでしょうか?」「はい。どうぞ。」モニターに映像が映る。「事件当日の防犯カメラの映像です。出勤してくる時と、足早に出ていくところ、何か違いませんか? そう。出勤時に着ていたジャンパーを帰りは着ていない。では、そのジャンパーはどこに行ったのでしょうか?この袋の中ですか?」「わかりません。」「被害者を殺害した際に、返り血を浴びたから、凶器と一緒に処分した。違いますか?」異議あり!赤嶺が立ち上がる。「今のは被告人による犯行を前提とした不当な質問です。」「検察官ご意見は?」「合理的な推認に基づく尋問は許されていると思いますが。」「異議を認めます。検察官は証拠に基づいて事実を尋ねる質問をしてください。」「失礼しました。 あなたは常日頃、被害者から『アホ』『まぬけ』『怠け者』『使えない』などの暴言を吐かれていたそうですね。他の従業員たちからも証言が取れています。いわゆる、パワーハラスメントを受けていた。そしてあの日、そのうっぷんが溜まりに溜まって爆発した。」「私はそんな理由で人を殺したりしません。」「では、なぜ殺害現場にあなたの指紋が残っていたのでしょうか?家の中からは家族以外あなたの指紋しか検出されませんでした。そして、被害者の爪の中からはあなたの皮膚片、DNAが発見されている。事件当日、あなたと被害者が争ったからついたものではないのですか?」 「では続いて、弁護人請求証拠の取り調べに移ります。まず、証人として申請のあった被害者のご家族は?」だが、法廷に証人は現れない。「先生、どうします?」「弁護人?」加峯が裁判官に対しにこやかな笑顔を見せごまかそうとしてしばらくした時、扉が開いた。紫宮が入ってきた。姫野は驚きの表情を見せている。「裁判長、すでに申請している証人の証人尋問をします。」こちらが証人です。証人は被害者の息子羽木湊くん5歳の男の子です。」一同がどよめく。「待ってください!こんな小さい子供を証言台に立たせるなんて!被害者の遺族ですよ!」「お母様の許可はいただいております。」「そんなバカな。」「きちんと証拠請求に記載されている証人です。」湊が証言台に立つ。「湊くん、さっきお姉さんに話してくれたことをここでも言えるかな?」「うん。」「ありがとう。湊くんはどんな遊びが好きなの?」「ボール。」「ボール遊びが好きなんだ。どこで遊んでるの?」「お家の前とか。」「幼稚園のお友達と?」「ううん。お兄ちゃんと。」「お兄ちゃん?お兄ちゃんって誰かな?この中にいる?」「あのお兄ちゃん。」湊が緋山に向かって指を指す。「今指を指した人は、おまわりさんみたいな人たちの隣りに座っている男の人?」「うん。」「裁判長。弁護人は被告人を指すよう誘導した可のように思います!」「そうでしょうか?」加峯が反抗する。「私にはそう見えませんでしたが。 弁護人、続けてください。」「はい。湊くん。さっき指を指したお兄ちゃんとボールでよく遊ぶの?」「うん。ボールを取ってくれたり。」「ボールを取ってくれた?どこにあるボールを取ってくれたの?」「わんちゃんの上。」「ここで、供述明確化のため弁護人請求証拠第32号証の写真を示します。」「どうぞ。」「『わんちゃんの上』っていうのは、この写真に写っている白いわんちゃんかな?」「うん。」「『わんちゃんの上』にいってしまったボールをこのお兄ちゃんが取ってくれたってことだよね?」「うん。こうしても届かないから。」と、手をのばす仕草をとる。「ありがとう。」「検察官請求証拠によれば、同じく被告人の指紋もここで見つかっています。湊くんの証言によると、被告人は事件よりも前にご自宅に入っていたことになります。 つまり、検察の証拠として提示された指紋は、事件当日以前からついていたものといえます。」「証人は5歳です。子どもの記憶とは曖昧なものです。証言に信用性がありません。」「確かに、幼い子の言うことに疑いの気持ちを持たれるかもしれません。」「お兄ちゃ〜ん。」湊が緋山に向かって手を振りその様子を見た傍聴人がにこやかな表情を浮かべながら笑っている。「私には、証人が嘘をついているように思えません。刑事訴訟法第143条『裁判所はこの法律に特別の定のある場合を除いては、何人でも証人としてこれを尋問できる』とあります。今のは立派な証言です。信用性の有無は皆さんにお任せしようと思います。 以上です。」

この言葉を最後に第一回公判は閉廷した。次回の第二回の公判で罪状が確定する。

「ほら湊くん。お母さんだよ。」「湊! 大丈夫だった?」「うん。」「ああよかった。」「バイバイ。」「バイバーイ。」「お送りしますよ。」「行こう。湊。」「まさか湊くんに証言させるなんて紫宮さんすごいです。」

赤嶺が羽木さん宅に来るまで紫宮と羽木春子はこのような会話をしていた。「私はあなた達の証言なんて絶対にしません。そもそもあの男を家に入れた覚えはありません!主人を殺されてるんですよ。これ以上しつこくするなら警察呼びますよ。」「レゴの動物園のやつ持ってるよ。あとアニアも。」「そう。あ、いや失礼しました。湊くんがおもちゃを見せてくれるというものですから。」「息子に近づかないで。」「死刑になるかもしれませんね。私達は緋山さんが犯人だとは思っておりません。事件よりも前に、湊くんが緋山さんを家の中に入れたと証言してくれました。これは、この事件において最も重要な証言となります。」「湊、お家入っていなさいね。」「羽木社長と緋山さんの関係がここ半年の間に急激に悪化したとお聞きしました。その理由をご存知ですか?」「いいえ。」「では、あなたが緋山さんに対して好意を持っていたんじゃないかという噂があるのは?」「はあ?そんな事あるわけないじゃない。私はただ、かっこいいとかちょっと褒めただけで、そんなんで好意なんて。」「あくまで仮定の話をします。もし、単なる冗談でも、あなたに何の他意がなかったとしても、そのことが羽木社長の耳にも入っていたとしたら、彼が勝手に邪推したことが関係悪化に繋がり、そのことが少なからず今回の事件に関係していたとしたら。私達はあなたに嘘をついてもらいたいわけではありません。あなたが緋山さんを家に入れていないというのは事実だと思います。ですが、湊くんは、緋山さんを家に入れたとはっきりと教えてくれました。もし、そのことが法廷で明らかにならなければ、緋山さんは有罪となり、一生殺人犯として生きていくことになるんです。 こんな事例があります。 殺人犯として逮捕され、死刑が確定。10年以上も獄中生活を続け、いまだ、死刑執行の日を待つ。でもそれが、本当は無実だとしたら?家族を失い、暗くて狭い無機質な箱の中でただただ死を待つだけの日々。くしくも、その事件が意図的に証拠がもみ消され、それに関わった人物は、今もなお深い悲しみを背負って生きています。 あなたはそんな人生を生きられますか?」

タクシーがやってくる。「ご協力ありがとうございました。」「これっきりですから。」

「赤嶺くんもそろそろ時間では?」「あ、はい。」

羽木精工にて、タクシーから湊たちが降りる。「お兄ちゃ〜ん。」「ああ湊くん。」湊が駆け寄ったのは佐藤のもとだ。「お帰り。」「遊ぼう!」「わかったわかった。 いいですか?」「うん。ありがとう。」「本当にありがとうございました。」 「ボールで遊ぼう。おうちで。」「外で遊ぶよ。おうちでボール遊びしたら、またわんちゃんの上に乗っちゃうぞ。」「あのお姉ちゃんね手品上手なんだよ。」「こら湊くん。手品が上手なのは…」

紫宮があることを思う。「あの!」「はい。」「ボール取ってくるね。」「うん。」「今の話。ボールを取ってあげた話、うちの加峯に話しましたか?」「え、ああ、はい。この前ちょっと家の中に入ったことはあるかって聞かれて。失礼します。」ボールを取っていたのは、緋山ではなく、本当は佐藤だったのだ。

夜、事務所にて。

赤嶺が加峯の部屋の扉をノックする。「失礼しまーす。 よいしょ。 ちゃんと撮ってきました。」スマホを加峯に差し出す。そこには再び競馬をしている尾形の様子を盗撮したものであった。「これも弁護士の仕事なんですよね。」「ご心配なく。条例には違反しないので。」「それはそうなんですが、先生はいつもこんなことを?」その時加峯のスマホに着信が。「失礼します。」赤嶺が部屋を出ていく。

加峯がビデオ電話を出る。電話の相手は紗那という高校生だ。「もしもし。」「あ、いま平気?さっきリード買ったんだけど。」「うん。」「古くなっちゃったでしょ。だから、新しいの。でも、色に迷ってて、どっちが似合うと思う?似合う方選んでよ。」そう言ってリードを加峯に見せる。「紗那の好きな方でいいよ。」「ええ〜」「わかった。後でまた連絡するよ。今仕事中なんだ。」「そっか。ごめん。じゃあ、またあとでLINEするね。」「じゃあね〜」

翌日

「ずーっと張ってたんですけど、ギャンブル好き、酒好き以外には、特におかしな行動は有りませんでした。」「はあ〜それでこの借金。」「えっ?」「見て。消費者金融から合計150万円借りてるの。」「ギャンブルにこれだけ使ってるってことですね。でもどうしてその情報。」白木が笑みを浮かべながら「それ聞いちゃう?」「怖っ。」「あと実は、被害者の羽木社長からも借りてるみたいですよ。」「いくらですか?」「30万円ほど。」「従業員の中に『金返せ』って怒鳴られてるのを見た人がいるって。」「つまり尾形さんは被害者とは金銭面でかなりもめていた。」「う〜ん。やっぱりずっと気になってるんですけど、尾形さん外に出る時必ずメガネをかけてるんです。事件のあの夜だけ忘れるなんて。ほんとにメガネを取りに帰っただけなんでしょうか。 もしかして尾形さんが羽木社長を…」「赤嶺くん。」「はい。」「次のレースに賭けようか。」

次の日の競馬場でまたもや尾形が競馬をしている。「行け!行け行け!行け行け!あっ。 チッ。うわ~外れた。3連複5 8 15 5と15が逆だったら当たってたのになあ。」「いや~慣れないことはすべきではないね。これ破ってしまおうか。」「あっ ちょっと待って!」尾崎が後ろを振り向く。「あれ?検事さん?」「ああ。」「当たってんぞこれ。」「えっ?」「これは3連複。着順は関係ない。上位3着までにこの数字が全部入ってればあたりなんすよ。」「そうなんですか?」「30万当たってんぞ!」「それはすごい。ハハハハハ…」「つか何ですか?まさか偶然ってわけないっすよね。」「この間聞き忘れたことがありまして。」「もういい加減にしてくださいよ。」「10万円はあなたのものですよ。」「はあ?」「あなたが止めてくれなければ、あやうく30万円をドブに捨てるところでした。少なくとも10万円はあなたに権利があります。どうです?これからパーッと飲みにでも行きませんか? もちろん飲み代もごちそうしますよ。」

事務所にて。

「そろそろ帰りましょ。」「あ、ありがとうございます。」

3人が飲んでいる居酒屋で。

「3連複なんて、我々素人にはわかりませんよ。」「ほんとにいいんすか?このお金。」「いいんですよ。」「はい。どうぞどうぞ。」赤嶺が酒を注ぐ。「尾形さんはこれまでどんな仕事を?」「何すか急に。」「いや、単なる興味ですよ。」「居酒屋、カラオケ、交通整理、まあ色々やりましたよ。」「おお。」「どうしてそんな色々と?」「ったく。どいつも俺を使えねえってクビにした。どいつもこいつも、俺のことバカにしやがって。」

高架下にある居酒屋の上を電車が走る。「そうでしたか。今の仕事は続きそうですか?」「失礼しまーす。瓶ビールと焼鳥です。」「ありがとうございます。」「やっぱり、近視なんですね。だから仕事のとき外してたのか。何かこう、作業も細かい感じでしたもんね。で、そのメガネ、事件の日に限って置き忘れてしまったと。」「ほら。お前も飲め。」「あ、すみません。」「すいません。事件の話はやめましょうか。競馬はいつからお好きに?来週のレースはどの馬がきそうですかね?」「つーか、仕事の話やめようぜ・酒が不味くなる。」「そうですね。」

飲み終わった後。「何?何?『異議あり』っつって『弁護人はなんちゃらかんちゃらで今のは誘導尋問です。』とか言っちゃうわけ?」「いや、私は言いませんよ。」「むしろ言われる立場なので。」「えっ?」「あ、申し遅れました。私、緋山啓太さんの弁護をしております。加峯と申します。」「弁護?お前検事じゃねえの?」「はい。」「ハハハ…わかった。あんたらは俺に酒を飲ましてご機嫌とって、そっちにつかせようって腹だろ。弁護士さん。やることが汚いね。でも俺はちゃんと証言しますよ。緋山がやったって。」「かまいませんよ。でもどうか、今日のことは内密にお願いいたしますね。」「はあ?」「目撃証人にお金を渡し、さらにごちそうまでしたとなると、証人利益強要罪に問われる可能性があります。もちろん、受け取ったあなたも同罪です。あ、それとも、先程のお金、お返しいただけますか?」「ああ、わかったよ。今日のことはナイショな。」「はい。」尾形が去った後、赤嶺が「そんな法律ありませんよ。」「物事を知らないとは恐ろしいね。でも、それを知ってて教えなかった赤嶺くんだって私と一緒だよ。」「僕はただ、真実を知りたくて。」「では明日、法廷で。」

その後、赤嶺がとある人物に会いにコンビニへ「こんばんは。」そう挨拶するも相手は無視をする。

翌日 第二回公判

「ご起立ください。只今から緋山啓太被告の第二回公判を行います。一同礼。」

この日の公判はおもに証人尾形による質問が主な内容であった。「尾形さん、あなたは事件当日、忘れ物をしたのに気づき、工場に戻ったんですよね?」「はい。メガネを忘れて取りに戻りました。 もう閉まっているだろうと思っていたんですが、まだ明かりがついていて。 そこで、羽木社長と緋山さんがもめている声が聞こえてきました。」『お願いします。今日はもう上がらせてください。』『いいよ。だからさっき言った分終わったら帰っていいって何度も言ってるよね。』『いやだから、これは一つ作るのにもかなりの時間が。』『へえ。口答えするんだ。世間の何の役にも立てないやつをこっちは善意で雇ってやってんだよ。育ちの問題?親はどういう教育してんだよ。今度母親連れてこいよ。説教してやるから。あ、死んだんだっけ?』「見つかると面倒だったので、社長がいなくなるまで動かないでいようと思いました。 しばらくすると、2人が出ていったので見つからないように帰ろうと思ったら、自宅方面から悲鳴が聞こえてきて。それで様子を見に行ったら…」「嫌なことを思い出させてしまいすみませんでした。 皆さん。工場内の監視カメラにも尾形さんが21時45分ごろ、工場に入る姿が確認できます。この証言は、被告人が現場におり、被害者を殺害したという大きな証拠といえます。以上です。」「では弁護人、反対尋問を。」「弁護人の加峯より質問させていただきます。尾形さん。あなたは、工場内で被告人と被害者の口論を聞いたんですよね。」「ああ。ああい、いや、はい。」「本当に被告人は最後に『殺す』と?」「はい。」「そうですか。分かりました。 裁判長。ここで職権による検証を行っていただきたいんですがよろしいでしょうか?」「どのような検証ですか?それはこの審理を進行するうえで必要不可欠なものですか?」「はい。これは尾形さんの証言における不確実性を証明する極めて重要な検証材料となります。」「検察官、よろしいですか?」「はい。」「では、よーくお聞きください。」赤嶺が音声を流す。大きな雑音とともに聞こえてくるのは『お願いします。今日はもう上がらせてください。』『いいよ。だからさっき言った分が終わったら帰っていいって何度も言ってるよね。』『はい。だからもうできました。』『えっ、もう全部部品作ったの?すげえなお前。わかった。帰っていいぞ』ここで音声を止める。「尾形さん、これはあなたの証言を参考に被害者と被告人が話していた環境に似せて作ったものです。この音声の中で最後の男性は何とおっしゃっていましたか?」「部品を作り終えるまで帰るなと。」「尾形さんに改めてお聞きします。その男性は、どのような感じで話していましたか?」「高圧的に部品を作れと。」「『帰っていいぞ』なんてことは?」「そ、そんなこと言ってないです。」まわりがざわめく。「実際に聞いた被告人と被害者の会話もこの音声と同じような会話だったということですね?」「そ、そ…そうです。」「この音声にはあえて現場の環境に似せるため工場内の機械音を入れて作りました。では次に、その機械音をのぞき、セリフだけの音声をお聞きください。」再度先程の音声を流す。

「尾形さんにもう一度お聞きします。事件当時、この音声のように羽木社長は緋山さんを怒鳴り続けていましたか?」「いや、あの…」「あなたは本当に被害者と被告人の言い争いを耳にしたんでしょうか?このような雑音の中では、話の内容まで理解できなかったんじゃないですか?」「いや…」「それに本当にメガネだったんでしょうか?あなたは工場内に戻る本当の理由を隠すため、検察官と相談して、とりあえずメガネを取りに戻ったことにした。でも本当はメガネじゃなかったんですよね?そうですね~例えば補聴器とか?」「異議あり!今のは弁護側の憶測にすぎません。」「APD(聴覚情報処理障害)あなたが抱えている病気です。この障害は日常生活での会話にはあまり問題はありませんが、雑踏やにぎやかな場所では人の声にもやがかかったり、内容が理解できなくなったりするのです。競馬がお好きなようですが、あなたは会場内にいてもいつもイヤホンでラジオ実況を聞かれておりますよね。あれは競馬場が目や耳が不自由な方に貸出をしているラジオですよね?場内はいつも活気が溢れていてうるさいですからね。 事件当時の状況を近所の方にお伺いしています。事件の日は夜遅くまで工場から機械の音が聞こえていたそうです。緋山さんが作業していた機械は金属片を削るために使うものでかなりの音がします。 その証人の供述を明確化するため、弁護人請求証拠第38号証の音声を聞かせたいと思うのですが、これは同一条件下のもと工場内の音だけを録音したものです。」「分かりました。どうぞ。」大きな機械音が流れる。 「尾形さん、あなたはこのような機械音の中でも正確に会話を聞き分けられたと、そうおっしゃるんですね。」「それは…」「あなたはその病気が原因で何度も職を転々とされていますよね。どの職業に就いても、耳のことを理由に解雇される。辛かったでしょう。苦しかったでしょう。納得できなかったでしょう。お察しします。」「お前!」「話が違うじゃねえかよ!」そう怒号をあげながら姫野の胸ぐらを掴む。「だから俺は嫌だったんだよ!」「待て。」「コノヤローおい。」「落ち着け。」「お前コノヤロー!」「証人に退廷を命じます。」「検事コノヤローおい!」尾形が外に連れ出される。「お静かに。ここで一旦休廷とします。」「検事。驚かれないんですね。当然です。検事が証人の病気のことを知らないわけがない。耳のことが分かれば、証言の信用性は揺らぎますからね。 尾形さんには、病気のことは絶対にバレないようにうまくやるから、『言われたように証言してください。』とでも言ったんでしょう。実に見事な供述でした。」姫野がネクタイを締め出ていく。

加峯が法廷を出ると尾形が駆け寄ってきて「おい!俺に近づいたのも耳のことを調べるためだったんだな。あんた人の病気のこと晒してまで勝ちたいのかよ。」「だからあの店に誘ったんですよ。 電車の走行音の中で私の話していたことが聞こえたかどうか確かめたくてね。」「あんた俺に何の恨みがあんだよ。緋山は社長を殺した。あいつは犯罪者だ。人殺しなんだよ。」「すいません。私は人の病気を晒してでも勝ちたいんですよ。それが私の仕事なんです。」「ふざけんなよ!おい! そのせいで俺はまた職を失うかもしれない。お前は俺に死ねっつってんのかよ!」「死にたいんですか? 私はあなたの人生がどうなろうと関係ない。障害だろうが何だって利用します。2人の会話を聞いていたという証言が不明確である限り、それを証明するためだったら何だっていたします。依頼人の利益のために力を尽くす、それが弁護士です。事実を話したまで。恨まれたって困ります。では。」加峯が去る。少し歩いて立ちどまり「ただ、そのかわりと言っちゃなんですが、業務に影響がない範囲内での病気を理由とした解雇は不当解雇に当たります。今まであなたをクビにした会社をすべて訴えれば、おそらく1000万円は勝ち取れるでしょう。酒を酌み交わした仲です。いつでも無償で引き受けますのでよろしければ。まあ、私が言うのもなんですが、障害を理由に差別するようなやつらは、絶対に許してはいけませんよ。では。」

獄中で誰かが女の子を絵を描いている。

「こんにちは!」元気な子どもたちの声が検事正の伊達原の部屋から聞こえてくる。「ああ元気がいいね。検事はね、罪を犯した人に謝ることの大切さを伝えるのが仕事なんだよ。」「なんで〜」「う〜ん。君たちもお父さんやお母さんに言われるよね?悪いことをしたらちゃんと反省しなさいって。次はしちゃダメだよって。あれ、言われるよね?」「言われる〜」「でもね、人間っていうのは時として罪を犯してしまう。僕たちはそうした罪を犯してしまった人たちに、自分のした悪いことと向き合える時間を作ってあげるんだ。そしたら彼らはどうなると思う?」「いい人になると思います。」「そうなるといいね。日本という国は罪を犯した人でもちゃんとやり直せる国です。皆さんも考えてみてください。罪を犯した人が刑務所を出た後どうしたら自分の居場所を見つけられるか。どうしたら幸せになれるか。」

裁判が再開される。「再開します。」「裁判長、我々は新たな証拠調べの請求をさせていただきます。」「新たな証拠って…」「どういう証拠なんですか?」「こちらはずっと発見されなかった本件の凶器になります。」「弁護人、確認をしてください。」「確認お願いします。」姫野がニヤつく。

後日面会室にて。

「どうするんですかこれから。」「何も慌てることはありませんよ。あなたはいつもどおりでお願いします。」「けど、あのハンマーは俺ので…」「緋山さん、よーく思い出してください。」「事件が起きる前、あのハンマーをどこかでなくしませんでしたか?」

Episode2に続く。

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