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ルミエール  作者: 詠月 紫彩
ハデス編
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第八話

「な、なんとか……。床と穴だけは塞いでゴミを放り出したぜ……クソが……」


 不格好ながら、大河が持ってきてくれた板を床や天井に張り、隙間風だけはないようにした。

 途中で祭が神にかけあって他の部屋を提供しようかと言ってはくれたが、神のことだ。

 また問題のある部屋を提供するに決まっている。

 買い物から戻った大河が、一応、修理業者に依頼してくれたらしい。

 翌日部屋の修理に来てくれるというのだ。

 もっとも、大河の場合は


「壊れた部屋が母屋にあるなど、パパ上から後後、何をされるか分からんからな。勘違いするな。お前のためじゃない」


 と言ったのだが、そもそも彼と祭の間の部屋に、あんな問題な部屋があったこと自体不思議だ。

 大河ならば、片付けると思うのだが……。

 思い返すとつくづく、自分は何と理不尽な目に遭っている。

 そもそも師匠クラスの魔術師達が揃いも揃ってゴーストを取り逃がし、それをまだ魔術師見習い段階のカイルを日ノ国へ派遣させるという所からおかしい。


「オレは便利屋じゃねーっての」


 力不足なのは承知だ。

 いくら口ではこれができる、あれができる、自分は天才だからと言った所で見習いであり、杖がなければ何もできないというのが分かるというくらいには、自分の身の程を知っているつもりだ。

 ひとまず、部屋がどうにかなったことにかいるは安堵する。

 張った板と板の間に新聞紙を敷き詰めたということもあり、多少は風も防げる。

 カイルは自分が張った板の床に寝転がり、板の天井を見つめる。

 自分は、何故、ここにいるのかと。

 いくら悩んだ所で分からないことは分からないのだ。

 杖を封印された今、自分が魔術師の見習いとして出来ることは何もない。


「オレ、何でここにいるんだろうな」


 一度それを思えば、止めどなく溢れる。

 時間が出来てしまった今思う。

 死ぬ程の修行をしたあの期間は、考えることさえ出来ないくらいに苦しくて、同時に充実していたのだと。

 考える暇もなかった。

 倒れるくらいに修行をして、寝たかと思えば師匠に氷水をぶっかけられて起こされてまた修行をする。


「何でオレ、魔術協会あそこにいたんだっけ」


 それさえ忘れてしまいそうになる。

 自分があの場所にいる理由を。

 一つは、いない両親の代わりに育ててくれた義理の両親から離れるため。

 一つは、今、魔術協会で眠り続ける弟を目覚めさせるため。

 そのために自分は、文句を言いながらこの場所にいる。

 他に行く場所もなければ、生計を立てる術も何もないのだ。

 最も杖が封印されていては役立たずであることは自他共に認めざるを得ない事実。

 後ろ向きであることが好きではない自分を見失い、何処か遠くへ行ってしまいそう―――と急激に溢れて止まらない思考の本流に飲まれかけた時だった。

 二度のノックの後、ゆっくりと障子が開いた。


「あ、終わった? カーくんっ」


 祭が顔を覗かせた。

 その傍らには布団が置いてある。

 どうやら布団を持ってきてくれたらしい。


「テメーがよけいなことしたせいで、余計に疲れたけどな」

「ごめんねっ。本当に手伝うつもりだったんだけど、ボクもまだまだだから……。えっとね、これ、お布団だよっ。大河が新品出してくれたからっ。それと、カーくんがまだ片付けしてたから遅くなっちゃったけど、居候祝いにごちそうにしたんだよっ」


 だから呼びに来た、と布団を敷きながら祭はカイルに伝える。

 ごちそうといえば、カイルの中では洋食を思い浮かべる。

 パンにシチュー。

 肉は七面鳥とは言わないが、せめて鶏肉が食べたい。

 それもたらふく。

 後、食後にはケーキと紅茶でも。

 十分、贅沢ではあるが、日本の料理は美味しいと聞いているから、できればそんな料理であればいい、と思いながらカイルは先程まで考えていたことを頭の中から追い出し、祭に先導されて普段、彼らが食事をする部屋に向かった。

 障子を開けて固まった。

 それぞれの目の前に置かれているのは、丼一つと湯呑だけ。


「早く早くっ。おうどん伸びちゃうっ」


 祭はカイルを引っ張り、自分の席の前に座る。

 つられるようにして座ったカイルは目の前の丼を見下ろす。

 薄色の汁の中に、きつね色の絨毯と、白い麺。

 鮮やかなネギが彩を添えている。


「何だよ、コレ」

「きつねうどんだよっ」

「んなこたァ見て分かるんだよ! うどんくらい知ってるっつーの!」

「大体は蕎麦なのだが、パパ上と祭はうどん派できつねが大好物だからな。冷めない内に食べろ。麺が伸びてはせっかくのうどんも不味くなる」


 大河はカイルに箸ではなく、フォークを差し出す。

 障子を開ければそれなりに口に合うものが出されると思っていた。

 思い込んでいた。


「パンは……? 肉は……!? 食後のケーキに紅茶は!? ごちそうと聞いて、そんな食卓を期待してたオレってバカ!?」

「うんうん。バカだね~。食べないなら、おあげもらっちゃうねっ」

「あー! パパずるいっ。ボクもカーくんのおあげ狙ってたのにー!」

「ごめんよっ祭ちゃん!! じゃあパパと半分こっ」

「パパ上、祭。奴のにはネギを入れています。食べたらダメですよ」


 大河に言われ、神と祭は、渋々カイルの丼へと、引きちぎったおあげを返す。

 疲れた。

 カイルは、フォークでうどんを食べる。

 食事もそこそこにカイルは食べ終わるや否や借りた部屋へと引っ込み、祭が持ってきてくれた布団に横になる。

 ベッド程の柔らかさはないが、横になった瞬間に睡魔が襲ってきた。

 それほどに、疲れ果てていた。

 トランクなど部屋の隅に放り出したまま、カイルは着替えることなく眠ったのであった。

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