第6話 振り切れない過去
止まった木製の馬車は、オレンジに色付いていた。
「街までどのくらいなの?」
「日が暮れる前までには到底着きません......」
少し肌寒い夕方の風は、後にやってくる夜を待っていた。
「ここで夜を迎えるのはまずいよ......」
悪魔は夜の方が動きが活発になる。
周りは森と草原に囲まれ、とても隠れられるような建物などは一切なかった。
「一晩程度なら、私とレナでどうにかなる」
白い髪を靡かせ、夕焼けを見つめるエルミアが、傷のある顔をこちらに向けて言う。
「えぇ......」
「そんな顔するな。どっちにしろ、やらなきゃ死ぬんだしよ」
本当に余裕なのか、怖さを紛らわせるためか、どちらにせよ微笑んだエルミアのその言葉は、レナを元気づけてくれる。
「それもそうかもね」
精一杯の硬い笑顔を見せたレナを見て、エルミアも頷いた。
「今のうちに休んどけ。夜になったら起こしてやるよ」
馬車から刀を持って飛び降りたエルミアは煙草に火をつけた。
休むように言われたレナは、御者の乗る馬車の荷台に乗り、目をつぶってみる。
不安からか手の置き場所に困ったように両手を合わせてみたり、服を握ってみたりと、手を忙しなく動かしていた。
やがてポケットに入れられた手は、ポケットの中から何かを馬車の荷台の床に落とす。
「ひゃっ!」
カランと音を立てて落ちた指輪に、レナは驚き声を上げる。
「どうかされましたか?」
御者台から御者がこちらを心配そうに見つめていた。
「大丈夫......」
エルミアもレナの声を聞き、レナの方へ駆け寄ってきた。
「おい、どうかしたか......って、それは......」
エルミアはレナのポケットから落ちた指輪を見つめ、手に取った。
指輪には宝石がなく、歪で、素人目線から見ても丁寧な造りには思えなかった。
「なんでこれを持ってる......」
「今朝、馬車の近くにいた人が落としてたから、咄嗟に拾っちゃって......。それ、一体なんなの?」
状況が飲み込めない様子のエルミアは、頭を抱えた末、答える。
「死んだ旧友の持ち物だ」
「どういうこと?」
「私も見当がつかない。なんでこれがここに......」
宝石などの装飾もないシンプルな鉄製の指輪を見つめて呟いた。
「お二方!前に悪魔が!」
その声を聞き、レナはすぐに武器を手に取って走る。
「エルミアも早く!」
人間の気配を感じ取り、わらわらと集まってきた悪魔たち。
レナとエルミアはその悪魔たちの前に立ち塞がる。
「もう来たか......。こりゃ悩むのは後回しだな」
悪魔たちは真っ黒な瞳を左右別々に動かし、奇声を上げ始めた。
全身に電流のように恐怖が流れるのを感じながら、レナは戦鎚を持ち上げた。
「やらないと......」
そう呟くレナを置いて、エミリアは刀を突き立てた。
「食いしばれお前ら。私たちに牙を向けたことを後悔して死んでいけ」
勢いよく振られた刀は、レナの恐怖を幾分か和らげた。
レナは息を大きく吐き、戦鎚を振り下ろした。
***
戦鎚を振り続けるレナは息を切らしていた。
「はぁはぁ、キリがないよ......」
地面に転がる悪魔の死体は黒く、さらに暗闇を深めていた。
「ハハハッ、いいじゃねえか!斬り放題だぞ!」
笑うエルミアは、次々と悪魔を斬り倒している。
レナは改めてエルミアが六翼であることを思い知らされた。
「レナ、そろそろ大技でも見せてやろうぜ」
恐怖の感じられない楽しげな声に、レナはフっと笑った。
「私はどうすればいいの?」
「私を思いっきり上に投げ飛ばせ!」
そう言ってレナの手を掴んだエルミアは、レナが思い切り真上に投げ飛ばした。
エルミアは刀の切先を真下に向け、一体の悪魔の頭上に突き刺した。
「上にも気をつけた方がいいぞ。なんせデカい雨雲が迫ってきてるんだからな」
悪魔にそう言ったエルミアの声を聞き、レナが上を見上げると、エルミアが魔法を唱えた。
「【再現魔法 鏡面の君】 いや、浪漫的怪雨ってどこか?」
刀を持ったエルミアの分身体が、上空から雨のように次々と降ってくる。
その分身たちは、真下に刀を向けて悪魔の頭を突き刺した。
やがて太陽が昇り始め、悪魔たちは全て地に伏した。
「朝立ちにしちゃ、少し強かったかな?」
エルミアは刀を大きく振り、血を飛ばした。
「やっと終わった......」
地面に腰をついたレナは、大きく息を吐く。
傷一つつかなかった馬車から御者が降りてくる。その御者の頭上を見て、2人はギョッとした。
「その新しいお友達がよっぽど大事なのね。私の誘いは断ったのに......」
御者の声は先ほどとは違い、高く恐ろしさを帯びている。
彼の頭上には、紐のついた十字の木の板を持つ手が浮いていた。そして、その紐は御者の手足に絡みついていた。
「お前の方こそ、まだ馬鹿な事やってんのか?」
エルミアはそう御者に返した。
「私の指輪を見ても、まだそんな気でいるの?」
「私の考えは昔から変わらない。人間を滅ぼすだのなんだの、口だけが達者なお前に付き合う暇はないんでな」
2人の間で交わされる会話に、レナは困惑していた。
「エルミア、なんなのこれ......?」
「私のアホな旧友の魔法だよ。ほら、さっきの指輪の持ち主の」
「アホ?エルミアこそ、そうなんじゃないの!?だって......あれだけ私たちは......」
口をつぐんだ御者は、足元を見つめていた。
「結局何しに来たんだよ」
エルミアがそう言い放つと、御者が口を開く。
「エルミアと世界を壊したかっただけ......」
「あー、そうかよ。何回も言うが私はそんなことしない。それと、2度とこんなことやんじゃねえ。馬車の車輪壊したのもお前だろ?」
「わかったわよ」
その一言を最後に、御者の頭上の手は消えた。
それと同時に近くの茂みが揺れて、足音がレナたちから離れていった。
森を走る1人の女は、レナと同じように頭に猫の耳の生えていた。
茶色の長髪を流しながら走る彼女の周りには、御者の頭上に浮かぶ手と同じものが浮いていた。
「なんでエルミアはわかってくれないの......」
彼女はそう呟いた。




