第61話 1度目の開門
ベルクたちが去った数時間後、すっかり空は明るくなったが、遺跡に日光は当然届くはずもなく、薄暗い空間にパストは1人時が過ぎるのを待っていた。
パストが座る横の壁には、司祭たちの肉片でできた扉があった。
「モウスグ、ダゾ」
パストの耳元でそう呟く蛇は、半透明で消えかかっていた。
「そう......ですか......」
肩から腰にかけて斜めに斬り裂かれたパストは、体の下に血溜まりができるほどに出血していた。
ギギギ。パストの横の真っ赤な扉が音を立てて開き始めた。
「薄暗いうえにカビ臭い」
扉の奥からゆっくりと歩いて出てきた白髪の青年。背中には3対6枚の真っ黒な翼が生えており、そのどれもがぼろぼろに焼き切れていた。
「あ、あなたがルシファー様でございますか?」
「なんだお前?」
「私が地獄とここをつなげた者でございます」
「へー、それで俺に何か求めてるわけ?」
「はい。私をどうかあなた様の糧としていただけないでしょうか」
跪くパスト。ルシファーは少し考えた様子を見せた後、パストの刀傷に手を入れ、心臓を抉り食べた。
「信仰心もここまできたら、狂気でしかねえな。でも、こいつなかなかうまいな」
ルシファーは、血のついた手をパタパタと払い、扉に向き直った。
「開かない......。まだ力が足りねえな」
ルシファーは遺跡から出ようと出口に向かい歩く。
「まずは力を貯めるために、軽く100人くらい殺しちまうか。なあ?そこのお前、出てこいよ」
ルシファーは、闘技場の出口に向かい話しかける。
「こ、ここは通さねえからな!」
出口の影から1人の騎士が出てくる。
「お前は不味そうだ」
ルシファーは一瞬消え、騎士の背後に現れる。騎士の頭を握りつぶし、心臓以外をバラバラに引き裂いた。
「さあ、俺の時代の始まりだ。俺を堕天させたあの|クズ(神たち)の作った猿どもを、全員ぶっ殺して一泡吹かせてやる。」
手についた血をべろりと舐める。
「俺は金星、悪魔の時代の到来を告げる明けの明星だ」
***
ルシファーが現世にに現れる1時間前。
「あーだりぃ。やっと終わったよ」
「先輩!なんでそんなにやる気がないんですか!何かいるかもしれないんですよ?」
2人の騎士が、悪魔崇拝者の遺跡の入り口の瓦礫を、数時間かけてやっとずらし終わっていた。
「あのなあ、お前みてえな新人が派遣される任務なんて、大体危なくねえんだよ。たまに捨て駒にされる時もあるが......」
「じゃあ注意しなきゃいけないじゃないですか!」
そんなやりとりを交わしながら、2人は遺跡へと足を踏み入れる。異様な臭いを放つ遺跡は、2人の警戒心を嫌でも高める。
「新人、お前のいう通り、少し注意したほうがいいかもしれない」
しばらく進むと、最奥の部屋が見えてくる。
ズルリ。べちゃ。ズルズル。べちゃべちゃ。
最奥の闘技場、そこから奇妙な音が聞こえてくる。
「お前は顔を出すなよ」
先輩の騎士は、闘技場の中をこっそりと覗く。
「ひっ......」
思わず漏れた声を抑えるため、口を急いで塞ぐ。そして、再び闘技場を覗く。
闘技場の中には、血が散乱しており、壁の1部分に内蔵やら骨やらが貼り付けられていた。
だが、1番奇妙なのはこれではない。闘技場の中に1つだけ動く者がいた。
「あの服って......ディレクのじゃないか......?」
先輩騎士は、震え声でそう呟く。
もう生きていないのは確実なディレク。彼の頭は潰れて、原型を留めていない。なのに、彼は闘技場に落ちている死体の肉をむしり、壁に貼り付けていく。
「おい新人、お前は増援を呼んでこい。すぐにだ」
「わ、わかりました」
新人の騎士は、急いで遺跡の外へと出た。そして、騎士団の事務所へと走る。
***
「い、急がないと!早くしないと!」
焦る新人騎士は、3人の騎士を連れて、遺跡に戻ってきた。
「あれ?先輩!?」
遺跡の闘技場への入り口近くに、先輩の騎士の姿はもうなかった。代わりにあるのは、ひしゃげた血のつく甲冑のみ。
「おい、なんなんだよこれ......」
助けに来た3人の騎士のうちの1人が、鼻をつまんでそう言う。
闘技場の床には肉片が散らばり、壁には臓器やら骨やらが貼り付けられている部分があった。
「なあ、これって......扉じゃないか?」
その貼り付けられた肉片は、取っ手がついており、扉に見えなくもない形状をしていた。
騎士たちはその取っ手らしきものを引っ張るが、びくともしない。床を見ると、扉が1度開いたと思われる何かを引きずった跡があった。
「い、イカれてるよ。これ......」
結局、身元を特定できるほどの形に留まっていた遺体は2つしかなく、そのひとつはディレクで、もう1つはおそらくパスト司教だった。
死刑囚とベルクは跡形もなく、ディレクが死んだことと、首輪が闘技場にあったことから、死んだ可能性が高いと考えられ、全員死亡扱いとなった。
***
ちょうどその頃。
「ごめん、急にお邪魔して」
「いいよ全然。3人ならいつでも大歓迎だから」
ベルクたちは、国を出る前に冒険者ギルドを通じてコルに連絡を取り、コルの家へと来ていた。
「それにしても、こんな立派な屋敷に住んでるなんて」
ベルクと共に悪魔崇拝者の遺跡を調査してくれたコルの家は、貴族の住むような屋敷だった。
「気にせずくつろいでいいからね」
広い屋敷の客間に案内してもらう。
「それで、今日はどうしたの?」
「悪魔崇拝者の儀式について知りたいんだ。何か知ってることを教えて欲しい」
「私は悪魔崇拝なんかにあんまり詳しくないんだけど......家の本を漁ってみるよ。ちょっと待ってて」
コルはそう言って部屋を出ていった。
「ねぇベルク、蝿がいるよ」
「いくら屋敷とはいえ、虫くらい入るさ」
「違うよ。沢山いるんだって」
レナの指を指す方向を見ると、窓の隙間から蝿が大量に入ってきていた。数千匹にも及ぶその前たちは、ベルクたちの座るソファーに向かい合う形で置いてあるソファーの上に集まる。
「ごめんね、説明不足だった」
蝿からベルの声が聞こえてくる。
やがて蝿は人の形となり、ベルの姿になった。
「彼らの儀式の詳細は、どの文献にも記されてはいないよ。あれは、悪魔崇拝者たちによって、口頭のみで伝承してきたものだからね」
「空間を歪ませるだとか、一体なんなんだ」
「あれは闘技祭と呼ばれる儀式だよ。基本は11人の生贄を使ってやる。今回は6人しかいなかったみたいだけど」
「どんな儀式なんだ?」
「まず、戦いに参加しない1人の生贄の体に、儀式用の魔法陣を書く。その後1対1の殺し合いを5回行う。そして、戦いに参加しなかった者は自殺するんだ。そうすると、5人の遺体を使って、その自殺した1人が地獄とここを繫げる扉をつくる」
「その扉が開いたら......」
「今回のは、扉に使われた生贄が4人だったから、開く可能性は低いね。でも、仮に開いた場合は、悪魔が出てくる。そして、生き残った5人は、この悪魔がここで実体を保ちつつ、強大な力を使うためのエネルギーとして食べられるんだ。この時、ベルクみたいな負のオーラを纏った人間を食われると、悪魔は有り余った力を使って、地獄とここを完全に繋げてしまうだろうね。ちなみに僕は、人を食べなくても体を維持できるよ」
「扉は開いていないのか?」
「生贄の数だけ見て帰ってきちゃったからわからないよ。いつ開くかわからない扉を、ずっと監視し続けるられるほど暇じゃないからね」
「そうなのか。負のオーラがある限り、俺は狙われ続けるのか......」
「いろいろな事件に巻き込まれちゃうだろうね。でも、今回みたいにベルクの負のオーラを狙ってくる奴はいないと思う」
「どうしてだ?悪魔を崇拝する人たちは、まだいるだろ?」
「確かにいるね。今回みたいな儀式をする人たちも。でも、そもそも負のオーラを見ることができる人はいない。昔はいたらしいけど、全員処刑されたよ。オーラが見えると、色々と都合の悪い人たちがいるからね。だから、パスト司教のように魔法で間接的にオーラが知れる人間が、悪魔崇拝者側につかない限り今回のように狙われることはないよ」
その時。ガチャリと背後の扉が音を立てた。
「コル!?ま、待って」
焦るベルクを気にせず、扉を開けて部屋に入ってくるコル。
「どうしたの?」
まずい......ベルが......あれ?
そこにはベルの姿はなかった。
「いや、なんでもないんだ」
「そうなの?あ、儀式について調べたんだけどね、街の中心の図書館に行ったほうがいいかも。私の持ってる本には何にも書いてなかったから」
「いや、それは大丈夫だ。時間をとらせてごめん」
「全然大丈夫だよ」




