第54話 宝の持ち腐れ
2日目の訓練が終わった翌朝。
オッドは黒いローブの女たちと会っていた。
「お前らが信者共か。こんな朝っぱらから呼び出しやがって」
「何か文句でもあるんですか?」
「お姉様に文句が?」
「あー、ないない。ないから黙れ。俺はお前らみたいな馬鹿そうな女が1番嫌いなんだよ」
ため息をつくオッドが、作戦とやらについて話し始める。
「お前らは気を引く。それだけでいいから」
「わかりました......」
「お姉様に同意です」
「じゃあ俺は行くから」
***
ベルク、アキ、ウミ、メル、オッドの5人は、昨日のベルクの宣言通り、森の入り口近くで魔物を探していた。
「やっぱり森の奥の方に行かねえといねえって」
「でも、この子達が危ないから......」
森の奥の方へ進みたいオッドと、それを渋るベルク。
不毛な言い争いが続く中、オッドが変なことを話し始めた。
「だから、殺し以外の依頼はめんどくせえんだよ。おい!早く来い!」
「何を言って......」
近くの茂みが揺れる。
「あ、あんたたち!その、えっと、生贄になりなさい!」
「お姉様の言うとおりです!」
いきなり現れた少女たちに気を取られたベルクの頭に衝撃が走る。
オッドがベルクの頭を蹴り飛ばしていたのだ。
倒れ込むベルクを無視してオッドが口を開く。
「おい!アホ娘2人組!残りのガキ共を捕まえろ!殺すのは俺がやるから絶対殺すんじゃねえぞ?」
嫌な笑みを浮かべるオッドを見て、ベルクは咄嗟に叫ぶ。
「3人とも逃げろ!」
急いで逃げ始めるアキとウミとメル。それを追おうとする2人の女を追いかけようとベルクが立ち上がったところに、オッドが立ち塞がる。
「おっさんには興味ねえが、仕事なんでな。大人しくついてきてくれよな」
「無理だ。さっさと倒して3人を追う」
「はっはっはっ、俺に勝つつもりなのかよ。あんまり調子乗ってちゃ足元掬われんぞ?【付与魔法 肥えすぎた大喰らい】」
特に何も起こらない。それが逆にベルクの恐怖を誘う。
オッドはショートソードを鞘から抜いた。
「ちょうどお前に少しイラついてたところなんだ。手加減は期待しないでくれよ」
ベルクの切先は、オッドの頭へと向いていた。
「何1人でやる気出してんだか。俺は野郎と2人っきりで最悪の気分だってのによお」
ベルクの力強い刀が、右斜め下からオッドへと振り上げられる。すると、オッドの剣が上から振り下ろされ、ベルクの刀を止めた。いや、ベルクの刀を押している。
「お、重い......」
オッドの方を見ると、片手で剣を持っていた。
「ひとつ言っとくが、力に関しては俺はあんたに負けてるぞ」
そうは言われたものの、ベルクの力を凌駕する重さの剣は、ベルクの刀を腕ごとへし折ってしまいそうだった。
ベルクは焦り、蹴りをオッドにかます。その蹴りは、オッドの手に当たった瞬間、地面へと落ちめり込んだ。
「靴が重い!?まさか、質量を付与する魔法か!」
「だいせいかーい。ご褒美は1000キログラムでーす」
ベルクは咄嗟に靴を脱ぐ。靴はさらに地面にめり込む。それはもう原型を留めていなかった。
「触って初めて発現する魔法か......。それならお前の負けだな」
「あー、そうかそうか。面白い冗談だ。笑えるな」
馬鹿にするオッド。
ベルクは唯一の武器の刀をオッドの頭上に放り投げた。
頭上を見上げたオッドは不思議がる。
「あんま慣れてないことはやんない方がいいぞー。あんたの刀どっか飛んでいっちまった......あれ?」
目の前にベルクの姿はなかった。
ベルクはオッドが目を逸らした隙に、オッドの股下をスライディングで潜り抜ける。その時に、足を引っ掴んでいた。
足を引っ張られたオッドは派手に転び、重くなった剣は、オッドの手から手放され、深く地面に刺さる。
「いってえ。あ、剣が抜けねえ」
そのままベルクは掴んだ足ごとオッドを振り回し、近くの木に放り投げた。メリメリと嫌な音を立ててぶつかったオッドは、口から血を吐いてこちらを睨んでいた。
「さっきマジになってたあんたを貶して悪かったな。俺もあんたをマジに殺したくなってきたわ。【付与魔法 痩躯な大喰らい】」
オッドはその辺の石ころを持つ。
「今から付与する質量は、さっきのとは比べ物にならない。大体100秭キログラム。わかりやすく言えば10の26乗だ。さあ、降参してついてくる気にはなったか?」
「そんなものがここに存在すれば、俺もお前も死ぬ。そんなものハッタリ以外考えられない」
「この魔法の与える偽りの質量は、俺が触れているこの石と、俺以外の生物だけにしか影響を与えない」
「それなら――」
「当たらなければどうてことはない。そう思っているんだろ?この魔法を発現した時、物体すべてが引力を持っていることを知った。そしてその引力の大きさは、その物体の重さに比例する。その引力も、もちろん生物にしか影響はない。もうわかったか?」
ベルクはオッドの方へと引っ張られた。
すぐに、木にしがみつくが、次第に引力が強くなっていく。
「こうやって自分の能力を明かして、相手を圧倒するのやってみたかったんだよなあ。夢が叶ったわ」
オッドの煽りにも反応できないほど必死に木に掴まるベルクの体は浮き、そのままオッドの方へと落下する。
「野郎にくっつかれても嬉しくないわー。じゃあなー」
オッドがパッと石を離すと、引力が消えて、ベルクの体はかなりのスピードで地面に擦り付けられる。
「またスライディングか?それにしてもヘッタクソなスライディングだな。はっはっはっ」
「何を笑ってる。やっぱりいくら能力が強くても、頭が弱いとダメそうだな」
「へっ、言ってろよ」
「【火精霊魔法炎の精霊の一撃】」
巨大なイフリートがオッドの前方の地面にむかって炎を放つ。
「動きも遅くて、狙いも正確じゃない魔法なんてゴミだろ」
炎によってたった煙と砂煙で、ベルクの姿は見えないが、この先にいるだろうベルクにオッドはそう話す。だが、返事はない。
「隠れたのか?ビビり散らかしやがって。金玉ついてなさそーだなー」
視界が晴れるが、ベルクの立っていたところには穴だけが残り、ベルクの姿はない。
オッドはそれにも構わず、石を拾い魔法を使う。
オッドは周りばかりを見ていて、足元の注意を怠っていた。
オッドの足元の地面が盛り上がり、ベルクの拳がかなりの勢いで飛び出してくる。
メキョメキョメキョ。
オッドの股に当たった拳は、そんな音を立てながらめり込んだ。
「ふぐぅぅ。ひぐぅ......」
うずくまるオッドは持っていた石を落としてしまい、魔法が解除される。
「オッド、タマがついてないのはお前の方だったようだな」
ベルクの放った魔法は地面に穴を開けるためであり、地面の穴に潜んでいたのだった。
うずくまり何かをうめくオッドにそう言ったベルクは、魔物の罠用の縄で縛り上げ、木に吊るして、急いでアキとウミとメルを追いかけた。
***
アキとウミとメルは、森を走っていた。
ベルクと別れてすでに十数分が経っていた。
「はぁはぁ、私もう無理ぃ」
メルはもう限界のようだった。アキとウミがそれに気づき、メルを後ろに庇う。
「後ろに隠れてろ!」
「僕たちがなんとかして見せます」
アキとウミがメルを庇い、立ちはだかる。
「面倒くさいわね」
「お姉様が面倒くさがっています!早く投降しなさい!」
2人の女は、ジリジリとアキとウミに近づいてくる。
「行くわよ!」
「お、お姉様......すみません......」
よく見ると、女の首には刀が突きつけられていた。
「ベルクだ!」
ウミがそう言う。
女の背後には、なんとか追いついたベルクが立っており、女の首に刀を突きつけていた。
「な、なんなの......。きょ、今日のところはこれくらいで勘弁してあげるわ!」
そう吐き捨てた後、お姉様と呼ばれる女は妹を強引にベルクから奪い去り、彼女を抱えて森の奥へと走り去ってしまった。
「3人とも大丈夫か?」
***
「司祭様......」
黒いローブの女は、申し訳なさそうに呟く。
その言葉が、暗い地下室で響く。
「わかっています。オッドがやられるとは......。遺跡もつい最近見つかってしまいましたし、踏んだり蹴ったりですね」
「申し訳ありません......」
「お姉様と同じ気持ちです」
「今回は相手が悪かったと思うしかありません。機を窺いましょう。それに、司教様と他の司祭もここにきますしね」
【魔法解説】
痩躯な大喰らい
非生物に莫大な質量を付与する魔法。
付与したい物をしっかりと持っていないと発動しない。また、ここで言うしっかりはそれの質量を全て支えていることである。そのため、その莫大な質量で相手を潰すなどの攻撃は不可能である。
この魔法の影響はオッド以外の半径5メートル以内の生物にしかない。質量を付与した物体の万有引力についても同じである。
肥えすぎた大喰らい
非生物に質量を付与する魔法。
0.01キロから10000キロまでの重さを触れたものに付与できる。また、一度触った物の重さは、見える位置にあればいつでも変えられる。
この魔法はオッドには影響がない。




