第47話 戦争神経症
「どうぞあがってください」
ベルクたちが冒険者を初めてあっという間に1週間が経った。
今日は受付嬢に料理を教えるために彼女の家に来ていた。
なぜ彼女がベルクに料理を教えて貰いたいのか。その理由をベルクたちは、すぐに知ることになる。
「おじゃまし......ます」
ベルクたちは家に入るなり少し驚いた。家の壁にはそこら中に穴が空いており、家具がほとんど置かれていなかった。
「うぁぁぁぁぁ!」
部屋の奥から急に響き出すけたたましい叫び声。驚き声も出ない2人を置いて、彼女は部屋の奥へ消えていく。
「な、なんかやばくないか?」
動揺が隠せない震えた声のベルクに2人は頷く。しかし、黙って帰るわけにもいかないので、3人は大人しく待つ。
長い長い沈黙は、外の明るい陽気を一切寄せ付けず、重い空気が漂う。
「すみません。夫の発作が......」
「えっと、料理ができそうな状態じゃないなら帰るけど......」
「いえ。大丈夫ですのであがってください」
少々強引に家の中に入れられる3人。少し怯えた様子が受付嬢に伝わったらしく、彼女が口を開く。
「家、おかしいですよね......。でも、夫は昔は真面目で優しかったんです」
「失礼かもしれないが、料理を習っている場合じゃないと思う」
夫のことを話し始めた彼女の話を遮り、ベルクがそう言った。
「最後まで聞いてください!」
「す、すまない......」
「あ、いえ、はぁ、すみません。その夫は元騎士だったんですが――」
彼女は夫のこと、なぜ料理を習いたかったかを話してくれた。
彼女の夫は騎士団に所属する騎士で、数年前戦争に駆り出されたらしい。それが原因で精神を病み、それから今までろくに食事を取らず、壁を壊したり、自殺未遂を繰り返していたらしい。
そんな彼女の夫が最近、『故郷のあの料理が食べたい......』と、うわごとのように呟いているらしい。
そこで、ベルクがその料理を知っているかもしれないと思い、ベルクをここに呼んだらしかった。
「それでその料理ってどんなものなんだ?」
「それが私も全然わかってなくて......スパイスをたくさん使った茶色のスープとしか聞いてなくて......」
「心当たりがある。ちょっと待っててくれ」
ベルクは任せろと言わんばかりの表情で言った。そして、受付嬢の家を出て、泊まっている宿に向かう。
宿に置かれた鞄の奥底には、後々使おうと思っていたスパイスたちが乱雑に置かれていた。ベルクはそれを持って、再び受付嬢の家へと向かう。
「キッチンを借りるぞ」
「お願いします!」
受付嬢は鍵のかかったキャビネットを開け、包丁や鍋なんかを渡してくれる。
「あ、いい食材がある。使ってもいいか?」
「大丈夫ですよ」
ベルクは見つけたニンジンとじゃがいもと鶏肉を手に取る。
「オーギは野菜を切って、レナは鶏肉を焼いてくれ」
2人は言われた通りに慣れた手つきで作業を始める。その横でベルクは鍋を取り出し、火にかけた。
「油を敷いて、クミン、ターメリック、コリアンダーなんかを加えて炒めていく」
ベルクはそう話しながら、7種類ほどのスパイスを香りが立つまで炒めていく。
その後に鍋に水を加えた。
「オーギ、野菜をここに入れて」
鍋に野菜を入れて煮込んでいく。その後に鶏肉も加えて。
「スープカレーの完成だ」
ベルクは完成した料理を皿によそう。のぼり立つ刺激的な湯気が、食欲をそそる。
「夫に持って行きます。ありがとうございました」
そう言って、急いで受付嬢は部屋の奥へと走っていった。
残された3人は昼食をすます。
「な、なあベルク。これ食べられるのか?」
茶色い液体はどうしても食欲をそそらないらしく、オーギはベルクにそう聞いた。
「騙されたと思って食べてみろよ」
「うーん。でも......」
そう言い、オーギは隣に座るレナの様子を伺った。
「どうしたのオーギ君?」
なにも気にせず食べていたレナがオーギを不思議そうに見つめた。
「食べないならレナに食べられるぞ」
「え!いいの!?」
「だ、だめ!食べるよ......」
眉間のシワが消えないオーギは、震える手でスプーンを口に運んだ。
「うまー!」
オーギの嬉しそうな顔を見て、ベルクも嬉しくなる。
「そうだ、パンも持ってきたんだ。一緒に食べるとうまいぞ」
***
ベルクがスープカレーを食べ終わり、レシピを書き記していた時、受付嬢が3人を夫が寝ている寝室へと案内してくれた。
寝室はベッド以外なにもなく、部屋の真ん中のベットの上には、痩せ細った男が座っていた。
「ありがとう。本当に......。こんなに落ち着いたのは初めてです」
涙を流しながら感謝する男は感謝の言葉を何度も繰り返し、手を握って何度も頭を下げた。
「もうひとつ頼み事をしてもいいですか?」
男は少し申し訳なさそうにそう言った。
「俺にできることなら」
男の首についたアザを見ていると断る気には慣れなかった。
「本当にありがとう。僕はなにも返せないのに......」
少し目を押さえた後、男は願い事を話し始めた。
「僕が騎士だった時、1人友達がいたんです。そいつも心を病んでしまっていて......なのに、他国で犯罪をしているなんて噂を、見舞いに来た同僚から聞いたんです。それで、もしその友達にあったらそいつの様子を伝えていただけませんか?」
「それくらいなら全然大丈夫だ。それで、その友達の名前と特徴は?」
「名前はラウロで、金の髪、独特な方言を使うのが特徴です。それと一度、大怪我をおっても数分後にピンピンしていました」
ベルクは森であったボスと呼ばれていた男、フォルクを思い出した。
「心当たりがある」
***
ベルクは危険を加味して、1人でフォルクとシアに教えてもらった住所へときていた。
「すまない、開けてくれ」
扉を叩くとシアが出てきた。
「ベルクさん来てくれたんですね」
「今日はフォルクと少し話をしたい」
中に案内しようとするシアにベルクはそう言った。
「ボスとですか?」
少し悩んだ様子を見せながらも、シアはフォルクを連れてきた。
「俺と話したいって一体どうしたんや?」
「少し歩いて話さないか?」
ベルクが今いる場所は人通りが少なく、少し危険だと判断したベルクは、人通りの多い場所にフォルクを連れていく。
そして、少し世間話を挟んだ後に、本題を聞いた。
「フォルクはラウロって知ってるか?」
フォルクは足がもつれて転んでしまう。
「いてて......。お、俺はそんなやつ知らへん!」
「ラウロの友達って言ってた元騎士の男に、安否確認を頼まれたんだ。本当に知らないか?」
「......」
少し黙ったフォルクは寂しそうな顔をした後、ベルクの腕を掴んで酒場へと足を進めた。
フォルスは酒を頼み席について口を開いた。
「俺は......。いや、やっぱり勇気が出えへん」
フォルスは運ばれてきたジョッキの酒を飲み干し、顔を赤らめ再び話し始めた。
「今からわけわからんこと言うけど、聞き流してくれや。今日は話したい気分なんや」
ぽつりぽつりと話し始めたフォルクに、ベルクは黙って耳を傾けた。
「俺は臆病者なんや。目の前の辛さから逃げるために、都合の良い話にのってさらに辛い絶望に足を突っ込んだんや。もう俺の中身は真っ黒で、人間のものとはとても呼べんもんや。今ベルクに真実を話せば助けてくれるかもしれへん。でもその勇気も俺は持ち合わせてあらへんのや」
ベルクはその心の奥底から響く悲痛の叫びを聞き、勝手な妄想にふける。
フォルクがラウロで間違いないのか?なんで、真実を話せないんだ?まさか監視が?
ベルクは周りをキョロキョロと見渡すが、怪しい奴は見当たらない。
「今言ったことは気にしいひんといてや。それと、もう俺たちに近づかない方がいい」
黙って考えるベルクを見たフォルクがそう言った。
「そういうわけには......」
まだ話している途中のベルクを無視してお金をテーブルに置き、フォルクは酒場を出ていった。




