第40話 悪魔は微笑む
少し生ぬるい風が肌に当たり不快感をもたらす。そんな夜にベルクは宿の外に出る。
「やあベルク」
「なにを話すんだ?」
「そんなに焦らないで。ほら、一緒に歩きながら話そ」
ベルクが隣に来たのを確認したベルは、ゆっくりと歩き始めた。
「ベルクは悪魔が召喚されたのを見たことあるんでしょ?」
唐突なベルの質問。
「ああ」
かつてエドワードという男が、カルロスという指名手配犯に悪魔にされていた。そしてベルクはそれと戦い勝った。それをベルクは思い出す。
「なんだっけ、カルロス?あれの悪魔を呼び出す魔法は成功率がすごく低い。高確率で弱点を持つ下級悪魔を呼び出しちゃう」
「成功したら?」
興味本位でそんなことを聞く。
「成功すれば、本来の力を持った悪魔を現世に呼び出すことになるね」
白い歯を見せそう言うベルは少し恐ろしかった。
「それね、普通の人でも悪魔を呼び出せるんだよね。カルロスとか言うやつの魔法とは違って、下級悪魔を呼び出すことすら困難を極めるんだけどね」
「それに俺となんの関係が?」
「言わなきゃいけない事が2つ」
ベルクの質問を無視してベルは言う。
「まずひとつ、ベルクは負のオーラを纏いすぎてるんだよね」
「負のオーラ?」
「うん。前世で悪いことをした分、神が罰として与えるんだ。それを纏ってると、不幸なことに巻き込まれちゃうんだよね」
前世。その言葉を聞いて少しドキッとする。
「あれ?もしかして前世の記憶が?じゃあ人に優しくするのは、自分を許したいから?」
「や、やめてくれ」
「なんだかベルクの人間っぽい部分知れて楽しいよ」
悪戯好きの子供のように笑うベル。
「あ、それとね、ふたつ目は僕が悪魔ってことかな。それも上位のね」
「そうなのか」
「あんまり驚かないんだね」
「普通の人間が人の心読んだりしないだろ。それにあの禁忌魔法ってやつも」
「ははっ、確かに。それでね、ベルクの負のオーラは悪魔とかそういうものも寄せ付けちゃうんだよね」
「だから今日ベルと会ったのか」
「そうだよ。もしかして偶然だと思ってた?ベルクが不幸な目に遭うのも、僕に働いてる店でばったり遭うのも全部原因があるんだよ。因果律ってやつさ」
「なんでそんな事を教えるんだ」
肩をすくめやれやれと言いたげな顔をするベル。
「単純にベルクが好きだからだよ。料理上手いし優しいしね。ていうか、僕が知らない料理を作れるのは前世の記憶があるからかー」
ベルは1人で勝手に納得したようだった。
「そういえばベルがくれた魔法は?」
「あれは悪魔にも多少効くものだよ。アイスクリームのお礼さ」
いつのまにか宿の前に戻ってきた2人。
「僕が話したいのはこのくらいかな?」
「じゃあな」
「そうだ、ここら辺に邪教徒たちがいるらしいから気をつけてね。あとこれあげるね。じゃあねー」
ベルからおそらく呪いを解くための小瓶を受け取り、立ち去るベルの後ろ姿も見ずに宿へと戻った。部屋に入ると、レナとオーギはとっくに眠っていた。
2人が眠るのを見ながら、ベルの言葉が頭に浮かぶ。
『前世で悪いことをした分、神が罰として与えるんだ』
ベルクは鞄から酒を取り出しひとくち含む。いつもよりも苦い酒を飲みながら昔のことに思いを馳せる。
ベルクは前世、地球の日本という所に住んでいた。
「今日は帰れそうだな」
モニターの立ち並ぶ仕事場で、1人の男がそう呟いた。
今週は久しぶりに土日が休みだし、家族サービスしちゃおうかな。
そんなことを考え、終わりかけの仕事に取り組む。
少し時間が経ち、手をぐっと伸ばして欠伸をする。腕時計を見ればまだ18時。しかし、男は帰る準備を始めた。
会社から出た男は、電車に乗り帰路を急ぐ。
早くつかないかな。
男には妻と子供がいた。子供は1歳になったばかりで、とても可愛い。
家族のことを思っていると、あっという間に家に着く。扉を開けて、靴を脱ごうと足元を見た時、見たことのない男ものの靴があった。
男はこの時、さほど給料がないにも関わらずブランド品を持っていたり、息子を実家に預けてたまに外出することを思い出した。
でも、妻に限ってそんなことするわけが......。
廊下の奥に進むに連れて、その足取りが重くなる。寝室の方で、妻の声が聞こえてきた。その声は、男を絶望の底へと突き落とした。
「な、なに勝手に入ってきてるのよ!」
「お、お前.....浮気してたのか?」
「そうよ!あんたが寂しい思いをさせるからよ!」
「こいつがお前の言ってたくそ旦那か?ハハっお前の息子はな、お前と血が繋がってないの知ってるかー?」
「ちょっとそれは......」
「......」
男は押し黙ったままその場を動かない。しかし、男の中で何かが壊れた。
今日未明、〇〇市の△△交番に『妻と子供そして男を1人殺した』という通報が寄せられました。
警察が現場に向かった所3人の遺体が発見され――
俺は妻のために自由を殺した。朝から晩まで働き詰めた。
俺は家族のために自分の中の男を殺した。妻以外の女性には特別な感情を寄せなかった。
俺は家族のためにたくさんたくさん殺してきた。でも、裏切られた。
俺は1人の男を殺した。俺を罵倒するその汚い口から血を吐かせた。
俺は妻を殺した。男に汚されたその体を刺した。
そうして俺は、この世の不条理に殺された。
計2人を殺害した死刑囚。彼は死に、別の世界で産声を上げた。
***
今冷静になって思う。俺はクズだった。そんな俺が、2人の子供と一緒に生活していていいのか?
「ベルク?」
突如不安に襲われたベルクに、寝ぼけたレナが声をかける。
俺は何を思ってたんだ。この子達は俺がいなくなったら生きていけない。だから俺は、自信を持って育てなくちゃいけないんだ......。だからきっと、一緒にいても......。
「寝ないの?」
「今日は、寝なくてもいいかな」




