第10話 女盗賊アーシュ
「はぁはぁ」
ベルクは苦戦していた。魔法によって、地面のそこらじゅうが青く光り、磁気を付与した足で跳び回るアーシュに攻撃を当てるのは至難の業だった。
「もう終わりかよ、じゃああんたをさっさと殺して、町の奴ら襲っときますか」
「【火精霊魔法 精霊憑依】」
ツノが生え、体に亀裂が入り火が噴き出す。先ほどよりも大きくなったベルクを見て、アーシュは興奮していた。
「やっと本気を出したんだね、わたしワクワクしてきたよ」
「そう言ってられるのも今のうちだぞ」
こちらに飛び込んでくるアーシュに向け拳を突き上げる。大きく突き上げられた拳は、地面にかれ猛スピードで飛んでくるアーシュには当たらず、空を切った。
「ゴブっ」
大きな隙を与えてしまったベルクは、肩と左手首に赤い磁気を、胸に青い磁気をつけられ、左手首がかなりの速さで胸に張り付いた。
「見た目が強そうになっただけかよ、そろそろ終わらせるか」
咳き込みうずくまるベルクに、吐き捨てるようにアーシュが言う。
「はぁはぁ、や、やめろ、この町には立ち入らせないからな」
そう言いアーシュに向けて何かを投げた。それは、うずくまった時にとった、地面の磁気を帯びた部分だった。
だが、土は青い磁気を帯びており、アーシュの足の青い磁気に弾き返された。
「おいおい情けねぇなぁ、土投げるなんて、ガキの喧嘩じゃあるまいし、ほんとにお前には――」
バチーンっと大きな音を立てて、アーシュの足に何かがくっつく。肩から血が吹き出しているベルクには、先ほど付与したはずの磁気が帯びた部分が付いていなかった。
かなりの勢いでくっついた肩の肉は、アーシュの足を掬い、まともな受け身もとれず、地面に激突した。
「うっ、うぐ」
うつ伏せになってうめくアーシュの背中に、拳を叩きつける。ミシミシと嫌な音を立てるのと同時に、青く光っていた地面の光が消え、左手の自由が取り戻された。
「いってぇ......はぁ、大人しく牢屋の中で反省しろ」
ベルクの拳で焼け、何本か骨に異常をきたしたであろう背中を見て、もう起き上がれないだろうと思い、アーシュに背を向け歩き出す。
「うぐっ、はぁはぁ、おい......待てよ」
口の血を拭いながらアーシュが立ち上がる。
「これ以上やったら命に関わるぞ」
「ハハハ、命を賭けなきゃ......楽しくねぇだろ?ゲホッゲホッ」
最後の力を振り絞り出した魔法で吹き飛んでくるアーシュを、ベルクが防ごうとするが、肩が抉れた右腕がうまく動かない。防ぎきれなかったアーシュの膝蹴りが、ベルクの負傷した胸を凹ませる。意識が飛びかけ、魔法が解けたベルクも、負けじとアーシュを殴り飛ばす。
「楽しくなってきたなぁぁ!」
雄叫びをあげるアーシュと殴り合う。
数発殴り合ったところでアーシュが倒れる。
「あんたなかなかやるじゃないか......ケジメつけなきゃいけねーのに......はぁはぁ、楽しんじまった......」
「テメェ殺してやる!」
気絶したアーシュを見た盗賊たちが、いきり立ち始める。
くそ、もう戦う魔力も気力もない......。
「おいおい誰を殺すだって?ベルクは数で物を言わせる雑魚どもに負けるような玉じゃねえよ」
そこにはオルソが、オスカルや十数人の門番たちを連れてきていた。
「ベルクよく耐えたな、あとは任せとけ」
「ありがとう、オスカル」
盗賊たちは、さっきの威勢はどこへやら、予想以上の人数の助っ人にビビり、投降した。
***
窓から差す日差しがベルクを起こした。そのところどころ痛む体に鞭打って、宿屋の部屋から出る。ベルクの頭には、バジリスクのことしかなかったため、足を引きずり店へと向かう。
その包帯だらけの手で店の扉を開けた。
「すみません、バジリスク食べにきました」
「にぃちゃん大丈夫か、包帯がたくさん巻かれとるが」
「大丈夫ですからそれよりもバジリスクを......」
「わかったわかった、そう焦らんでも作ってやるから」
バジリスク、その大蛇のような見た目の怪物は、ぶつ切りにされ、串に刺されて、炭火で焼か始めた。部屋に充満する炭の匂いだけで、ワクワクしてくる。
「ほらにいちゃん、食べな」
炭火焼き特有の芳しい香りが、胃を刺激する。
口の中に入れた途端、鶏肉に近い食感の肉がほぐれ、鶏肉よりも濃い味が、口の中に広がった。
すごく美味しい。塩だけのシンプルな味付けのおかげで、肉の味がより楽しめる。でも一つ不満があるとすれば、量が少ない。
すでに串焼きがなくなった皿を見つめて思う。だがそんな不満もすぐに解消された。
「今度は蒲焼だよ」
塩とは違い、甘じょっぱいタレが肉によく合う。それに、炭の匂いもいい。
「そういえば、バジリスクの肝なんて食べられるのか?毒とかそーいうのは......?」
「心配いらないよ、捌き方さえ分かってりゃ誰でも食べられるからねぇ」
そう言いながら、目の前に大きな鍋を置いてくれる。
「バジリスクのもつ鍋だよ」
脂の浮く透明なスープに、肝と葉野菜たちが入っていた。
先ほどまで火にかけられていた熱々の肝を掬い上げ、口へと運ぶ。ぷりぷりとした食感で、噛めば噛むほど旨味が滲み出てくる。
心の中でガッツポーズをして、箸を動かし続けていると、勢いよく店の扉が開けられる音がした。
「ベルク、お前3日も寝込んでたのに、起きて早々出歩くなよ」
そこには、心配そうな顔をしたアルフレッドとオスカルが、立っていた。
「ベルクなに食べてるの?」
2人の脇からレナが顔を出す。
「レナ、こっちおいで、ほらあーん」
残っていた蒲焼を食べさせる。
「おいしいー」
「ほら、2人もそんなところに立ってないで、一緒に食べるぞ」
「俺はお前を本当に心配して来たのに......」
「まぁいいじゃねぇか、あいつが1番頑張ったんだし」
ため息をつくアルフレッドを、オスカルがなだめ、みんなで食卓を囲んだ。
***
翌日、町の門の前で村人たちから感謝されていた。
「本当にありがとう、君が居なかったらどうなっていたことか」
「よかったらこれ貰ってくれないか?」
「私もこれよかったら......」
「いや、こんなの貰えませんよ、第一に盗賊たちは自分たちを追って来たんです」
「それでも、1人の犠牲も出さずに倒してくれたんだ。お礼くらいさせてくれ」
そう言われたので、日用品や食料なんかを両手いっぱいに受け取った。
町の人たちに別れを告げて帰路に着く。珍しく晴れた寒空は、町を照らし、帰って来た平和を歓迎しているようだった。




