第1音
シスターとして教会に住むことになった私はレイや他のシスターに教えてもらいながら着々と仕事をして過ごしていた。食事も質素ではあるがおいしいし、教会で衣食住を揃えてもらっているので異世界の生活も特に不便なく過ごせている。しかし、音楽のない生活は私にとって地獄のようだった。掃除をしながら鼻歌を口ずさんでいると他のシスターに奇妙な目で見られるので、人前で歌うことはできなくなってしまった。
「よし、このあたりだったら大丈夫かな」
教会の裏にある森の中を進んでいくと、少し開けた道に出る。私は歌を歌える場所を探して、毎日教会の仕事が終わってから誰にも会わない場所を探していた。森の奥に行くと魔物がいるから気を付けるようにとレイに言われていたが、ここで歌を歌っている時に遭遇するのは見た目が怖くても攻撃もせず歌を聴きに来る動物だけだった。
「♪~♪~♪~」
さっそく歌い始めると音に気づいた動物たちがぞろぞろとやってきた。私は動物たちを相手にコンサートを開くのがここ最近の唯一の楽しみだった。
「私の歌を聴いてくれるのはあなたたちだけだよ」
何曲か歌ったころ、茂みのほうからなにかが飛び出してきた。も、もしかして魔物!?
「う、うわぁ!!!」
声を上げたのは目の前に現れた男の人だった。どうやら私の姿を見て驚いたようだ。
「あ、あの…」
「うわぁぁぁぁぁぁ」
腰を抜かして尻餅をついた少年は震えながら元の道に走って行ってしまった。見たことない人だったけどきっと私の歌を気味悪く感じたのだろう。変な噂を立てられないように、しばらくここでも歌わないほうがいいかもしれない。
「ごめんね、しばらく来れなくなりそう。また私が来た時は聴きに来てね」
この世界で唯一の観客である動物たちに挨拶をして教会へ戻ることにした。
♪♫♬
次の日、仕事服に着替えて朝食を食べに食堂へ行くと、他のシスターたちはいつもとは違う神妙な顔つきをしていた。レイが私が来たことに気づくと慌てて駆け寄ってきた。
「エリー、昨日も森へ行ったのですか?なんともありませんでしたか??」
「行きましたが…、特にいつもと変わりありませんでした」
私の返事を聞いてほっとした様子のレイを不思議に思っていると、レイがそんな私の姿に気づいたようだ。
「実は、昨日森の奥で魔物使いがいたらしいのです」
「魔物使い?」
「魔物使いは呪文を唱えて魔物を使役する能力を持つと言われています。言い伝えだけで実在はしないと思われていたのですが、昨日騎士団の方が森を見回り中に遭遇したそうです」
なるほど。ようやく状況が理解できた私は再度食堂を見渡すと、シスターたちは得体の知れない魔物使いに怯えているようだった。
「とにかくエリーがなにもなくてよかったです。騎士団が森の見回りを強化するとのことなので教会も大丈夫かとは思いますが、しばらくは森に行くのも控えたほうがいいですね」
「心配してくださってありがとうございます」
また歌える場所がなくなってしまったけど仕方ない。魔物に襲われたらひとたまりもないだろうし、魔物使いも怖いし。しばらくは歌も我慢しなくちゃいけないかもしれない。私はレイに気づかれないようにため息をついた。