無音
初めての作品となります。
どうか温かい目でお読みいただければ幸いです。
小さな頃から歌を歌うのが好きだった。
毎日のように歌う私を見て両親が子どもののど自慢大会に出場させたのだが、それをきっかけに大手音楽事務所からオファーが来、なんと5歳にしてメジャーデビューを果たした。
最初はかわいく童謡ばかりを歌っていたが、年齢を増すとともに歌うジャンルも増やすように事務所に言われた。私はただただ歌うことが好きだったため演歌やポップソングの練習も全く苦にはならなかった。
練習の甲斐もあり10歳の頃には全国ツアーをするようになり、15歳からはワールドツアーもするようになった。いつしか「歌姫エリー」というあだ名までついていた。
最初の頃は話題性のためにテレビのインタビューも多かったが、事務所が稼ぎ頭として売り出し気がつけばバラエティー番組のレギュラーやCMなど音楽活動以外の仕事も増えていった。
音楽活動以外興味のない私は他の仕事をする間に歌の練習がしたかったが、幼さゆえに事務所が受けた仕事を断るすべも持ち合わせてなかった。
そんなときだった、ワールドツアーのステージに立ってアンコールの最後の曲を歌い終わった瞬間、目の前が真っ暗になった。ファンの叫び声や私の名前を叫ぶマネージャーの声がしたが、その声に答えることなく私は意識を手放した。
「――と、ここまでがあなた【島村絵里】の人生ってことね」
目の前の女神っぽい人がべらべらと私の経歴を話している。
「女神っぽい人じゃなくて女神よ」
「え、うそ、声に出てた?」
「心の声だって全部聞こえるのよ、女神なんですもの」
「私もしかして死んだの?」
「そうよ、過労死でね。16歳で過労死だなんて」
ということは、この空間は死後の世界?もしかして天国?それとも輪廻転生の手続きする場所とか?
「本来ならここですぐに転生をする者、天国で誰かを待つ人、強制地獄行きの悪いことした人に振り分けるんだけどね…」
まだ状況がつかめない私はただ目の前の女神を見つめることしかできなかった。
「魂を戻そうにも元の体は火葬されちゃってるし…ってことで別の体を用意しました!」
パチパチと自分で拍手をしながら女神は話し続けた。
「ただ、元の世界とは別の世界になるんだけどね。でもちゃーんと向こうの世界でも生きていけるような体にしておくから!」
つまり異世界に転生(?)しなきゃいけないってこと?
ま、歌が歌えるならいっか。
♪♫♬
目が覚めると透き通った金髪のお姉さんが私の顔を覗き込んでいた。
「目が覚めたのですね」
「ここは…?」
「ここはロベルト教会、私はシスターのレイです。裏庭の掃除をしていたら倒れているあなたを見つけてここまで運んだのです」
周りを見渡すとどうやらここは教会の医務室のようだ。すぐ近くにあった鏡を見ると私の姿は体はほとんど変わりがないが、髪の毛は金髪で青みのかかった目の色をしていた。レイと同じような風貌ということは、これが女神が言っていた『向こうの世界でも生きていけるような体』なのだろう。
「助けていただいてありがとうございます。私の名前はエリーです。実は倒れる前の記憶があまりなくて…」
転生のことは言っても信じてもらえないような気がしたので黙っておくことにしよう。名前も絵里よりエリーのほうがこの世界で違和感なさそうかな。
「まぁ、そうなのですか。ということはお家もわからないということですよね?」
頷く私を見てレイは少し考えるそぶりを見せた。
「でしたら、うちの教会でシスターをしませんか?ちょうど人手が足りなくて困っていたんです」
「え、いいんですか!?」
家どころかお金もない私にとっては願ったり叶ったりの提案だ。
「もちろんシスターの仕事はしていただきますよ。主に教会の掃除と週1回の礼拝ですが、慣れればそんなにつらくないと思います」
私は前世では無宗教だったが、多少の知識はある。そういえば教会だったら…
「礼拝って歌も歌ったりしますか?」
「うちの教会では礼拝はお祈りだけですね。週に1回集まってお祈りすることで、神様の加護でこの町を守っていただいているのです。…ところで、『うた』って何ですか?」
「歌って歌ですよ!音楽に合わせて歌う歌です!」
「『うた』も『おんがく』というものも初めて聞きました。エリーのいた地域ではそのような文化があったのですね。」
もしかして、この世界には音楽自体がないってこと―――?
こうして私の前途多難な第二の人生が幕を開けたのであった。