幼馴染みであり恋人である彼女が事故で記憶がなくなり振られてしまったが後悔はしたくないので全力で支えたら告白された。
俺の名前は椎名水樹。
どこにでもいる普通の高校2年生。
俺は自分のことが大嫌いだ。
……ヘタレで嫌なことからもすぐ逃げるし、怠け者だし、運動音痴で勉強もできない、友達も1人も居ないダメなやつなのだ。
俗にいう落ちこぼれ。
だけど、たった一人だけこんな俺と一緒にいてくれる人がいた。
樋口真白
俺の幼馴染だ。
天真爛漫で誰とでも分け隔てなく接する事ができる。
だから仲良くなれて友達もたくさんいる。
友達とファッションの話をしたりおしゃれと放課後ショッピングが好きで自撮りがマイブームな陽キャの極みみたいな女の子。
クラスの……いや学校中の人気者それが樋口真白だ。
いいところなんて一つもない俺と小さい頃からいつも一緒にいてくれた大切な幼馴染であり、恋人。
俺はそんな真白が大好きだった。
ずっと一緒にいるものだと思っていた。
それが当たり前だった。
だから、その当たり前が壊れてしまうなんて思ってもみなかった。
ーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーー
「ー君、みっ君!!」
「……んあ?」
声がして目を開けて顔を上げる。
焦げ茶色の長髪に目はくりっと可愛らしい風貌をした美少女がぷくーと頬膨らませてこちらを見ていた。
彼女は樋口真白。俺の幼馴染であり彼女だ。
夕焼けの日差しこむ教室には俺と真白二人だけだった。
「……おはよう……ございます」
「もう。おはようじゃないでしょ? HR終わっちゃったよ?」
「マジで……?」
「マジです。全くしょうがないんだから……ほら、一緒に帰ろ?」
その温かい笑顔にも惚れながらうんと頷き、帰る準備をする。
二人で階段を下り、靴を履き替え校舎を出た。
「あ、そういえばみっ君、6時間目の途中から寝てたでしょ」
突っ込むように真白は俺に言った。
ぐっよく見てるな……6時間目である数学始まってそっこー俺は眠りについた。
理由は簡単、俺は数学が嫌いだからだ。
「だめだよもうすぐ中間試験なんだからちゃんと授業聞いてないと!!」
「……どうせ赤点だしどうでもいいよ」
「よくない!もうーみー君はやればできるのにもったいないよ?」
そんなこと言ってくれるのは真白だけだよ。
そう思いながら真白を見つめる。
「ん? どうしたの?」
キョトンと首を傾げパチリとこちらを見つめてくる。
その姿は小動物みたいで可愛らしかった。
なんでこんな可愛い子が俺の事を好きになってくれたんだろう……
「……なんでもないよ」
「そう? あ、そうだ! あのね、最近できたケーキ屋さんがめっちゃ美味しいらしいんだー」
「ケーキ……抹茶タルトはあるのか?」
「もっちろん☆ 抹茶ロールとかもあるよ〜」
「おー!! それじゃ行くしかないな! 今から!」
「えっ!? 今から?」
「明日は休みだしっ! いいだろ?」
しょうがないなーと嬉しそうに笑う真白を見ながら母さんに連絡する為ポケットに手を突っ込む。
あれ? スマホがない……机に突っ込んでそのままだったかな?
校門に着きふと立ち止まり、振り返る。
……早めに気づいてよかった。取りに戻るか。
「……みっ君?」
俺が止まったのを気づいたのか真白がこちらを見て立ち止まった。
「教室にスマホ忘れたから取りに行ってくる」
「あ、そうなんだ。それじゃあ早く取りに行かないとだね」
真白は当たり前のように俺の後をついて来ようとした。
流石にそれは気が引けるので
「いや、大丈夫。先に帰ってて。すぐ追いつくからさ」
「あ、ちょっと! みっ君!」
答えを聞く前に俺は校舎に向かいながら走った。
「……手……繋ぎな……帰りた……の……な……」
小さく呟いた真白の言葉を全て聞き取れなかった。
校舎の中はさっきより若干暗くなっている気がした。
ひぃぃぃぃぃ。やばい、めっちゃ怖い。真白について来てもらった方がよかったかも。
そう後悔しながら教室へと向かう。
無事教室に着き、スマホを回収して教室を出ようとすると俺の目にノートが入った。
あれ? ここって確か真白の席だよな?
机の真ん中にどんと置いているノートを手に取る。
ノートには樋口真白と名前だけ書かれていた。
何が書いてあるんだろう?
そう思いふとページを開けるとそこには3月2日と書かれその下にはその日にあったことが書かれていた。
あ、これ日記か。
そういえば書ける日は書いてるとか言ってたなぁ。
次のページを開ける。
3月4日
今日は人生で一番幸せな日だった☆
子供のころいつも一緒に遊んでいた公園でみっ君が私の事好きだって言ってくれた!
公園に着いた時なんか緊張で泣きそうになったけどみっ君の言葉を聞いてめっちゃ嬉しかった!!
思わず飛び跳ねてしまいそうだった。
私はこの日のことを絶対に忘れない……明日からみっくんと恋人。幸せすぎて今日は眠れないかも!!
ずっと一緒に……居たいな。
パタンと日記を閉じる。
日記を見て思い出した。
ああ、そういえばそうだったなぁ。
『お、俺……もっ真白が大好き!! 何があっても必ず側にいます!! 一人にさせません!! だからつ、付き合ってください!!』
声も、手も、足も震えて言葉もうまく浮かばなくて、かみかみで大声を出して言った。
今思い出しても最高にダサくて情けない姿だったな。
……なんだか無性に恥ずかしくなってきたぞ。
「と、とりあえず、これも持ってさっさとここを出よう!!」
誰もいないのに声を上げながら駆け足で学校を出た。
ゼェゼェと息を切らしながら真白の後を追っていると目の前に人集りが出来ていた。
なんだろう? 事故でもあったのだろうか?
……なんだろう嫌な予感が……胸騒ぎがする。
人をかき分け、目に映ったのは車に轢かれ、頭から血を出して力なく倒れている真白だった。
その姿を見て頭が真っ白になった。その後のことはあまり覚えていない。気がついたら、病室にいて、気がついたら家に居た。
日記もいつの間にか真白のお母さんに渡していたようだ。
真白は交通事故に遭い、意識を失っていた。
原因は相手の飲酒運転だった。
俺は毎日病院へと足を運んだ。
俺はいまだに現実感が湧かず、心に穴が空いたようなそんな感覚で生きていた。
考える力も湧かず、何も考えず。学校が終わるとお見舞いに行く。
そんな日々が続いた。
1ヶ月が経ち、いつものように病室に訪れるとそこには目を覚まして上半身を起こした真白がいた。
「ーっ!!」
驚きと嬉しさで声がつまり、代わりに体が勝手に動いた。
真白に駆け寄り抱き着こうとした瞬間、体が止まった。
真白はビクッと体を縮こませ、俺を見つめていた。
見たことのない表情……恐怖感が滲み出ていた顔をしていた。
まるでとても怯えているような……
そして真白は言った。
「あの……だ、だれ……?」
真白の言葉を聞いてガン!!と頭を金槌で殴られたような感覚に陥った。
みぞおちを殴られたように声も立てられない。
呼吸がうまく出来ない。体に酸素が渡らず、手足の感覚が麻痺してきた。
「水樹君!」
はっと後ろから声をかけられ息をしながら振り向くと真白のお母さんと医者が居た。
車に轢かれ、頭に強い衝撃を受け真白は記憶を失ってしまったとただ唖然とする俺に医者は説明した。
記憶喪失。
真白が失ったのはエピソード記憶というものらしく個人的経験に基づくもの個人が体験した出来事の記憶であり、時間や場所、そして感情を伴った記憶とされる……らしい。
幸い意味記憶(一般的な知識・情報についての記憶)の方は失っていないとのことだった。
つまり、常識的な知識は覚えていて今までの思い出が一切覚えてないという事だ。
真白のお母さんのことも覚えてはいなかった。
もちろん恋人で幼馴染である俺のことも……
信じられなかった。信じたくなかった。
記憶が戻る可能性があればよかったんだけど戻ってこないと考えた方が良いと医者に言われた。
ひょんなことで戻ることもあるらしいがそんなのは奇跡らしい。
だけど大丈夫、きっと真白の記憶は戻る。奇跡は起こる。
そう信じて俺は毎日病院に通った。
それは俺だけではなかったようで学校内では真白の記憶が戻ってくるのをみんな信じていた。
というか、みんな心の底からそう願っていた。
色々な人が何人かで集まって真白のお見舞いに行っているようだった。
俺はそういった人は居ないので、ちょっと時間をずらして1人で真白のお見舞いに行った。
だけど、いざお見舞いに行っても真白は居心地が悪そうにして俺と目を合わせなかった。
そんな真白を見て何も言えず、重たい沈黙が生まれるだけ。
何か言ってもうぅ……と呟くだけで返事も返ってこない。
そしてまた沈黙が生まれる。
駄目だ。わかってるんだ。彼氏としてどうにかしなきゃってことくらい。
でも……どうすればいいのか、何をすればいいのか俺にはわからないんだ。
そんな地獄が続き、真白の誕生日が近づいてきた。
「こ、今月の末って誕生日だろ? 何か欲しいものとかやりたいこととかある? なんでもいいんだ。お、俺は真白のか、彼氏なんだからさ。なんでも言ってよ」
そう言った瞬間、初めて真白は俺の方を見た。
「あの……一つだけ。いいですか?」
「!! も、もちろん!」
「わ、私と……別れてくだ……さいっ」
ーえ?
「あの……私は……あなたのこと知らないし、もう好きでもなんでもない……です」
いやだ……聞きたくない……
「だからっその……そんな人に恋人としては接してこられてもこ、困ります……め、迷惑……だから……その……」
お願いだから……言わないでくれ。
「お、お願いだから私と別れて……欲しい」
懇願するように真白は言った。
とても、とても辛そうな顔をしていた。
嘘だ。誰か嘘だと言ってくれよ。
ああ、悪夢だ。頼む、頼むから夢なら覚めてくれ。
「……ぁ、ぅ、うん。分かった……俺……今日は帰るよ」
なんとか言葉を振り絞って立ち上がる。
ここに居たくなくて、真白の顔が見たくなくて俺は病室から出た。
吐きそうになりながらなんとか家に着き、縁側に横たわった。
もう何もしたくない。何も考えたくない。
なのに……真白との思い出が次々と甦ってくる。
恋人の時だった頃だけじゃない。幼馴染みとして一緒にいた16年分の思い出が溢れてくる。
一緒に遊んでいた時のこと。
朝起こしてもらっていたこと。
一緒に勉強していた時のこと。
恋人になったこと。
デートしたこと。
「ぅ、ぅ……ううううううううう!!」
うずくまって子供のように泣いた。
泣くだけ泣いたら疲れてそのまま眠った。
気がついたらもう暗くなっていた。
次に襲ってきたのは強烈な後悔だった。
あの時、一緒に戻っていれば真白は轢かれずに済んだんじゃないのか?
俺がスマホなんて取りに行かず、そのまま一緒に帰っていれば何か変わってたんじゃないのか?
真白を1人にしなければ……こんなことには。
「水樹ー起きてるか? 母さんがご飯出来たって」
この声は父さん……帰ってきてたのか。
「よいしょ……聞いたよ。真白ちゃんの話」
父さんは何も言わない俺の隣に座った。
ちらっと俺の顔を見てははと力なく笑う。
なんとなくだけど、心のうちを……俺が心底後悔している事を読まれてしまったような気がした。
「そんなに後悔してるんならタイムリープでもして過去を変えればいいんじゃないか?」
……馬鹿にしてるんだろうか? このくそ親父は……そんなの
「出来るわけないよな? その通り……普通はそんなの出来るわけが無い。どれだけ後悔しても過去は変えられない」
うるさいな……わかってるよ。今さら後悔してももう遅いんだ。タイムリープなんて出来ない。過去は変えられない。
「だから、後悔のないように今、この瞬間を生きなきゃならないんだ」
「!!」
ばっと思わず父さんの顔を見た。
……今、この瞬間を。
このまま……いつものように辛いからって真白から逃げて、もう関わらなくなって……真白との繋がりも消えていって全部は過去にする。
いや、もしかしたら真白との思い出さえ捨ててしまうかもしれない。
それで俺は後悔しないのか?
俺は……樋口真白を辛い過去のままにしておきたくない。このままじゃ絶対後悔する。
そうだ。怖くても、辛くても向き合わなくちゃいけない。
今の真白と。
「結局どうすればいいのかなんてやってみなきゃ分からないんだからさ。やりたい事をやってみな」
「……うん。ありがとう。なんかわかった気がする」
そういうと父さんは嬉しそうに笑って母さんの所に行った。
思い切り泣いて、思い切り後悔したら気持ちも落ち着いてきた。心に少しだけど余裕が出来る。
今の真白は……どんな気持ちなんだろう。
俺が真白の立場だったら……どうなんだ?
周りには知ってる人が居ないのはきっと孤独で辛いし怖い。
そうだ。今一番辛いのは俺なんかじゃなくて真白じゃないか。
恋人なんかどうでもいい。幼馴染みとして……いや、この際幼馴染みとか関係ない。
好きな女の子が苦しんでいる。だから、側にいて支えたい。
それが俺のやりたい事だ。
次の日
俺は病院に向かった。
後悔しない為に。
家を出る前に一つだけ決めていたことがある。
それはもし真白にもう来ないで欲しいと言われてしまったら彼女と関わらないようにしようという事だ。
俺という存在が真白を苦しめてしまうのなら仕方がない。
でもそうでないのならそばで支えたい。
真白が居る病室の前に着いた。
心臓が躍動する。
手が震える。
緊張で吐きそうになる。
拒絶されたらどうしよう。
そんな負の感情が湧き上がってくる。
深呼吸をして覚悟を決める。
こんこんと扉を鳴らしどうぞと真白の声が聞こえたので扉を開け、中に入った。
「……え、な、なんで?」
真白は俺の顔を見て驚いていた。
おそらくもう来る事はないと思っていたんだろう。
「……少しだけ。話を聞いて欲しくて」
不審、疑心そういった表情をしている真白は明らかに警戒をしていた。
真白の側で立ち止まり
「ごめん」
頭を下げた。
「樋口さんのいう通りだ。知らない人に恋人だって言われて、接されても嫌なだけだったよな……もしもう俺と会うのが嫌ならもうここには来ないし、樋口さんとは関わらないようにする」
顔を上げて真白の目を真っ直ぐに見る。
「だけど許されるのなら恋人とか幼馴染とかではなく他人から……ゼロから始めさせて欲しい。今の樋口さんの事色々と教えて欲しい。だから、その……つまり……今の樋口さんを支えさせてくれませんか?」
駄目だ。気持ちが先行してうまく言葉にできなかった。
これ絶対断られるやつじゃん。
でも、なぜか後悔は全くなかった。
「……どうして?」
予想とは反した言葉が返ってきた。真白は不思議そうにこちらを見ている。
「樋口さんの気持ちを無視して俺のしたいことを押し付けるようなことはしたくないから……」
真白はぽかんとした表情をした。
あれ? なんか的外れな事を言ってしまったのだろうか?
「……そういう意味じゃない……けど。椎名君は優しいんだね……」
表情がほぐれ、真白は微笑んだ。
その表情はあの時……事故にあった時から俺がずっと見たかったものだった。
「そっか。今の……か。えへへ、あのっ……椎名君……よ、よろしく……ね?」
真白は俺に手を差しのべた。
「う、うん。こちらこそよろしく樋口さん」
俺も手を出し、握手した。
ここから、俺と真白は恋人ではない幼馴染でもないゼロから始まったのだ。
「お邪魔します」
「あ……椎名君、いらっしゃい」
それから学校帰りに真白のお見舞いは続いた。
真白の記憶は戻らず、俺たちの関係は変わらず、樋口さんと椎名くん。
恋人でもなければ幼馴染でも友達でもない。
それでも、こうして普通に真白と話せるだけでも嬉しい。
「椎名君、何を買ってきた……の?」
「ん? あぁ、コンビニで買った抹茶ラテだけど……」
病院に行く途中買った抹茶ラテを袋から取り出しながら言った。
「……へー」
声は平坦だったがその目は興味深々と言った感じだった。
じー
以前であれば遠慮なく頂戴!とか言いながら持っていくのがお約束だったのだが。こういう真白も可愛いな……
「飲んでみる? まだ一口も飲んでないからさ」
「えっ、いいの?」
「うん、なんなら全部飲んじゃってもいいよ」
はいとストローをさして真白に手渡した。
こんな事を言っておきながらも全部は飲まれることはないだろうと確信している。
なぜなら、真白は抹茶があまり好きではなかったからだ。うえーと言いながら一口飲んで帰ってくるのが見えている。
真白はおお……と言いながら恐る恐るストローを口に近づける。
まぁ、記憶を失った真白にとっては初めての抹茶ラテか……
「!! これ……美味しい!」
「えっ!?」
予想外の反応に驚きながら真白を見ると美味しそうに抹茶ラテを飲んでいる。そしてあっという間に抹茶ラテを飲み切ったのだ。
「ふぅ……ごちそうさま……でした」
「あ、ああ……樋口さんってもしかして、抹茶が好きなのか?」
「そうかも……しれない」
なんとなく、といった感じで真白は言った。
……記憶を失くした影響で好みとかも変わっているんだろうか?
それ以降、俺は今の真白の事を色々と聞くようになった。
そして今の真白との日々をコツコツと積み重ね知っていくうちに分かった事がある。
記憶を失くした頃、俺たちの空気が重かったのは俺のことが嫌いだったのではなく、一対一で話すのが苦手で困っていただけらしい。
誰に対してもそうなってしまうそうで真白のお母さんとも同じようになってしまうと真白は恥ずかしそうに言った。
相手は記憶に存在していない上に自分の恋人と名乗っている男子高校生だ。余計に気を張らしてしまっていた事だろう。
本当に申し訳ないなと思った。
それと同時にとても驚いた。
だって前の真白は社交的で「出会って3秒で友達」ってくらい人と打ち解けるのが早く、誰とでも仲良くなれるほどのコミュニケーションを持っていたから。
今の真白は人見知りな性格をしている。
「はい。俺の勝ち〜これで……何連勝目だっけ?」
「むっ〜も、もう一回!!」
「あの……そろそろ帰らないと」
「椎名君がここでお泊まりすれば……解決!」
「そんなドヤ顔で無茶言わないで……」
意外と負けず嫌いであったり。無茶ぶりも言ってきたり。
「…………」
「……グリンピース。苦手か?」
「不味いし、見た目も気持ち悪いし……多分食べ物じゃないと思う……」
「農家さんに謝れ」
「……うぅ。し、椎名くんにあげる……」
「要らないよ……不味いし、見た目もキモいしグリンピースは人間が食べるものじゃないもん」
「農家さんに謝ったほうがいいと思う……」
好き嫌いが激しかったりと少し子供っぽい所があったり。
会うたびに今の真白の事を知っていく。
それがなんだか楽しかった。
もちろん、今でも記憶が戻って欲しいと思っている。そして前みたいにーそんな奇跡が起こればいいなと。
だけど、なんだか放っておけない今の真白に対してもどこか惹かれて始めている自分もいて……
そのことに少し悩んでいたら
『いいんじゃない? それは水樹が今の真白ちゃんと向き合っている証拠よ』
と母さんが言ってくれた。
そしてあっという間に1ヶ月が過ぎようとしていた。
今日は真白の誕生日だ。
俺は誕生日プレゼントの抹茶のプリンを手に持ちながら病院に向かっていた。
結構人気店ですぐ売り切れてしまうのだが、開店前に待機して買った。
それでも行列ができていて俺が買った頃には5つほどしかなかった。
まぁ、今の真白との距離感を考えるとこういった人気スイーツが無難だろうと思った。
そう思いながらいつものように扉を開けると真白の周りにはたくさんのプレゼントがあった。
「お、ぉぉ……すごい量だな」
「あ、椎名くん……こんにちは。これ全部学校のみんなからの誕生日プレゼント……」
あまりの量に芸能人か? と思いながら病室に入る。
どんなものなのかプレゼントを見ているとみんな事故をする前の真白が好きだったものだった。
う、俺もそうしたらよかったかなと集団心理が働いて自分のプレゼントに自信がなくなっていく。
「えっと……これ、誕生日プレゼント」
「あ、ありがとう。えへへ……えっと、中身は……抹茶プリン?」
「え、あ、う、うん……ほら、前に抹茶ラテ美味しそうに飲んでたからさ。一緒に食べようかなと思って……」
膨らんだ風船がしぼんでいくように声が自信と共にだんだん小さくなっていった。
「……覚えててくれたんだ」
そう呟いて真白ははにかんだ。
「……樋口さん?」
「にへへ〜このプリンすごく美味しそう!早く食べたい」
おお、好評のようだ。
急いで準備をして2人で一斉に抹茶プリンを食べる。
「!! これうまいな!!」
「うん!甘すぎず、抹茶と黒蜜の相性が抜群っ」
「これすごく人気でさ……開店前に並んでもギリギリだったよ」
「……これからは毎日食べたいな」
チラチラとこちらを見ながら言ってきやがった。
「樋口さん……それは俺に毎日並んで買って来いって意味っすかね……」
「……真白でいいよ。水樹……君」
「……え?」
驚いて真白の顔を見ると恥ずかしそうに顔を真っ赤にさせていた。
「………………だめ?」
「い、いや!! そんな事……ない…。よ? ま、真白」
なんだ? 呼び慣れているはずなのに物凄く恥ずかしい。
「う、うん。水樹く」
真白ははっと何かを思いついたように言葉を止めた。
えへへ〜と照れ臭そうに
「みー君」
と言った。
真白が入院してから数ヶ月が経ち無事退院した。
丁度、退院日が夏休みの時期と被っていたのは記憶を失くした真白にとって好都合だった。
今の生活に慣れたり、再び学校に行くための準備が出来るからだ。
俺の夏休み生活といえば
朝起きて朝食を食べたら真白が家に遊びに来る。
昼まで2人でだらだらと過ごし昼ごはんを一緒に食べる。
夕方になったら真白が帰り、晩御飯やお風呂に入る。その後深夜まで真白と一緒にオンラインゲームという
自堕落な生活を送っていた。
そして今も俺は真白と通話越しでゲームをしている。
「おお!! 真白!! 宝玉取れたぞ!!」
『ず、ずるい!! 私まだ取れてないのにっ』
「ということで……お疲れ様でした」
『ひぃぃん……この裏切り者』
「いや、冗談だって……出るまで付き合うからそんな悲しそうな声しないで」
真白はこの夏休み期間でお昼寝とネットサーフィン、ゲームやアニメ大好きのインドア系女子になっていた。
……まぁ、俺が色々とすすめた結果なんだけど。
「あ、そういえば明日から学校を始まるな」
『あんまり学校行きたくない……みー君一緒にサボらない?』
「いやいや、みんな真白が学校に来るの楽しみに待ってるんだからちゃんと行かないとダメだろ」
なんか立場が逆転してるような気がする。
『……ひぃぃん。みー君が、迎えに来てくれたら……行かなくも……ない』
「……わかった。迎えに行くからちゃんと身支度しといてくれよー」
……ほんと、なんか色々と俺と真白は変わったなぁ。だけど、悪い気は一切なかった。
次の日
真白は眠そうに俺の袖を掴み、後ろから付いてくるような形で一緒に登校した。
学校を通い始まると先輩、同年代、後輩……学校中の生徒が次から次へと真白に話しかけてくる。
やっと退院できたんだねとか。
困った事があったらなんでも言ってねとか。
記憶が戻るように私たちも協力するからとか。
ただみんな共通していたことは
『早く記憶が戻るといいね』 だった。
その言葉通り真白がよく行っていたショッピングモール、ケーキ屋、カフェなどの遊び先に行ったり、真白との思い出の写真を見せたりとクラスのみんなは積極的に記憶が戻るよう協力していた。
真白の要望によりそれに俺も同行していたが、彼女の記憶は戻る気配がなかった。
申し訳なさそうにする真白にみんなは気にしないでと笑う。
みんな、真白の記憶が取り戻して前のように……真白とのいつもの日常が戻るのを心の底から望んでいた。
そのためには真白の力になりたいし、支えたいとも思う。そう感じていた。
奇跡は起きると誰もがそう信じていた。
それくらい、樋口真白はみんなから愛されていたのだ。
そんな生活が続き気がつけば終業式も終わり冬休みに入った。
そう。奇跡は意図知れず起きるものなのだ。
「ー君、みっ君!!」
「……んあ?」
声がして目を開けて顔を上げる。
すると真白がぷくーと頬膨らませてこちらを見ていた。
なんで真白が? ここに居るんだ? ああ遊びに来たのか……
いつもより早いな?
「……おはよう……ございます」
「もう。おはようじゃないでしょ? もうお昼前だよ?」
「マジで……?」
「マジです。全くしょうがないんだから……みっ君は」
?
あれ? なんだ? この懐かしい感じ……それにみっ君って。
目の前には天真爛漫な表情をした樋口真白が居た。
その様子はまるで……
俺が何かを言う前に真白は口を開いた。
「あのね……私っ、記憶……戻ったよ……みっ君、私の事支えてくれてありがとう」
その笑顔は記憶の失くす前の真白の笑顔そのものだった。
それを見て言葉を失くし涙がぽろっと溢れ落ちる。
「あっ……ごめっ……くそっ」
一度溢れ落ちてしまうともう止まらなかった。
嬉しくて、嬉しくて涙が止まらなかった。
だけど、それだけじゃなくって……寂しいんだ…俺。
記憶が失った真白が消えてしまった事が寂しいんだ……
子供のように泣いている俺を真白は優しく抱きしめた。
話を聞くと家で寝ていたらふと頭痛が襲ってきたらしくそれがきっかけどんどん記憶が戻っていったと不思議そうに真白は言っていた。
本当にふとした瞬間思い出すものなんだなぁと思った。
冬休み中俺と真白はあの日行くことができなかったケーキ屋、ショッピング、カフェといろんなところに行った。
真白と一緒に過ごしている内に俺の中にある想いが生まれた。
そしてふとあることを思い付いた。
冬休みが終わり、真白の記憶が戻ったことで学校はもう大騒ぎだった。
よかった!と安堵する者。
嬉しさで泣く者。
はしゃぐ者。
反応は色々だった。
ただ、共通していたのはみんな心のそこから喜んでいたことだった。
笑顔で話している真白はなんだか……
「………………」
「みっ君ー!! 帰ろー!」
「あ、うん」
完全にとは言わないが望んだ日常に戻りつつあった。
元に戻ってないとすれば……俺と真白の関係だ。
俺と真白は記憶を無くしている時に一度別れている。
だから今の関係は恋人というより幼馴染みだ。
真白はこの事をどう思っているのだろう。
いつも通りの帰り道。
たわいも無い話をしながら真白と一緒に帰っていた。
「今日は人気者だったな」
「うん!! でもそれほどみんなに心配かけちゃってたって事だから……」
「………………」
真白の顔をじっと見つめる。
……うん。やっぱりそうだよな。ここではっきりさせなきゃいけない。
「……みっ君? どうしたの?」
「あのさ、ちょっと寄りたいところあるんだけど。いい?」
「? うん。いいよ〜」
真白はいつも通り暖かな笑顔で返してくれた。
俺達が向かったのは近所にある公園だった。
「……この場所覚えてるかな? 小さい頃、よくここで遊んだよな。そしてここは」
ちらっと真白を見る。
「……うん。ちゃんと思い出してるよ。ここはみっ君は告白してくれた場所でしょ?」
「…………そう。一年前ここで俺から告白したんだ。人生で一番緊張したよ。断られるかもしれないって思うと怖くてさ……告白した後の真白の表情はすごかったな〜……そんなに俺が告白するのが意外だった?」
「そうだね。まさかみっ君から好きだって言ってくれるなんて思っても見なかったもん☆意外とそういう所は男気あるよね〜」
からかうように真白は言った。
「……でも、だからこそ嬉しかったよ。飛び跳ねてしまいそうになるくらい」
真白は顔を少し赤くしながら微笑んだ。
そんな真白を見て俺はぐっと手に力強く握りしめた。
「真白、お前……」
「本当は記憶なんて戻って無いんだろ?」
「……………………え?」
真白の瞳が大きく揺らいだ。
それは明らかに動揺している証だった。
「な、なんでっ? あはは……そんな事ないよ!! ちゃんと」
「俺はここで告白なんてしていない」
「……え」
「ここで告白したのは俺じゃなくて真白……お前だったんだよ」
「っ!?」
「3月3日……この公園でお前は俺に告白してくれた。顔を真っ赤にして震えて泣きそうになりながらさ……返事しようと思ったけど言うだけ言って帰っていったから告白の次の日の3月4日に返事をしたんだ」
「こことは違う。家の近くの公園で」
「………………」
「俺がなんて返事したか覚えてる?」
「そ、それは……」
「そうだよな。わからないよな……俺が話したことは全部日記には書いていなかったんだから」
「!! な、なんで!?」
「本当は記憶なんて戻っていなくって日記を見て思い出したように見せかけていた……違う?」
真白は無言で頷いた。
記憶を戻した真白はどこか寂しそうに見えた。それがきっかけだ。
真白はほぼ毎日日記を書いていた事を知っていた。
それを読んだら記憶が戻っていなくても読み込むことによって戻っているように振る舞えるんじゃないかと
ふと思った。
そう……これが記憶を取り戻した真白を見てきて生まれた俺の想いの正体だ。
だから、こうして真白にカマをかけた。
正直、自分でもないなとは思っていたが……的中していたとは。
「……どうして記憶が戻った振りなんかしたんだ?」
「……だって、みんな……みんなそれを望んでいたからっ!!」
「入院中も退院した後も……みんなっ! みんなっ!! 早く記憶が戻るといいねって私に言うから……!!」
「みんなが会いたいのは……好きなのは……見ているのは今の私じゃない……」
「私は……私の事が大嫌い……」
悲痛。
その一言に尽きた。
真白は今の自分に自信が持てていないんだ。
みんなから前の真白の記憶を戻そうと頑張っていた。
だけどそれは今の真白を否定すると言う事だ。
真白はそう捉えてしまってだから、自分なんか要らないって……そう思ってしまって。
だから……みんなが望む樋口真白になろうとしたんだ。
どうして気づいてやれなかったんだろう。
それがたまらなく悔しかった。
溢れる涙を隠そうともせずに自身の思いを吐き出すように俺に向けて言葉を放つ。
時々しゃっくりを上げながら弱々しい臆病な子供のように俺の事をじっと見ていた。
「みんなが望んでいる樋口真白は私じゃない……今の私は……要らない子……だから」
「だから……そんな私は……消えた方がいいんだってっー」
「違う!! そんな事ない!!ここにいるよ!! 今の真白の事……好きな人間がちゃんと!!ここにいる!!」
「だから……だから……そんな……要らないとか消えた方がいいなんて……そんな悲しい事っ言わないでくれよ……」
真白と同じように子供のように泣き喚きながら言った。
そんな俺の姿を見て真白は驚いている。
「……どうして? みー君が泣いてるの?」
「うっ、うぅぅ……だってっ!! 悲しくって……そして何より……俺は……支えるっていいながら結局真白に何もしてやれなかったんだってっ……悔しくてっ」
「そんな……事ない!! みー君はちゃんと……私を見てくれてた!! だけどっ怖かった……今の私より……昔の私が好きだって……そう言われるのが怖かった……」
そんな俺の言葉を真白は強く否定した。
「……真白」
「……違っていいの?」
怖がるように真白は言った。
とても怯えているように見えた。
俺は涙を拭いてまっすぐ真白をみる。
「……ああ」
「今の私……ぐうたらでちゃんとしてないよ? ……きっと嫌いになるよ? 失望しない?」
「失望なんて絶対しないし、ちゃんとしてなくても嫌いだと思うんじゃなくて支えたいって思うよ」
俺は涙を流しながら笑い、真白に手を差し伸べた。
「……みー君は優しんだね」
涙を流しながら笑って俺の手を取った。
そして
学校でちゃんと記憶が戻ってない事を話してから数ヶ月、真白はすっかりクラスに馴染んでいた。
「あ、ましろちゃん!! おかし食べるー?」
「う、うん! 食べる!」
「ましろちゃん授業中寝てたでしょ? はいこれノート!」
「あ、ありがとうございましゅっ」
「ましろちゃんかわいー!」
なんというか、まるで娘のように可愛がられていた。
……ちょっと人気すぎてこっちが嫉妬してしまうほどだ。
「あ!! ましろちゃん!!椎名君が来たよー」
「う、うん」
女友達と何かボソボソと話しているがここからでは聞き取れなかった。
「頑張ってね!」
「う、うん!! 頑張るっ!」
何を頑張るんだろう?
いつも通り学校が終わり、真白と2人でだべりながら帰っていた。
「あのっ!! ちょっと!! 公園!! よりませんか!?」
真白はガチガチに緊張した様子で提案してきた。
「お、おう。別にいいけど」
その様子に戸惑いながら真白の提案に乗った。
そして公園に着いた
「……どうかした? なんか様子がおかしいけど……」
「……うん」
「?」
真白は顔を真っ赤にして震えて泣きそうになっていた。
「ま、真白!? だ、だだだだだいじょうぶ?」
「だ、だだだいじょうぶだから!! き、聞いて欲しいっ!」
「は、はいっ!」
真白の緊張がこちらにも伝わり、思わずピシッと背筋を伸ばした。
「ーあのね。私、みっ君の事がー」
「面白かった!」
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ヒロインの真白視点を書きましたのでぜひお読みください!!
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