とある夏の日、幼馴染に慰められた話
トッタ、トッタ
つい先日まで大雨ばかりだったのに、そんなのが嘘かと思うような快晴。
溶けてしまいそうな暑さの学校で、俺は歩みをすすめる。
トッタ、トッタ
ふと空を見上げると、夏によく似合う青空に、眩しいくらい真っ白な雲がもくもくと育っていた。ただ歩いているだけなのに、全身から汗が吹き出てくる。本格的に夏が来たのだ。
トッタ、トッタ
涼しさを求めてなるべく木陰を歩く。遠くで水泳部が泳いでいる音が聞こえてきた。チャプチャプとした水が気持ちよさそうだ。ところで、この足はどこに向かっているのだろう。
トッタ、トッタ
ある小さな木の目の前を通った瞬間、ミ!、と言いながらセミが飛び去っていくのにびくりとする。周りを確認して、誰もいないのに安堵する。そしてそんな情けない自分に気づき、ため息を一つ。
トッタ、トッタ
夏は好きだったはずなのに、今では空が、雲が、水が、虫が、少し煩わしく感じてしまう。
つまるところ俺は、最低最悪の心持ちで、夏を迎えたのだ。
◆
気づいたら、校舎裏に来ていた。階段のところにちょうどよく木陰ができていたので、腰を下ろす。夏は影が濃い。光と影のコントラストがくっきりしていて綺麗だ。……そんなこと、今はどうでもいいのだが。
ああ、上手くいかない。非常に上手くいかない。二年生になってから、一向に。
どうしてだろうか。いや、理由はわかってる。自分が未熟だからだ。だからなお、腹が立つ。
セミが絶えず鳴く中、一つの足跡が聞こえてきた。
「ここ、私もいい?」
そう話しかけてきたのは一人の女子生徒。そして、互いによく知っている人。
「ああ、いいよ」
そう言うと、そいつは俺の横に腰を下ろした。
「ここ、涼しくていいね」
「……珍しいな、ラノ。学校で話しかけけてくるなんて」
「別にいいでしょ。バクはいつも沢山の人に囲まれているから、話しかけたくてもできないんだよ」
ラノはあっつ、と言って制服をパタパタしながら、こちらに意地悪な笑顔を浮かべてきた。
「バクこそ珍しいじゃん。そんなに凹んでるの。どうしたの?」
「……そんなに分かりやすいか? 隠しているつもりではあったんだけど」
「他の人には分からないかもねー。けど、私は分かるよ。何年一緒にいると思ってるの」
「……もしかして、俺を心配してここに来たのか?」
「そうだよ、って言ったら?」
「それは……少し、嬉しい」
「……! あのバクがここまで素直になるなんて……本当にどうしたの? 大丈夫?」
「……自分でもよくわからない。ただ、なんか色々と上手くいかないなーって」
「……そっか」
それから、しばらく沈黙が続いた。横からラノがチラチラと何度もこちらの様子を気にしているのがわかる。そんな姿を見ただけで、少し元気が出てきた気がした。
「バクは、」
ラノが口を開いた。
「バクは、頑張ってるよ」
そう言って俺の頭に腕を伸ばしてきた。
「すごく、頑張ってる」
その言葉が、すんと、心に入ってきた。
自分の頑張りを認めてくれる人がいる。
それが嬉しくて、救いになった。
俺はしばらく、ラノの言葉を静かに噛み締めていた。
◆
「いや、いつまで頭撫でてんだよ!」
「あれ? もう立ち直ったの? 思ったよりはやいね」
「……別に、そこまで落ち込んでたわけじゃないから……」
「ふーん。ま、元気になったのならよかったよ」
いつの間にか、セミは鳴き止んでいた。……心がスッキリすると、見える景色も綺麗になるものだな。
「ラノは、この夏ピアノのコンクールだよな」
「そ。猛練習中」
「そっか」
俺は立ち上がり、ラノの頭に手をのせてわしゃわしゃ撫でた。
「頑張れよ。応援してる」
「あー、髪崩れちゃうじゃん。……でも、うん。ありがと。頑張るね」
俺たちは階段を降り、校舎裏から去った。
◆
「たまには私っちにピアノ弾きにおいでよ。お母さんもバクが来るの楽しみにしてるよ」
「そうだな。明日あたりに行くよ」
「そっか。それじゃ、私帰るね」
「ああ、じゃあな」
校門を出て行くラノを見送ったら、同じ部活の遠藤がやってきた。
「おい仁藤。お前なんで神野さんと一緒に居たんだよ! どういう関係だよ!」
「うるさい、どうだっていいだろ」
「よくねぇわ! お前からしたら数多いガールフレンドの一人かも知れねぇけどなぁ! こっちからしたら神野さんは全校生徒の憧れなんだよ!」
「数多いガールフレンドって……誤解を招く言い方はやめろ」
「けっ、これだからモテ男は……」
「別にモテてないって。ほら、練習行くぞ」
「あっ、おい、待てよ〜」
トッタ、トッタ、トッタ、トッタ
二人分の足音が暑さに溶けてゆく。
空が青くて、雲が白くて、とっても綺麗だ。
ラノのおかげで、楽しい夏になりそうだ。
明日、改めてお礼を言わなくちゃ。