光を失った星の鏡のお庭
月も星もない真っ暗な、真っ暗な、世界のなか。
ロウソクの灯りが、ひとつ。
ほわりと温かい——。
不意に、窓の外でりんご売りのお婆さんの声がするような気がした。
でも、空耳だったのかもしれない。
辺りは静寂に包まれている。
「 」
やっぱり、誰かが何かを言ったような気がする。
ぼんやりとしていて聞こえない。
ギィーっと扉を開ける音がしたように思った。
後方から人の気配がする。
クスリ、と私の耳元で笑い声がした。
静寂が途切れる。
背後から、にゅっと白い手が伸びてきた。
差し出されたのは、赤いりんご。
反射的に、私は振り向く。
艶やかな黒髪の、綺麗な女性が佇んでいた。
濃い紫色のドレスを身に纏っている。
「りんごをどうぞ」
形の良い唇が動く。
透き通った声。
肩を揺らしながら。
クスリ、と彼女は笑った。
「甘くておいしいわよ」
クスリ。
おかしそうに唇を歪ませる。
「食べないの?」
容姿端麗な彼女は、にっこりと微笑んでいた。
どこか寂しそうな、見覚えのある笑み。
ハッとした。
この毒りんごを食べたから、私は光を失ったのだ。
ゆっくり、目を瞬く。
静かな闇が私のなかに戻っていく。
「……白雪姫さま」
今度は、ちゃんと聞こえた。
小人さんの声だ。
「いいお天気ですよ、お庭に出ましょう」
私の座っている車椅子が、後ろから押される。
「小人さん」
「何ですか?」
「今日も、ペンタスの花は咲いている?」
「ちょうど見頃ですよ」
淡いピンクの星型をした小花が、半球状に寄り添って咲く。
お母さまが好んでいた、ペンタスの花。
辺り一面を埋め尽くすくらいの星型の小花は、いつもお庭の天の川のようだった。
もう見ることは叶わないけれど。
記憶のなかの風景に、私は想いを馳せる。
かすかに、甘い花の香りがした。
優しくて綺麗なお母さまが微笑んでいる——。