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第百肆拾弍章 束の間の極楽

「まったく今日は非道い目に遭ったよ」


「本当ね。まだ体に違和感があるわ」


 よもや捜していた報謝(ほうしゃ)一座の方から接触してくるとは思ってもみなかった事だ。

 ましてや白昼堂々と観客を集めた上である。

 およそ忍びのする事ではなかった。


「あれには参ったな。忍びという者は“まさか”と思うような事を仕掛けてくるものと心得てはいたが子供があれ程の術を身に着けているとはのぅ。ちと報謝一座と斯波右衛門(しばえもん)の指導力を甘く見ていたようじゃ」


 ゲルダ達はただ襲われただけではなく、忍法『赤靴舞踏(せっかぶとう)』なる術にて心身を操られて踊りながら戦うハメになったのである。

 だがゲルダは止められぬ踊りであるならばと踊りながら戦う事で活路を得た。

 ステップを踏みながらであれば攻撃を躱せる事に気付いたのだ。

 こうしてゲルダ達は報謝一座の第一陣を退ける事に成功した。

 しかし、この戦いは想像以上に体力を消耗し、普段はあまり使わぬ筋肉を酷使させられた事で疲労と痛みにより旅を続ける事が困難となってしまう。

 強張る体に鞭を打って何とか馬に跨がり宿場街まで辿り着いたところだ。

 ゲルダは宿屋に祝儀を弾み、女中に支えられながら湯殿に連れられる。

 既に治療魔法でダメージそのものは回復していたが、超回復による筋肉痛まではどうにもならなかったのであった。

 旅先で贅沢は禁物ではあるとは自覚しているものの体が動かないのでは話にならず、湯船に浸かりつつ、非公認ながら宿で春をひさぐ飯盛り女と呼ばれる遊女達に体を揉み解させていたワケだ。


「まさか女に転生して飯盛り女を(はべ)らす事になろうとはな。おおう…そこじゃ、そこじゃ。よぅく揉んでおくれ」


 一人で三人の遊女に肩や四肢を按摩させている姿はまるで殿様のようである。

 後の支払いがオソロシイが考えないようにしていた。

 どうせ懐を痛めるのは天魔宗だという思いもある。


「私共も聖女様にご奉仕する日が来るとは思ってもみませんでしたわ」


「そうかえ、そうかえ。おお、お前さん達の按摩も上手いが湯も良いわえ。これで百日は長生き致そう」


「分かりますか? この宿では良質の湯の花を仕入れているんですよ。先々代の旦那さんが旅に疲れたお客様を癒やして差し上げようと始めたのだとか」


 また、この宿の飯盛り女は宿泊客の給仕もするが、主人がわざわざ按摩師に弟子入りさせて按摩の技術も仕込んでいるのだとか。

 その揉み解しの技は見事なもので、疲れが吹き飛ぶと評判を取っている。

 貸し切りの風呂があると選んだ宿だが、まさに当たりであった。


「道理だねぇ…いやはや、極楽だよ」


 床に敷かれたマットレスで俯せになりながらイシルが緩んだ顔をしていた。

 湯冷めしないよう湯を掛けながら飯盛り女達がイシルの体を磨いている。

 この宿の女達は垢搔きの技術も一品であるらしい。

 イシルはまさに雲の上にいるかのような気分を味わっていた。


「でも、こんなに沢山侍らせて経費が落ちるかしら?」


 しかしイルゼは按摩を受けながらも難しい顔をしていた。

 宿代は天魔宗持ちであるが、大勢の飯盛り女達に奉仕をさせた代金まで面倒見てくれるとは思えなかったのである。


「無粋な事を申すな。報謝一座は斯波右衛門の手下じゃ。その斯波右衛門も元を正せば天魔宗の幹部よ。ならば報謝一座に襲われた傷を癒やす為に使ったカネを信長公が出し惜しみをする道理は無いわえ」


「そうだよ、イルゼぇ…必要経費さ。大僧正様も笑って許して下さるよ」


「い、いや、おめおめと術にかかっておいて、その理屈が通じるとは思えないって云ってるのよ、アタシは」


 極楽気分のゲルダとイシルにイルゼは頬を引き攣らせたものだ。

 何より按摩と称して胸や尻を揉んでくる飯盛り女が気が気ではない。

 太腿をキツく閉じてはいるものの、その太腿を擦り脇腹を撫でる感触に力が抜けそうになっていて、いずれ一線を越えられそうで怖いのだ。


「アンタ達…本当に按摩なのよね?」


「そうですわよ? もしかして聖女様のお気に召しませんでしたか?」


「いや、気持ち良いんだけどひゃんっ?!…って今、首を舐めたでしょ?!」


「イヤですわ。首のコリをほぐしておりますのよ」


 湯の中とはいえ上気している飯盛り女達の目は潤んでいる。

 得も云われぬ妖艶さにイルゼの背筋に冷たいものが走った。


「あ、アタシ、そろそろあがるわ」


 だがイルゼの体は強張ったままであり、這うようにしか進めない。

 それをじわりじわりと飯盛り女達が追いかける。


「あらあら、まだ立てないではありませんか。これはしっかりと揉み解さないといけませんわね」


「い、いや…来ないで…来ないでってば」


「大丈夫…痛くしませんわ」


 手をわきわきと動かしながら女達は微笑んだものだ。

 ただ、その目は笑ってはいない。

 まるで獲物を見定める捕食者のようであった。


「では続きはベッドで♪」


 イルゼは飯盛り女達に支えられながら部屋に運ばれていく。

 その顔は今にも泣きそうであり、とても薩摩示現流の熟達者とは思えない。


「イシル姉様…ゲルダ…助け…」


「「ああ、極楽、極楽…」」


 二人はイルゼには見向きもせずに按摩と垢掻きを堪能している。

 やがて猿叫とは違うイルゼの叫びが宿中に響き渡った。


「いやあああああああああああああああっ!!」


 一輪挿しに生けてあった椿の花が何故かポトリと落ちた。

今回は息抜き回ですね。

前回の戦いの後、物の見事に筋肉痛になってしまったゲルダ一行ですw

貸し切り風呂有りの宿での一コマでした。

飯盛り女という給仕であり非公式の遊女達を侍らせての命の洗濯です。

旅先で贅沢は禁物のはずでしたが、報謝一座は元々天魔宗の一部なんだから襲撃の傷を癒やすくらい経費で落とせ、という無茶な理屈です。

あ、イルゼは無事ですよw ただゲルダはストイックに自分磨きをするだけでは弟子のローデリヒと同じ轍を踏むと考えてあえて見捨てました。

まあ、ある種の親心なんだと思います。

決して極楽気分を邪魔されたくなかったという理由ではありませんからね。


さて次回は報謝一座から第二の刺客が送られてきます。

果たして次なる芸は如何なるものなのでしょうか。


それではまた次回にお会いしましょう。

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